FC2ブログ
04.23
Sat
IMG_2307.jpg
玉川上水。2016年3月31日。武蔵野市境で写す。

古くさい「能」の文句を引き出して、なんとも艶消しだが“言い得て妙”というのもある。能「熊野(ゆや)」に「草木は雨露の恵み、養い得ては花の父母たり。まして人間においてをや」植物に取って水は父母。人間の父母は水に例えられるということらしい。
人間は水なしには生きられない。水に対する人々の強い思いからかだろう、江戸初期に作られた玉川上水が今でも保護され健在、豊かな自然を見せてくれる。羽村から久我山まで地上を流れ、久我山からは暗渠らしいが、大都市東京ではしかたがない。現在では多摩湖に一部取水しているそうだが数十年前、新宿の淀橋浄水場がなくなってから多摩湖への取水口から下流では水が全く流れなくなった事もあった。流域の住民の懇請で下水を浄化した水らしいが、流すようになった。豊かな水量、橋の下では巨大な鯉が餌を待っている。両岸に桜が多く植えられている。江戸中期、小金井橋を中心に上下流六キロ、吉野や筑波の山桜を植え、富士山をバックに花見の名所だったそうだ。

IMG_2270.jpg
イチリンソウ キンポウゲ科。
2016年3月31日写す。以下同じ。武蔵野市境、桜橋から小金井市梶野橋までの玉川上水の土手で写す。

ニリンソウと同じ場所に咲いていた。ニリンソウはかなりの分布だったがイチリンソウは二カ所だけだった。こんな所で会うとは思ってなかったので嬉しかった。ニリンソウは花茎に二個、イチリンソウは一個咲く。
花も草丈もニリンソウより大きく、葉が少し茶色かかっていた。

IMG_2263.jpg
アマナ ユリ科

玉川上水でこの花を発見したのは5,6年前。意外だった。玉川上水の自然を見直した。以来、春の玉川浄水を歩くのが楽しみになった。甘菜。根の白い鱗茎が美味しいらしいが食べたことはない。食べたいとも思わない。食べるにはあまりにも可憐な花だから。

IMG_2267.jpg
ショカッサイ アブラナ科

至る処に咲いていて珍しくはないが、花の少ない早春は花も葉もいちだんと華やかできれいだ。少年の頃、父に聞いた話を思い出す。近所のお爺さんが若い頃、軍隊に行き、中国の東北地方で、一面のショカッサイの花畑を汽車で走ったそうだ。戦争も自分の命もひと時忘れたと。中国渡来の花。花大根の名の方が馴染み深い。

IMG_2266.jpg
ムラサキケマン ケシ科

この花も何所にでもある花だ。珍しくない所為か誰も見向きもしない。花の少ない時、その美しさを再発見する。かなり昔の話しだが娘がこの花の種を蒔いた。翌年猫の額はムラサキケマンに占領されてしまった。

IMG_2298.jpg
ヤハズノエンドウ マメ科

珍しい花ではなくとも花の少ない早春では“ホウやっと咲いたナ”と嬉しくなる。
ひところカラスのエンドウとばかり思っていた。名前を教えてもらったときヤハズが何だか分からず不思議な名前だナと、見慣れた花まで印象的だった。
ヤハズは矢筈。弓の弦を受ける矢の根本の凹んだところだそうだ。ヤハズノエンドウの葉っぱの先端の窪みが似ているからだそうだ。葉も矢羽根に似ている。
矢は身を守るものの象徴。御神体とするのも頷ける。加茂神社の御神体も矢だ。

能「加茂」は矢のいわれを作った能だ。
播州、室の明神は加茂神社の分社。室の明神の神職が加茂明神に参拝する。
里の女、二人が神に供える水を汲みに現れる。二人は清らかな加茂川の流れを汲み辺りの佇まいを謡う。二人の謡が神域を作り出す。現代人が理解する神とは又違った日本古来の神を感じ異様な興奮が起こるかもしれない。
川岸に祭壇を設け矢が祀られている。神職が矢の謂われを問うと女は「昔、神に供える水を汲みに来た女の桶に一筋の矢が流れてきて桶に止まった。女は懐胎し男の子を産んだ。その子三歳の時、子は矢を指差し我が父であると云う。矢は轟きつつ天に上がり雷神となり、母もその子も神となった。加茂三神である」子づくり、とは何かを考えさせられる。
後場はガラリと変わり、加茂三神の御祖神と別雷神が本体を現し御祖神は優艶な舞を見せ別雷神は雷鳴を轟かせ豪快に舞いおおいに楽しませてくれる。

comment 0
back-to-top