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09.20
Sun
甘利山は山梨県の名山、鳳凰山の稜線の山。標高1731M
レンゲツツジの群生で知られている。
20数年来ご無沙汰だった。すっかり様変わりしていた。
山頂の後ろには鳳凰三山が迫り前の眼下に甲府盆地が箱庭のようにひろがる。
忘れられない思い出がある。この山で日を暮らした。
笛吹川の花火大会だったのだろう、ポッポッと火の玉が浮かび上がり
お伽の國に迷い込んだような記憶が今でも鮮明に浮かぶ。
今回は霧が深く鳳凰三山も甲府盆地も何もかも見えなかった。

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ヨツバヒヨドリ(四つ葉鵯) キク科 2020年9月4日写す。以下同じ
(黄色い花はマルバダケブキ、丸葉岳蕗)

登山口の駐車場近くに群生していた。これ程の群生はめずらしい。
霧の中に浮かび上がり幻のよう。

名は鵯が鳴く頃咲くからとか花後の実に付いている綿毛がヒヨドリの
羽毛に似ているからとか学者の色々な説。誰が付けた名なのだろう。
親名付け親は学者に苦労させているようだ。

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トリカブト(鳥兜) キンポウゲ科

濃い紫青色の花がきれい。
名は舞楽の冠り物の鳥兜に似ているからだそうだ。
誰でも知っている猛毒。適量だと精力剤だそうだ。
だがご用心!著名な植物学者がもっと精力をと欲張り
量を増やして落命したそうだ。噓の様なホントのはなし。
根は附子といい昔から知られていた。
狂言に「附子」がある。

留守番の太郎冠者と次郎冠者に樽に附子が入っている、
手を触れるなと云い置き主人が外出する。
好奇心旺盛な二人、恐る恐る蓋を開けてみる。
美味そうなのでちょっと食べてみる、砂糖だった。
二人は樽を奪い合いながら食べ、気がついたら樽は空。
困った二人、主人への言い訳に一計を案ずる。
主人の大事な掛け軸と天目を壊す。
主人が帰る、二人は大泣き。主人の大事な品を誤って壊してしまった、
死のうと思い附子を全部食べたがまだ死ねないと。
狂言の笑いは今時の咄嗟の笑いではなく、じわじわとこみ上げる笑い。
人の本性を衝いた、長く尾を引く笑い。

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ハナイカリ(花碇)リンドウ科

花も茎も葉も黄緑の風変わりな花。花の形も変わっている。
船の錨にそっくり。イカリは漢字で碇とも錨とも書くそうだ。
昔は木に石を結わえ付けた碇、今は鉄製の錨。
ハナイカリは鉄製の錨に似ているので花碇ではなく花錨が至当、
などと生意気を云いたい。
今の世は陸上の交通機関が盛んだが昔は船が活躍した。
源平の合戦では船が主役だった。船ゆえの悲劇も起こった。
平家の武将、平清経は平家の行く末を悲観して船から入水した。
能「清経」で清経の亡霊が愛妻の枕頭に現れ入水の経緯を語る。
美文のクセに涙を誘う。
海戦に敗れた平家の猛将、平知盛は碇を肩に海底に沈んだ。
能「碇潜」がある。

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ノコギリソウ(鋸草)キク科

葉っぱが鋸に似ているから鋸草だそうだ。白花が多いがピンクの花もある。
羽衣草の別名もあるという。葉っぱの切れ込みを羽衣に見立てたのだろうか。
羽衣草の方が夢を誘うようでいい。羽衣は天人が空を飛ぶための衣。
「羽衣」は最もよく知られた能。漁師に羽衣を取られた天人が、
羽衣が無くては月の世界に帰られないと嘆く。哀れに思った漁師は羽衣を
返すが、その代わりに天人の舞を見せて貰う。
天人は天上の舞を見せ羽衣をひるがえし月の世界に帰って行く。

敦煌の石窟に空を飛ぶ天人の壁画があった。
壁画の天人は手足をバタバタ動かして飛んでいるのだと案内係の人が教えてくれた。
領巾のような羽衣で飛ぶ天人はその後考え出されたそうだ。

