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09.21
Sat

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八島ケ原湿原 令和元年9月5日写す。以下同じ

長野県のほぼ中央、霧ケ峰高原にある湿地。
車なら中央高速、諏訪から約一時間くらい。ほぼ毎年、花を見に行く。
春夏秋(冬?)、折々の花が咲く。
冬は雪や氷の花が咲くだろうが行ったことがない。

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アザミの歌、歌碑
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アザミ(薊)

18才で戦場から復員、八島ケ原湿原の薊に恋人を偲んで作った詩だという。
二次大戦の終戦後、間もなくNHK ラジオ歌謡で歌われたそうだ。
戦後、絶望に荒んだ人々の心に染み入ったのだろう永く歌われた。
二次大戦で国は焦土とり、恐ろしい原爆で息の根を止められた。
人々を絶望の淵から奮い立たせるかのように歌や小説が作られた。
復興は驚異的だった。
住家を焼かれ、原爆を落とされ、数知れぬ命を奪われても、
事実は語るが戦勝国に恨みを言う人は少ない。

その戦争の記憶も遥か彼方だが不思議にも損害賠償を要求する国がある。
国家間で解決済の案件だと云う。政権が変わる度に国家間の条約であっても
反故にする国らしい。
日本の国民は過去とはきっぱりと縁を切り将来を見つめ己の力で再建に奮起した。
伝統の精神文化が支えた。
百年前に近い問題を引きずる國、日本への恨み引きずる國、
先進国入りは覚束ないかもしれない。

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コオニユリ(小鬼百合)ユリ科

鹿よけの金網の向うに咲いていた。シカは仕方ない奴だ。
きれいな花でもお構いなく食べてしまう。猟師がいなくなったので鹿や猪は蔓延り
貴重な花でも分別なく食べ、悪行の限りを尽くす。人はせいぜい防御の網を張る程度。

きれいな花なのに鬼の百合とは変。
今時、鬼がいるなどと信じる人はいないと思うが郷土芸能など鬼の芸は今でも盛ん。
昔は鬼は実在と信じていたのだろう、詩歌、物語に登場する。
鬼の成り立ちは色々らしい。能の「葵上」は嫉妬が嵩じて鬼になった。
鬼になったのは高貴な女性、皇太子妃であった六条御息所。
皇太子の死後、光源氏に愛される。
源氏の正妻、葵上に恥辱を受け嫉妬も重なり鬼となって葵上を襲う。
高貴な女性が下賤な女の所業である嫉妬の上の後妻打ちなど、はしたない所業と
抑えに抑えるが睡眠のうちに魂は生霊となり身体から抜け出し度々葵上を襲う。
生霊の面は眼球が金の泥眼、恨みの眼が恐ろしい。
生霊となった所以をとくとくと語り恨みの恐ろしい眼が深い悲しみの眼となる。

鬼の百合とは失礼なとコオニユリたちは云うだろう。
同感、名付けた謂れは聞きたくもない。
小鬼百合は小さい鬼百合の意、根は小さいが鬼百合の根は大きく美味いそうだ。

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シモツケソウ(下野草)バラ科

ピンクの色合いが鮮やかで華やか。
群生の前でワアきれいと叫びスマホでパチリ、の光景を何度も目撃した。
小さな木のようだが草本だそうだ。下野、栃木県に多いからシモツケ草
だと云う。栃木県の山を代表する那須岳、男体山では見た記憶がない。

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サラシナショウマ(更科升麻)キンポウゲ科

茹でて水に晒して食べるので付いた名だそうだがホントかな?
よほどの食いしん坊が名付け親なのだろうか、
よほどアクが強いのだろうか、などと勘ぐってしまう。
花は白狐の尻尾、白い狐が日本にいるかどうか知らないが。
群生を見ていると白狐の乱舞の様。風が吹けば猶更。

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フシグロセンノウ(節黒仙翁)ナデシコ科

他の花には見られないような独特の色合いが目を引く。
登山道の藪などで出会うと嬉しくなる。
古名を逢坂草と云うそうだから昔から親しまれた花だったのだろうか。
逢坂山に多いから逢坂草というと古い図鑑にあった。
逢坂山に沢山咲いているかどうか行った事がないので知らない。

