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01.11
Sat
初冬となっては内陸の野や山の花は期待できない。
去年の晩秋、谷川岳の麓で雪に会い難渋した苦い思い出がある。
暖かい伊豆なら寒さにも耐える花が少しはあるだろうと行った。
期待的中、地味な花ながらも咲いていた。

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イソギク(磯菊) キク科 2019年12月19日伊豆 河津河津海岸で写す。以下同じ

おかしな形の花。花弁が無いに等しく小さい。
近くで見るよりも遠くから眺めるのがよさそう。小花が集まって咲きまるで鞠のよう。
ボールと云いたいところだが黄色く丸い球状の花は鞠と呼ぶにふさわしい。
鞠の音感は蹴鞠のイメージを呼ぶ。源氏物語、若菜の巻の六条院での蹴鞠の色が黄色だったらどうだろう。女三宮の飼い猫が逃げ出して引き綱で御簾が巻上がったのは、真っ青な空に浮き上がった真っ黄色の鞠に驚いたとなったかもしれない。
冗談はさておき、閑寂な情趣を狙った能「遊行柳」のクセでこの蹴鞠の場が語られる。
柏木の恋が「長き思いに楢の葉のその柏木の及びなき恋路もよしなしや」と謡われ閑寂の
中にも色を添える。

伊豆の青い海の波が打ち寄せる岩壁に真っ黄色のボールが跳ねているようだった。
千葉の石廊崎から静岡の御前崎までの海岸沿いに咲く菊だそうだ。

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スイセン(水仙) ヒガンバナ科

水の仙人とは水仙の清らかな姿にピッタリ。名は漢名だそうだ。
女神のような姿だが中国には女の仙人もいたのだろうか、などと云いたくなる。
地中海沿岸が原産地でシルクロードを越え遥々日本までやって来たという。
ギリシャ神話では水に沈んだ美青年の化身だそうだ。
室町時代の書物に水仙の記事があると云う。本当に外国渡来だろうか。
海岸近くにごまんと咲いている。

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アゼトウナ(畔唐菜) キク科
       
初冬の荒れた海にせり出した岩壁の上に咲いていた。
初めて見る花。図鑑で必死に探したが見つからなかった。
度々教えて頂いている調布市の都立野川公園、自然観察センターの係の人に教えて頂いた。
伊豆半島から西の海岸の岩場に咲く花だそうだ。
畔唐菜とは奇妙な名。畔は田んぼの土を盛り上げて作った仕切り。
畔とは何の関わりは無いのに。だが近年にない嬉しい出逢い。バンザイ!

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アシタバ(明日葉) セリ科

人参の花にそっくり、同じ仲間だから当たり前だが。悪いがあまりきれいとは言い難い。
若い葉はおいしい。伊豆諸島の名産野菜。
根はゴボウのようで地中深く潜っている。掘るのに苦労する。
途中で折れたのを植えてみた。芽が出なかった。多分、腐ったのだろと諦めていた。
忘れていた頃、突然芽を出し、ビックリ。
今日摘んでも明日葉を出すので明日葉だそうだ。強靭な生命力にナルホド。

花は昆虫に花粉を運んでもらうために派手に咲くのが普通と思う。
なのにこの花は昆虫もいない寒い時期に寂しげにひっそりと咲く。
能の中の女性にこの花を思わせる人がいる。能「落葉」シテの落葉宮。
源氏物語の中の可哀そうな女性、五指の中に入るのではないだろうか。

朱雀院の皇女であった女二宮は左大臣の息の柏木の妻だった。
柏木は蹴鞠の会で偶然にも女二宮の妹女三宮を見初める。
恋心はつのり二宮は疎んぜられる。
柏木の歌「もろかづら落葉を何にひろひけん名は睦ましきかざしなれども」
この歌で二宮は落葉宮という不名誉な名を奉られてしまった。
柏木は三宮との一線を超えてしまう。女三宮は光源氏の正妻だった。
源氏に知られてしまった柏木は悩み苦しみ遂に病に陥り源氏の子息で友人であった
夕霧に落葉宮の後を頼み他界する。失望の落葉宮は病がちな母と山里に引きこもる。
夕霧は山里に通い援助する。堅物といわれた夕霧だったが次第に二宮に惹かれて行く。
貞節で控え目な二宮は頑なに夕霧を拒み続けるがしだいに夕霧の熱情に心は解けていく。