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アキノキリンソウ(秋の麒麟草) キク科

秋の麒麟草とどうして秋が付くのだろうと不思議だった。
海岸や野山の岩場に乾燥に強いベンケイソウ科の麒麟草が夏に咲く。
秋の麒麟草は花が麒麟草に似ていて秋に咲くからと知って納得。
麒麟とどんな関わりがあるのかは分らない。図鑑などにも納得する解説が無い。
麒麟は中国の伝説上の霊獣。姿はビールのビンや缶でお馴染み。
能「景清」では「麒麟も老いぬれば駑馬に劣るが如くなり」と平家の猛将だった、
悪七兵衛景清が老いさらばえた己の姿を述懐する。

平景清は平家方の勇猛な侍大将で悪七兵衛景清と呼ばれた。
平家の滅亡後、日向の國宮崎に流され盲目となり近隣の情けに縋り
乞食同然の生活を送っていた。
鎌倉に預けられていた娘、人丸が父景清を慕い遥々宮崎に下向する。
落魄した姿をみせたくないと会う事を拒んだ景清だったが里人の
機転で娘に逢う。
娘の所望で屋島での武勇談、三保谷の四朗との錣引きを語る。
唯一の型どころ。

能「景清」は「錣引き」で僅かの型をみせるが、景清の落魄し盲目となった
無慙な景清の身の上を語り、娘との邂逅と別れを語る能。
「謡」と「語り」を聞かせるのを主眼とする。
シテの冒頭の謡「松門独り閉じて年月を送り」と謡う「松門」は秘事口伝
があり演者が工夫を重ねて謡う。
勇猛な武将の成れの果ての悲哀が凝縮された謡。

影清
三保谷の四朗との錣引きを語る景清

能「景清」の詳しい解説はこちら


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09.13
Sun
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甘利山山頂 2020年9月4日写す。以下同じ

甘利山は山梨県の鳳凰三山の稜線の山という。
目の前に鳳凰三山が迫り、眼下に甲府盆地が見下ろせる絶景の山。
今回はガスが晴れず景色は全く見えなかった。
二十数年前に数回行ったが当時と全く変わっていた。
きれいに整備され、記憶に残るものはほとんど消え失せていた。
野生動物の食害避けの網が所々に張ってあったのが目を引いた。
大事な花を食い荒らす野生動物に手を焼いているといった感じ。
だが動物たちは、それは人間の身勝手とあざ笑っているかも知れないナと
思ったり。

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マルバダケブキ(丸葉岳蕗) キク科

早春の珍味、フキノトウは蕗の花。白く小さな花で目立たない。
蕗と同じ仲間でもマルバダケブキは蕗とは比べられない程
大きく花も豪快に笑うように咲く。
海岸近くに咲くツワブキの花にそっくり。
葉はザラザラで蕗に似て花はツワブキ似のおかしな奴。

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ヤマハハコ(山母子)キク科

山に咲く母子草。母子草は道端にも咲いているので誰でも知っている。
山母子も母子草も地味な花だが、名前がやさしいいイメージを誘う。
白い綿毛や花の形が母と子に似ているので付いた名だそうだ。
人生は悲喜こもごも。母と子は、歌に歌われ詩歌に詠まれ物語に語られる。
「憶良らは今は罷らむ子泣くらむ、それその母も我を待つらむそ」
母と子と云えばよく知られたこの歌が浮かぶ。
万葉人、山上憶良とはどんな人だったのだろう。

母と子の能は能の曲趣による分類の中で一つの位置を占めている。
四番目物の中で狂女物と呼ばれる。
隅田川、百萬、三井寺、桜川などの名作がある。
子を失った母が狂女となって我が子を探して旅をする。
人の集まりの中で狂いの舞を見せる。舞の面白さを眼目とした作品群。

