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01.09
Sat
昨年の12月初め伊豆に行った。目当てがあった。第一に旭滝を探す、次ぎに伊豆は暖かいからドキリとするような花が咲いているかも知れない、伊豆は名前の感じからも奇跡が起るかも知れないと。修善寺から天城越えのルートで、河津の民宿に泊まった。奇跡は起こった。
民宿のおじさん、尾頭付の刺身の大皿を持って現れた。超豪華な歓待だなと喜んでかぶりついた。おじさんが慌てて現れ、食べたンですか、隣のだったンです、仕方ありません、いいです。今にも泣き出しそうに出て行った。こちらも申し訳なさにうつむいて食べた。

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旭滝。天城湯ヶ島町 2015年12月5日写す。以下同じ。
20数年前訪れ感動した滝。その後、場所を忘れ探していた。今回やっと探し当てた。感激一入。ごつごつした岩肌を泡立てながら、歌を口ずさみ滑り落ちる。
ごつごつした岩は人が作った石垣のように見えるが自然の物。マグマが柱状に固まったものだそうだ。辺りはきれいに整備され、立派な石碑、案内板がまぶしかった。昔の感動を思い出しちょっぴり寂しかった。
昔この所に虚無僧の寺があったそうだ。虚無僧は壺のような笠を被り“明暗”と書いた袈裟を付け尺八を吹いて門付けをする僧。映画でしか見た事はないが。これも郷愁を誘った。

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アシタバ セリ科 伊豆、加茂郡河津町で写す。
ドキリの花を探していたら。この辺の名物もご覧の有様。アシタバは明日葉。
朝摘んでも明日の朝は葉が出るからだそうだ。

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フユイチゴ バラ科 河津町、河津七滝で写す。
冬、地べたを這うように、忍者のイチゴ。あまり美味しくないが、腹が減っていたのか美味かった。

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キダチアロエ。ユリ科 2015年12月5日伊豆、加茂郡河津町で写す
ユリ科?へ~え、と驚いてしまう。トゲのある葉も花も百合のイメージにほど遠い。
流石学者と感じ入ってしまう。何で、どのように分類するの?と不思議でならない。
露地に咲く花が極端に少ない冬から早春に咲く有り難い花だ。
花の色や形が、魔法をかけて咲かせたような、不思議な色、形だ。
内陸部の鉢植えや庭先で見るアロエは花つきが悪いようだ。海が近い処で盛大に咲いているのを見かける。
アロエは医者いらずと呼ばれるのは周知。万能薬と信じ鉢植えにしてほとんど毎日食べた。手を変え品を変え味を変え。猛烈に苦いからだ。
数ヶ月経って、折れそうになった。アロエを食べても別段元気が出る訳でもなし、医者いらず、は迷信?などと。苦みに負けそうになったのだ。
待てよ、 “良薬、口ににがし” と気を引き締め、今までに何か身体に悪いことが起こって、それをアロエが撃退してくれて何も起こらなかったのかも知れないなどと。
しかしながら、いつの間にかアロエは食卓から消え、鉢植えも消えた。
医者いらずのアロエはキダチアロエが本名。茎が古くなると木のようになるからだそうだ。後で知ったが、食用や化粧品にするのは茎のないアロエベラという品種だそうだ。

“にがい”と“くるしい”は同じ字、“苦”。人の世の苦しみも“苦”だ。
戦乱の世に苦難の生涯を送った女性ガいる。木曾義仲の愛人、巴御前だ。
巴は女武者でもあった。強弓を引き、荒馬に乗る一騎当千の強の者。敵の強将の首を、馬の前輪に押し付け、ねじ切って捨てた、そのうえ美人、「色白く髪長く容顔まことに優れたり」と平家物語や源平盛衰記にあるという。
この巴を主人公にした能がある。「巴」だ。

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義仲の墓前に花を供え手を合わせ、往時を偲ぶ巴

能「巴」は粟津ヶ原の戦いでの巴の奮戦と、自害して果てた主人であり愛人でもある木曽義仲との哀惜を描いた作品。
前場では、静かに暮れていく粟津ヶ原の義仲の神前に、花を手向け涙を流し、死しても変わらぬ巴の慕情を情趣豊に描く。
 後場では長刀を振るい奮戦する巴の勇姿を見せる。剛の者の巴だが、能では女性らしく描く。弱々しくは見せず、然りとて生々しさは避ける。演者の苦心するところだ。
この曲の主題は、やはり巴と義仲の“別れ”であろう。
義仲は巴に殉死を許さない。義仲は命に背き巴が殉死したら“三世の契り”を断つと云い“汝は女なり、忍ぶ便りもあるべし”という。義仲の愛であろう。
巴は殉死を許されず、兵具を脱ぎ、義仲の命み従い形見を携え泣く泣く木曽へ落ちて行く。
“行けども悲しや、行きやらぬ君の名残をいかにせん”と涙を誘う。
演出に口伝のあるところだ。
能「」の解説はこちら

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