「炭窯に薪とり焼く夕暮れは、おのれけむたき煙の、胸よりくゆる我が想い、
身を木枯(焦す)に誘わるる」
落葉宮の霊が僧を旧居跡に案内し、遥か向うに立ち昇る炭窯の煙を夕霧への
慕情に例える。涙を流す訳でもなく声を上げて泣く訳でもない。
じっと向うを見つめて俯き視線の先に慕情を凝縮し、観る側の観念の造形に任せる。

中入後では狂乱に近い激情をも見せる。
「嵐も木枯らしも激しき空なれど、さやけき月に妄執の夕霧、身一つに降りかかり
 目も紅の落葉宮はせんかた涙に咽びけり」と胸を押さえてうずくまり貞節な宮は
夕霧の熱情に耐えかねる苦しみをみせ、続いて狂乱の「破ノ舞」を舞う。

落葉
夕霧との追憶の舞を舞う落葉宮

能「落葉」の詳しい解説はこちら
 「遊行柳」はこちら

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04.13
Sat


鞍馬寺の奥から貴船へ下りた。二十数年前は獣道のような頼りない道で
地滑りが数か所あり、下りるのに苦労した思い出がある。
覚悟していたが意外にも、きれいにとは云い難いが一応手入れされていて
かなりの人が歩いていた。中には外国の人もいた。

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ミヤマカタバミ(深山方喰)カタバミ科

純白の花も葉っぱの形も魅力的な花。
この花の名を汚す仲間がある。カタバミと西洋カタバミ。
カタバミは土さえあれば都会の真ん中にも咲く生活力旺盛な花。
黄色い小さなかわいい花を咲かせるが、処かまわず這い廻り鉢にまで
侵入する嫌われ者。
西洋渡来の西洋カタバミは色とりどりの花を咲かせきれい。
魅力的な花ことばに釣られて植えたら大変、みるみる縄張りを広げ
他の花を追い出す。駆除が大変、根に小さな鱗茎を沢山つけ蔓延る。

ミヤマカタバミはこれら嫌われ者とは大違い。
人間嫌いで植えても育たない。
富士山の麓に広がる青木ヶ原樹海に群生していたのを見たことがある。
よほど奥山の静まり返った処が好きな花のようだ。

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キクザキイチゲ(菊咲一華)キンポウゲ科

崖の上に群生があった。葉の形からキクザキイチゲに似ているとは思ったが
寒い地方のやや山深いところに咲く花だと思い込んでいたので信じられなかった。
登って確かめるかどうか崖を見上げてやや思案、未練たっぷりで止めた。
これまで四回ガケから落ちている。二回はひどい怪我だった。
明日は大事な会がある、ケガはまずいと自分に云い聞かせた。
しばらく歩いていたら谷川の斜面に一輪咲いていた。
斜面から落ちても下は浅い川、靴に水が入る程度だろう、崖を諦めた神様からの
ご褒美だろうと手を合わせ、三拝九拝。

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貴船神社奥宮 2019年3月30日写す。以下同じ

貴船神社は縁結びの神様だそうで若いカップルで満員だった。
下手に拝むと、この年で縁が結ばれると困るので(笑)横目で拝みながら素通り、
奥社に向かった。昔は奥社が本社だったそうだ。
流石に奥の宮、参拝の人も少なく何やら神秘的な空気が流れていた。
「もの思へば、沢の蛍も我が身より、あくがれ出る魂かとぞ見る」
平安中期の宮廷歌人、和泉式部の歌だそうだ。失恋の危機に詠んだという。
和泉式部は恋多き女性として知られている。数々の恋愛遍歴の末、藤原保昌と結婚した。
藤原保昌は鬼退治の能「羅生門」にも名が見える豪傑武将だった。
この保昌に式部は振られそうになった。悩んだ末、保昌の愛を取り戻すべく
貴船の巫女に祈ってもらう。巫女は鼓を打ち鳴らし異様な姿に卑猥な動きで
祭壇を廻り式部にも同じようにせよという。
式部は宮廷歌人、自尊心が許さなかった「千早ふる神の見る目も恥ずかしや、
身を思うとて身をや捨つべき」これを見ていた保昌は式部に惚れ直し一生添い遂げた。
何かで読んだ怪しげな記憶。

