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07.21
Sun

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多摩動物公園正門

京都に住んでいる身内が久し振りに我が家に来た。
1才半のいたずら坊主を喜ばせようと色々考えた末多摩動物公園に決めた。
この辺りは多摩丘陵と呼ばれ自然が豊か。動物を見るだけではなく
自然も満喫できるので、ただの動物園ではなく公園をくっ付いて
多摩動物公園としたのだろう。東京都の施設だそうだ。
放し飼いのライオンがたむろする中にバスを走らせて見物する
名物のライオンバスは更新工事中で休み、ガッカリ!

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ヒヨドリバナ(鵯花)キク科 令和1年7月8日写す。以下同じ

ヒヨドリバナは山に咲く花、多摩丘陵は人間が侵入して来て様変わりしたが
昔、山であったことの証拠。
花の名の謂れは色々らしい。学者もはっきり分からないらしいから
素人が分かるわけがない。ヒヨドリは悪食、何でも食べる。
さすがヒヨドリバナは食べないようだ。どの花も無事だった。

昔、多摩丘陵にも農家があった。平らな土地に野菜や陸稲を作り
細々と暮らしていたという。現在のように野菜がバカバカ売れる訳でもなく
畑で作る陸稲は不味くて売れない。
やがて神武景気、続いて岩戸景気、多摩丘陵は巨大なレジャーランド、
団地、住宅が続々建った。
低価格の地価が急騰、農家は急きょ億万長者になった。

稲城市に住んでいた知人に聞いた話で真偽の程は分からないが、
彼の幼馴染に多摩丘陵の俄か億万長者がいた。
連日、銀行や証券会社、車などのセールスマンなどに追い回され
逃げるように今日は北海道の薄野、明日は福岡の博多という具合に
歓楽街を渡り歩いた。
馴れない遊びに疲れ“世の中は空しい”と遺書を残し自ら命を絶った。
“彼はクラブの女に振られたンだよきっと”と云う人もいると知人は苦笑していた。
似たような話が、今の西東京市の“ひばりが丘団地”でもあったと後で聞いた。

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ヒオウギズイセン(檜扇水仙) アヤメ科

鮮やかなオレンジ色が美しい。アフリカの原産だそうだ。物凄い繁殖力。
佐賀県では有害植物として植栽禁止だそうだ。
南西諸島のある島で県道の両側にヤブになって咲いていた。
オレンジ色の花の波が風に靡いてうねり息を呑んだ。
希少な花で尚且つ有害植物でなければ銭は惜しまず買うのだが。
何事も度が過ぎるといけませんネ。
月産自動車?の例の人に教えてあげたいネ、ゴーンとカウンターパンチ喰らう覚悟で。

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キキョウ(桔梗)キキョウ科

野生の桔梗がこのところ見られなくなった。絶滅危惧種だという、ビックリ。
自然生えに見えたが多分人の手で植えられたのだろう。
昔は日当たりのいいとことに咲いていて珍しい花ではなかったと思う。
家の婆ちゃんが薬にするのだとゴボウのような太い根っこを日に干していた。
何に効くのか聞いたことがあると思うが忘れた。
朝鮮半島では“トラジ”。薬用、食用に大事にされ恋歌調の民謡にも唄われ有名。
トラジの歌を幼い頃、聞き覚えた。幼い男の子が恋歌を歌っていたのだ。
韓国のニュースを聞くたびについつい歌ってしまう。
韓国は一番近い外国。アジアの国々が好きでへめぐったが韓国は近いから
何時でも行けると思っていてまだ行ってなかった。
トラジの歌のように優しい人達が住む國だろうから行ってみたいが
この頃オッカナイ悶着続きだし韓国の人は日本人嫌いらしいから足が向かない。

平安時代にはキキョウを“蟻の火吹き”と云ったそうだ。
蟻の巣穴にキキョウの花をかぶせるとアリが花を齧る。
アリが出す蟻酸がキキョウの花の汁に反応して青い花が赤く変色する。
四百年続いた平安時代の平和、子供の遊びも優雅だったのだナと。
大人も“蟻の火吹き”を遊んだかも知れないが。