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ツリガネニンジン(釣鐘人参) キキョウ科

小さくて可愛い、まるでガラスの風鈴。釣鐘は銅で造った巨大な鐘。
釣鐘の名は大袈裟だナと思う。
トトキの別名がある。
「山でうまいはオケラにトトキ、里でうまいはウリ、ナス、カボチャ
 嫁に喰わすも惜しゅござる」昔の姑は怖かったのだろう。
食べてみたがそれほど美味くない。摘むのは止めて花を咲かせた方が利口。

強壮剤だそうだ。根は白いが人参に似ている。
朝鮮人参のように効くと思ったのか野山のツリガネニンジンが
姿を消しかかったことがあった。

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タムラソウ(田村草) キク科

アザミにそっくりだがアザミの仲間ではないそうだ。
アザミの武器のおっかないトゲがない。
植物分類学者の神様的存在だった牧野富太郎が
田村草の名は意味不明と云ったとか。
タマボウキ(玉箒)の別名がある。
スッと伸びた花茎にふっくらと咲く花が玉箒に似ていると云うのだろうか。
能「田村」で坂上田村麿の化身の少年が玉帚を持って登場する。
この玉帚が演技上、重要な役目を果たす。
田村草の名は田村麿の化身の少年が玉箒を持っているので田村草となった、
などと可笑しな仮設を考えるて有頂天になったり、三流半能楽師の手前味噌かな?(笑い)
牧野富太郎は独学で辛苦の末、植物分類学を極め神様的存在となった人、能など見ている
暇など無かったに違いない。

能「田村」は清々しい能。
田村麻呂は平安前期の武将、征夷大将軍、京都清水寺の創建者。
談笑すれば小児も慣れ親しみ、怒れば猛禽も平伏す猛将だったという。

前場で小児も慣れ親しむ優しい田村麿を語る。
都一見の僧の前に玉帚を手に現れた童子、僧に清水寺の由来を語る。
折から音羽の峯に月が輝き出、その美景にハタと玉帚を取り落とす。
能ならではの味わい。童子は更に清水寺から望む都の美景を語り舞う。
童子の舞が何とも面白い。

後場では猛禽も平伏す猛将、田村麿がその本体を現し鈴鹿山の鬼神退治を豪快に見せる。
山の如くに群れ襲いかかる鬼神。不思議にも田村麿の旗の上に千手観音が光を放って飛び来たり、
千の御手ごとに大悲の弓を持ち知恵の矢を雨霰の如く放つ。
鬼神はことごとく滅ぶ。田村麻呂の勇壮な舞が見どころ。

田村
「春宵一刻値千金、花に清香月に陰、げに千金にも替えじとは今この時かや」
春の宵を賞で合う童子と僧

能「田村」の詳しい解説はこちら

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09.06
Sun
額とは辞書によれば頭の毛の生え際から眉毛の間を言うとある。
猫は毛むくじゃらで額がどこだか、有るのか無いのか分からない。
猫の額とは、有るか無いかという意味だろうか。
ネズミの額は猫の額より狭く有るか無きかという我が家の造語。

ネズミは嫌われ者だが猫は家族同然の身近な存在。
以前飼っていた猫の名は“へちゃ”といった。
埼玉県の小川町にある「原爆の図丸木美術館」で生まれた猫。
貰われていった先で、器量が悪いと“出戻り”した。
可哀そうと引き取った。ブスの上に愛想が無い。
生涯一度もニッコリ笑ったことがなかった(冗談)。
“へちゃ”と名付けると家の者に宣言したら大反対を被った。
だが不思議にも何時の間にか愛称“へちゃ”が本名になった。
“へちゃ”は22才11ケ月29日目、23歳の誕生日目前に
長寿を全うしてあの世に旅立った。長寿を自慢した。
娘は“へちゃ”の遺骸を抱いて数夜を過ごした。
“へちゃ”は愛想なしだったが“ネズミの額”には花が笑い
愛想があると思っている。

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テリハノイバラ(照葉野薔薇) バラ科 2020年6月8日写す

鉢植えを友人に貰った。野バラの鉢植えとはとその着想に驚いた。
トゲがおっかないが純白の花がきれいだし芳香が強いと友人、なるほどと。
気に入っていたが恐いトゲの枝を伸ばし這い回り処置に困り地植えにした。
年を経てご覧の通りの巨木となりネズミの庭の主とばかり君臨している。

