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12.15
Sat

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高戸の浜 2018年11月23日写す。以下同じ

茨城県高萩市にある。日本の海岸百選に選ばれたとか。
この辺りの海岸は断崖絶壁続き。
何故だか知らないが断崖絶壁が好きらしく悪条件を物ともせず咲く花がある。
浜菊と小浜菊。高萩海岸辺りから青森の海岸に咲く珍品。
一番近い高萩海岸に毎年見に行く。今年はなんだかんだと野暮用に負けて
花の盛りに遅れた。
今年は諦めようかと思ったが、いつの間にか高萩海岸の岩壁をよじ登っていた。
岩の窪みに溜まった土に根を張ったススキやチガヤなどの頼りない雑草に片手で
必死にしがみつきシャッターを押しているうちに不安は的中、浅く根付いた草の根が
剥がれズルズルドシン。安物だが大事なカメラを無意識に守ろうとしたのか身体を
丸めたらしく大事には至らなかった。落ちた海岸は大小の石がごろごろ、向う脛と
後頭部を打った。かっこう悪く恥ずかしいので誰にも云わず黙っていた。
二週間ほどで痛みは取れた。

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ハマギク(浜菊)キク科

岩壁の浜菊 盛りは過ぎ数輪だけの咲き残り

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波打ち際に崩れ落ちた岩の隙間にも咲いていた。

背丈はそれほど大きくないが幹が太くて硬くまるで木。
太い幹から枝をだし大きな株になり真っ白い花を盛大に咲かせ見事。
こんな厳つい木に、これ程のかわいい花が咲くのだ、信じがたい。
花好きが、これほどの花を見逃す訳がない。庭にも植えられている。
だが海岸の絶壁に咲く浜菊は一味も二味も違い、荒々しい海の景色を
背景に美しさこの上もない。

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コハマギク(小浜菊)キク科

小さいハマギクと云うのだろうがこの二つは印象が全く違う。
美女と野獣と云ったらハマギクに叱られるだろうか。
コハマギクは全く知らなかった。数年前、ハマギクの群生の中に
4,5株咲いているのを見つけ図鑑で調べて知った。
今回は岩壁の窪みに生えた雑草の中に咲いていた。
盛大に咲きその姿を誇示するかのような浜菊とは全く違い雑草の中に
ひっそりと咲く美しい小浜菊に能「落葉」の落葉ノ宮の面影を重ねた。

落葉の宮は朱雀帝の二ノ宮。左大臣の息、柏木に降嫁したが柏木は
二ノ宮の妹三ノ宮に心を奪われ、二ノ宮は捨てられる。
宮は失意の内に母宮と小野の山里に籠る。
前場では小野の里のもの寂しい情景を描き、後場のクセでは落葉ノ宮に
想いを寄せ、想いを募らせて行く光源氏の子息、夕霧の心情を情緒豊かに
描く。終曲のキリでは夕霧の激情に耐え兼ね狂乱の域まで追い詰められる
落葉ノ宮の心中を描く。

落葉
能「落葉」 「さやけき月に妄執の夕霧、身一つに降りかかり目も紅の落葉の宮は」
有無もなく迫る夕霧の熱情に煩悶する落葉の宮

能「落葉」の詳しい解説はこちら


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12.08
Sat
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高尾山山頂 2018年11月2日写す。以下同じ

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高尾山のシンボル、薬王院

JR高尾駅から裏高尾、城山を経て高尾山頂、京王線高尾駅まで歩いた。
かなりの距離。快晴の秋の空はどこまでも澄み渡り空気は清澄、
足が重くなるまではルンルン♪だった。

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ヤクシソウ(薬師草)キク科

真っ黄色の花をたわわにつけて豪華。摘み取ると白い乳が出る。
ウサギや馬の好物。子供の頃、馬の砂糖と呼んだ。
戦時中や戦後しばらくは砂糖は貴重品だった。
子供にとって砂糖はうまいものの象徴だった。
ウサギや馬が美味しそうにヤクシソウを食べるのを見て砂糖のように
美味しいのだろうと思って名付けたのだろう。
葉の形が薬師如来由来らしい。古い命名だろうか。
よく見かける花だが花のイメージと違うのか名前がなかなか覚えられない。