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リョウブ(令法)リョウブ科

リョウブも山に咲く花。令法とは奇妙な名。
図鑑などで名の由来を読んでもピンと来ない。知りたい程の由来でもなさそうだ。
リョウブの若葉を焚き込んだリョウブ飯はよく知られている、だが食べたことがない。
米の少なかった頃、増量材にしたのだ、旨くないと書いたのを読んだことがある。
植物学者にしては風流心の乏しい人だなと不思議だった。

茶席にも活けられると聞いたことがある。
白く清楚な花の姿が簡素な茶席に似合うのだろう。
白は高貴な色、白を基調にした清楚な能の装束がある。
能「雪」専用の長絹と呼ばれる上着。
雪の結晶をかたどった金の“雪輪”の模様が白の生地に溶け込んで
「雪」という清らかな能を表し美しい。

雪

雪は人間界の不浄を覆い隠すかのように清浄無垢な世界を現出する。
能「雪」の主題でもある。

突然降り出した大雪に茫然と佇む僧、近くの木陰から雪景色を詠った
和漢朗詠集を吟じつつ女が忽然と現れる。
女は自分は無意識のうちにこの世に現れ己が何者かも分からない、
この苦しみを助けて欲しいと訴える。
仏の功徳を信ずれば成仏できると諭す僧にお礼の舞を美しく舞う。
女は雪の精だった。

クセは源氏物語「浮船之巻」の歌などを採り入れた流麗な語句で語られ
雪の袖を翻し「序ノ舞」舞う。
廻雪の舞の余韻を残し明けて行く空に淡雪のように舞いつつ消えて行く姿が感動。
小品ながらスッキリと味わい深い作品。

能「雪」の詳しい解説はこちら

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07.13
Sat
久々に「半蔀」を勤めた。
「半蔀」は平安中期の長編小説、源氏物語の巻首に近い「夕顔の巻」の
夕顔の上と光源氏との、光の間のような束の間の愛の物語。
源氏物語で夕顔は内気で優しい女とし、薄幸の女に描かれる。
作者は細川家の家臣だった武士、謂わば素人の作。
これほどの作品を作った事も驚きだが、武士が日本の女の優しさの
見本の如きを描くとは驚きの外はない。

シテ(主役)はアシライという静かな登場の囃子で幕放レする。
情緒一辺倒の曲に相応しい出囃子とする。
静かに歩を運ぶという事はかなりの体力を要する。
面を着る(付ける、能では着るという)と遠近感、方向感覚を制限され、
体力の大半を身体のバランスを保つことに費やされるからだろうか。
老人や登山者が杖を用いるのは体重を支えるよりも体のバランスを
支えるのが大きいのと同じ様なものだろう。

半蔀1
「手に取れば手ぶさに穢る立てながら三世の佛に花立てまつる」
僧正遍照の歌を口ずさみ現れた夕顔の上の霊

前場は都、雲林院の僧が仏に手向けた花の供養を行う場に夕顔の上の霊が現れ
夕顔の花を挿し添えるという極簡単な設定。内容の希薄な呆気ない前場だと
いう印象を与えないよう、謡や動きにも細心の注意を払い静かに情緒を漂わせる
事を心掛ける。

僧は挿し添えられた花の名を知らない。「いかななる花を立てけるぞ」と僧。
「愚かのお僧の仰せやな黄昏時の折なるになどかはそれと御覧ぜざる」
夕顔の花は黄昏時に開花する。
優しい女、夕顔の上を演ずることを常に念頭に置く。僧をなじるような詞章を
どう演ずればいいのだろうと考える、割愛は許されない。

「五条辺りと夕顔の空目せし間の夢となり面影ばかり亡き迹の立花の
陰に隠れけり」と唯一の地謡。「面影ばかり亡き迹」で正面に静かに出、
向うをとくと見ると型付け(振り)にある。
“とくと見る”と云う型は人により解釈がいろいろだろう。
二つ三つ歩を運び面をやや上に取り虚空を凝視する。
観る側の想いを引き出せればと期待する。極めて短い前場だが後場の成否を決める場であり極度の緊張に縛られる。