逢坂山は京都の東にある山で昔、関所があり交通の要衝だったそうだ。
「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関」
百人一首にある盲目の歌人、蝉丸の歌だそうだ。
都に程近いこの山で去る人、帰る人、知っている人、知らない人を
盲目の心の眼で見送り迎えたのだろう。
蝉丸は琵琶の達人で逢坂山に住み、行き来の人に琵琶を聞かせ生業に
していたという。
蝉丸の身の上については色々な言い伝えがあるらしい。
能「蝉丸」では醍醐天皇の皇子とする。能「蝉丸」は盲目の蝉丸と
狂人の姉宮、逆髪姉弟の悲惨な姿を描く。

「蝉丸」前半では勅命によって逢坂山に捨てられる蝉丸を描く。
廷臣、清貫が我が君は中国の聖王、堯、舜以来の聖君でありながら
我が子を山野に捨てさせるとはと嘆く。
盲目の身となったのは前世の悪行の所為である。
その償いのため山野に捨て後世を救うための計らいであり、
親としての深い慈悲であるのだと蝉丸。
蝉丸の諦観が清らかに描かれる。
蝉丸はツレだが皇子の品格でシテの位で演ぜられる。

シテは蝉丸の姉宮である逆髪。髪が逆立つ様に生えていて、
諸国を彷徨う生来の狂人として描かれる。
花の都を彷徨い出で、蝉丸の住む逢坂山に差し掛かる。
旅の描写は道行と云い、旅の途次の数々の名所が軽快な謡に
のって語られ舞われ刻々と移り変わる景色が目の辺りに浮かぶ。
蝉丸が奏でる琵琶の音に引かれ二人は再会する。
蝉丸の悲惨な生活を思いやる「クセ」がしっとりと舞われ涙を誘う。
多様な場面で構成され、演劇性に富んだ能。

蝉丸
「驚き藁屋の戸を開くれば」月の光も雨も漏る藁屋で再会する逆髪、蝉丸姉弟。

能「蝉丸」の詳しい解説はこちらこちら

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09.14
Sat
野川公園はJR武蔵境駅から西部是政線で10分程、新小金井駅から
徒歩10分の都立公園。東の端に清流、野川が流れている。
昔、キリスト教大学のゴルフ場だったとか。
知る人ぞ知る憩いの場、訪れる人は近辺の人達だったがこの頃
遠くからのお客もボチボチ増えてきた。
自然観察園と呼ぶのがあり珍しい花は少ないが気晴らしにちょくちょく見に行く。
入園料無料

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野川(のがわ) 令和元年8月29日写す。以下同じ

親子が網で獲物を夢中で追いかけまわしていた。戦果はバケツの中。
覗いたら小魚とザリガニが数匹泳いでいた。
小川には数種の水鳥がいて水草を食べ、小魚を漁っている。釣り人も出没する。

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ヒオウギ(檜扇)アヤメ科

鮮やかなオレンジ色に黒っぽい斑点。なんでわざわざ斑点?
この世の物は全て神様の作品、人智では計れない、下世話にはアバタもエクボ、
などと云いたくなる花。よくよく見ると斑点がオレンジ色を浮き立たせている。

扇は竹の骨に紙や布を貼ったものだが昔の扇はヒノキを薄く削った板だった。
ヒオウギの葉が似ているので付けた名だそうだ。
昔はヌバタマとも言ったという。ヌバタマは闇の枕詞。花びらの黒点を闇夜の星に
見立てたのかも知れない。驚く感性。昔は多くの事象が解明されていなかった。
人々は余計な知識を持たなかったその分、鋭い感受性を持っていたのだろうか。

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ガガイモ(蘿藦)ガガイモ科

畑の縁やヤブに蔓を伸ばし毛の生えた可笑しな、不思議な花を咲かせる。
可笑しな不思議な花といったら神様の罰があたるかも知れない。
人智では計れない、ガガイモには不可欠な物を神は与えたのかも知れない。
若芽は摘むと牛乳のような汁が出て気持ち悪いが茹でて美味しい。
根も食べられるそうだ。

実は変わった舟形。少彦名(すくなひこ)の神が乗ってやって来たそうだ。
少彦名は小さい神様だったそうだがそれにしてもガガイモの船で荒波航海は
常識的に無理、転覆は必定。
神話はあり得ない物語で人の心を膨らませ何かを暗示している、などと
ヘンチョコな説でガガイモの実を弁護したくなる。

