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01.17
Sun
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ヒメツルソバ 2015年12月26日 武蔵野市境南町で写す。
写真中央左、すっくと立っているのが若芽。

漢字で姫蔓蕎麦。姫は、小さいという意味、蔓は蔓状の茎を伸ばして地面を這うから。蕎麦は花や葉が蕎麦に似ているからだそうだ。
花は小花が丸くかたまって咲き、まるでピンクのピンポン玉のようで可愛い。咲き始めは白でピンクにかわる。園芸種かと思ったら、ヒマラヤ産だそうだ。ロックガーデン用に明治頃渡来したという。
花も葉も蕎麦には似ていないように思う。

姫蔓蕎麦の極近い親戚にツルソバ、蔓蕎麦がある。姫蔓蕎麦を大型にした感じだが、花の付き方が違う。かたまって咲くがピンポン玉状に丸くはない。白い花は蕎麦の花にそっくり。名前の由来と云う。
かなり前、屋久島の宮浦岳に登った。海岸近くで子供達が蔓蕎麦の若い茎を、塩をまぶして食べていた。食べさせてもらった。スカンポと同じ味だった。近縁だから当たり前だが、スカンポより味が細やかで美味かった。名前を聞いたら「イーボンベ」だという。
何やら外国語のようで日本列島の長さを思い旅の感慨、一入だった。
以来、伊豆や千葉の海岸近くをふらつくと、探して食べる。「イーボンベ」とつぶやき、思い出し笑いをする。
姫蔓蕎麦は花の形が可愛く、初冬の寒気の中でも健気に咲くところなどが源氏物語に登場する女性、玉蔓の印象だ。玉蔓は蔓草の美称でもある。

玉蔓は夕顔と頭中将との間に生まれた子。夕顔は内気な優しい女性、中将の妻の迫害を逃れ乳母の家に身を隠していて、その家で源氏にめぐり合った。
夕顔は、源氏が密かに連れ出した廃屋同然の、某の院で物の怪に取り殺される。
玉蔓の乳母は行方不明の夕顔を探すが見つからない。偶々夫が太宰小弐に任官され、玉蔓を連れて筑紫に下る。
玉蔓はこの地で美しく生長する。
太宰小弐の死後、この地の豪族が玉蔓に結婚を迫り、身の危険を感じた小弐一家は玉蔓をともない夜陰に乗じ舟で脱出する。
荒海の難所、響の灘を凌ぎ、散々の態で都にたどり着く。
同行の家人も離散、心細くなった一家は、玉蔓の行く末を祈願するため長谷寺に参詣する。
一方夕顔の乳母、右近も玉蔓との再会を祈願するため寺を訪れ、門前の宿で玉蔓と邂逅する。
玉蔓は右近から母、夕顔の死を知らされる。
源氏は玉蔓を実子として引き取る。

これを作った能に「玉蔓」がある。
前場では水竿を手に現れ、初瀬川の急流を遡る様子を見せる。響の灘の恐怖を暗示するかのようだ。
クセの前半では筑紫からの脱出行を、後半では衝撃的な右近との再会を描く。
後場では、人間離れした面、十寸神又は増女をかけ現れ、狂乱の質の違いを見せる。
髪の一握りを前に垂らすのも同じ理由だろうか。
「九十九髪、我や恋うらし面影の」と垂らした髪を取り見つめる。誰を恋うというのだろう。母、夕顔か右近か。
美しい玉蔓に懸想した人は数々いた、源氏までも。
何故の狂乱か明らかでない、若い女性特有の物思い、ロマンチックな雰囲気を作った曲であろう、というのが大方のこの曲の理解のようだ。
“明らかでない”は作者、金春禅竹の作風だそうだ。決めつけたものよりも、想像の輪が幾重にも拡がり、魅力的でもあるのではと思ったりする。
「玉蔓」の詳しい解説はこちら

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