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センブリ(千振)リンドウ科

「女郎花咲きたる下に千振の生えたるを見てしばらく去らず」
土屋文明の歌だそうだ。 
よく知られた西行の歌「道の辺に清水流る楊蔭、暫しとてこそ立ちとまりけれ」
に似ている。
西行さんは、清水の流れる柳の木陰が涼しく心地よく少し休むつもりだったが
ついつい長居してしまった。
文明さんを釘付けにしたのは何んだろう?
満員電車の人の頭のように隙間なく咲くその見事さか
リンドウの10倍の苦みを思い出してか?

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 リンドウ リンドウ科

キキョウ、リンドウは秋を代表する身近な花。
このところ野山のキキョウが見られなくなった。
派手に綺麗な姿のキキョウは誰もが好きだから仕方がない。
キキョウに比べリンドウは少々地味。
“オヤ、リンドウさん無事だったの?と声を掛けてしまった。
山の一人歩きは自閉症もどき、心に浮かんだことをぶつぶつと独り言。
奥山の草むらにひっそりと咲いているのを見るとこちらに何かを話しかけて
いるようで、ついつい声を掛けてしまう。
人けのない山道を歩いていると草や木などと同類になったような錯覚?幻想?
に陥るのだろう。

能「雪」では旅の僧が俄かに降り積もった雪に道を見失い茫然と立ち尽くす。
「さて困った。誰か現れて教えてくれないかな」と坊さんが独り言。
雪の精が現れる。あなたは誰ですか?と坊さん
「誰とはいかで白雪のただおのづから現れたり」と雪の女。
自分が誰か分からない、自然に現れたという。
雪の女は僧の幻想だった。

雪の女は、ただ自然にこの世に現れ己が誰とも分からない、この深い迷いを
仏の功徳で助けて欲しいと懇願し静かに舞を舞い消えうせる。
能の重要な型の一つでもある“足拍子”は音を盗んで踏む。“雪踏の拍子”と云う。
雪は極めて小品の曲だが白一色の清らかな能。
心の負担のない幻想的な世界に浸って過去の思い出と重ねて観る、
このような能もまたいい。

雪
能「雪」
能に「江口」という曲がある。その昔、大阪の淀川河口にあった江口の遊郭の
遊女の物語。
シテの江口の遊女は「しかるに我らたまたま受け難き人身を受けたりといえども、
罪業深き身と生まれ」と謡う。
この世に生を受けることは稀なことだが生まれながらにして罪深い身として
生まれてきたという。仏教では女は罪深いと説かれているという、遊女の身として
の思いは猶更であろう。
仏の慈悲は深く広くあまねく善悪を超えて衆生を救うと云う。
再び現れた遊女の霊は普賢菩薩に変身してその尊い姿を見せ西の空に消える。
「江口の君」伝説に取材したという。
今でも「江口の君」の伝説はこの地方に残っている。
能「雪」は「江口」のように徹底して仏教の哲理は述べないが淡々と仏の慈悲を
語る。敬虔な仏教徒だった昔の人は、また「江口」のような世界にも思いを
馳せ観たのではないだろうか。

増女1
「江口」後シテの使用面「増女(ぞうおんな)」端正にして品位があり神格を表わす面

能「雪」の詳しい解説はこちら
「江口」はこちら


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12.03
Mon
高尾山の秋(1)裏高尾から城山へ 能「小鍛冶(こかじ)」「殺生石(せっしょうせき)」

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裏高尾風景、東京にも長閑な風景がある

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柚子、鈴なりの豊作

裏高尾は高尾山の賑やかな表登山口の北、旧甲州街道沿いの高尾山の山裾一帯をいう。
割と珍しい花が咲くことで知られている。観光客がほとんどいなくて静か。
いつもはJR中央線高尾駅からバスで終点、小仏から登り小仏峠、
城山を経てJR中央線相模湖までのコースだが今回は思いつきで
時間も遅かったので、表登山口の手前、小仏川沿いのハイキングコースを
歩き日影林道から城山に至るコースにした。

