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05.20
Sat
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大菩薩峠稜線の肩 2017年5月7日写す。以下同じ

小説「大菩薩峠」で知られた山。気にはなっていたが行ったことはなかった。
奥多摩から塩山に抜ける国道411号、通称青梅街道は深い森林、深い谷、断崖絶壁をぬって走る変化に富んだ路。枝道に入って四季の花を見るのが楽しみで度々訪ねる。初夏の花を見に行こうと地図を見ていたら小菅村から林道を行くと白糸の滝があり、少し先から大菩薩峠への登山道があることがわかった。一般的なコースは反対側の塩山側かららしいが地図上ではこちらの方が近そうだった。途中まででも行ってみようと思い立った。

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白糸の滝

途中、白糸の滝に寄った。薄緑の新緑の木々の枝を縫って落ちる白い糸のような滝が息を飲む美しさだった。案内板に明治初年、小菅村を視察に訪れた県令(今の県知事)が帰途この白糸の滝に寄り大菩薩峠を越え甲府に帰ったとあった。時計は既に11時を指していた。もともと峠まで行くつもりはなかったが県令様程の人が越えたのだ、当時は甲府への通常の道だったのだろう、もしかして近いのかもしれないと早ガッテンして登った。

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ハシリドコロ ナス科

怪しげな花。それもそのはず質の悪い毒草だ。漢字で走野老。野老はヒゲを生やした山イモのような太い根のことという。“走”が問題だ。ハシリドコロを食べると幻覚症状が起き、やたらと走り回るそうだ。古い話だが、銀山湖(奥只見湖)に流れ込む沢に釣りに来た二人が美味しそうに見えたのだろうハシリドコロをオヒタシで食べた。一人は川上に走り一人は川下に走った。川下に走った男が河原に倒れていたのを山小屋の人が発見、二人は助けられた。河原の大きな石が裸の女に見えたと云ったとか。銀山湖の山小屋のおばさんが大げさな身振り手振りで話してくれた。

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山桜 バラ科

新緑の映える中に一際浮き出てきれいだった。白に近い薄い色、ほんのり赤い色など種類があるようだった。

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ヒトリシズカ センリョウ科

ヒトリシズカは早春の花。ここは標高が高くまだ早春なのだろう。マユハケクサの名もあるそうだ。花の形が眉刷毛に似ているからという。花という概念から外れた、なんとも可憐な花だ。姉妹種にフタリシズカがある。能「二人静」に因む名だという。フタリシズカはハケのような花穂が二本、ヒトリシズカは一本、これから一人静と名付けた。華やかな花ではないが数枚の葉に抱かれるように花穂がスックと立ち上がる。名前の由来の白拍子「静」の気品を思わせる。シズカは静、白拍子だった源義経の愛妾。悲劇の女性。

能「二人静」は義経の兄、頼朝に追われた義経と静が雪の吉野の山中を逃げ惑い、静は捕らわれて鎌倉に送られ頼朝に舞を強要された。静は恐れることなく義経追慕の舞を舞ったという。この傷ましい静を描いた能。

二人静03・宗家・若
寄り添うように舞う静の霊と巫女

吉野、勝手明神の巫女が神に供える若菜を摘みに吉野川に行く。女が現れ我が為に経を書いて追善するよう神職に伝えよという。
神官がお経を書くとは変だがこの時代は神仏混交の時代だった。
巫女は神官に女の言葉を伝え「誠しかれず候いて」と不審すると俄かに巫女の声が変わる。静かの霊が憑いたのだ。
演者の工夫どころであり見どころ聞きどころでもある。
静の霊が憑いたと知った神官は舞を所望する。
巫女は後見座で舞の衣裳を着る。物着と云い能独特の演式だろう。
巫女が静の舞の衣裳をつけ舞い始めると静の霊も全く同じ装束、面で現れ寄り添う様に舞う。
相舞と呼ぶ演出だ。
二人は「クセ」で雪の吉野の逃避行の苦難を舞い、「序ノ舞」を舞い頼朝の面前で舞った「賤やしず、賤の苧環くりかえし、昔を今になすよしもがな」と謡い舞い、留める。

相舞は数あるが「二人静」の相舞は寸分違わずピタリと合わせて舞うことを理想とするという。気の合った者同士、兄弟、親子などで演じることが多い。シテは静の霊、ツレは巫女。ツレに負担の大きい能。

静は容姿端麗、白拍子の名手であった。鎌倉で義経の子、男の子を産んだが頼朝は由比ガ浜の海中に静の子を沈めた。その後、静は放免されたが行方知れずとなった。
静は十代終わり程の年齢だったという。
能「二人静」の詳しい解説はこちら

※ 能を見に行きませんか?
  下記の公演があります。


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詳しくはのチラシをクリックして下さい。詳細ページへ飛びます。


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           能「鞍馬天狗」牛若を励ます天狗

乱(みだれ)の詳しい解説はこちら鞍馬天狗こちら
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