半蔀2
半蔀を押し開け小屋を出る夕顔の上

後場のシテは後見が舞台後方に据えられた藁屋の中。
藁屋は引き廻しと呼ばれる濃紫の布で覆われている。
暗い中で和漢朗詠集を吟ずる。貧しく哀れを詠った詩だが品よく謡うよう努める。
作り物の中に入って舞台に出る演出は少なくない。
能独特の演出だが見慣れていても期待感と好奇心を誘う。
演ずる側も相応の緊張を強いられる。
引き廻しが下されると緊張は更に高まる。

小屋にはヒョウタンがぶら下がっている。夕顔の花はカンピョウの花、
ヒョウタンはカンピョウの変種、夕顔の花の機縁で夕顔の上と源氏は結ばれた。
クセで語られる。

半蔀3
小屋を出、クセを舞う

クセは室町時代に流行った曲舞を能に採り入れたものだという。
曲の中心となっている。決まった型を連ねて舞うことが多く詞章の意味を
表す動きに遠い。型の緩急や形など工夫して詞章の意味に近づける工夫を
するが見る側に通ずるか否かは計算外で只々工夫する難儀でもある。
「半蔀」のクセには詞章の意味を表す具体的な型、お経を聞く、夕顔の花を折る、
花を奉げるなどの型があり演ずる側には納得がありその分心を開ける。

半蔀4
夕顔の花を折り源氏に奉げる夕顔の上

夕顔の上は源氏に誘われて泊った「何某の院」で物の怪に襲われ落命する。
全く同じ題材の曲に世阿弥作の「夕顔」がある。
世阿弥の自信作とされ骨格の整った名作といわれる。
何某の院での恐怖も語られ心理描写の難しい曲。
「半蔀」では「何某の院」には一切ふれられず恐怖の片鱗も語られない。
五条の小家で夕顔の花を機縁に邂逅したことに的が絞られクセ、序の舞、
キリへと情緒一辺倒が途切れることなく連綿と語られる。
難解な語句や故事もなく分かり易く親しみやすい所為か上演頻度も高い。

半蔀5
「また半蔀の内に入りて、そのまま夢とぞなりにける」

夕顔の上の霊は再び小屋に入り顔を隠しうずくまる。
すべては僧の夢だった。

能「半蔀」の詳しい解説はこちら

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07.05
Fri
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報国寺山門 2019年6月17日写す。以下同じ

目を剥く数々の人々が山門に吸い込まれていった。
「見仏、聞法の数々。順逆の縁はいやましに、日夜朝暮に怠らず」
能「東北(とうぼく)」のクセの一節が浮かんだ。
日頃、意味は朧気に、仕事だからと謡っている。
“仏を見、仏の教えを聞く人々はますます増えて夜も夕も朝も夕も
勤行を怠らず”と云う意味だそうだ。
今の世、これだけの信仰の人々がと驚いた。
十数年前初めて訪れた時は鬱蒼とした木々の中に溶け込むように建つ堂宇、
まるでお堂の仏様が散歩に現れるのではないかとさえ思われる雰囲気のお寺だった。
この寺は竹林でも知られている。竹林を前にした瀟洒なお茶屋が人気。
信仰はさておき、山門をくぐる人達のお目当ての一つかも知れない、
などと穿ったような物言いは失礼ですが。
山門はくぐらなかった。無信心はさることながら他に目的があったから。

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イワタバコ(岩煙草)イワタバコ科 イワタバコ属

鎌倉のイワタバコが気になっていた。
奥多摩や秩父、丹沢の渓谷よりも早く咲く。
鎌倉には山の中の水気のある岩肌などにも咲く。
民家の石垣にも咲いていた。
どうして鎌倉にイワタバコが多いのか知らないが、
イワタバコは花弁が厚く形が夜空にきらめく星のよう。
“星月夜”は鎌倉の枕詞、彼女達はこの枕詞を知っているのかもしれない。
報国寺周辺は特に多い。藪を掻き分け探すよりも楽だから、報国寺の仏様には
申し訳ないがお参りはそっちのけで毎年、六月初めを目途に訪れる。