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ゲンノショウコ(現の証拠)フウロソウ科

幼い頃、腹痛やお腹をこわした時、お祖母ちゃんの家に駆けこみ
ゲンノショウコを飲ましてもらった。
お祖母ちゃんはゲンノショウコを整腸剤に日常的に飲んでいたようだった。
母親は民間薬嫌いで富山の置き薬か医者の薬の信者だった。
見つかると叱られた。だが富山の薬も医者の薬もゲンノショウコより苦く、
変な味で嫌いだった。薬の好きな人はいないから当たり前だが。

植物の名前は面白く興味深い。学者が付けたと思われる名、民間の言い習わしと
思われる名、吹きだしそうな珍妙な名、意味の分からない名、等々。
ゲンノショウコはそのものズバリ、当を得た名。
腹痛も下痢もお腹の不調は飲んだ途端、ピタリと治る、まさに“現の証拠”
ゲンノショウコの花は白花と紫がある。
故郷のゲンノショウコの花は鮮やかな紫できれいだった。

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城山の茶屋

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カンビール350円 名物ナメコ汁250円 オニギリは手製

思い付きだったので家を出たのが遅く急ピッチの登りは疲れた。
城山に辿り着きホッと。昼飯が美味かった。
相模湖へ下りる心づもりだったが時間が心配だなと思った途端、
急にしんどくなり足は勝手に賑やかコース、高尾山頂に向かっていた。

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シラネセンキュウ(白根川芎)セリ科

城山の茶屋の近くに咲いていた。
セリの仲間は、山にシラネセンキュウ、シャク、海に刺身のツマのハマボウフウ、
アシタバ、田んぼや沼にセリ、畑に人参などなど。
セリ科独特の香りと風味があり美味しい。
味も似ているが花も葉っぱもよく似ている。
センキュウは漢方の名だそうだ。シラネセンキュウの根も漢方薬。
漢方薬の起源は不老不死の薬を求めて野山の草木、動物、鉱物をくまなく探し求め
試したのがはじまりだそうだ。毒を飲むという事故も当然あっただろう。
清朝のある皇帝は水銀の鉱石、辰砂を飲んで血を吐き死んだという。
真っ赤な不思議な色に魅せられ不老不死の妙薬と信じ込んだのだろうか。
十数年前、痩せ薬の漢方を飲んで死んだ女優がいた。
同じころ北京の空港で太った娘の土産に痩せ薬を買った。
女優と同じ薬だった。娘は体調が急変、中止して命拾いをした。

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サラシナショウマ(晒菜升麻)キンポウゲ科

サラシナショウマの若芽は茹でて水に晒して食べる山菜。名の由来だという。
水で晒すのはアク抜きか毒抜きかだろう。
キンポウゲ科にはきれいな花が多い。きれいなものには何とやらで、二輪草の
他はほとんど毒があると聞く。その最たるものが猛毒のトリカブト。

ブラシに似た花というが、ブラシは汚れを落とす道具、純白の清楚な花には
ブラシでは可哀そう、白狐の尻尾と呼びたい。
小さい白い花が集まって咲き毛のように見える。まさに白狐の尻尾。

白狐は年を経て白くなった狐で神通力を持つという。
稲荷神社の神は狐。能「小鍛冶」では都随一の刀工、三条小鍛冶宗近が
剣を打つよう勅命を受ける。勅命の剣を打つには宗近に劣らぬ相槌が
なくてはならない。困り果てた宗近は氏神、稲荷明神に祈願する。
稲荷の明神が現れ助太刀の相槌を打つ。
狐明神が歴史上の名剣の由来を語り舞い、宗近と剣を打つ様子をキビキビと見せる。
キツネの動きの特徴を形象化した、能の型の魅力を見せる。

こかじ
宗近の相槌を勤め剣を打つ稲荷明神

悪狐の能もある「殺生石」
古代インド王の后となり王に勧めて千人の首を斬り、後に古代中国の王の
后となり悪行の限りを尽くした女が、死後日本に生まれ変わり鳥羽の院の
玉藻の前となった。
帝の命を狙ったが陰陽師に正体を見破られ白狐となり那須野に逃れ人や獣や鳥を殺した。
神秘な異次元の世界に誘われ戦慄が走る能。

