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04.02
Sat
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コブシ 2016年3月8日 府中市都立武蔵野公園で写す

山で見るコブシよりも花弁の幅が広いようなき気がするが、そうゆう木もあるのだろう。
蕾や実の形が子供の拳に似ているから付いた名だという。特に実はゴツゴツとまさに拳。
純白の大きい花は雪の白、早春の花に相応しい。それに香りがいい。清らかな早春の香りだ。この花が咲くと桜の開花が間近い。寒い冬を耐えてきて、アッ春だと“ホット”する。田打ち桜、種まき桜と呼ぶという。農作業の目安にした。能「高砂」で「草木心無しとは申せども花実の時をたがえず」と謡う。今の人は温室に入れて草木に「時を違え」させる。自然と共に生きていた昔の人を想う。

モクレン  モクレン科
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2016年3月8日武蔵野市境南町の庭の植木

素人にはコブシもモクレンも同じに見える。同じ仲間だから当たり前だとは思うが。
木蓮の木はコブシより小さいが花は大きい。中国渡来だという。本来の花色は紫だそうだが白花の白木蓮が多い。

山形の米沢は江戸時代からの能が受け継がれ今も盛んだ。何の会だったか打ち合わせだったか忘れたが手伝いに行った。ついでに塩釜の近くの多賀城跡を訪ねた。昔の遺跡にそれほど興味があるわけではないが、能「田村」が予定番組にあったからだろう。
早春の山々は残雪が美しかった。途中、里山の山裾にコブシの大木があり花盛りだった。絵の様な景色が忘れられない。
多賀城は奈良時代から大和朝廷の東北征服の拠点、後に坂上田村麻呂は岩手、水沢に胆沢城を築いたという。東北は古墳時代から青森の三内丸山遺跡に見られるような強力な勢力があったのだろう。能「田村」は坂上田村麻呂を作った能。
明るくおおらかな能。修羅物に付きものの、武人が死後落ちるという地獄、修羅道の結末がまったくない。前場のシテは少年の田村麿。清水寺を訪れた僧に「宮守とや言わん又花守とやいわん」と名乗る。清々しい少年姿の田村麿が観音の慈悲を語り、清水寺の縁起を語り、満開の地主の桜の下で舞う。清々しく爽やかな空気が心地よい。田村麿は清水寺を造営した人だ。
田村麿は、怒れば禽獣も懼れ伏し、談笑すれば小児も慣れ親しんだという。
後場ではこの田村麿が現れ、鈴鹿山の兇徒征伐を見せる。血は流れない。清水寺の本尊、千手観音が出現、観音の千の手から知恵の矢が放たれ敵はことごとく矢先にかかって滅びる。つまり観音の知恵の前に降るということだろうか。豪快に爽やかに清々しい舞だ。
能「田村」の詳しい解説はこちら



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