シューベルトの野バラはピンクだそうだ。日本の野バラは、ハマナスなど
2,3ピンクの花はあるが、ほとんど白。
トゲあり芳香あり純白の清楚な花なのに能には語られない。不思議。

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ノリウツギ(糊空木) ユキノシタ科 2020年月14日写す

ノリウツギはアジサイの仲間だが庭樹や鉢植えを見たことがない。
よく目にするアジサイはほとんどが交配種で色も形も色々できれい。
ノリウツギは小豆程の小さな花をアジサイの様な花が囲んでいる。
装飾花と云うそうだ。装飾花も少なく色も地味。庭木や鉢植えは矢張り
アジサイなのには贖えない。
元来地味好み、鉢植えにしてみた。なかなかの味わい。
枯山水の庭の松に匹敵、といったら心ある人は腹を抱えて笑うだろうが。

ノリウツギの皮の粘りを糊に使ったという。
その昔は髪を洗ったり整髪料にしたと聞いた事がある。
整髪料に使った木の実に美男葛がある。真っ赤なきれいな実。
美男葛で髪を整え美男に変身する。美男と云えば在原業平。
美男葛の名は業平が念頭にあったのかも知れない。
能「杜若」で「契りし人々の数々」と謡う。
業平は糊空木や美男葛で髪を整え“数々の女”を魅了したのだろうか。

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スカシユリ(透百合) ユリ科 2020年6月23日 写す
花びらの付け根に隙間があるので透し百合。
お日様が憧れなのか上向きに微笑む。
静岡県御前崎から、日本海側では新潟から北の海岸に咲く。

別名イワトユリ(岩戸百合)
別名の岩戸百合の方が断然いい。
隙間があるから透百合では事実を指すだけ。
岩戸は日本神話の「天岩戸」を指し劇的空想の世界が広がる。
天岩戸は二次大戦以前生まれの人なら誰でも知っている。

天照大御神が弟の素戔嗚尊の乱暴に怒り天の岩屋に隠れ天岩戸を閉めた。
天照大神は太陽神。世は暗闇となった。
困った神々、一計を案じ岩戸の前で演芸大会を開いた。
中でも女神、天鈿女命は半裸のあられもない姿で踊った。
神々は大騒ぎ。天照大神、何の騒ぎ?と岩戸を細目に開け覗く。
待ってましたとばかり大力の大力雄命が岩戸の隙間に手を掛け
こじ開け天照大神を連れ出した。世は再び明るくなった。

暴れ者の神、素戔嗚尊は追放され出雲に天降る。
出雲の大河の川上に住む八岐大蛇を退治、尻尾にあった天叢雲剣を
得て天照大神に献上、大蛇の生贄だった奇稲田姫を救った。
八岐大蛇は頭が八つ尾も八つ、大酒を飲み年に一度娘を食べる大蛇。
素戔嗚尊は日本の伝説的な英雄の元祖的存在かも。
日本の神話は子供にも大人にも面白いのに戦後、トント語られない。

伊勢神宮の斎宮跡の森の小屋で大晦日の鶏鳴の頃、豊穣を占う
絵馬掛けの神事が行われた。白い絵馬が掛かっていれば日照りの年、
黒の絵馬は多雨の年と占ったという。絵馬は誰が掛けたとも知らずとする。
絵馬掛けの行事を前場に、岩戸開きを後場に壮大な能「絵馬」がある。

老夫婦がそれぞれ白の絵馬、黒の絵馬を持って現れる。
翁は白の絵馬を掛けると云い姥は黒の絵馬を掛けると争う。
程よい日照りと程よい雨とで五穀豊穣をと折り合いをつけ黒と
白、両方の絵馬を掛け「我らは伊勢の二柱、夫婦と現じ」と
云い残しきえうせる。
伊勢の二柱の神と云えば内宮の天照大神、下宮の豊受大神を指すと、
いうが、両神とも女神。日本の神は八百万(やおよろず)神を選ばず、
特定しないという事だろうか。