イワタバコは岩ジシャの名もあるという。好き者は珍重する。
胃の薬と云われるだけあって苦い。若い葉も試したが苦い。
やはり好き者の食べ物、葉がタバコの葉に似ているから付いた名だという。
だがそれだけではなさそう。なにやら怪し気な雰囲気も似ている。

遥かな昔、田舎でタバコを栽培していた。
タバコの葉はネバネバしていて手にくっ付き気持ち悪かった記憶がある。
葉を乾燥室で乾燥して専売公社に納める。
乾燥室の中は刺激的な異臭が充満していた。
中で作業していたおばさんが倒れた。
運び出されたおばさんの顔は血の気が無かった。

二十三才の頃、毒と知りながら煙草を吸い始めた。
人並みに格好つけたかったのだろう。
同業の先輩に喉を使う者がタバコを吸うとはとたしなめられた。
おばさんの顔を思い出しながら散々苦労の末、一年かけて止めた。

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ヤマユリ(山百合)ユリ科

大きな花、白い花弁に赤黒い斑点、強烈な香り、数ある百合の
中で魅力NO1。黒い斑点もアバタもエクボ、チャームポイントでもある。
まさかかこんなに早く山百合が咲いているとは思わなかった、ビックリ。
明治の初め頃ヨーロッパの万博でヨーロッパの人達を仰天させたそうだ。
輸出が始まり日本中の山から山百合が消えかかったそうだ。
球根は高級食材。色々の百合の中で山百合の球根が一番おいしいそうだが
食べたことはない、花を思うと食べられない。
今は昔、お爺さんとお婆さん、ではなく茨城の田舎に住む義弟と
山百合の球根を掘りに行った。かなりの花が咲いていた。
何やら異様な叫び声が聞こえる、振り向くと鎌を振り上げたお婆さんが
駆けよって来た。ほうほうの態で逃げ帰った。
山は国有林だったがお婆さんが手入れしていたのだろう。
堀りたかった球根は食べるためではなく庭に植えるためだった。
事情を話せばお婆ちゃん一つや二つ許してくれたかもしれない。
嘘のようなホントの話。
だが山百合は人間嫌いな花。植えても二、三年で消えてしまう。
後で知ったが。

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テイカカズラ(定家葛) キョウチクトウ科

岩や木に絡みつく。名の由来となった謂れが面白い。
鎌倉時代にもストーカーがいた。それも超有名人、天才歌人藤原定家。
後白河天皇の皇女、式子内親王への恋に落ちた。
式子内親王の死後、定家の執心は葛になり内親王の墓石に絡みついたという。
この花の清らかな色、形、豊かな香り。なんとまあ気の毒な名を奉られたのだろう。
可哀そうこの上もない。

能「定家」で二人の恋が強烈に、ショッキングに語られる。
定家の強烈なストーカー紛いの執念に内親王は折れたという。
定家が建てたという時雨の亭(ちん)に雨宿りする僧の前に現れた女、
二人の壮烈な恋を語る。常人には及びもつかない恋に羨望(?)とも
感激ともつかない想いを誘う。灰をかき混ぜるお婆さんの話じゃないが(?)
「玉の緒よ絶えなば絶えねながらえば、忍ぶることの弱りもぞする」
秘めた恋を人に知られる事を恐れた内親王の歌。玉の緒は命のこと。
女は定家葛の這い纏わる内親王の墓に消える。女は内親王の霊だった。
定家の執心は死後も内親王の墓石に絡みつき内親王を苦しめる。

