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07.09
Sat
都立農業高校神代農場、周辺の夏の花
この頃の季節、百花繚乱の春の花がおわり、野山に咲く花が少なくなった。
久しぶりに農業高校農場を尋ねた。以前はいつでも入園出来たが今は木曜日だけ。

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東京都立農業高等学校神代農場 調布市 2016年6月30日写す。

湿地を中心に両側を大木の森が囲んでいる。都会の喧噪は全く聞こえない。訪ねる人もまばら。湿地にはマスの養殖施設がありs狭い乍ら田んぼもある。養殖も田んぼも今はお休みのようだ。十年程前は養殖池にはマスが泳いでいたし、田んぼも手入れが行き届いていた。山際の溝には逃げ出したマスやドジョウなどがいて、子供達が泥んこになり大騒ぎで捕まえていた。子供達の格好の遊び場だった。

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ソバ タデ科 2016年6月30日調布市深大寺元町で写す

農園の道路を隔てた向こう側に深大寺小学校がある。明治初年の学制が制定された時の創立だという。その小学校の子供達が育てているソバ畑。
ソバは深大寺門前の名物。その名も深大寺ソバとうたうソバ屋が軒を連ねる。
ソバは古く中央アジアからの渡来だという。ソバは不思議な作物。熟した実と花が混在する。ソバは長野が有名。善光寺門前でソバを食べた。待ちに待って出てきたソバを見て思わず“美味しそう”と云ったら店のおばさん「美味しそうではなく美味しいです」
山形の尾花沢のソバの美味しさは忘れられない。昔の品種で収穫料は少ないが味は天下一品だと云っていた。芭蕉も食べたそうだ。

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チダケザシ ユキノシタ科

ピンクの小花が穂状に咲く。草丈も程よく葉もきれいだ。植えてみたくなる花だ。白花もある。漢字で乳茸刺。写真の花は終わりに近く退色しかけていた。
チチタケ(乳茸)というキノコがある。黄褐色で裏は薄黄色。キズつけると白い乳が出る。食べられるらしいが食べるのに勇気が要る。チダケザシの花茎は、細くて固い。このチチダケを刺して持ち帰るのに丁度いいという事から付いた名だそうだ。串刺しの焼き鳥のように山道をルンルンで持ち帰る。いいな!絵になりますね!

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ハンゲショウ ドクダミ科 2016年6月30日都立農高神代農場で写す。以下同じ。

きれいという訳ではないが1ぺん目にしたら忘れられない。漢字で半化粧。半分で止めたか、化粧中を云ってるのか知らないが葉の半分が白いので付いた名だという。他に半夏(夏至から数えて11日目)の農作業に因んだ“半夏生”の名もあるそうだがやはり“半化粧”がいい。植物の名は学者が付けた難しい名から、昔から言い習わされた名など色々だ。中には“犬のふぐり”や“継子の尻ぬぐい”などふざけた様な名もある。ハンゲショウは言い得て妙、いい名だナと思う。葉は手に取って揉むとドクダミの様な匂いがする。やはりドクダミの仲間かと思うがミントのような涼やかな匂いも混じっている。

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ノカンゾウ ユリ科

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ヤブカンゾウ ユリ科

ノカンゾウもヤブカンゾウも極近い兄弟だ。よく知られた仲間にハマカンゾウ、ニッコウキスゲ、ユウスゲなどなどがある。これらの花は美味しい。キュウリなどの酢の物に添えると彩りが冴え会席料理に変身。早春の芽立ちは天ぷらが絶品。
至る処に咲く花だから珍しくはないが、今年の咲き始めだった所為か、その美しさを再認識した。

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ミソハギ ミソハギ科

小花を穂状に咲かせる。その紅紫色の鮮やかさはこの世のものとも思えない程だ。湿地や田の畦の群生に息を飲む。盆花にするのも肯ける。ミソギハギ(禊ぎ萩)とも。
この花に水を含ませ身の罪、穢れを清める禊ぎの行事があったのだろうか。「禊」は神事、日本の神様もインド渡来の仏様も好きなのだろう、有り難い花だ。冗談が過ぎるようだが。
「水掛草」の名もあると云う。水掛草は天の川に生えている草。
能「砧」で、遠く離ればなれになった妻が夫を思いやり、天の川に隔てられた牽牛、織姫に我が身を擬え「水掛草ならば波打ち寄せよ泡沫(うたかた)」(水掛草の名の通りならば波となって打ち寄せて二人を合わせておくれ)と謡う。

能「砧」は訴訟のため在京の夫の帰宅を待ち侘びる妻の物語。
夫を待つ寂しい秋の夜、辺りの家から夜なべの砧の音が聞こえる。妻は中国の故事を思い出す。匈奴に捕らえられた蘇武の妻子が夫の身を思いやり高楼に登って砧を打つ。その音が万里を隔てた蘇武の耳に届いたというのだ。妻は侍女と万感を込めて砧を打つ。その情景を「次第」から「クセ」までの卓抜の美文と韻律で余すところなく描き、妻の心情を豊にうたいあげる。「月の色、風の景色。陰に置く霜までも。心凄き折節に。砧の音、夜嵐。悲しみの声、虫の音。交じりて落つる露、涙。ほろほろ、はらはらはらと。いずれ砧の音やらん」切なく悲しく、耐え難い。
追い打ちをかけるように、年の暮れには帰る筈の夫が訴訟がながびき帰れないと都から便りが届く。失意のうちに妻は病の床につき遂にあの世へと旅立つ。
 邪淫の罪で地獄に落ちた妻は地獄の責め苦に憔悴した姿で夫の前に現れる。
夫の不実をなじる妻の姿は凄まじく恐ろしい。しかし何時までも残る「クセ」の感動が帳消しにしてくれる。
何時の世でも変わらない「人を想う」ということを叙事、叙情、渾然と豊にうたう。能の表現形式が冴える能。
能「」の詳しい解説はこちら

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