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02.11
Sat
今年は裏日本、北海道、近畿、九州まで大雪がつづく。雪を心配しながら福島の勿来の関、茨城県の北端、五浦を訪ねた。殊の外寒かった。寒さのせいだけはなく此処は何時来ても訪れる人も少なく静かで昔を彷彿とさせる。

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勿来の関(なこそのせき)跡 2017年1月13日写す以下同じ。騎馬武者の銅像は源義家。肝心のカメラを忘れ同行のタブレットで撮った。逆光でうまく撮れなかった。

福島県だが茨城県の県境に近い。常陸国と陸奥国の国境にあったという。
「吹く風を勿来の関と思えども道も狭に散る山桜かな」平安後期の武将、八幡太郎源義家が、勿来の関で詠んだ歌。千載集にも採られた有名な歌だそうだ。奥州の豪族、阿部氏との戦い、前九年の役、後三年の役で義家は京都から700キロ位?もあろうか、遥々この関に来た。勿来は、「な、そ」の否定の古い語法だそうだ。
当時、奥州は異国の地のような僻地。勿来、“こんな所まで来なさんな”と云うのだろうか。

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紅梅
勿来の関は知られた古関、観光の目玉なのだろう整備が行き届いていた。山の上で自然たっぷり。春の終わりに訪れた時は野の花、山の花が花盛りだった。今回は冬の最中、花は全くなかった。当たり前だが。この紅梅に出会ってビックリ。我が家の紅梅はまだ蕾が固かったのに。

梅は中国が原産。大昔に渡来、日本人に愛されてきた。彼の和泉式部も愛した花。後に東北院と呼ばれた和泉式部の住家の庭に「軒端の梅」が植えてあった。帝が軒端の梅を所望した。
式部は一首の歌を詠む「勅なれば、いともかしこき鶯の、宿はと問わばいかが答えん」
梅と云えば鶯。梅は鶯の家なのだ。この話をもとにした能がある。「東北」。

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孫次郎(まごじろう)。能「東北」など若い女性物に使う。気品と艶を兼ね備えた面。
昔、金剛孫次郎が早世した美しい妻の面影を写したと伝えられる面。 

和泉式部は恋多き女として知られている。意外にもこの能「東北」の作者世阿弥は、恋の色も匂も全くしない清らかな能に作った。
クセから「序ノ舞」を挟んでキリに、東北院の美しい佇まいや梅の姿を、美しい詞章、美しい舞で謳いあげる。作品の品格からか、雅な会などで謡われる。京都では、お茶の「初釜」の席で謡われるそうだ。
能「東北」の詳しい解説はこちら
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