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09.03
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沖縄県、慶良間諸島の残照 2016年8月2日沖縄県渡嘉敷村阿波連海岸で写す

次第
砂内桂馬、団塊の世代。世にあった日々は遠い。無為の時が流れて久しい。
桂馬は夢を見た。色々の顔が桂馬に語りかける。懐かしさに涙が流れた。何故懐かしい、それは分からない。人々の顔も話も、何の繋がりもない。やがて人々の顔は一つまた一つと消えて行き、一つが残り語りかける。桂馬は目を覚ます。半身を起こして語りかけた顔を想う。ややあって思い出が滲みでる。それは大きく華やかに広がったが、やがて静かに消えていった。しばしの残照だった。

前回までのあらすじ
桂馬と温子の出会いは不思議な出会いだった。桂馬は生い立ちが原因で女性が苦手だったが、不思議な雰囲気を持つ温子に引かれていく。温子が通勤に便利な荻窪に引っ越すことになり桂馬は引っ越しを手伝う。桂馬と温子の間は急速に縮まった。二人は桂馬を亀、温子を鶴と呼び合う事にした。桂馬は温子の提案で “ままごと”と称して土曜と日曜、温子の部屋に泊まることにした。
叔父の忠告で桂馬は温子との結婚を決意する。桂馬は両親と姉の承諾を取り付けるため郷里の塩釜に行く。父母も姉も異存はなかった。桂馬は温子に電話した。温子は我を忘れて塩釜に駆けつけた。父母や姉、身の回りの人達が温子を歓待する。
桂馬は温子をザリガニ釣りに誘い、祖母のお手伝いだった桂馬の心の姉、フミの生涯を語った。温子は桂馬の“人となり”の一面を知る。

出会い(十一)
“ままごと”は二か月も続いたが二人の間はすっかり打ち解けたという訳ではなく何となく蟠りのようなもの、遠慮のようなもの、何かにつけ、ぎこちなさがあった。
それも塩釜から帰ってからは徐々に解けて行った。桂馬が温子の部屋に泊まることも多くなった。
温子は新しい職場に通い始めた。新しい温子の職場は秘書の仕事とは全く異質だったし人の数も比較にならない程多かった。温子は色々な人がいて楽しいと云った。
温子は気が置けない性格だ、誰とでもすぐ打ち解けるだろう、桂馬の心配は杞憂かもしれない、そう思いながらも心配のしこりは消えることはなかった。
温子の今までの職場で接触する人達は、議員という一人の人を支援する、云わばその人の一面だけのつきあいが多かったのだ。
新しい職場の人達は、世の中の多くの人と同じように生活を背負った人たちだ。どんな社会にも、受け入れられる人、反りの合わない人がいる。いかな温子でもそのような人に遭遇するだろう。今まで世情に疎い温子だ、その場面に遭遇した温子が思われ愛おしかったのだ。桂馬は温子の様子を見ることにした。時々荻窪の駅で待ち合わせOKストアで買い物をして帰った。狭い台所で職場の様子を聞いた。

夏の太陽も衰えはじめた朝、二人はちゃぶ台に向かっていた。温子が箸を咥えたまま頭を傾げ天井を見つめ、
「何処か涼しい処、ないかナ」
「春日神社は?」
「もう飽きちゃったし」温子は急に箸を下し桂馬を見つめ
「あ、そうだ、芦花公園に行きましょう」
引っ越した時、大家の奥さんが薦めた処だ。その時桂馬は芦花公園に興味を持ったのだった。芦花公園は明治、大正の作家徳冨蘆花が晩年住んでいた処だという。大家の奥さんは近くだと云ったが地図で調べたら、かなりの距離がありそうだった。
桂馬は蘆花の名を知っていた。祖父に教わったのだ。晩年の祖父は蘆花の「不如帰」の武雄と浪子、尾崎紅葉の「金色夜叉」の貫一とお宮を混同して話した。幼い桂馬には話の内容を理解できる筈もなかったが、祖父のうるんだ眼から祖父の心を読んだ記憶が今も残っていた。