市井の女の恋は和泉式部のようにはいかない。
夫に捨てられた女を貴船の神は鬼にした。能「鉄輪」

女は貴船の明神に丑の刻詣でして夫への復讐を呪詛する。
社人に神の告げがあった。
頭に鉄輪を乗せ松明を立て火をともし、顔に丹を塗り身には赤い衣を着、
怒る心を持てと。
神のお告げがあるや否やあたりの景色は一変、雨も降りだし雷鳴すさまじく
女の形相は一変、髪は逆立ち顔はゆがみ、立ち上がり笠を投げ捨て幕に駆け込む
姿が凄まじく恐ろしい。

陰陽師、安陪晴明の祈りに、神のお告げの様に恐ろしい鬼となって現れた女、
夫と枕を並べる後妻の髪を掴みしたたかに打ち据え、夫を連れ去ろうとする。
晴明の懸命の祈りに、時節を待ちまたくるだろうと言い残して去る。
市井の女の恥も外聞もかなぐり捨てた嫉妬に的を絞ったすさまじい能。
不思議にも女性には嫌がる人もいるらしいが、何故か男には人気がある曲のようだ。

鉄輪
「髪を手にから巻いて打つやうつのやまの」後妻の髪をつかみ打ち据える鬼女

能「鉄輪」の詳しい解説はこちら

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04.06
Sat
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鞍馬寺の山門 2019年3月30日写す。以下同じ

二十数年ぶりに鞍馬を訪ねた。記憶にある鞍馬寺は山門まで幅の広い
なだらかな石段、両側に桜並木、山門をくぐると、きらびやかな本堂、
暫く歩いて奥の院だった。
思い出は百八十度ひっくり返った。思い出に合うものは全くなかった。
人の思い出ほどあてにならないものはないとつくづく、どこかで見た
景色とすり替わったのだろう。
山門から本堂、奥の院までかなりの距離だった。
土の参道、自然石の階段を青息吐息で登ったり下ったり。
山奥の名刹はこれでなくては!きれいに舗装された参道なんて味気ない、
などとブツブツ、六根清浄の代わりに?唱えながら。

光源氏が幼い紫の上にめぐり合った寺“なにがしの寺”は鞍馬寺だと書いてあった。
紫の上は光源氏が理想の女として育て上げた最愛の妻。
鞍馬寺が“なにがしの寺”かどうか信じていいのか分からないが、紫の上が育った
場所に相応しい静かな佇まいだった。

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僧正が谷 

鞍馬寺は能「鞍馬天狗」の舞台でもある。
僧正が谷に住む天狗が美貌の少年、牛若丸にほのかな恋心を抱き愛宕、高尾、比良
横川の桜の名所を案内して回る。
念友は当時の流行りだったという。
その揶揄でもあるというが、天狗と美少年の変わった取り合わせが面白く描かれる。

山伏姿だった天狗は後場で、威厳のある、おっかない天狗の正体を現し牛若に
平家打倒を勧め兵法の奥義を授ける。
天狗の豪快な舞が楽しく、凛々しい牛若の姿が美しい。

去年の台風でモミノ木の大木が倒れていた。
あちこちで杉やヒノキが無惨に倒れていてそのまま放置されていた。
杉やヒノキは貴重な国の宝の筈だ。変なところに使う国費の僅かな一部を
山に回して欲しいし、我々庶民には関係ない政争の変テコな国会論争は
いい加減にして、荒れ放題の山のことも論じ合って欲しいと思う。
日本の山は世界一美しい。
去年の台風は怒った天狗が天狗の団扇で一煽ぎしたのだと信じたいくらいだ。