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ワルナスビ(悪茄子) ナス科

野川公園、隣の武蔵野公園に蔓延っている。北アメリカ原産だそうだ。
きれいな花なのに悪ナスビの名は可哀そう。
外来のもので、蔓延る植物は目の敵にされる。
仕方ないが他の外来の植物の様に在来の植物を駆逐して蔓延るという
程でもない。外来種というだけでついつい色眼鏡で見てしまう。

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センニンソウ(仙人草) キンポウゲ科

草や木に遠慮会釈なく絡みつく無礼な奴。真っ白な花を豪華に咲かせるから
マ、許せる。実も凝った細工。白い綿毛が実を覆っている。仙人の髭の様、
が名の由来だという。

懇意にしていた“花爺”と自称していた人がいた。
ボロ車に乗せて秋川から奥多摩あたりの野草の花を見るドライブをした。
センニンソウを見つけて庭に植えたいという。
珍しくも花なのでエッ、と驚いたが無断で頂いて庭に植えてあげた。
翌年、豪華な純白の花を咲かせた。
“花爺”の満面の笑顔、得意顔が忘れられない。
右に釣り竿、左に鯛を抱かせてスマホでパチリと撮っておけばよかったと。

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ゲンノショウコ(現の証拠)フウロソウ科

オヤ?と。花は小さいが鮮やかな赤がきれいだったから。
東日本のゲンノショウコの花は色が薄くボケた薄紫の筋がある。
あまりきれいではないゲンノショウコの花を見慣れていた。
西日本の花は赤いという。見たことがなかったのでビックリ。
誰かが植えたという様子ではなかった。
ゲンノショウコはお腹の妙薬。飲んだ途端、薬効が現れる。故に“現の証拠”

田舎のおばあちゃんは医者嫌いだった。ゲンノショウコ、ドクダミ、ネズミモチ
など民間薬の薬草を常用していた。
“だから健康で若々しいンだ”と云い聞かせられた。
婆ちゃん子だったので薬草を折に触れ飲まされた。
おばあちゃんは若いころ“今小町”と近所の人にお世辞を言われたとか。
小町とは小野小町、平安初期の歌人、才女。
おばあちゃんは若いころ美人だったらしい。
爺ちゃんは醜男と云うのは可哀そうだが小男で風采の上がらない人。
なんでこの爺さんが美人を?と疑いたくなるが、神様のご配慮、神様は公平なのだ。
おばあちゃんは美人でちやほやされたせいか鼻っ柱が強かった。
本物の小野小町もそうだったと言い伝えられているという。

小野の小町は不世出の超美人。美人故のヤッカミか、ひどい伝説が多いらしい。
能の「卒塔婆小町」は何と百歳に一歳欠ける乞食の婆さん小町。
老いという外観的な“醜”を見せながら九十九歳の生涯で磨いた
老いの“美”を見せる能とでも云いたい能。

婆さん小町は杖に縋りよろよろと登場、朽ち果てた卒塔婆に腰かける。
通りかかった高野山の坊さん、仏体を刻んだ卒塔婆に腰かけるとは
とんでもない婆さんだと立ち退かせようとする。
高野山の高僧と乞食婆さん小町の仏説論争が白熱する。
高度な仏教哲学の理解は難しく仕方ないが雰囲気の風圧が痛快に迫る。
いきなり深草の少将の霊が憑く。老女の姿のまま深草の少将に変身する。
唖然とする演出、底気味悪さが身震いを誘う。
装束を改め舞う“百夜通い”の見せ場が圧巻。

卒塔婆問答は形骸化した仏教への批判にも思え、考えさせられる。

通小町2
「胸、苦しやと悲しみて、一夜を待たで死したりし、深草の少将の怨念が憑き添いて」
深草の少将が憑き「百夜通い」の少将の苦しみを見せる小町。2025年6月所演

能「卒塔婆小町」の詳しい解説はこちら

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09.08
Sun
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五合目のにぎわい。令和元年8月26日写す。以下同じ

やはり世界の富士山。外国語が飛び交う。日本語らしい言葉が聞こえて来ると
耳をそばだてて確認、同胞もいたとホッとする。
外国人登山者の過半数を占めたという話題の隣国の会話がほとんど聞こえなかった。

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ミヤマシャジン?(深山沙参)キキョウ科 又はヒメシャジン(姫沙参)?