後場は壮大な神話の世界が繰り広げられる。
天照大神の舞は“神ノ舞”と称する。
天鈿女命は神楽の前半を優雅に舞い、手力雄命が後半を急調で舞う。
天鈿女命の岩戸の前での舞は“あられもない”姿だったが能では
見苦しい姿は見せない。能は美しさと品格を重んじる。

十寸髪
後シテ(天照大神)使用面 十寸神(ますかみ)

能「絵馬」の詳しい解説はこちら

【能を観に行きませんか?】
2020年 第三回 東京金剛会例会
日時 2020年9月19日(土)
会場 国立能楽堂 
番組
能  落葉(おちば) シテ 山田純夫
狂言 仏師(ぶっし) シテ 野村万作
能  融(とおる)  シテ 工藤 寛

落葉 源氏物語 柏木の巻より 皇女、落葉の宮の苦しみ、悲しみをえがく。
融  平安前期の皇子、源融大臣の豪壮な遊びを描き能の舞の面白さをみせる。

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08.30
Sun
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七代の滝 2020年8月8日写す。以下同じ

コロナ騒ぎで東京の人は地方で敬遠されるとかで、奥多摩が人気だそうだ。
七代の滝も満員だった。何時もはひっそりと人影がないのに。
若い人達が多かった。外国人も多く中でもインドの若者5,6人が目を引いた。

白人や黒人、黄色人種の人達は国籍までは判らないがインドンの人は一目瞭然。
顔の彫が深く眼光鋭く厳しい顔つき。だが見た目とはまるで違いとても優しい。
インドに数回行った。偶然だろうが三回同じガイドさんで三十前後の好青年だった。
最終日、ガイドさんの自宅に案内された。
大家族で大変な賑わいだった。どんな話をしたか、聞いたか忘れてしまったが
おばあちゃんの優しい顔や、可愛い幼子の顔が今でもくっきり浮かぶ。
外国観光旅行はただ観光だけでなくその土地の人々との触れ合いもいいナと。
別れにガイド兄ちゃんがインド製のウイスキーを呉れた。
インドの人は人前で酒を飲まない。イスラム教のように禁じられている訳では
ないようだが、酒を飲むと魂が狂うから成る丈飲まない方が良いという教え
だそうだ。ガイド兄ちゃんがそっと人目に付かないように渡してくれた。

七代の滝は東京の奥座敷、奥多摩にある滝。
御岳山から急勾配の坂を下りるか、JR五日市線の終点、五日市駅からバス、
上養沢で降り2時間ほど登る。
ただし上養沢行きのバスは一時間に一本か二時間に一本。

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タマガワホトトギス(玉川杜鵑) ユリ科

赤紫色のホトトギスは初秋の野山に珍しくない。
黄色のホトトギスがあるらしいがほとんど箱根の西に咲く。
関東で見られる黄色のホトトギスは、タマガワホトトギスと
サガミジョウロウホトトギスだけ。
サガミジョウロウホトトギス(相模上臈杜鵑)は神奈川県、丹沢山の沢にだけ
咲く。上臈は貴婦人。三年前、よほどきれいな花だろうと矢も楯もたまらず
丹沢の本沢に見に行った。丹沢の本沢は危険極まりない沢。素人が登る沢ではない。
危険を侵して登った。五つある滝の最後の滝、F5の壁の途中で足が痙攣を起した。
滝壺には飛び込む程の水が無く、落ちたら一巻の終わり。激痛をこらえ
滝の壁にへばりついて20分程。やっとの思いで脱出。
花の上臈美人に逢うのは命懸けだナと。
深草の少将は人間上臈美人、小野小町の許に百代通を敢行、最後の一日に急死した。
何事も無茶は止めた方がいいという教訓を知りながらの愚行だった。

