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08.27
Sat
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沖縄の海の幸 2016年8月1日、那覇、牧志公設市場で写す。

八月一日から五日まで、沖縄、渡嘉敷島に行った。午後一時出港に間があったので那覇の國際通りを入った牧志公設市場を見に行った。市場はその地方の人達の生活が見えるようで興味深く大好きだ。中でも目を引いたのが海の幸。魚もエビも赤、青、黄色とカラフルで美しい。味も食べ馴れた北の魚と風味が少々違い、歯応えもあってシコシコと美味しい。
 写真の貝は貝殻でボタンなど装飾品を作る夜光貝、青い魚は大好きなイラブッチャー。

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集団自決跡地の碑 撮影日時2016年8月1日~5日 渡嘉敷島で写す。以下同じ

渡嘉敷の最後の日、島内一周しこの地を訪れた。米軍の猛攻に敗戦の辱めを受けるよりはと、軍の指導もあって村民が集団で自決した跡。その悲惨を語る碑文を読むうち、耐えられず中ほどまでしか読めなかった。二次大戦では日本のほとんどの町が焦土と化し、東京大空襲では10万の人が死に27万の家が焼失した。戦争の悲惨はここだけではない。しかし我が住む村、町が戦場とされ蹂躙され、軍人でもない住民が自決を強いられた悲惨は沖縄以外にない。少年少女、幼い子供もいたという。
戦争に正義などない。戦争は狂気だ。二次大戦後、戦争責任の罪のなすり合いをした。立場が違えば誰でも狂気になる。誰と名指して恨んでも仕方がない。日本人は敗戦後71年の間、懺悔を続けてきた。この優しい可哀そうな日本人につけ込む国もあるように思う。世界には狂気の芽が噴き出しているように見えるこの頃だ。人間、誰しもが持つ狂気の芽、どのように摘んだらいいのだろう。

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シマバナナ バショウ科 
島バナナとよんでいる。通称で本名は違うだろう。あちこちに植えてあり勝手に生えているようなのもあった。あ~沖縄だと胸が騒いだ。普通市販されているものより小ぶりだが、程よい酸味とぬめりがあり味は抜群。

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グンバイヒルガオ ヒルガオ科
薄い紫がかったピンクの花が美しい。浜辺いっぱいに広がり壮観。温かい地方、四国、九州以南に咲く。名前は葉っぱの形が軍配に似ているからだそうだ。軍配は昔の武将が戦いの指揮に使った軍配団扇。今は大相撲の行司が持っている。

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ギンネム マメ科
よく目にするネムの花は、淡いピンク色の細い糸状の花びらが、実は雄しべだそうだが傘のように広がって咲く。ギンネムは女性の化粧道具のように、ふんわり柔らかそうな球形。
米軍が沖縄に上陸し、焦土と化した土地に米軍が飛行機でギンネムの種を蒔いたと聞いたことがある。古い記憶で少々怪しいが。ギンネムは中央アメリカが原産地。
「象潟や、雨に西施が、ねぶの花」芭蕉の奥の細道の句だそうだ。象潟は秋田県にある景勝地だったが今は田んぼ。西施は中国、春秋時代の美女。一国の王が国を傾けた程の美女だったそうだ。芭蕉の頃はネムを“ねぶ”と呼んだのだろうか。最大級のお褒めにあずかり、このネム、ピンクの笑顔を更に大きくしたに違いない。

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名前は分からない。
横に茂った低木。初めて見る花。木の姿や葉っぱは山アジサイに似ていたが花はアジサイ属とは全く違っていた。所の人に聞いてみたが、雑木だヨと云った。

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クサトベラの仲間 クサトベラ科
海岸沿いや海の近くに咲いていた。低木で、枝は腫れぼったく、むくんだ指のようだった。葉はトベラによく似ていた。小さな花で目立たないが、咲き方が面白かった。
花びらは普通、囲い込むように円を描いてつくが、この花は扇を開いたように、5弁の花びらが半円形に咲いていた。

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ハマユウ ヒガンバナ科
漢字で浜木綿。神事に神主が打ち振る、榊の枝に結びつけた白いコウゾの繊維、これを木綿と云うそうだ。長く垂れ下がった花弁を木綿(ゆう)見立てたのだろうか。万葉の昔から親しまれた花という。三重県、宮崎県の県花。温かい海岸がお好みで南限は千葉海岸というがここではめったに見られない。南に下がるほど多い。
丸く垂れ下がって咲く様が老人やライオンが髪を振り乱しているようだ。能にも百獣の王、ライオンが登場する。「石橋(しゃっきょう)」。ライオンとはいっても能では獅子。獅子はライオンをモデルにした架空の霊獣。能の獅子は髪を振り乱し舞台狭しと暴れまわる。能の中でも、他の芸能をも含めてもダントツの激しさだ。

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“獅子、団乱旋(ししとらでん)の舞楽の砌。牡丹の花房匂い満ち満ち大筋力の獅子頭”
(剛筋力の獅子が、獅子、団乱旋の舞を舞えば咲き乱れる牡丹の香が匂って来て、、、)

能「石橋」、所は中国、清涼山。その山中に架かる橋、石橋(しゃっきょう)。幅30センチ足らず。谷底まで三千メートル余り、そのうえ苔むして滑る。生半可の法力では渡れない。橋の向こうは文殊菩薩の住む浄土。日本からここを訪ねた寂昭法師。この橋を渡ろうとする。
寂昭は出家前の名を大江定基。死んだ愛人を葬るに忍びず添い寝して過ごした。定元が愛しい愛人の口を吸った。「おぞましき香」。彼は発心、出家した。どこかで読んだこの話を、酒を御馳走になった師匠に話したら大目玉だった。邪推は無益と。その頃が懐かしい。
寂昭の前に少年が現れ渡橋を諫め暫く待ちなさい、やがて奇特が現れるだろうと云い立ち去る。
深々と静まり返る石橋。突然獅子が姿を現し、咲きほこる牡丹の花に戯れる。
この舞を「獅子」と呼び古来秘曲とされ、楽師が通らなければならない三つの関門の一つ。
 小書き(異演出)では小獅子が出る。獅子三匹もある。作り物の牡丹の立木も増え、舞台は一層華やかになる。親獅子は白ずくめ、子獅子は赤。子獅子を親獅子が谷底に蹴落とす型など舞は激しさを増す。激しさの中にも品位と幽艶がある。現在では小書きが一般的。
獅子の出現は、前奏曲ともいうべき「乱序」で始まり、中程の深山幽谷を表す「露ノ拍子」では小鼓と大鼓が露の滴りを擬し、間をはかり交互に打ち深山幽谷を現出する。能ならではの演出だ。突然囃子は急調に、獅子が躍り出る。
能「石橋」の詳しい解説はこちら

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