くらまてんぐ
牛若に兵法の秘伝を伝授する大天狗

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ヤブツバキ(藪椿)ツバキ科

海岸近くに多い椿はとっくに盛りを過ぎているがここでは花盛りだった。
これほどの自生の椿は意外だった。
「山寺の石のきざはし下りくれば椿こぼれぬ右に左に」
子供の頃、兄に教わった。国語の教科書にあった句だそうだ。
当時は子供の気を引くゲーム機や漫画雑誌など無く読むものは教科書程度だった。
落ち椿がこの句の作者、落合直文の風雅な心境とは違う “何か”を子供心に連想
させたのだろう。落ち椿が何を連想させたのか兄に聞きたいが、その兄も直文と
同じ冥土の住人。

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ヤマルリソウ(山瑠璃草)ムラサキ科
花の少ない早春には有難い花。
派手な花ではないが小さな薄紫の花色が可愛く目を引く。
同種に歌などでもよく知られたヨーロッパ原産のワスレナグサ(勿忘草)がある。
住み心地がいいのだろう野生化している。
ドナウ川の岸辺に咲いていたワスレグサを恋人に摘んであげようと、足を取られ
急流に落ち波に呑まれる寸前、恋人に花を投げ“私を忘れないで”と叫んだ。
ワスレグサの名の謂れだそうだ。

外国の男性は女性の気を引くことが上手なようだが昔から日本人は下手だ。
見本のような話の能がある「芦刈」
落ちぶれた男は妻と別れ難波の浦の破れ小屋に住み、旅人に芦を売って暮らす。
売るほどきれいでもない芦の花は方便で芸を見せ、その投げ銭が目当て。
妻はさる大身の家の乳母に出世したが夫が忘れられず方々探し、難波の浦で再会。
男は妻の呼び掛けに我が身を恥じ破れ小屋に逃げ込む。
妻が小屋の外から呼び掛ける。小屋の内から妻を恋う情けない男の声。
まるで万葉人の相聞歌。
男が客寄せに舞う「笠ノ段」と呼ばれる舞が呼び物の曲。

能「鞍馬天狗」「芦刈」の詳しい解説はこちら

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04.02
Tue
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ショウジョウバカマ(猩々袴)シュロソウ科 福島産 2019年3月16日写す

三月に入りややしばらくして寒気が去った。
やれやれとボケ~っとネズミの額の庭に目をやったら梅の木の根元に
何やら薄紫の小さな丸いものが見えた。飴の包み紙ではなそうだ。
急いで行ってみたらショウジョウバカマだった。
ビックリ仰天、お目眼パチクリ、生涯になかった満眼!
植えて翌年片輪のみすぼらしい花が咲いたっきり以来、頑固に咲かなかった。
“オレは世を厭い、人も訪いこぬ山里に隠棲していたのだ、誘拐とは許せぬ”
と言わんばかりに。

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二番目に顔を出した鉢植え。

ショウジョウバカマは里山から亜高山まで咲く花。
東北地方や亜高山では雪解けの中から咲き出す。雪割草の異名もあるという。
里山では木漏れ日の中に咲いている。
紫外線嫌いのお嬢様育ちには町中の直射日光や照り返しがきついのだろう。
昨年初夏に木の葉を被せ頻繁に余分の水を撒いた。
その甲斐ありかどうかは分からないがきれいな姿を見せてくれた。

余りに嬉しかったのでインドのガンジス河畔の売店から勧請(ニヤリ笑)した
観音様にお供えした。
余談だが観音様のお値段、いや勧請のお布施は日本円で50数円だった。
当時、円の価値はインドの通貨の30倍、50数円はインドの通貨の
1500円~1700円に相当した。