温子は下駄で行きたいと云う。距離がありそうだからと桂馬が止めても譲らなかった。仕方なしに桂馬も下駄をはいた。
井の頭線の高井戸駅近くにスーパー、大関がある。二人が度々行く店だ。出店のパン屋のクロワッサンが温子のお気に入りだった。ここまでは温子の顔は笑顔だった。井の頭線のガードを潜ってしばらく、温子は「まだ?」を連発した。笑顔が少しずつ消えていった。大家の奥さんに、高井戸駅からすぐと聞いていたからだ。京王線、芦花公園駅が見え始めても笑顔は戻らなかった。
芦花公園駅の駅前に「氷」と染め抜いた幟旗が見えた。
「氷だよ、食べる?」
「どこどこ?食べる、たべる」温子の顔は笑顔に急変した。桂馬の手を掴んで急ぎ足に店に向かった。破顔一笑とはこのことだナ、桂馬は可笑しかった。
桂馬は美味しそうにカキ氷をたべる温子を見ていた。見ているだけで涼しくなる様な食べっ振りだった。
「あら、亀しゃん食べないの?」
桂馬は幼い頃からカキ氷が苦手だ。桂馬の母は「子供はカキ氷が大好きなのに、お前は変わってるネ」と云った。
「オヤジはネ、冷たいものが嫌いで、氷を水の固まりと呼んだンだ。水の固まりなんぞ食べて喜ぶンではないゾ、とよく云ってたナ、氷を毛嫌いしてた」
「あら、そう」温子は無反応だった。

公園は欅や椎の木の大木が茂り太陽を完全に遮ってほの暗かった。色の褪せた古びたブランコやシーソー、ベンチがあちこち置き忘れたように黒ずんでいた。ケヤキや椎の木の大木の幹が醜く乱立する間を透かして、その奥に竹垣に囲まれた、蘆花が最後まで住んでいたという家がぽつんねんと建っているのが見えた。
「やはり文豪の住家ね、どこか洒落てる。だけど藪蚊が出そうネ、夏は涼しそうだけど冬は寒そう」
「蘆花が住んでいた頃は、周りは畑や林だったそうだ」
「当時、有名な小説家だったのでしょう?どうしてわざわざこんな不便な処に住んだのでしょう」
「さあネ、生まれは熊本の名家だったらしい。兄弟と云うのは面白いネ。兄の徳富蘇峰は当時日本を代表するジャーナリスト、思想家で、かなりの高齢まで中央に君臨していたそうだ。蘇峰の意味は熊本の大噴火山、阿蘇山だって。
蘆花の名は地味なアシの花。40歳で奥さんと二人、この土地で半農生活を送り60才で亡くなったそうだ。蘇峰、蘆花兄弟はとても仲が悪かった。でも蘆花の死の枕元で二人は仲直りしたそうだ」
「どうして仲が悪かったの?」
「さあネ。例えば佐藤紅緑とサトウハチロウー親子のようなものじゃない?紅緑は当時、売れっ子の作家、息子の詩を、もっとマシな物を書けと度々怒鳴ったそうだ。この親子も仲が悪かったそうだよ」
「わア~亀しゃん物知り」
「だろう!実を云うとネ、芦花公園に行こうと云ったとき、チョットと云って出かけたよネ。南荻窪図書館で調べて来たんだ」

いつの間にか晩夏の太陽は大きく西に傾いていた。温子は足の疲れを忘れたようだった。高井戸駅まで兄弟の話が細々と続いた。
桂馬が歩き馴れた道はつまらないと高井戸駅の西の道から帰ろうと提案した。二人とも初めての道だった。温子は、もし迷ったら足も痛いし、困ると反対したが、荻窪駅の方向、東に歩けば必ず知っている道に出る筈だと温子の背中を押した。