能「通小町」は深草少将の陰惨窮まる恋を描く。

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イワタバコ(岩煙草) イワタバコ科

造花の様な花。
腕利きのアクセサリー職人が作ったイヤリングを思わせる。
整った星形が可愛い。好きな花の一つ。
日焼けを嫌がるお嬢様のように、お日様が嫌いな変わり者。
谷川の岩壁や滝など薄暗い水気の多い所に咲く。
別名に岩チシャ。苦くて生ではとても食べられない。
よほど苦いものが好きな人が付けた名だろうか。

本名の岩煙草の名が気に入らない。好きな花だけに猶更。
葉がタバコの葉に似ているからだそうだがタバコと聞いただけでも虫唾が走る。
昔、禁煙で苦しんだ思い出があるので。半ばニコチン中毒だった。

一昔前、日本でもタバコを栽培していた。大蔵省管轄の専売公社
が厳重に管理していた。当時タバコは貴重品だった。
タバコの葉は糊が付いた様にべた付き悪臭がする。
如何にも毒草と云った感じ。生葉を乾燥室で乾燥して専売公社に出荷する。
乾燥室の中は悪臭が濃縮され凄まじい臭気が充満していた。
乾燥の終わった葉を取り入れる手伝いをしていた若い娘が卒倒したと
子供の頃、煙草嫌いの父親から聞いた。この話を思い出し禁煙に励んだ。

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ツルリンドウ(蔓竜胆)リンドウ科

リンドウは秋の花の代表格、知らない人はいないだろう。
ツルリンドウはリンドウと姉妹だがどうした訳か蔓性で地面に
這いつくばって隠れるように咲く。清楚で清らかは花だが目立たない。
まるで能に登場する高潔な名僧を思わせる。

平安前期の僧、玄賓僧都は三輪山の麓に隠棲していた。
世俗を離れ仏道修行三昧に生きる、が玄賓の唯一の望みだった。
高潔な僧の模範として天皇は玄賓に大僧都の位を贈ろうとしたが
玄賓は断った。噂を聞いた信者が押し寄せた。
たまらんと逃げ出し、遠く北の地で渡し守をしていた。
みすぼらしい姿で昔のおもかげは無かったが嘗ての弟子に見つかった。
まずいとまた逃げ出しその後はようとして行方が判らなかった。
玄賓僧都は能「三輪」のワキ僧として登場する。

鎌倉時代に高潔な臨済宗の僧がいた。名を深山正虎和尚。
いつも破れ車に乗って四方を往来した。
能「車僧」はこの深山和尚の物語。

愛宕山の天狗、太郎坊が山伏姿で現れ深山和尚に禅問答を挑む。
禅問答の内容は難解だが魔道誘引天狗と泰然自若高僧の駆け引きが面白い。
和尚に敵う訳がない「我が住む方は愛宕山、太郎坊が庵室に
御入りあれや車僧」を捨てセリフを残して退散する。

天狗の正体で再び現れた太郎坊、和尚に行比べを挑む。
雪の嵯峨野、引く牛もない車を停めて雪景色を眺めている和尚。
天狗は車を走らせようと鞭で車を打つが車は動かない。
和尚が払子で虚空を打つと、引く牛もない車が飛び翔った。
天狗は和尚の並外れた法力に恐れをなし合掌して逃げ去る。

増上慢の天狗と沈着冷静な名僧との対比が面白く、
豪快な型をみせる天狗が見どころの能。

車憎
「あら尊とや恐ろしや」とへたばる天狗

能「車僧」の詳しい解説はこちら

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2020年 第三回 東京金剛会例会
日時 2020年9月19日(土)
会場 国立能楽堂 
番組
能  落葉(おちば) シテ 山田純夫
狂言 仏師(ぶっし) シテ 野村万作
能  融(とおる)  シテ 工藤 寛

落葉 源氏物語 柏木の巻より 皇女、落葉の宮の苦しみ、悲しみをえがく。
融  平安前期の皇子、源融大臣の豪壮な遊びを描き能の舞の面白さをみせる。

【おすすめ動画】
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08.24
Mon
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奥の院入り口の鳥居 2020年8月8日写す。以下同じ