初めて見たような気がする。ツリガネ人参、ソバナに似ているが葉っぱや花が違っていた。
分からない花の名を教えてもらっている都立野川公園、自然観察センターの
係の人に写真を持参して教えてもらった。
写真が不鮮明で確かとは言えないがミヤマシャジンかヒメシャジンではないか
とのことだった。花の形はふくよかで花色もみずみずしくきれいだった。
葉は三枚の輪生。

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キンレイカ(金鈴花) スイカズラ科

厚めの花弁が外側に少し反り返り幼な子の唇の様。可愛い花。
金の鈴も名付けて妙。富士山の懐に咲き、“月見草”よりも似合う?

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アキノキリンソウ(秋麒麟草)キク科

この花を見るともう秋が近いのかとチョットしんみり。
黄金色の小花がこんもり、泡立ち草の別名もあるとか。
アメリカ渡来の悪名高いセイタカアワダチソウも同種だそうだ。
この花もきれいな花。有無を言わせず他の植物を追い出して蔓延るので
嫌われる。 “やり過ぎ”には気を付けないとネと考えさせられる。

麒麟は想像上の霊獣、麒麟とどういう関わりの名か学者も分からないらしい。
黄金色の花が泡のように盛り上がって咲き、さながら霊獣麒麟が駆けている
姿に似ていて、ビールの泡にも似ているから麒麟草、としたら例のビール会社が
喜ぶだろうナと冗談一席。

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ヤハズヒゴタイ(矢筈平江帯)キク科

高原の草地でよく見かけるような気がする。確たる印象がない花。
目立つ花ではないが面白い形。“私だって花ですよ”
と細々自己アピールしているよう。
能「西行桜」で“心なき草木も花実の折は忘れめや」と謡うが実は心がある。
詫び住まいの西行法師の庵の桜の盛りに、花見客が押し寄せた。
うるさいと西行さん、腹立ちまぎれに一首を詠む。
“花見にと、群れつつ人の来るのみぞ、あたら桜の科には有りける”
桜の精が風雅な老人姿で現れ“桜の罪とは心外”と西行さんに文句を言う。

野や山の花には息を呑む程豪華な花も咲き、エッ、これ花?という地味な花も咲く。
花はそれぞれ大なり小なり自己アピールの手段に見える。
ヤハズヒゴタイの地味な花を見ていて、父に友人がしみじみ述懐した言葉を思い出す。
“戦前、自分は全体の中の自分と散々叩き込まれた。戦後になったら、自分があって
全体があるという風潮となった。気の弱い自分はコロッと変われない、悲しいネ”
とうに亡くなったが、生きていたら今の世を見て、悲しい位では済まないだろうナと。

矢筈は矢の部品で知っていたが平江帯が分らない。当て字なのだろうか。

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五合目の土産物屋前から七合目の小屋の前まで往復するそうだ。
下りの馬、数頭に出会った。“撮っていいですか?”にニッコリVサイン。
馬や牛は少々ノンビリだが超省エネ交通機関。
昔は乗り物、運搬手段は馬車,牛車だった。
エンジンの馬牛はやそこいらに生えている草を食べさせればOK! 超省エネ!
昔は馬や牛の飼料に自然に生えている草を刈った。昔の貴重な草は今は雑草。
環境保全で苦労して刈り取り捨てる。
石油は温暖化の問題を抱え更に枯渇も近い。核燃料の完全制御は難しくオッカナイ。
そのうち牛馬の時代が来てノンビリ世界になるかも知れない、などとたわけた冗談。

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馬糞(まぐそ)

道の真ん中に鎮座していた。数人の親子が不思議そうな顔を並べて覗いていた。
“馬のウンチですよ”と云ったら“キャッ”と奇声を発して飛びのいた。
排泄物は汚い物の象徴。世の中は、ばい菌ウヨウヨだと色々の消毒薬が出回り、
宣伝でなんでもかんでも汚い、危険だと云う。ついつい信じてしまう。
馬の飼料は稲科の植物が多い。完全消化されないで繊維がそのまま残る。
異臭は薄い。モンゴルの遊牧民の人達は乾燥したものを燃料にするそうだ、と口まで
出かかったが信じる訳ないと飲み込んだ。