殺生石
石を割って現れたキツネの妖怪

『小鍛冶(こかじ)』の解説はこちら
『殺生石(せっしょうせき)』の解説はこちら

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11.24
Sat


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多摩川 是政橋 2018年10月16日写す。以下同じ 

多摩川は東京、山梨、埼玉にまたがる奥秩父山塊から流れ下り東京湾に注ぐ大河。
玉川とも呼ばれ、変化に富んだ美しい川。
大都会を流れるが清流の魚、アユも泳いでいる。
玉川の名の川は全国に六ケ所あるそうだ。総称して六玉川。
いずれも名のある所を流れ玉のように美しということらしい。
是政橋は河口から37キロほどの地点にある大きな橋。
中央線、武蔵境から西部是政線で15分程、終点の是政駅近く。
広い河川敷は野球場、サッカー場など。土手はサイクリングロード、マラソンコース。
さらに色々な野草の花が咲く。

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柿 2018年16日写す

是政橋の300メールほどの上流に南武線の鉄橋があり鉄橋下の河川敷に
柿の木の大木が鎮座、毎年沢山実をつける。自然に勝手に生えたのだという。
色づくころを見計らって頂きに行くが手の届く下枝は毎年、子供達に先を越される。

♪カキに赤い花咲く、いつかのあの家、夢に帰るその庭、遥かな昔♪
柿を見ると口をついて出てくる。いつ覚えたのかおぼろおぼろ。
文部省唱歌だそうだから多分、姉や兄が歌っていたのだろう。
この歌のカキの花とは“柿”の花と信じていた。
田舎の我が家の庭の柿の花は地味で花とは思えない。
遥か遠くの家の柿の木には赤いきれいな花が咲くのだろうと信じていたのだ。
“柿”が“垣”だと気が付いたのはそう遠くない。
色づいた柿を見上げ口ずさみ思い出してニヤリ。

イングランド民謡に日本語の歌詞をつけた。文部省唱歌だそうだ。
讃美歌や欧米の民謡に日本の歌詞を作り歌うのがこの頃流行ったという。

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I名前はわからない。アブラナ科?
オヤ?と目を引いた。見慣れない花だっただけではない、
黄色が鮮やかでなきれいだったから。
外来の花と一目で分かる。外来種には興味がないが野山に野生化した花には
花壇の花にはない風情がある。
多摩川の土手には外来種の植物が多く見られる。
どうしてだろう?あちこち知っていそうな人に聞くが納得の答えを聞かない。
この花も一見して外来種だと思った。
種の鞘がグリンピースに似ていたので豆の種類かと思った。
割ってみると中に小さな種がビッシリ。
葉っぱのようすと合わせ考え、白菜や大根の仲間、アブラナ科かと。

この頃外国の観光客が急増した。外国の植物も日本が好きらしい。
繫殖力が凄まじい。
先ごろ亡くなった俳優の津川雅彦が“日本に生まれてきてよかった”と
よく云っていたそうだ。かく云う者の口癖でもある。

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ノブドウ(野葡萄)ブドウ科

花は地味できれいとは云い難いが実がきれい。
白、赤、青、紫の実が混じってついている。まるで宝石。
図鑑に食べられないとあるが毒だとは書いてない。
試しに食べてみようと思うが、冥土の実のようで気味悪くまだ試していない。

子供の頃、目にモノモライができるとお祖母ちゃんがノブドウノの茎の
樹液を目に吹きかけてくれた。母に報告すると“嫌だ!”と断れと叱られた。
だが不思議にすぐ治った。母の居ないのを見計らいお祖母ちゃんにありがとうと云った。

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バッタ (飛蝗虫)

動物は好きではないが昆虫は別。
大抵の人が毛嫌いするゴキブリも嫌いではない。
あめ色が艶やか、昆虫の中でキレイのランク入りだと思う。
バッタはバッタバッタと跳ねて飛ぶのが可愛い。
このバッタは草むらから現れジッとして逃げなかった。
早く写してと云わんばかりに。こちらの顔を見て親戚だと思ったのかもしれない。