御岳山は東京の奥座敷、奥多摩にある山。
山頂に御岳神社がある信仰の山。
奥の院は御岳神社本殿から登山道を一時間程の奥にある。
鳥居の前に佇み見上げていたら不信心の者の頭が自ずと下がり
両手が合わされた。
「何事のおわしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」
西行法師が伊勢神宮に参拝した時の歌だそうだ。
日本の神様は本来、現世利益を超えた“何事のおわします”だろうか。

今時の鳥居はほとんどコンクリートだがもともとは木だった。
明治神宮の大鳥居は台湾の高山、玉山(新高山)の山中から
切り出したヒノキだそうだ。
京都の野々宮神社の鳥居は昔、皮を除いたり磨いたりせず
切り出したままの木で作った。黒木の鳥居と呼んだ。
能「野宮」で京都、嵯峨野の野々宮神社を訪れた僧が
「我この旧跡に来て見れば、黒木の鳥居小柴垣、昔に変わらぬ有様なり」
と謡う。鳥居は“あの世”と“この世”を隔てる結界だそうだ。

能「野宮」では光源氏との恋を諦め、伊勢神宮の斎宮に上がる娘に付き添い、
伊勢に下る決心をした六条御息所が精進潔斎の為、野々宮に籠る。
野々宮の御息所を源氏が訪ねる。長月七日の日だった。
諦めた筈の御息所には衝撃だった。死後も御息所の霊は長月七日の日毎に
思い出の野々宮に甦る。
「神風や伊勢の内外の鳥居に出で入る姿も生死の道を神は受けずや思うらん」
霊となっても猶、長月七日の思い出を求めてあの世とこの世との結界、
鳥居に出入りする激しい恋、恐ろしいまでの執念の行く末を描く。

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レンゲショウマ(蓮華升麻)キンポーゲ科

お目当ての花。陶器のオチョコのような可愛い花。
豪華ではないが珍しい花。蓮華は蓮の花。
蓮華に似ているから蓮華升麻の名を頂いたそうだが、
めずらしさ故でもあるかもしれない。
蓮華は浄土の花であり仏様の台座も蓮華。
これ程結構な名を頂いて幸せいっぱいの花。

御岳山ケーブルカー終点近くの山肌に大群落がある。
日本一の大群落だそうだ。

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センニンソウ(仙人草)キンポーゲ科

仙人は中国の道教の理想とする人のことだそうだ。
山奥に住み不老不死、神通力を持ち空をも飛ぶ。
日本人は昔から外国の物を躊躇なく取り入れ
改良を加え我が物にするのが得意な民族。
テクノロジーでもスピリチュアルの面でもそうだと思う。

修験道の始祖と云われる役行者はさしずめ和製仙人だろうか。
葛城の明神をも縛る程の神通力を持っていた。
修験道の本尊、蔵王権現も役行者が祈請して現れた
仏様で、ありていに言えば和製仏様。

知人に修験道に熱心な人がいた。自宅に蔵王権現を勧請して
朝夕敬虔な祈りを奉げていた。
麻原彰晃が座禅を組んで5センチ程身体を宙に浮かせたと聞いたが
オレは難行苦行を続け役行者のように空を飛ぶ、が口癖だった。
真冬の高尾山の滝行などの無理が重なったのだろう突然風呂場で
倒れあの世の役行者のもとえ旅立った。

役行者が葛城明神を縛り洞穴に閉じ込めた説話は能「葛城」に
作られた。雪の山中で語られる明神の哀話、月光の雪原で
繰り広げられる神代の神遊びが美しい。

仙人草は花が終わるとタンポポのように、実に白い綿毛がつく。
白い綿毛に覆われた姿を仙人に見立てた名だそうだ。

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ヤマユリ(山百合)

百合の種類は多い。どの花もきれい。
中でも山百合は豪華で圧倒される美しさ。
園芸種でも野生でもユリの中で一番美しいと思う。
白地に血の色に似た深い赤黒の斑点があるが、これがチャームポイント。

山百合美人は気位が高い。ぞんざいに触れると花粉で仕返しする。
一旦ついた花粉は中々取れない。
山百合美人の香は深い。お見舞いの花には不向き。
百合根な高級食材。中でも山百合の球根が一番おいしいと聞いたことがある。

