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09.09
Sat
十数年前、箱根の旧東海道を歩き、イブキジャコウソウ(伊吹麝香草)を見つけた。
忘れていたがフト思い出した。
伊吹麝香草は夏の花。そろそろ終わりだろうと思ったら、
矢も楯もたまらず小雨は降っていたが宮沢賢治なみに、雨にも負けずと
「紙人形ではないのだから溶けはしないだろう」と怪しげな決心をして
湯本から芦ノ湖まで歩いた。残念ながら伊吹麝香草は見つからなかった。
記憶違いで旧道から山のコースに入って見つけたのだろう、
人の記憶は曖昧で怪しげだナと、ブツブツ。
悔しい思いを引きずり重い足を引きずり歩き、ついには諦めた。

旧東海道は現在、舗装された車道。車道を縫うように昔の石畳が、
残されている。鬱蒼と茂る大木の中の石畳は苔むして滑りやすく
難渋したが常の生活にはない静かな時間は宝石のように重たかった。

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オジギソウ(お辞儀草)眠り草とも。 マメ科 2017年8月31日 
箱根、旧東海道にて写す。以下同じ。

湯本の旧道の入り口から1キロ程、豪華な旅館から民宿まで、
色とりどり立ち並んでいた。
箱根には一体どの位、宿泊施設があるのだろう。
高級旅館の前に立ち止まり、オレは泊ったことはないナとブツブツ貧乏を愚痴った。
人家が途切れた、昔畑だったような処にオジギソウが咲いていた。
雑草を刈り取ったばかり、この一本が刈り残されていた。
「オヤ、きれいなのが咲いてるゾ!」刈ったオジサンの声が聞こえるようだった。
ネムリグサは江戸末期ブラジルから渡って来たそうだ。
外来種と栽培種には興味がない筈だが、やはり可愛かった。

カメラの電池を忘れ湯本の写真屋を探しまわったが、ことごとく廃業。
電子機器の急速な進歩に世の中はドンドン変わって行く、
身近なものがどんどん消えていく、などとまたまた愚痴った。
小田原に引き返して買うことも考えたが時間切れ、
止む無くガラケイで写さざるを得なかった。画像不鮮明。

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ウド(独活) ウコギ科

ウドは東京の多摩地方の名産。ムロの中でモヤシのように栽培する。
真っ白できれいな野菜。ほんのり香り酢味噌和えやサラダが美味しい。
畑で栽培しているウドと野生のウドは同じ種だと聞いたことがある。
野生のウドは山ウド。山育ちは香りがきつい。
水に晒すか、そのまま天ぷらが美味しい。でもこう大きくなったら、
食べられる訳がない。文字どおりウドの大木。
別の意味もあるらしいが、ここではピッタリ。
一頃、三多摩はウド畑が多かった。
ウドを知らなかったので不思議な作物だと思った。
芽が出てもそのまま、美味しそうな実もならない
冬、堀り起こし畑の隅に山積みにしていた。
畑に植えているのだから作物だろうが一体これは何?と不思議だった。
春先にムロにいれて白い芽を出させるなど想像も及ばなかった。

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樫の木坂

「♪箱根の山は天下の嶮」の歌のように石畳は苔むして滑りやすく
昔の人の難渋が思われた。中でも樫の木坂。
今は急な長い石段になっていたが昔は石畳、箱根一番の難所だったと
案内板にあり、一首の歌が添えてあった。
「かしの木の、坂を越ゆれば苦しくて、ドングリほどの涙こぼるる」
思わず笑ってしまった、昔の人の苦労も忘れて。“ドングリほどの”が
笑いを誘ったのだ。たぶんオレほどの下層の人の作だろう。
そこで現代人のオレは
「かしの木の、坂は車で登りたい、ドングリほどの汗がこぼれた」
彼、怒るだろうか?
他に猿も滑ったという猿滑坂や、敵討ちに向かう曽我十郎がこの坂を登った時、
刀の試し切りに切ったという石が残る割石坂など、昔を偲ばせた。

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オトコエシ(男郎花)スイカズラ科

よく知られたオミナエシ(女郎花)にそっくり。
素人目には花の色が白いところが違うだけ。
女郎花は秋の七草、歌に歌われ詩に詠まれた。
男郎花は見向きもされない。身につまされて可哀想と、しきりに。
女郎花に比べ男郎花は強そうに見えるからとものの本ある。