“コッコッコ、ニワトリさん、お前は糞して尻りゃ拭かん、それでも卵は美味しいナ♪
子供の頃の友達の作詞。鳩ぽっぽの節で歌った。先生が聞いて大目玉。
以来校内で大流行となった。野口雨情賞なるものがあったら受賞間違いなし。
副賞は当時は貴重だったアメ玉だっただろう。

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イタドリ(虎杖) タデ科

種類が違うのかな?と思うくらい鮮やかな紅色だった。
虎の杖?どうして?と思うかも知れない。
田舎育ちで昭和生まれの人は知っている。子供の頃食べた。
太い茎が竹の子のように、にゅ~と伸び、茎の模様が虎の毛皮。
折るとポ~ンと小気味よい音がする。
知恵が付いた今はヌカ漬けで食べる。なかなかの珍味。

イタドリを虎の杖とは少々大袈裟。虎は動物園だけで昔から日本にはいない動物。
だが馴染み深い動物。
虎の皮の敷物は権威の象徴だったし、加藤清正は朝鮮の山奥で槍一本で虎狩りをして勇名を馳せた。
日本にはいない虎が身近で恐ろしい猛獣の象徴として言葉の綾などに使われた。

虎口を脱するという言葉がある。
能「安宅」では兄、頼朝に追われた源義経が奥州、藤原氏を頼り山伏に変装して
逃げる。途中、安宅関で見咎められるが弁慶の機転で難を逃れる。
まさに虎口を逃れたのだった。
「虎の尾を踏み毒蛇の口を逃れたる心地して」と謡われる。
弁慶の機転二つがこの能の聞きどころ見所。
先ず「勧進帳(かんじんちょう)」と呼ばれる“読み物”の場。

義経主従は東大寺再建のための山伏に変装、義経は荷物運びの少年下僕の強力に。
安宅関を通過しよとした。
関守の冨樫に怪しまれ、本物の勧進の山伏ならば勧進帳(寄進の趣旨を書いた巻物)
を読めと云う。
弁慶、迷うことなく笈の中から全く無関係の巻物を取り出し即興で偽勧進帳を読む。
迫力満点のシーン。内容の理解はさておいて、思わず身を乗り出して聞き入る。
一難去ってまた一難。今度は下僕姿の義経が疑われる。
強力姿だが持ち前の“上品さ”は隠せない。
弁慶の機転が益々冴える。
「判官殿(義経)に似たる強力めは一期の思い出よな~。腹立ちや日高くは能登の國まで指そうずると思いつるに、僅かの笈負うて後に下がればこそ人も怪しむれ、総じてこのほど憎し憎しと思いつるに、いで物見せん」
弁慶は手加減もなく金剛杖を振り上げ散々に義経を打ち据える。
手加減するとバレルからだ。
同行の山伏姿の義経家臣達もいきりたち、刀に手を掛け冨樫に迫る。
恐れをなした冨樫、関所を通す。
虎口を脱したが「たとい如何なる方便なりとも正しく主君の打つ杖の、天罰に当たらぬ事やあるべき」弁慶の嘆きが痛ましい。
重量感たっぷりの大作。

安宅
勧進帳を読む弁慶、疑い覗き込む関守冨樫、割って入る義経家臣

能「安宅」の詳しい解説はこちらこちら


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08.31
Sat
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富士山6合目 令和元年8月26日ガスのチョイ晴れ間に写す。以下同じ

思い付きだったので出発が遅かった。おまけに富士吉田口の有料道路は夏の間
マイカー規制、バスに乗り換え行った。大幅に予定時間遅れ。
晩夏の富士山、花は少ないだろうと期待無しで行った。

「田子の浦にうちいでて見れば白妙の富士の高嶺に雪はふりつつ」
百人一首でお馴染みの歌。山辺赤人の歌だそうだ。
新幹線など無い700百年前、奈良の都からはるばる赤人さんは富士山見物に
やって来たのだろうか、などと冗談が出る程富士山は美しい。
同じころ修験道の始祖、役行者は度々流刑地の伊豆大島をこっそり抜け出し
空を飛び富士山に遊びに行った。
富士山の神様は木花開耶姫(このはなさくやひめ)
“富士は日本一の山♪”唱歌にも歌われた。富士山が日本人の心の山である訳を
吹聴したが、山の高さも美しさも何といっても“日本一”。日本人なら誰しも認める。
いや美しさは世界一かも知れない。たくさんの外国人が訪れるのもその現れだろう。
日本嫌いで今話題の大統領からクレームを頂くかも知れないが(日本海の名に
イチャモンを頂いた事があったので)