猩々装束
能「猩々」の面と装束

ショウジョウバカマの猩々は中国の古い伝説上の妖精。
伝説は日本に伝わったが中国の伝説はそっちのけ、日本の河童以上の
哀れな話になった。
猩々を、幸せを招く妖精に描いたのは能「猩々」の功績だろう。
揚子江に住む酒好きの妖精に描く。カシラと呼ぶ頭髪も面も装束も全て真っ赤。
赤は幸せと酔態を表わす。
ショウジョウバカマは細長い葉っぱを十枚ほど地面に傘のように広げ秋に紅葉する。
葉っぱの広がりと紅葉の赤を能「猩々」の真っ赤な袴に見立てた命名だという。
さほど真っ赤に紅葉する訳ではないが名付け親は能の愛好者だったのだろう。

一時代前といえば叱られるかも知れないが政治家、文人などの知識階級の人達は
能の愛好者が多かった。夏目漱石は“能を観ながらの居眠りは至福の極み”
というような意味の言葉を発したとか。謡も習っていた。
稽古場の下で立ち聞きした人が重量感のある美声に聞きほれ流石漱石と感じ入って
いると続いて、甘ったれ坊主の駄々捏ね声が聞こえた。漱石の声だった。
三島由紀夫は能を題材にした小説を書き、瀬戸内晴美(寂聴)は新作能を作った。

扇
青海波の扇面

青海波は舞扇の文様や能「猩々」の袴の模様に用い、目出度さの象徴とする。
能「高砂」では住吉明神が「げに様々の舞姫の、声も澄むなり住之江の松影も
映るなる、青海波とはこれやらん」と目出度さを舞う。
青海波は寿福の象徴なのだろう。
能「猩々」は波がキーワード。酒に酔った猩々が揚子江の川波に戯れ酔態の
舞を見せる。物語は至って簡単。親孝行の男、高風に褒美として猩々が
いくら汲んでも尽きない酒の樽を授けるというもの。舞を見せるのが主眼の能。

乱2
能「猩々」の小書き「乱(みだれ)}
酔いに任せ、揚子江の川波に戯れ舞い遊ぶ猩々

猩々は下り端(さがりは)と呼ばれる出囃子で明るく浮きやかに登場する。
自己紹介も登場の理由も述べず、いきなり舞い始め終曲まで舞ずくめ。
休むことがない。
“老いせぬや薬の名をも菊の水” 菊の水つまり酒は不老長寿の薬、と謡う。
飲兵衛は奥さんに苦言を頂く。その際“薬の名をも菊の水”と言い訳に
使ったらどうだろう。

猩々の酔態を更に面白くした小書(特殊演出)に「乱(みだれ)」がある。
猩々の曲中に舞う「中ノ舞」を「乱」と呼ぶ舞に替える。祝言色も更に上がる。
いかにも酔ったと言わんばかりの緩急ある囃しに乗って、ある時は足元よろよろと、
ある時は波を蹴立て戯れ、酔態の様を秘技を尽して舞う。技術的にも至難の舞。
いつの頃からか曲名も「乱」と独立の曲として呼ばれるようになった。

能「猩々」の詳しい解説はこちら

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03.23
Sat

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多摩川 2019年3月9日写す。以下同じ

多摩川は秩父の山奥から東京湾まで流れ下る東京一の大河。玉川とも云うらしい。
玉のように美しい川と昔の人も云ったのだろう。
清流の魚、アユなどが住んでいる。猛魚ブラックバスや巨大な鯉、恋も釣れ。
堤防や広い河川敷も整備され野球、サッカー、遊歩道、サイクリングロードも
整備されていて男女老若の歓声の絶え間がない。
河口には羽田空港がある。

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クサフジ(草藤) マメ科 
クサフジは初夏に咲く花。我が目を疑った。是政橋の下に咲いていた。
日溜りの暖さに騙されて慌てて咲いたのだろうか。一週間程前の寒気は
どう過ごしたのだろうか。兎に角ビックリだった。
花のごく少ないこの時期の、しかも季節外れの花の鮮やかな紫青の色が
“この世の物ともおもわれず”