見慣れた風景は中々出て来なかった。「迷ったかな?」動揺を温子にさとられないように歩いた。自転車に乗った若い男に荻窪駅の方角を聞いた。男は東の方向を指さし無言で走り去った。アパートの方角に大きく外れていた。さすがの温子も気づいたらしく、
「ほらごらん、迷ったでしょう。もう私、歩けません。見て」温子の足は下駄の緒の形に真っ赤だった。温子がうずくまった。
「ごめん、でももう直ぐだよ。頑張って歩こう」
温子は両膝を抱いて顎を乗せ、目をつぶった。桂馬も向き合ってうずくまった。温子は動く気配はなかった。
「姫様、お籠をお呼びしましょう」桂馬が背中を向けた。途端に温子が無言で桂馬の首にしがみついた。桂馬はたじろいだ。意外だったからだ。
「おやおや、姫様。お籠の中では履物はお脱ぎになった方が」
下駄がカラリと落ちた。
「それでは旅の徒然に、お話でも致しましょう。お気に召されなければ私メの背中を一つ、ガッテンならば二つ突ついてください」

「昔むかし、あるところにお爺さんとお婆さんがいました。お婆さんは山に柴刈に、お爺さんは川に洗濯に、え?トン一つ、異議あり?だったら背中に書いて。うんうん、逆?
でも同じ話ではつまらないから。
山の大きな桃の木に金色に光った大きな桃が一つだけなっていました。お婆さんは大喜びで取って帰りました。え、トントン、二つ!
お爺さんが洗濯をしていると大きな桃がドンブリコ、ドンブリコと流れてきました。
桃は川の石にぶつかってキズだらけでした。それでもお爺さんは大喜びで拾って帰りました。トン!一つ?お爺さん可哀そうだよネ
金色のお婆さんの桃から丸々と元気な男の赤ちゃんが生まれました。お婆さんは赤ちゃんに富士太郎と強そうな名前を付けました。
傷ついたお爺さんの桃からは、ほっそり、まあまあの可愛い赤ちゃんが生まれました。トン!一つ?でも兄弟は一人ひとり違うよ。
お爺さんは蘆丸(すすきまる)と名前を付けました。
喜んだお爺さんは二人が生まれた桃の実二つを大事に神棚に飾りました。
富士太郎は大きくなって山のウサギと駆けっこしたり、熊とお相撲取ったりして逞しく成長して、山の動物達を家来にしました。噂は遠くまで広がりました。殿さま達のドラフト会議で指名一位になり有力殿さまの家来になってお金を沢山もらいました。お婆さんは飛び上がって喜びしました。お婆さんはお金持ちになりました。トン二つ!
蘆丸も大きくなりました。蘆丸は逞しくはありませんでした。お百姓さんから米や麦、野菜などの作り方を勉強しました。お寺のお坊さんからも色々のことを教えてもらいました。トン、ないの?
大人になった蘆丸は作物の作り方や、お坊さんから学んだことを教える人になりました。お爺さんは相変わらず貧乏でしたがちっとも不幸だとは思いませんでした。トン一つ!
お爺さんは仕方がないと諦めた訳ではないと思う。自分なりの幸せだと思ったのだとおもう。
お爺さんとお婆さんは別居か離婚か、したのかって?お爺さんにお金、上げないから?そう深くは考えないの!与えられたことだけそのまま受け入れればいいの!お話なんだから。
でもネ、夫婦は全く違う人間だし、全く違う環境で育った二人が一緒になるンだヨ、、、色々あるだろう、、、そう思って納得して。
そして月日が流れました。富士太郎は偉くなったので昔の家に帰る暇はなかったがある日懐かしくなって昔の家に帰りました。蘆丸は喜びました。二人は桃の実を並べてお爺さんとお婆さんの思い出話をしました。
桃の実が二つに割れて金色の実から金色の煙、傷の実からカバ色の煙が立ち昇りました。富士太郎の髪は金色に、蘆丸の髪はカバ色に染まりました。二人はニヤリと笑いました。
トン一つ!「どうしてニヤリかって?好きに想像したら?」
二人は枕を並べました。やがて二人の髪は二人とも一緒に真っ白に変わりました。二人は驚きませんでした。二人は顔を見合わせ声を揃えてハッハッハと大笑いして静かに目を閉じました。おしまい」