昔のごはんは蒸しご飯で硬かったそうだ。栗ご飯は軟らかだった。
固く白いご飯を男飯、軟らかい栗ご飯を女飯と呼んだそうだ。
栗ご飯は黄色。女郎花の名にした。固く白いごはんは男郎花になった。
誰が付けた名だか知らないが粋ですね!栗飯ではなく粟飯だとも。

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ワルナスビ(悪茄子) ナスカ科

薄紫の反り返った花弁の真ん中に黄色く目立つ雄しべが4,5個、きれいだ。
茄子の花にそっくり。実は丸く黄色で茄子とは大違い。
優しい花だが鋭いトゲがある。
悪茄子の名は鋭いトゲのせいか、茄子の実とあまりにも違うからかは、
分からないが、悪は少し大げさで可哀そう。
アメリカから明治の終わり頃の渡来だそうだ。

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芦ノ湖
旧道の終点、芦ノ湖。

11時に出発、到着4時半、途中オニギリ🍙タイム10分だけ。
足はパンパン。
霧雨の芦ノ湖は、霧の摩周湖ばりの景色。観光客は数えるほど。
都合よくバスが待っていた。
珍しい花には会えず悔しさしきり。
バスは容赦なく身体を揺すり強引に眠りに誘い、
恨みの伊吹麝香草の夢に誘った。
湯本で降りるつもりだったが終点“小田原”のアナウンスに夢は覚めた。
小田原でよかった、特別急行が又しても待っていてくれた。夢に救われた。
夢に救われた男の能がある。「邯鄲」
能「邯鄲」は人生とは何ぞやと考えさせる能。

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「邯鄲」使用面、人生に迷う若い男の面相
「高砂」など若い神がシテの神能にも使われる。
苦悩する人間は、神にも通ずるというのだろうか。

息もつかせず展開するドラマに圧倒される。
先ず旅籠の女主人が登場。近親感にドラマの進展がもどかしい。
女主人は仙人の法を使う旅人に宿泊代にと「邯鄲の枕」
を頂いた、この枕で一睡すると悟りが開けると独り言をいう。

“憂世の旅”に苦悩する青年、盧生。
羊飛山に住む高僧に人間如何に生きるべきか、教えを乞うため旅立つ。

憂世とは何?辞書には仏教的厭世観とある。人間は物を思う動物、
仏教的はさて置いて庶民レベルでは生活苦、人と人との齟齬、
男と女の間のもつれなど、共通した“憂世”もあろう。

この能では盧生の迷いの解決が明快に語られる。
頭を覆った頭髪、黒頭(くろがしら)が人生に迷った盧生を表しているようだ。
宿の女主人は盧生に粟の飯が炊きあがるまで、邯鄲の枕で一睡を勧める。
盧生は邯鄲の枕を頭に寝台の上に静かに横たわる。
勅使が登場、いきなり寝台を叩いて盧生を起こし楚国の帝が盧生に譲位するという。
寝台はたちまち玉座に変わる。
豪壮な宮殿の佇まいは謡で描かれる。

当時の中国の王朝は世界に冠たる王朝だった。
「庭には金銀の砂を敷き」「西に三十余丈に黄金の山を築かせては」と謡う。
あながち過大な誇張ではないという。

不老長寿の仙家の酒を飲むなどの栄華の生活を謡で語り、
歓楽の酒宴は子方の舞で見せる。
歓楽の極みを見せる「楽」を盧生自らが舞う。
この能一番の見どころ。舞の大半を狭い一畳台で舞う。
広々とした宮殿に見立てて舞うと云われる。
鬱然とも見える一畳台の舞は、突然覚めるかも知れない夢、
はたまた華やかな人生も一時の儚い夢、と語っているようでもある。
舞の中ほどに夢が覚めかけたとする「空下り」や、意味深にも思える
「休息」の型など工夫が凝らされている。

急転直下、盧生の夢は覚める。
橋掛から舞台に駆け込み、一畳台に飛び上がり横臥する。
夢と現実の落差を表す過激な型だ。
盧生が見た栄華の夢は粟の飯の炊きあがる間だった。
夢から覚めた盧生の茫然とした姿は世の無常と、絶望的悟りを強要する。

能「邯鄲」の詳しい解説はこちら
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