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ススキ(薄)イネ科

土手の上から秋の花が咲きそうな場所の見当をつけ背丈を越すススキを
掻き分けて行ってみる。かなりの難行苦行だった。
目指す花は咲いてなかった。
ススキはきれいな花とは云い難いが昔から親しまれ歌にも詠われた花。
枯れてもしばらくは同じ姿。“生”に執着する姿に見えて、眺めていると寂しくなる。

能「清経」では夫、清経が入水した知らせに妻は
「人目を包む我が宿の、垣ほの薄吹く風の、声をも立てず忍び音に、
泣くのみなりし身なれども、今は誰をか憚りの」と嘆く。
源氏に追われ西国に下った夫を想いススキの靡くが如く忍び泣きに泣き暮らした。
夫は朝敵故に世を憚り忍び泣きに泣く外はなかったが今は何を憚ることがあろうかと
声を上げて泣くと謡う。

能「清経」は源氏に追われ西国に落ちて行く平家の悲哀を描いた能。
平清経は平清盛の横暴を常に諫めた清盛の嫡男、小松重盛の三男。
歴史に残る働きはないようだが父に似て優しい人だったのだろうか、
能、清経に名が残った。二番目の人気曲。

一場面の単式能だがシテの登場の前に夫、清経の入水自殺の報を受けた
妻の嘆きが子細に語られる。さながら前場のようだ。
「病の床の露と消えなば、力なしとも思うべきに、我と身を投げ給いぬれば、
もしは変らで同じ世に、廻りやあうと頼め置きし、言の葉までも今ははや偽り
なりける恨めしさよ」 
あの世までも一緒と嘗て交わした睦言の思い出も怒りに変わって行く。
「声をも立てず忍び音に泣くのみなりし身なれども、今は誰をか憚りの、
有明の月の夜ただとも何か忍ばん郭公、名をも隠さで泣く音かな」
妻の嘆きを余さず描く。

クセで清経が自殺を決意する経過が詳しく語られる。
「追手がおなる後の波、白鷺の群れいる松見れば、源氏の旗を靡かす
 多勢かと肝を消す」
源氏に追われ船に乗り逃げる。船尾が引く白い泡の航跡、松に群れる白鷺、
執拗に追う源氏の軍勢の白旗に見えたのだ。清経の錯乱状態が生々しく語られる。
「この世とても旅ぞかし、あら思い残さずや」
この世は輪廻の中の一つ、仏の教えを信じ、
「腰より横笛抜き出し、音もすみやかに吹き鳴らし、今様を謡い朗詠し」
と心を澄まし、
「南無阿弥陀仏弥陀仏」と唱え海の藻屑と消える。
無駄のない名文で綴られたクセは人気曲たる所以だろうか。
死は人にとって唯一の大事業。昔の人は仏の教えを信じ迷いも少なく死んで行った。
無信心の、その時の我が身を思うとゾッとする。

清経
「西に傾く月を見れば、いざや我も連れんと」
西にあるという極楽浄土に連れて行けと西に沈む月に祈る清経。

能「清経」の詳しい解説はこちら

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11.17
Sat
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乙女高原から望む南アルプス連山 2018年10月19日写す。以下同じ

南アルプスは山梨県から静岡県まで連なる連山。南アルプスの最高峰、
富士山に次ぐ標高の北岳が見える絶景の場所だが雲に覆われ見えなかった。
ガッカリで枯れススキを掻き分け咲き残りの花を探した。

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リンドウ(竜胆)リンドウ科

♪白樺揺れる高原に、リンドウ咲いて恋を知る♪幼い頃、姉が唄っていた。
幼心に恋など解る訳ないのに未だに忘れないのは何だろう。
リンドウの花の色、形に秘密があるのかも知れない。

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マツムシソウ(松虫草) スイカズラ科

名の由来は難かしくて聞いてもピンと来ない。
松虫の音のように優雅で美しい花と思う事にしている。
かなりの群落があったようで枯れ残りが無惨だった。
ただ一もと、割と形の整った咲き残りが胸をギュツと。

