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09.16
Sat
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町の残照 (武蔵野市境南町5丁目付近 2017年9月12日写す)

砂内桂馬は世にいう後期高齢者に近い。だが自分を老人と意識したことはなかった。
老人の日にお婆さん二人が市からのお祝いを持ってきたことがあった。
「おめでとうございます。市からのお祝いです」
「家には老人はおりません。もらえません」
すんなりと出てきた。作意はなかった。
「あらまあ、御冗談を」
二人はお祝いのお菓子だろう、紙箱を桂馬に突き出し遠慮なしに笑いながら隣の家へ向かった。
こんな事もあった。
テレビで後期高齢者の制度ができたと報じられた。インタビューに老人は、
「ゼニカネ云々ではない。名前を付けて区別するのが癪に障るのだ。まるで、お前たちは役立たずの老人なのだよと言わんばかりだ。差別だよ」
桂馬は自分には縁遠いものの様に、ただ漠然と見ていた。
そのうち自分の身にも来るのだなど思いも及ばなかったのだ。

その朝、桂馬は起きて来なかった。
目は覚めているのだが呪詛にかかったように体が動かない。動こうという云う意思が湧いてこない。ただの物体のように横たわっていた。
間を置いて場所も時も分からない景色や唄の一節や人の顔が断続して、何の脈絡もなく浮かんでは消え消えては浮かんだ。わずかの感慨も感動もなかった。
これまでの桂馬は前の日に疲れて今日はゆっくり遅くまで寝るぞと思っていても意志とは無関係に起き上がり何かを始める質だった。
ドアが開いて娘の朝子が声をかけた。
「どうしたの?お父さん、具合でも悪いの?」
朝子は父が常にじっと落ち着いていることが出来ない性格であることをよく知っていた。

朝子は子供二人と里帰りしていた。夫の俊輔がニューヨークに単身で赴任していて子供達の夏休みが終わる頃を見計らってニューヨークに行くことになっていた。
しばらく同居して父親の様子を見ておきたかったのだろう。夫、俊輔のニューヨーク勤務は六年ほどの予定だ。
朝子はニューヨーク行を迷った。娘達の外国生活も不安だったが、一人の生活に馴れつつあると云っても父、桂馬を残して行くのは心配だった。
ニューヨーク行きは桂馬が熱心に勧めた。
「子供たちには外国で生活するなんてチャンスだよ。普通の家庭ではできないことだ。それに会社が金を払ってくれるンだ」
「わかるけどお父さん、行っても大丈夫?心配だナ。一人でちゃんとやっていける?東京には何かあった時、助けてくれる身寄りがいないのよ」
朝子は一応桂馬に念は押したが安心感はあった。

桂馬が子供の頃の通信簿に、独立心が強いとあった。人に頼ることを避ける性格を先生は見ていた。人に頼り過ぎると煩はしい問題を引き起こし、お互いの不幸の種になる、幼い経験ながらもその危惧が芽生えていたのだろう。
無意識のうちに他の人にもそうあって欲しいと願っていたのかもしれない。
桂馬は会社を引退する間際に妻の温子に卒業証書を渡した。引退を機に家事一切の義務から解放し自分を大切に生きてほしいと書いた卒業証書だった。
家庭を築き子育が終わったのを機に、できる範囲でそれぞれの自分に立ち返ろうという趣旨だった。桂馬の独立心からだろう。
卒業証書を渡したことは独立心だけではない。桂馬が育った家庭の事情もあった。桂馬は世の夫のように、妻は夫の従属物だとは思っていない。
幼い頃、母を見続けて自ら学んだのだ。母は幼い桂馬にも分かる苦しみを抱いていた。
母の苦しみは年齢とともに諦めになり、悟りとなり鬱々と見えた母の顔が穏やかになって行った。この母の悟りに似た穏やかな顔を見る度に反って幼い頃の想いが蘇り胸が痛たんだ。そうした母への想いはいつしか温子に向けられていた。

母が桂馬と姉の曜子のために書いた童話を桂馬は大切にしていた。
桂馬が幼い頃、友達が東京の洋菓子屋で美味しい菓子を食べたと自慢した。桂馬は母に菓子を食べたいとせがんだ。母は桂馬に洋菓子を諦める童話を書いた。
母の童話に感じ入ったのだろう温子は娘、朝子のためにと童話を書き始めた。
温子は筆が停滞すると桂馬に助けを求めた。桂馬は物を書く事に心得がある訳ではないが、ダイビングの好きな友人に誘われて行った南の島、サイパンやパラオの話、例えば三日月の欠けた部分が見えた話などをした。温子の目が輝いた。
「そうよネ、環境が大事よネ。お母さんは日本一の塩釜の景色を常に見ていて豊かな心で書いたのでしょうネ、羨ましいナ。だって東京は毎日が慌ただしい景色だもの」似たような言葉が温子の口癖になった。