「ハイ着きました」桂馬がしゃがんで手を緩めた瞬間、温子は桂馬の背中を突き放しアパートの階段を鳴らして駆け上がり、踊り場から振り返り、唖然と見上げる桂馬に
「あ~楽ちん楽ちん!楽しかった!亀しゃん、騙しちゃった」云うなり部屋に駆け込んだ。
桂馬も続いた。温子は濡タオルを頭にかぶり上目使いに桂馬を見つめた。
「よくも騙したな!」
「ごめんなさい。もうしません。ごめんなさい、、、」「次は忘れた頃にします」最後は聞こえなかった。
「私の生涯で、こんな楽しいことのナンバーワン、お礼に御馳走します。OK牧場に行きましょう」
「足は?」
「平気、治っちゃった」
「現金だな。もう、おんぶはいやだよ、自転車」
「ハイハイ。結構でございます。運転をお願いいたします」
「運転?自転車の免許証、持ってないよ」
「捕まったら罰金、私が払います」
OKストアは混んでいた。大勢の客のざわめきが反って心地よかった。
「今晩は玄界灘ナベにします。まだ暑いけど亀さんの“おんぶ”の汗を罪滅ぼしに私もかきたいから」
玄海鍋は温子の創作ナベだ。練馬から引越す最後の夜に二人で食べた。温子の郷里は福岡、福岡の海は玄界灘、荒っぽいナベと云う意味で名付けたが、名に反して旨かったのを思い出した。
夜に入っても暑かった。
「さすがに暑い、でも美味しい」
全ての窓、玄関も、風呂場の窓も開け放って食べた。大通りからは遠く、玄関下の通りは車も人も希だった。知らない世界に隔離されたような静けさだった。

「亀しゃんの昔話、面白かったナ。桃太郎のお話かなと思ったら最後は浦島太郎だったわネ。桃太郎と浦島太郎のパロディ、面白かった」
「でもお婆さんの桃は金色なのに、お爺さんの桃はキズだらけ、不公平よ」
「お婆さんを羨ましがっても仕方がない、キズ桃でも有難いと思ったンだよきっとお爺さん。情けないお爺さんだと思うだろう?」
「ふっふっふ。富士太郎の髪は金色に染まって、蘆丸の髪はカバ色。ここまでは分かるんだけど、最後は二人とも真っ白になって大笑いしたわよね、何が面白かったの?」
「さあ、何かな?同じだなと思ったンだよきっと、二人とも同じ思いだったンじゃない?」
「同じって?何が同じ?」
「僕にもわからない」
「でも亀しゃんが作ったのよ」
「でもわからない」
「それはそれとして、どうも怪しいナと思ったんだ」
「何が怪しかったの?」
「素直に背中をトントンつつくからサ。怒ってたら、突かないよね。オレも鈍感だったナ。何時か仕返しするゾ」
「おぉ怖い。今夜は布団、遠くに離して敷きます。夜中に亀しゃんに首、絞められそうだから、ふっふっふ」
温子はいきなり布団に飛びこみタオルケットを頭からかぶった。温子の忍び笑いが間を置いて聞こえて来た。桂馬の中から今まで経験したこともない得体のしれないものが湧き上がった。得体のしれないものは瞬く間に桂馬の身体に充満し全てを追い出し、頭の中を火となって燃え上がらせた。
それは桂馬を勝手に起き上がらせ温子のタオルケットを剥ぎ取り寝間着の衿を掴ませた。
温子が抵抗した。凄まじい抵抗だった。華奢な手足が鋼鉄の棒のように踊り肘が桂馬の顎を突き上げた。一瞬のけぞったが桂馬の身体は人間を離れていた。
温子の全身から急に力の波が引いた。桂馬の中の血は一瞬に固まった。温子の両手を掴んだまま桂馬は温子を見下ろした。温子の頬を涙が伝った。波打ったシーツの上に散乱した寝間着のボタンに追われるように桂馬は手を放した。己への嫌悪感か空虚感か、堪えられない重圧が桂馬を襲った。
温子が半身を起こして桂馬の手を握った。
「ごめんなさい。心の準備を全くしてなかったものだから」涙声だった。
     つづく

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