かなり昔の話。茨城県の大津港に親戚のおばあちゃんがいた。
「昔は農薬など無くて稲の病害虫が勝手放題に暴れて稲が全滅することが多かった。
そんなとき山百合の根を掘って食べたんだよ。哀れで思い出すたびに涙が出る」
としみじみ。「あら羨ましい、山百合の根は高級食材だよ」と云いたかったが止めた。

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ソバナ(岨菜)キキョウ科

薄紫の風鈴型の可憐な花。
花が咲くほどに成長しても葉は軟らかくクセが無く美味しい。
岨は切り立った崖と云う意味だそうだ。
崖に咲いているのを見たことはない。
ソマナ(杣菜)の別名がある。
山仕事をする人を杣人と云うそうだ。杣人が仕事を終え、
家で待つ愛妻の土産に花を添え、愛妻の喜ぶ笑顔を思い浮かべ持ち帰る、
などで想像して岨菜ではなく杣菜(ソマナ)の別名で呼んでいる。
思い浮かべる杣人は浮世の煩瑣を一切断ち生きる老杣人がいい。

能の前場には老人が登場する能が多い。老人は老人でも、
しょぼくれ老人ではない。何とも味のある、かっこいい老人だ。
能「鵜飼」や「国栖」の老人は髪を振り乱して鮎を獲る様子を見せ、
「善知鳥」や「阿漕」の老人は獲物を獲る息詰まる場面を写実的に見せる。
これらは逞しい老人だが優雅な老人も登場する。
「頼政」の老人は僧に宇治川の絶景に案内して是を絶賛する。
宇治川の景色が一幅の絵のように謡われる。
源頼政は武将であり歌人でもあった。
「雲林院」の在原業平は桜の老花守で登場して二条の后との恋を語り
「小塩」では桜の枝を肩に洒脱に現れ、花見の人達と桜を種に戯れる。
「忠度」の老人は薪に桜を折り添えて背負い現れる。

能「忠度」は武人であり歌人であった平忠度を、前場では歌人の忠度を
後場で武人の忠度を描く。「行き暮れて、木の下陰を宿とせば、花や
今宵の主ならまし」の歌が主題となる。
この歌は千載集に入集されたが忠度は平家の武将であり朝敵となったので
“詠み人知らず”となった。千載集は勅撰集であった。
死後、忠度の妄執となった。

千載集の選者、藤原俊成に仕えていた僧が出家し須磨の浦を訪れ、
忠度を偲んで植えられた若木の桜を訪ねる。
薪に花を折り添えて背負い杣人姿で現れた老人に僧が宿を所望する。
老人「げにお宿がな参らせ候はん。や、この花の陰ほどのお宿の候べきか」
老人は僧に「行き暮れて」の歌を示唆したのだった。

後場はガラリと変わる。忠度は短尺をつけ付けた矢を背負った武人姿で
現れる。短尺には「行き暮れて」の歌が書いてある。
忠度の執心の歌であることを示す。
忠度は伊勢で育った伊勢武者、並び無い剛の者であった。
源氏方の武士、岡部の六弥太との一騎打ちを写実的に生々しく見せる。

忠慶
「六弥太やがてむずと組み、両馬が間のどうど落つ。かの六弥太を取って
 押さえて腰の刀に手を掛けしに。六弥太が郎党、御後ろより立ち回り
 上にまします忠度の右の腕を打ち落とせば」
六弥太との激闘を見せる忠度

能「忠度」の詳しい解説はこちら

【能を観に行きませんか?】
2020年 第三回 東京金剛会例会
日時 2020年9月19日(土)
会場 国立能楽堂 
番組
能  落葉(おちば) シテ 山田純夫
狂言 仏師(ぶっし) シテ 野村万作
能  融(とおる)  シテ 工藤 寛

落葉 源氏物語 柏木の巻より 皇女、落葉の宮の苦しみ、悲しみをえがく。
融  平安前期の皇子、源融大臣の豪壮な遊びを描き能の舞の面白さをみせる。

【おすすめ動画】
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