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ミヤマオトコヨモギ(深山男蓬) キク科

荒々しい登山道際の砂礫の中に咲いていた。
能の名曲「熊野(ゆや)」で「草木は雨露の恵み養い得ては花の父母たり」と
病身の母を思いやり謡う。植物だけではなく生きとし生けるものに水は命、
水気のない過酷な環境に逞しく咲くので男ヨモギかと思ったら違うらしい。
きれいな花とは云い難いが水気のない砂礫に頭をうなだれ優しく健気に
可愛らしく咲いている。一ぺんに気に入った。
“富士には月見草がよく似合う”太宰治の言葉だそうだが治さんは
ミヤマオトコヨモギを見たことがなかったのだろう。
見ていたらきっと“富士にはミヤマオトコヨモギがよく似合う”と
なったに違いない。

かく云う者も始めて見た。不思議な姿に見入った。
富士山レンジャー(国立公園の管理員)の若い女性に教えてもらった。
色々な花の名や咲いている場所も詳しく親切に教えて頂いた。
登山の人達の安全を助ける仕事なのだろうか忙しく立ち働く姿に日本の女性の姿を見た。
やはり日本の女性は世界一優しい。日本人の優しさは外国に行って実感する。
僅かな見聞だが永年外国を渡り歩いた友人も同感だと云った。
富士登山の外国の人達がその姿に接し帰国後優しさを真似るかもしれない。
オリンピックが近い。オリンピックは日本の國をアピールする狙いもあるだろう。
富士レンジャーの人達はオリンピックに匹敵する外國の登山客に接する。
世界一優しい日本人の姿を見せて外国の人を感動させると思う。
その重要さはオリンピックに引けを取らない。
過酷な環境の中の仕事、健闘を祈るばかり。

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フジアザミ(富士薊) キク科

種類の多いアザミの中で一番大きいそうだ。
全身トゲで武装、オッカナイ姿に圧倒される。花はきれいで殺風景な部屋に
飾りたいが恐くて手が出ない。
土産物屋で売ってるヤマゴボウの漬物は昔はフジアザミの根だったそうだ。
今は本物のゴボウ。つまり土産物屋のものは偽物。
だが矢鱈に掘られると富士山の象徴が絶滅の危機に瀕する。
富士山の周辺に多いそうだから。
土砂崩れ防止の壁際の砂礫に咲いていた。
これもレンジャーの女性に教えてもらった。

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キオン(黄苑)キク科

草丈、葉、花、均整の取れた花。野に置くにはモッタイナイ。
その昔、キオンを眺めながら女性数人が何やら騒いでいた。
そこで知ったかぶりのワタクシ、しゃしゃり出て、
「これはハンゴンソウという花です。昔この花を焚いてあの世に赴いた
想う人の魂を呼び寄せました。漢の武帝もこの反魂草で亡くなった最愛の
妃、李夫人を呼び寄せました。“花筐”と云う能につくられています」
女性の後ろでジット聞いていたおじさん「きれいですネ。ハンゴンソウによく
似てますね。でもこれは“キオン”ではないですかね、きっとそうですよ」
高い鼻がトタンにぺしゃんこ。知ったかぶりはいけません!

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トモエシオガマ(巴塩釜) ハマウツボ科

不思議な名。同類の塩釜菊にあやかった名という。
巴は捻じれて咲くからで成程だが塩釜がさっぱり分からない。
図鑑の説明では「浜で美しい」が「葉まで美しい」にかけた名とあるが
何のことだか鈍い頭は働かない。
昔は釜で塩を焚いた。渦を巻いて沸騰する様子かナと勝手に解釈している。
昔も陸奥の塩釜は美景で知られ人々の憧れだった。
彼の芭蕉も「奥の細道」であまりの美景に“筆舌に尽くし難し”だったのか
句を詠まなかったそうだ。
塩釜の地名の由来は昔、製塩が盛んだったことによるという。
美景の塩釜の沸騰する塩釜が、きれいな花シオガマの名の由来だと嬉しい。