僧の前に再び現れた内親王の姿が凄まじい。
着ている衣は在りし日の姿だが顔が物凄い。邪淫の罪で地獄に堕ち苦み
憔悴した顔の痩せ女の面、内親王の霊は僧にこの姿をご覧下さいと云う。
僧は法華経、薬草喩品を読む。この経の功徳で心無い草木も成仏する。
内親王を縛っていた定家葛もほろほろと解け内親王は感謝の「序ノ舞」を
舞う。序ノ舞は通常は優艶な女の舞、地獄の苦しみの面、痩せ女で舞う
舞は血も凍る想いに苛まれる。
内親王の霊は「月の顔ばせも曇りがちに桂の黛も落ちぶるる涙の」
といい置き元の墓に帰って行く。墓はまた定家葛に覆われる。
内親王の霊は再び地獄に帰り定家蔓に縛られ苦しみを受けるのだろう。
救いのない結末。これ程の恋は止めて置こう、などと冗談はとても云えない。

定家
報恩の舞を舞う憔悴した姿の式子内親王の霊

能「定家」の詳しい解説はこちら

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06.29
Sat
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江戸川 2019年6月27日写す。以下同じ

千葉県の松戸に仕事で月に1、2回通っている。近くに流れる江戸川に初めて行った。
河川敷に咲く花を期待して行ったが端境期だったのか目ぼしい花はなかった。
江戸川は房総と江戸の境を流れる河。下流によく知られた“矢切の渡し”や“寅さん”
の柴又帝釈天があり境内に江戸時代の浅間山の大噴火で流れて来た人の遺骸や
牛馬の死体を供養した墓があると聞いたことがある。
 岸辺で釣り糸を垂れたおじさんに声を掛けた。ヘラブナ釣りだそうだ。
「ヘラブナ釣りは釣りの中で、イの一番に難しいンですよネ」お世辞を言ったら
「そう」と満面の笑みで振り返った。

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チョウセンアサガオ?(朝鮮朝顔) ナス科

チョウセンアサガオかどうか自信はない。土手の散策路、サイクリングロード
脇のトイレの裏に咲いていた。人が植えた様ではなかった。

田舎の母方の祖父の庭に盛大に咲いていた。祖父は喘息持ちでチョウセンアサガオを
タバコのようにして吸っていた。効用は知らないが効き目があったのだろう。
祖父は大の焼酎好きで、冬は囲炉裏端で暖まりながら更にお腹の中の焼酎で暖を追加。
夏もお燗、焼酎の熱気を縁側の涼風に発散させ延々と飲んでいた。
ソロバン玉の形の薩摩黒ジョカに小さな薩摩焼の杯が絵になっていた。
肴は刺身一品。刺身を箸でつまんでジッと見つめ、ひっくり返して皿に戻し、
杯を傾けグッと飲み干す、を繰り返した。
「ジイちゃん、どうして食べないの?」とオレ。
「ウン、これを食うと焼酎がまずくなる、腹もすいているし、どうしようかなと思案しているンだ」とジイさん。
幼い頃の思い出、オレにも幼い時があったのだ。あの頃のジイさんの年はいささか超えたが。

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クサフジ(草藤)マメ科

散りかけの哀れな姿でギシギシの枯れた花の茎に寄りかかり、
「花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき」と
臨終の言葉を呟く幻聴が聞こえたような気がした。
「花の命は」の詩の一節は林芙美子が好きで何かににつけて書いたそうだ。
林芙美子は「苦しきことのみ」多かった作家だったと云う。
クサフジの盛りは豪華だがススキの藪を掻き分けてまで見に来る人はどうだろう。
運がよければ釣り人が見てくれるかも知れないが。能「鞍馬天狗」で謡う
「見る人もなき山里の桜花」だが林芙美子の「苦しきことのみ」とは次元が違う、
贅沢云うなと言ってやった。

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ノラニンジン(野良人参)セリ科

ヨーロッパ渡来の花だそうだ。野菜の人参が逃げ出して野生化したものだそうだ。
同じ逃げ出した例に海岸に咲くハマダイコン(浜大根)がある。
“ほんとうかな”と首を傾げたくなるが学者が云うんだから本当だろう。
江戸川も外来の植物らしいのが我が物顔にはびこっていた。
遠い故郷を離れても寂しい様子は微塵もない。よほど日本が気に入っているのだろう。
日本はいい国だもんねと又もや言ってやった。