温子に渡した卒業証書はタンポポの絵で縁どられていた。朝子が書いたのだ。
「タンポポのようにいつまでもニコニコ、優しい綺麗なお母さんでいてほしいから」
朝子の言葉を桂馬は忘れなかった。
朝子の云うようにいつまでも純粋に外観ではない、きれいな温子でいて欲しかった。

その頃桂馬は、危うかった子会社の経営を立て直すためにして出向していた。目途が立ったと確信し安心したのだろう、
「ここらで引退しようかな」冗談だったがその気持ちもない訳ではなかった。桂馬は将来、暮らしていける経済的な目途が立ったら定年を待たず退職して自分の時間を持つことが夢だったし、体力のあるうちに早めに温子を開放してやりたいと常々思っていた。
温子は大喜びだった。
「うれしい。南の島に連れて行って」
だが気持ちとは裏腹に経済的に家を守る義務感から抜け出すことが出来なかった。
「何とかなるわよ」
温子の説得に耳を貸さなかった。
ある朝、温子が首筋を押さえて桂馬に見せに来た。
「見て見て、イボ!」
「ま、いいかイボくらい。私も年ですものネ」
桂馬は温子のイボを指で撫で、定年前の退職、卒業証書を出すことを決心した。

退職後、温子に家事を細かに習った。桂馬は器用な質だ。新婚の時からちょっとした家事、料理や洗濯も手伝った事が役立った。煩雑な家事も難なく覚えた。
試しに温子に大宰府の実家に行ってもらい、一人生活体験をしたかともあった。
今一人の生活でも不自由は少ない。
ここ数年こうした父の姿を朝子は見て来た。近所の老人達を見ると、人の老化は兆しが見え始まると早い。一抹の不安はあったが老いには個人差が大きい。桂馬に老の兆しは薄いと朝子は思っている。朝子のニューヨーク行を決心させた大きな要因であった。
 
朝子の声に桂馬はゆっくり半身を起こし一点を見つめた。
40年近く務めた会社の人達は勿論、小学生以来の友達や、世の中に関心を抱き始めた故郷の高校時代の友人たちの会、例えば花見の会などを律儀に勤めて来た。これ等の会もここ5,6年前から徐々に立ち消えになって行った。世の中がだんだん狭くなって行き、閉塞感を徐々に感ずるようになった。律儀に付き合って来た人達だが、親近感も段々と遠のいていた。どうしてこの人たちの顔が浮かぶのだろう。桂馬は顔を左右に振り浮かんだ顔を振り払い、温子の顔を浮かべた。温子との思い出をあれこれと思い浮かべ辿った。

「そうだ。渋谷へ行こう」
桂馬は弾かれたように着替えを始めた。何ものかが力の源を注入したかのように力んで。
朝の支度をしている朝子の背に、
「渋谷へ行って来る」
「えっ渋谷?こんなに早くに?何しに?」
「人に会う約束、忘れてたンだ」
「ご飯は」
「うん、いらない」
「どなた?お友達?」
「うん、鶴」
「ふ~ン。お目出度い名前そうね。鶴太郎とか鶴次郎とか鶴之介とか?」
「まアね」
朝子は包丁の手を止め、
「え、鶴?」
朝子は首を傾げた。父と母が知り合った頃、父が亀、母は鶴と呼び合っていたと朝子は聞いたことがあった。朝子は自分の思い過ごしと思ったのだろう、それほど詮索する様子もなく笑いながら
「行ってらっしゃい、鶴さんによろしく」笑いながら振り返った。
桂馬の返事はなかった。右手に折り畳みの傘を握っていた。