塩釜の浜辺に立ち昇る塩を焚く煙はこの上ない風趣だったのだろう。
平安前期、嵯峨天皇の皇子、融大臣は六条河原に塩釜の景色を造った。
大阪湾から船で汐を運ばせ塩を焚き立ち昇る煙に塩釜を偲んだ。
日毎に三千人の人夫を動員、塩を焚かせた桁外れの風流人だった。
その後、余りの規模の大きさに後を継ぐ人がなかった。

能「融」の前場で担桶(たご、木製の桶)を担いだ老人、融大臣の幽霊が
僧の前に現れ、六条河原に造った塩釜の浦での御遊の様子を語り、
その後を継ぐ人もなく荒れ果てた六条の塩釜の浦を嘆く。
壮大な規模故に嘆きも深い。その姿に観客もいつの間にか融大臣に同化、
嘆く身となって行く。
「秋の夜の長物語よしなや、まずいざや汐を汲まんとて」と
汀に行くと見て汐曇りに紛れ姿を消す。

僧は融大臣が再び現れるのを信じて待つ。
現れた融大臣はカッコいい大臣姿。カッコいい姿で御遊の舞を見せる。
浮きやかなリズムトと音律、洗練された舞が昔の大宮人の御遊を偲ばせ雅、優雅。
「この光陰に誘われて月の都に入り給うよそおい、名残惜しの面影や」
融大臣は清浄無垢の月の都の住人になっていたのだと思わせて留める。
月の都に赴く融大臣にあやかって、野辺の送りや追善に謡われる。

とおる3
「まず、いざや汐を汲まんとて」汐を汲む老人(融大臣の化身)

とおる1
月に思いを寄せる融大臣

能「融」の詳しい解説はこちらこちら


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08.25
Sun

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深大寺 令和元年8月16日写す以下同じ

深大寺は奈良時代創建の古刹。ダルマ市で知られている。
新宿から京王線とバスで、または中央線、吉祥寺か三鷹駅からバスで30分程。
深大寺ソバでも知られ門前に蕎麦屋が軒を連ね賑わう。
神代植物公園、水性植物園、農業高校実習園、深大寺が隣接、広大な自然が広がる。
うってつけの憩いの地。

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深大水性植物園

水性植物園は深大寺のすぐ近く。ダラダラ坂を十数分下りた所。
湿地を水性植物園にしたらしい。菖蒲園と小さな田んぼがありこの二か所だけ
手入れしてあり園の大部分がほったらかし状態。
植物園になる前の湿地に元々生えていたらしい水辺の植物が我が物顔で
蔓延っていて以前植えたらしい割と珍しい水性植物の生き残りがチラホラ。
人の手の入らない湿地に近いのが気に入って四季折々訪ねる。
入園料無料。カップルなど色々の人のお気に入りらしく結構な数の入園者。

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ミソハギ(溝萩、禊萩)ハギ科

今は花の端境期、期待無しに行ったので息を飲む程と云えば大げさだが
“やったー!”と叫びたくなった。
旧盆の頃に花盛り。昔は盆花にしたそうだ。今はお盆の花は花屋で買う。
ミソハギの受難は遥か昔の話だと云うかのように嬉々と咲いていた。
名前の由来がそのものピタリ。花の感じが萩に似ていて溝など水辺に咲くので溝萩。
又は水辺のミソハギを手折って水に入り幣の代わりにして穢れを払ったので禊萩だそうだ。昔は普通の人も禊をしたのだろう。

インドのガンジス川は聖なる河。インドの人々はこの河で沐浴するのが夢だそうだ。
人々の生活廃棄物をも運ぶのだろう河はどんよりと鈍色に流れるが人々は厭う心の
片鱗もなく嬉々と川入る。
日本人を代表して夢の沐浴をした。沐浴の人達の真似をして両手に水を掬い上げて
差し上げ“オーラ”と神に捧げ頭のてっぺんからかぶる、を十数回繰り返した。
一緒のツアーの人達は顔をしかめて近寄らなかった。
己一人ホテルに帰るバスの中でも気分爽快だった。

バリ島の人達も沐浴は日課。昔は男も女も老も若きも一緒に沐浴したそうだ。
インドネシア大統領の第三夫人になった日本人の女性が沐浴は男女別、女性の
沐浴場を道から見えない川の上流にした。
当時女性は上半身裸だった。夫人の命でブラジャーを着用が義務づけられた。
バリに移住した京都出身の人に聞いた話で真偽の程は自信がない。
バリの女性のブラジャーはファッションのように見えた。
形も色も色とりどりで華麗だった。