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ペットポトル

川面のさざ波に寂しげに揺れていた。まるで生きているようだった。
水は静かに流れているがポトルは流れない、オヤ?とよくよく見たら
細い紐が見えた。水底に重りで繋ぎ止めてあるようだった。
誰が何のための仕業だろう。
川岸に腰を下ろしポトルの浮き沈みを見ながらポトルを浮かべた人の想いを
勝手に色々想像した。
ペットポトルの人は若い人ではないだろう。多分年配のロマンチスト、
“寂しさ”を求める人かも知れない。
“寂しさ”は日本の文芸の根本。遥か昔からの伝統らしい。
昭和までも“寂しさ”を詠った。
「幾山河、越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく」
「あした浜辺を彷徨えば昔のことぞ忍ばるる」
「名も知らぬ、遠き島より流れ寄るヤシの実一つ」などなど
ペットポトルに小声だったが唄ってやった。奴は“そんなの知らないよ”
とばかり上下左右に体をゆするだけだった。

千数百年前、“寂しさ”を求めた高僧がいた。
天皇の帰依をも受けた玄賓僧都。
僧都の高徳を慕う貴賤が煩わしいと三輪山の麓に隠れ住む。
当時は三輪山の麓は人家も希な僻地。
能「三輪」の前場でこの地の玄賓の侘び住まいを舞台に“寂しさ”描く。
僧都の侘び住まいを曰くありげな女が訪ねる。
地謡が僧都の庵の佇まいを謡う。
「秋寒き窓のうち、軒の松風うちしぐれ、木の葉かき敷く庭の面、門は
葎や閉じつらん、下樋の水音も苔に聞こえて静かなる、この山住ぞ寂しき」

女が玄賓僧都の庵の前に佇み案内を乞う。
「門は葎や閉じつらん」
あたりには雑草が生い茂る破れ庵の佇まい。
ぽつねんと対坐する二人。
「軒の松風うちしぐれ、木の葉かき敷く庭の面」
二人は黙したまま。
「下樋の水音も苔に聞こえて静かなる」
かすかに下樋の音までも聞こえるしじま、静寂。

舞台に水音や松風の音の楽が流れる訳でもなく、落ち葉かき敷く庭や
雑草生い茂る破れ庵の作り物が舞台に設えられている訳でもない。
地謡を聞きつつ二人の姿を見、人それぞれ過ぎし日のなつかしい経験を
重ね合わせひたすら想いに耽る。能ならではの醍醐味。

女が玄賓に衣を所望する。物欲を去った僧に衣を所望する、女の謎が深まる。
女は衣を臂に掛けとぼとぼと帰って行く。
その後ろ姿に人それぞれの想いを抱くのは必定。

三輪
「あら、有難いや候。さらば御暇申し候はん」

能「三輪」の詳しい解説はこちら

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06.25
Tue
我が家の庭がせめて猫の額だったらナ~と思うが、願望があるのが
人間幸せ。願望が達せられたら後、何もない、と思う事にしている。

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ホタルブクロ(蛍袋)キキョウ科 2019年5月28日写す
出所は遥か忘却の彼方。

名前の由来が面白い。
袋のような花に蛍を入れて遊んだからとか、火垂(ほたる、提灯の古語)に
似ているからとか。どちらでも幻想的でピッタリの名だと思う。
蛍を入れて遊んだのは子供、大人では一茶だろう。
案外、一茶が名付け親かも知れない。
細い茎に下向きにぶら下がって咲く姿はまさに提灯。

野草には人間好きと人間嫌いがあるようだ。
植えても根づかないもの、いつの間にか消えるものがある。
ホタルブクロは我が物顔に蔓延る。
はびこり過ぎて他の花をイジメるが可愛いから大目に見ている。

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シモツケ(下野)バラ科 2019年5月28日写す。
箱根産

10数年来我が家の住人。箱根の金時山から移住してきた。
雨でえぐられた登山道にぶら下がって今にも枯れそうな哀れな姿だった。
山小屋のおじさんの許可を得て頂いて来た。
珍しい花ではないが可哀そうだったので。垣根などに植えてあるのと別種かと
思うほど一段と色が濃く自慢にしている。

