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07.02
Sat
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子の行方を求めてさ迷う母の心情を舞う。(カケリ)

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「乗せさせ給え渡し守」伊勢物語、東下りを種に即興の舞を舞い乗船を頼む狂女(狂い)

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「人買に連れて来られた少年がこの隅田川の川岸で死んだという船頭の物語を何となく聞き流すが、しだいに我が子ではと気づき悲しみの淵に突き落とされる母(狂女)。

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「南無や西方極楽世界」船頭に励まされ我が子の極楽往生を祈る母。

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我が子の亡霊に縋り着く母。だが亡霊は虚しく消え失せる。

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やがて夜も白々と明け始め、我が子の面影も幻も跡形もなく消え失せ茫然と立ち尽くす母。

28年6月12日、隅田川を舞った。前回舞ったのは10年前。その時思ったことは何一つ覚えていないし所感など書き留めてもいなかった。もう一度舞って見たいとは思わなかったのだろう。あまりにも世話物色が強く工夫が難しかったのかも知れない。
人の心は刻々と変わる。年齢とともに物事に対する感動も薄くなっていく。今回舞って見ようと思い立ったのは名曲の世評もさることながら、覚めた心で工夫出来るのではと思ったのだと思う。
「隅田川」は難しい能だった。難しいと云う意味は色々ある。①技術的に難しい。例えば「道成寺」のように約束事が多く、込み入った型も多く理解するのに時間がかかる。②曲の内容が難解だ。内容が理解出来なければ思うように舞えないのは当たり前だと思う。
出来すぎた話ではあるが、こんな話しもある。昔の話でよく知られた話しらしいが、或名人といわれた人が、中入りの作り物の中で間語りを聞いて、今舞っている能の内容を初めて知ったという。この話の解釈には色々あろうが三流半能楽師には理解の外だ。
③能という一般的な概念から遠いもの。等々。
隅田川は③に近いと思う。世話物色が濃いからです。能楽師は直接的表現に近い演技に馴れていない。そういう意味で隅田川は難曲だと思う。
能は他の演劇のように直接的な表現をしない。人の生活そのものを演技しない。人間の所作を抽象化した“型”で表現します。
“型”に付いては色々云われます。能は型に縛られて劇としての幅が限定されると。
詞章にしても同じ事が云われます。能の詞章はよく知られた詩歌、物語の一節を多く取り入れていて、まるでパッチワークだと。
これらに耳は傾くが、しかし“型”はその運用で全く違った世界を作り出す事が出来るのだと思う。運用には制約はありません。演者の工夫は無限です。つまり同じ「隅田川」でも演じる人によって変わる、色々な「隅田川」があるのだと。
詞章についても同じ事が云えると思います。取り入れられた元の詩歌や物語の世界をより広くひろげ又は全く違った世界を作り出しています。これも運用の妙だと思います。能独特の、いわば能文学の世界を創出したのだとおもいます。

能は「神、男、女、狂、鬼」に分類され、それぞれの曲趣を表現する手法が重んじられています。狂女物は人間の常識に外れた行動をしても許される狂人が主役です。狂人の芸の面白さを主題にしています。「隅田川」は四番目、狂女物です。
「隅田川」は狂女物の範疇を少しはみ出した曲だといわれます。しかし演者には狂女物という意識から解放されることは難しい。
「隅田川」の登場の一声は我が子を思う母の心中の吐露です。湿りがちになるのは止む得ない。続く船頭との問答が問題です。
内容が「伊勢物語」在原業平の東下りだからです。哀れな業平の姿が頭にこびり付く。「その澤の辺の木の陰に下り居て乾飯喰いけり、、、乾飯の上に涙落としてほとびにけり」「我が想う人はありやなしやと」とあって湿っぽい。業平の心情を思うと明るくとはいかない、となると全編湿った能となる。これでは眼目の愁嘆場が霞んでしまうという演出の掟に囚われてしまう。
昔、師が事あるごとに云った言葉を思い出した。能は一曲毎に違うんだ。「神男女狂鬼」は便宜的に作った分類だ。研究者に任せておけ、演技者はそのような分類に囚われず、その一曲を舞え、だった。結局全曲湿っぽいのになってしまったような気がする。師が云うのだからこれでいいのだろう。後半の愁嘆場は、拙い芸の身には長い。「南無阿弥陀仏」の場はダレそうになった。
能「隅田川」の詳しい解説はこちら
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