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コガマ(小蒲) ガマ科

小型のガマで形が面白い。まるでフランクフルトソーセージ。
数年前コップにさして机に飾った。
数日後、外出から帰ったら机一面に綿毛が散り敷いていた。
種が弾けたのだった。そんな事とは全く知らなかったのでビックリ仰天!
童謡の“大黒様の云う通り、きれいな水で身を洗い、ガマの穂綿にくるまれば、ウサギはもとの白ウサギ”の意味に頭を傾げ続けていた。フランクフルトの爆発で疑問氷解。

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ハス(蓮) スイレン科

残念ながらつぼみだった。開いたのは見つからなかった。
蓮は有難い花。仏様は蓮の花の台座に鎮座まします。
「蓮の葉の、濁りに染まぬ心もて、などかは露を玉と欺く」
僧正遍照の歌だそうだ。
白居易は楊貴妃の美貌を長恨歌で“太液の芙蓉の紅”と詠った。
能「楊貴妃」で謡われる。(芙蓉は蓮の古名、今の芙蓉は木芙蓉、太液は中国王朝の庭に池)
有難く聖なるの花なのに根っこの蓮根を浮世の人間がたべる。
蓮根は本当は根ではなく地下茎、仏様の台座の胴体を食べているのだ。
仏様を蹂躙しているのと同じことの様におもわれても仕方がない。
子供の頃、父親が“南無阿弥陀仏”と唱えて食べろと云った。
子供には変な味だったが極楽に行ける食べ物だと我慢して食べた。
父親の冗談を信じて。

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コウホネ(河骨) スイレン科

根っこ(地下茎)が白く白骨に似ているので河骨だという。
気味悪いが水面下の泥の中だから見えない。
尾瀬の池塘には、オゼコウホネが咲く。きれいで、夏が来れば思い出す♪水芭蕉
など比べ物にならない。

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オグルマ(小車) キク科

田んぼの畔や湿地に咲く花で何処にでもありそうだがそう多くはないらしい。
茶会や生け花に古くから使われた花だという。
オグルマの花を車の車輪に例えた。
昔から車は大事な必需品だった。
小野小町に言い寄った深草少将に小町は牛車(当時の乗用車)の車庫に100日
通えばオーケーしてもいいという。少将は風雪を厭わず通った。99日目の夜、
少将は頓死してしまった。
小町は車に通えと云った。車がいかに大事な物だったか窺い知られる。

恋の恨みは女性専用だと昔から思われてきたようだ。
今の世でも結婚式に花嫁は角隠しをする。
能「鉄輪」「葵上」の主人公は女性で恐ろしい形相。
角を生やし口は耳まで裂けた鬼になって現れる。
心変わりの男や恋敵を取り殺そうとするが僧や呪術師に祈り伏せられる。悲しさ億兆。
男の嫉妬は陰険。女をヤキモチの火種にならないよう家の中に奥深く隔離した。
まちがいがあったら有無を言わせず “成敗”映画などでよく見る。

横暴な男達と違い深草少将は優しい男だったに違いない。
隠忍を重ね小町の許に通い続けた。しかも裸足で。
「山城の木幡の里に馬はあれども、君を想えば徒跣」
馬に乗るな、裸足で歩けと小町が要求したのだろうか。
「さてその姿は、笠に蓑、身の憂世とや竹の杖、雪には、袖を打ち払う、
雨の夜は、鬼一口も恐ろしや、たまたま曇らぬ時だにも、身一人に降る涙の雨か」
笠を被り蓑を着、漆黒の闇や悪路には盲人並みに杖を突き、鬼の出現に怯えて。
当時の人は暗闇の夜の一人歩きは鬼に襲われると信じていた。
苦しさと恋しさで雨も降らないのに涙で濡れながら通った。
能「通小町」で少将の哀れな姿を無情にも容赦なくこう謡う。
少将の小町への想いははんぱではなかった。
「煩悩の犬となって、打たるるとも離れじ」

通小町
「あ~ら、暗の夜や、、、」闇夜の中、風に笠を吹き飛ばされ手探りで探す深草少将

能「通小町(かよいこまち)」の詳しい解説はこちら


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