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08.13
Sat
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2016年7月23日 青梅市御嶽山で写す。撮影場所、日、以下同じ。
森々と静まり返った参道の杉木立。

梅雨明け間近の薄日が洩れる土曜日、御嶽山に登った。お目当てはレンゲショウマ。かなりの群落がある。平地は薄日が漏れていてもここは標高930Mの山。霧が深く売り物の絶景は見られなかった。山は深く修験道の道場だったというが、肯ける。
静かな登山道では若い女性のグループ、急坂を駆け登る若い男性。ポケモンGoだけではない若者に心を引かれた。高尾山とは違い外国人には一人も逢わなかった。
山頂の御嶽神社の拝殿前の石段横では祭神という大口真神(おおくちまがみ)の石像“おいぬさま”と呼ぶそうだが、睨み付けていた。「お賽銭をあげに来ました、怖い顔しないで」とウインクしたがシカトだった。“お犬さま”と呼んでもほんとは日本オオカミだそうだ。怖い訳だ。

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御嶽神社"おいぬさま”
 
濃い霧の中の佇まいは神域の風情がいっそう深かった。

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レンゲショウマ キンポーゲ科
漢字で蓮華升麻、花の形が蓮華、ハスの花に似ているから。升麻と名がつく花の中でも花の形が違う。淡い薄紫の花と丸い鈴の様な形が霊山の花の雰囲気。日本の固有種だそうだ。残念ながら花期に少し早く数個しか咲いていなかった。

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ミヤマタニワタシ マメ科
「深山谷渡し」だろうか、少々大袈裟だが。節々で折れ曲がり蔓のように他の木や草により掛かり伸びる。花など咲きそうもない藪に咲いていた。おや?と思うのだろう、通る人毎に立ち止まり、中にはカメラを向ける人もいた。

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ヤマユリ ユリ科
ユリの女王様。日本の固有種。改良種の母親の有力種。カサブランカの母でもあるそうだ。大型の豪華な花が野山に咲くとは信じられない程。強烈な芳香を放つ。球根はユリの中でも味一番、流石だ。
御嶽山の日当たりのいい至る処に咲いていた。群落もあった。蓮華升麻はさることながら、もう一つの目玉にどうだろうかと。

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ギボウシ ユリ科
葉っぱが大きく姿も花もきれい。欧米の人にフアンが多いと聞く。名の由来は花が橋の欄干の擬宝珠に似ているから。擬宝珠は今はめったにお目にかからない。神社やお寺の飾りの橋くらいだ。欄干の柱を飾る栗の実の形の金属装飾。
ギボウシは東北では春の芽立ちをウルイと呼び主要な山菜。ぬめりがあり、お浸しでもごく若い芽は天ぷらが美味しい。

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ソバナ キキョウ科
蕎麦菜と書くが、花は釣り鐘型で蕎麦の花とは似ても似つかない。葉も似ていない。強いて云えば茎だろうか。おかしな名だ。ソマナとも云うらしい。ソマは杣で杣人ということ。山で仕事をする人が土産に持ち帰ったというのだろうか。絵のような風景が浮かぶ。
同族のトトキ、釣り鐘人参と共に主要な山菜。味はトトキの方が一枚上だという。

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オカトラノオ サクラソウ科
虎の尾とは大袈裟で可哀想。子猫の尻尾くらいが可愛くて似合うのに。先細の尻尾の様な花穂に桜の花形の小花がびしり咲く。下の方から咲くので真ん中辺が咲く頃、下の花は茶色にしぼんでしまう。これがいっぺん咲いたらさぞ豪華だろう。
古いが「虎の尾を踏む男たち」という映画があったという。黒沢明の作品。源義経の家来、武蔵坊弁慶の物語。頼朝に追われ奥州、平泉までの大逃避行を描いた作品。出所は能「安宅」、大方の人が知っていた能だったのだろう。
能、安宅では、安宅の関を突破した感慨を「虎の尾を踏み毒蛇の口を逃れたる心地して」と謡う。演劇性大盛り、活劇たっぷりの大作、人気曲。

歴史上、権力を手にすると猜疑心から周りの有力者、親族までを粛正する事が多々だ。今の世でもどこぞの国などで有るというから恐ろしい。
兄、源頼朝に狙われた義経は弁慶以下十二人の家臣と奥州、藤原秀衡を頼って逃避行を試みる。一行は弁慶の策謀で山伏姿の出で立ちで出立する。「旅の衣は篠懸の」次第から、サシの「鴻門楯破れ都の外の旅衣」、下歌、上歌、12人(実際は十人ほど)の猛者の連吟が舞台を威圧する。
義経一行の山伏姿は既に洩れていた。関守、富樫の某は弁慶に、東大寺再建の勧進ならばその趣意書、勧進帳がある筈だ、それを読めという。弁慶が読む勧進帳は、節付け拍子当たり共に込み入った難物。白紙の勧進帳を弁慶が知略で読むのだ、そのための工夫なのだろう。関守達は肝を潰し弁慶一行を通す。
後尾についていた強力(荷物の運搬役)姿の義経が止められる。義経に似ているというのだ。弁慶は決断する。主君、義経に、僅かな笈を負いよたよた歩くから疑われるのだ、日頃から憎い奴だと思っていたと金剛杖で散々に打ちすえる。富樫はそれでも許さない。
弁慶に次の策が浮かぶ富樫に、「強力を留め笈に目をかくるは盗人」だと詰め寄る。続く猛者共は主君の一大事とばかりに刀に手を掛け、止どめる弁慶諸共、富樫に殺到する。
能的直線的演技が倍加して大きな迫力を生む。
恐れをなした関守は関の門を開き一行を通す。虎口を脱した一行は関を抜群に隔て休息する。富樫が非礼を詫び、酒を携え一行を訪れる。弁慶は比叡山切っての芸達者だ。興にのって延年の舞を舞う。舞は山伏掛、男舞だが剛直を心がけ舞う。小書に「延年ノ舞」があり剛直を増す。
この能の出典は「義経記」。平泉までの数カ所で起きた出来事を安宅の関所で起きた事として一纏めにしたという。この能では関守を威嚇する剛直な弁慶達と、主君を打つという前代未聞の不忠を働かなければならなかった弁慶の苦衷を柱に描かれる。
出典「義経記」では弁慶の策略が時には可笑しく描かれる。例えば直江津では笈の中味を調べると云われ、弁慶は笈を投げ出し、手を掛けた代官に、中に権現が鎮座している。汚れた手で触ると罰が当たると脅し、お清め料として米三石三斗、白布百反、馬七匹をせしめた。中味は武具だった。
当の安宅では危険なことは何一つ起こらなかったし「安宅の関」と云うのも無かった。
富樫は加賀の国の守護職だった。弁慶は酒宴中の富樫の館に乱入、郎党達と争い、東大寺勧進と偽り寄進をせしめた。
勧進帖の話は義経記にはなく、頼朝に反乱を勧めた荒法師、文覚上人の話だという。
文覚は後白河院の御所に押し入り、高尾の神護寺修復の勧進帳を高らかに読み上げたという大胆不敵な怪僧だったという。
能「安宅」の詳しい解説はこちら
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