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04.09
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2016年3月20日 秩父市白久で写す

早春、木々が芽吹く前、黄色い小花を蜜につける。春の到来を告げる花。この花を見つけると、春を見つけたとばかりに手折って持ち帰り花瓶にさす。
なんとも可愛い名だが“お母ちゃん”“赤ちゃん”の“ちゃん”ではないのが残念だ。
昔この木の実や樹皮から油を取った。お菓子を食べる爪楊枝、クロモジの仲間で匂いがいいが粘りが強く、食用には不向きで灯火用、鬢付け油に使ったという。このような粘質の油を瀝青と云うそうだ。何やら難しい字だがコールタールなどもその仲間で、その類の油、瀝青をチャンというらしい。外国語らしく、アブラチャンはねばねばの油が取れる木ということのようだ。
昔は男も女も頭の髪が長かった。鬢付け油に苦労したことだろう。“散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする”明治維新、巷で唄われたという。鬢付け油も匂ってきて当時の人達の浮かれ姿が目に浮かぶ。
昔、髪は大事な体の一部分だった。
能「清経」では源平の戦いに敗れ前途を悲観した平清経が都の妻に、形見の髪を送り入水する。
能「清経」は戦争によって引き裂かれた夫婦の情愛を描いた悲惨な能。
清経の家臣が清経が残した形見の髪を都の清経の妻に届ける。妻の嘆きが悲惨極まりない。
妻の夢枕に現れた清経の霊は妻に、自分が死を覚悟するまでの経過を逐一に語る。
人は誰でも、事情がどうであろうとも命は惜しい。その命を語る。清経は船の舳先に立ち、愛用の笛を吹き今様を謡い「この世とて旅ぞかし」と心を澄まし入水する。この屈指の美文の「クセ」は一入も、二しおも人の胸に沁み入り、締め付ける。
小書き(特殊演出)に「披講之出端」がある。笛の独奏に引かれるように清経の霊が現れる。命とは何か?を語りかけているように見える。披講とは詩歌の会で歌を詠みあげることだという。今も正月、皇居で行われる。
能「清経」の詳しい解説はこちら



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