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カラシナ(芥子菜)アブラナ科
厚い葉っぱを幾重にも蕾を包み寒さを凌ぎ春の日差しを待っていた。
もうすぐ黄色い小さな花を山盛りに咲かせる。
アメリカから来た野菜だそうだ。アメリカでは野生らしいが日本では畑に
植えている。辛子の香りと風味が売り物の野菜。
土手や河原の芥子菜は畑から逃げ出したものらしい。
お浸しや浅漬けで食べた。畑のものより香りと風味があり旨かった。

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ノゲシ(野芥子)キク科

わずかなコンクリートの隙間に根を張り咲いていた。
目を見張る生命力。珍しい花ではないが思わずシャッターを押した。
あやかりたいものだと。
若葉はおいしいらしい。摘むと白いネバネバの液体が出る。
気持ち悪く食べる勇気が出ないので食べたことはない。

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イヌガラシ(犬芥子)アブラナ科

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ナズナ(薺)通称ぺんぺん草 アブラナ科

イヌガラシもナズナも道端にも生えていて踏ん付けられても平気で生きている。
どう見ても美味そうには見えないがナズナは春の七草。
イヌガラシとナズナはよく似ている。見分けがつかない。
実で簡単に見分けられる。イヌガラシの実は丸く細長い。
ナズナは三角、三味線のバチに似ているのでペンペン草だそうだ。
昭和の中頃までは三味線は最も親しまれた弦楽器だったが今は西洋の楽器の時代。
沖縄では今でも最も親しまれている楽器。ニシキヘビの皮を張っていて呼び名も
“三線(さんしん)”。

その昔の弦楽器は琵琶と琴。琵琶は男の楽器、琴は女性のものだったようだ。
琴の名手は高倉天皇が愛した人、小督。能にも作られた「小督」
その一節“峯の嵐か松風か、訊ぬる人の琴の音か”が黒田節でも唄われよく知られている。

高倉天皇妃は平清盛の娘、後の建礼門院徳子。清盛の迫害に身の危険を感じた小督は
嵯峨野の奥に忍んで暮らす。恋心をつのらせた天皇、源仲国に命じて嵯峨野の奥に
隠れ住むと噂される小督を探させる。帝に賜った名馬に鞭を上げ颯爽と嵯峨野へ
駆ける仲国。嵯峨野は今では観光スポット。身動きできない人混みだが当時は
都外れの超片田舎。探しあぐねた仲国。折しも十五夜、美しい琴の音が聞こえて来る
“峯の嵐か松風か”まぎれもない琴の名手小督の爪音だった。

仲国の喜びが美文で謡われ、颯爽と舞う仲国。「駒ノ段」といわれる。
高倉天皇は源平の戦いで三種の神器と共に檀浦の沖に沈んだ幼帝、安徳天皇の父。
色白の美男子でそのうえ頭がよかったが平清盛には頭があがらなかった。

琵琶の名手は平経正。十六才で須磨の浦の戦いで散った平敦盛の兄。
少年と青年の間の年齢だったようだ。能「経正」では少年の面「十六」又は
青年貴公子の面「中将」いずれでもよいとする。
経正は仁和寺御室の御所の仕えていた折、御所の宮に唐伝来の琵琶の名器「青山」
を賜ったほどの名手だった。

能「経正」は武将ではあっても優雅な貴公子、経正を描く。
仁和寺の宮の命で西海に散った経正の供養の管弦講が行われ、経正が愛玩した
「青山」が手向けられる。
琵琶の音に引かれておぼろおぼろと現れる気品ある若武者姿が絵のように美しい。
経正の霊は自らも手向けの琵琶を弾じ、舞い在りし日の夜遊を見せ舞い遊ぶ。
“第一第二の弦は索々として秋の風、松を拂って疎音落つ。第三第四の弦は
冷々として夜の鶴の子を思って籠の中に鳴く”
経正の琵琶の音は楽器の音色という域を超え遥か彼方の空想の世界に誘う。

経正

在りし日の夜遊を見せる経正の亡霊

能「経正」の詳しい解説はこちら

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