千利休が朝顔の盛りに秀吉をお茶に招待した。秀吉は乱れ咲く
朝顔を楽しみに利休庵を訪ねたが利休は朝顔を全部摘み取り、
秀吉を茶室に招じ入れた。茶室に一輪だけ活けてあったと聞いたことがある。
やはり後世に名を残す人は違うナと。鈍感な身でも一輪の朝顔の美しさが浮かぶ。
咲き残りを見て利休になった気分だった。
実のところは無理にそう思った。

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アキノキリンソウ(秋の麒麟草)キク科

黄金色に豪華に咲く花なのに盛りが過ぎれば斯くの如し、哀れ。
人の一生もかくやとばかり。あまり思いたくないが。
麒麟は中国の想像上の動物。全身から五色の光を放つ霊獣。
麒麟草は間違いで黄輪草だという学者がいる。
だが学者でない者には麒麟草が断然いい、空想が膨らむから。
黄輪草では花の形を云うだけでつまらない。
学者は既成の説にイチャモンをつけたがるようだ。
諸説あるとよく聞くがイチャモンのせいだろう。

兄弟分に悪名高いアメリカ渡来の“セイタカアワダチソウ(背高泡立ち草)”がある。
隙あらばと土手や空き地を占領して我が物顔に蔓延る嫌われ者。
よくよく見ればきれいな花だが度を超すと嫌われる。
人間も同じだなとつくづく。

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野菊 キク科

野山に咲く色々な野生の菊を総称して野菊と云うそうだ。
色や姿形がそれぞれ少し違う。それぞれの名前を覚えるのは面倒。
全て“野菊”と呼ぶ事にしている。
人間だって顔形は違うが同じ人間。

菊ほど日本人に親しまれた花は少ない。
日本の国花でもある。酒を”菊の水”とも云う。
平家の武将、平盛久は処刑を免れ頼朝の祝いの杯を受け
「種は千代ぞと菊の水」と祝言の謡をうたい喜びの舞を舞った。

“死”に赴く人間の心境を綴った能「盛久」は舞の要素は少しだが
人の生死を考えさせられる名曲。

鎌倉に護送される盛久は輿を清水観音の方角に向けさせ手を合わせる。
盛久は日頃から観音を深く信仰していた。
観音様が極楽浄土に導くことを信じ手を合わせる静かな姿に、
死の恐怖が和らいでいく風情がただよう。
何ものも持たない無信心な己を思い合せ死の恐怖は如何ばかりかと戦慄が走る。

輿は京を離れ鎌倉に向かう。鎌倉には“死”が待っている。
輿は東海道の名所を通過する。地謡が名所の数々を謡う。
ただ名所の美景を謡うというだけではない。死を覚悟しこの世の名残に見て
気持ちの整理をしているであろう盛久の心中が謡われているようで感動の波がドット押し寄せる。

鎌倉に着いた盛久はこの世の名残にと観音経を読み、少しまどろむ内に夢を見る。
夢に白髪の老人が現れ「汝年月、多年の誠抽んでて発心人に越えたり。
 心安く思うべし我汝が命に代るべし」老人は清水観音だったのだろうか。

盛久は由比ガ浜の刑場に引き出され座に直り経巻を開き、刑の執行を待つ。
処刑人が太刀を振り上げる、経巻、光を発し処刑人の目を射、太刀を取り落とす。
太刀は段々に折れる。

即刻、顛末が頼朝に報告される。
盛久が刑執行の前夜見た夢と同じ夢を頼朝も見た。
盛久は許され、頼朝は酒宴を催す。
盛久は鎌倉までも聞こえた舞の名手だった。
頼朝の所望に盛久は舞を舞う。
「種は千代ぞと菊の水」と祝言の謡をうたい喜びの舞を舞う盛久の舞姿に
万感迫らない訳がない。

盛久
斬首を免れ喜びの舞を舞う盛久。
シテ 二十五世金剛流宗家 金剛巌

能「盛久」の詳しい解説はここちら



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