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ノイバラ(野茨)バラ科 2019年6月13日写す。出処不明

花の終わった鉢植えをどこの人かは知らないが我が家のネズミの額に捨て子した。
地植えにして二十数年、龍のようにくねくねと巨大化した。
毎年、白い花模様のカーテンのように窓を飾ってくれる。
今年は満開の頃、大雨続きで貧弱だった。
ノイバラには色々種類があるらしい。
学者ではないのでノイバラで勘弁してもらうことにした。

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オカトラノオ(岡虎の尾)サクラソウ科 2019年6月13日写す
埼玉産

白く小さい桜型の花が穂のように咲く花穂をトラの尻尾に見立てた。
虎は大袈裟、せいぜい子猫の尻尾。名付けた学者の粋だろう。
これも我が家のネズミの額が気に入ったのかはびこっている。

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ハマボッス(浜払子)サクラソウ科 2019年6月13日写す。
茨城産

払子は坊さんの道具。動物の尻尾の毛を束ねて柄を付けたもの。
元々はインドでハエや蚊を追い払う道具だったそうだ。
インドにはハエが多かった。チャイのカップの縁にハエが並び、
黒く動く模様に見えると聞いていた。まさにその通りだった。
ハエの名所はインドだけじゃあない、中国の新疆ウイグル自治区の
ウルムチの市場が凄かった。
陶器のカメを熱して内側に挽肉を張り付けて焼いたのが美味しいと
女性達が大量に買って来てバスの中で皆に配った。
日本のひき肉と味が違うのはたぶん羊の肉だろう。
材料の挽肉の容器にハエが群がって挽肉が真っ黒だったのを目撃した後だった。
熱心に薦める女性に丁重に断った。
“どうして食べないの?お腹の具合でも悪いの?”控え目に“ハエの大群見なかった?”
“大丈夫ヨ!焼いてるから。こんな美味しい物日本では食べられないンだから”
啞然!女性は強い!
ハエを追い払う払子様の道具は見当たらなかった。ハエなど全然気にしてなかった。
日本ではハエは目の仇にされ殺虫剤で追いまくられ今では珍しい。
そのうち絶滅危惧種に指定されるかも知れない(笑)

ハマボッスの何処が払子に似てるの?と不思議だった。
或る図鑑の解説で納得。花が同属のオカトラノオそっくりで
オカトラノオは坊さんの払子にそっくり、それにあやかり浜に咲く
のでハマボッスとなったそうだ。ややこしいが名付けた学者はなぞなぞ好き
だったのかもしれない。

払子は元々ハエを追い払う道具だったそうだが正装の坊さんが朱塗りの柄の
白毛の払子を抱いて現れると自然と頭が下がる。
能「殺生石」では高僧、玄翁が狐の妖怪を「何れの所より来たって今生かくの
如くなる。急々に去れ、去れ」と喝破する。

玄翁が喝破した妖怪は桁外れの国際的妖怪。インドでは王妃となり王に勧めて
千人の首を取り、その後中国の王妃に生まれ変わり国を滅ぼした。
この妖怪、日本に生まれ変わり近衛院の玉藻前となった。
身震いする程の美貌の身から妖気を放射する。

能「殺生石」のクセでその様子が語られる。
能のクセは舞いつつ語るものと型(舞)はなく語りだけのものがある。
能の核心を語るもので、中には予備知識がなければ難解のものもある。
殺生石のクセは分かり易く聞いているうちに段々と身が竦んでいく。
陰陽師、阿部泰成に正体を見破られ白虎の妖怪となり空を飛び那須野原に
隠れ住む。その後、二人の剛勇に妖怪を退治せよとの勅命が下る。
剛勇二人は百日の間、妖怪退治の修練を積み那須野が原に向かう。
白虎の妖怪と剛勇二人の闘争がこの曲最大の見どころ。
息も吐かせぬ過激な動きの舞、能ならではの緊張感に身が竦む。

殺生石
玄翁が払子を打ち振り殺生石を割る、現れた妖怪

能「殺生石」の詳しい解説はこちら

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