桂馬は道玄坂の横断歩道の前に佇み向かいのビルの二階の喫茶店を見上げていた。
桂馬の両肩を擦りながら人が渡っていく。
桂馬が目指す喫茶店だった。喫茶店の外観は昔のままだと桂馬は思った。
桂馬は喫茶店を凝視しながら横断歩道を渡りかけた。
“キーッ” 脳を押し潰すような音に、桂馬の足は電源を切られたロボットのようにぎこちなく止まった。桂馬の顔は音の方向にねじ向けられた。オートバイのブレーキだった。
男がヘルメットを片手に、サングラスを脱ぎながら近づいてくる。
「ご老人、赤信号でお渡りになってはアカんでござるヨ。ながーく持ち堪えなければならない尊いお命ですからね」
男は半身に桂馬の顔を見、ニヤリと笑い踵を返した。桂馬は男がオートバイに跨りエンジン音を響かすまで棒立ちになっていた。我に返った瞬間、
「ばかやろう」
男の背中に怒鳴った。下から熱い塊が突き抜け全身がふるえ自分でも驚く罵声だった。
桂馬は人にあからさまに馬鹿にしたような、老人呼ばわりされた記憶がこれまでになかった。
桂馬は男がオートバイの轟音を響かせ去って行った方向を見続けていた。信号は数回変わった。横断歩道を渡る人の足音に引きずられるように桂馬は渡った。
オートバイの男の言葉使いや態度の残像を抱きながら喫茶店の階段を上がった。
横断歩道を見下ろす窓際に腰を落とした。ゆるやかな坂の道玄坂を見るともなく見下ろした。間断なく車が走り間遠の信号を待ち、人の固まりが横切る。オートバイの男の残像は薄くなっていったが「ご老人」の男の言葉の棘は刺さったまま消えなかった。
桂馬は男の言葉の棘を振り払わなければならない、今日は温子の思い出に会いにきたのだ、焦りは続いた。
「いらっしゃいませ、何にいたしましょう」
ウエイトレスの声が助けた。桂馬はコーヒーとモンブランを頼んだ。

あの時も同じ席だった。温子はモンブランを頼んだ。好物だと云った。コーヒーカップの受け皿にモンブランを取り分け、
「ハイどうぞ」悪戯っぽく微笑み桂馬を見上げた。
「僕は甘いもの、苦手なんだ」
「そうですよね、森田さんから聞いたわ。でもモンブランは他のお菓子と違うの。甘味ではなく風味を味わって下さい」
「私はモンブランが大好きです。モンブランは父の味です。私の父は寡黙の人で私達にもあまり話しないの。ちょっと離れた感じ。でも時々要点だけ話すの。優しさがこもっているンです。大げさだけど父が雪を頂いた峻嶮な山、モンブランのように思えるの。山のモンブランは写真で見るだけでも何かを語りかけて来るような山よね」
「そう。では食べよう。食べて霊峰モンブランにあやかろう」桂馬は温子の父を思い描き半分のモンブランを見つめた。今日の温子は饒舌だと思った。温子の顔が眩しかった。

温子は母に呼ばれて郷里の博多から帰ったばかりだった。縁談だった。相手は父の友人の国会議員の後継者だった。母は将来、何の苦労もない議員夫人だと熱心に薦めた。温子は男を異性として意識することが薄かった。母の突然の勧めに戸惑った。親戚同然の付き合いの議員家のことも考え温子の心は揺れた。
「一生は自分のものだ、それだけ考えて結論すればいい」父の一言は温子の雑念を熊手の如く一つ残さず掻きとった。
温子は雑談調で要点だけを話した。
「あら、ごめんなさい。こんな話、するつもりなかったのに。モンブランのせいよね。食べましょう」
桂馬は温子を台湾料理の店、麗郷に誘った。温子の話の続きを引き出したかった。
温子は暖簾のようにぶら下がったソーセージに驚いた。桂馬の期待はよそに温子の話はソーセージをきっかけに博多の屋台や天満宮門前の土産物屋の話に途切れがなかった。
桂馬は温子の楽しげな話に相槌を打ちながら生ビール二杯と紹興酒一杯を飲んだ。
店を出ると予報どうり雨だった。短い冬の日は暮れかかり薄暗かった。桂馬は物を持ち歩くのを嫌った。たぶん雨になるだろうと思ったが傘は面倒だった。
「相合傘でいきましょう」温子が折り畳みの傘をさしかけた。二人は百軒店の坂に通ずる坂を登った。百軒店の奥に名曲喫茶のライオンがある。学生時代にアルバイト先で知り合った友人と時々行った。桂馬はクラシック音楽が好きというわけではなかったが店の雰囲気が気にいっていた。桂馬は温子をライオンに誘う積りだった。辺りの雰囲気はその頃のままだった。
桂馬が立ち止まった。右側の路地にラブホテルの艶めかしい明りが並んでいた。
桂馬が指をさした。
「あれ何だか分かる?」温子が振り向いて顔をそむけ
「そのくらいは私だって分かります」
「行ってみる?」
一瞬、温子の鋭い目が桂馬の顔を射た。少女の風貌を残す温子の顔が、恐ろしいほどに変わった。温子は急にうつむき、
「馬鹿にしないでください」
つぶやき坂を駆け下りて行った。傘が雨に濡れて黒ずんだコンクリートの階段を2,3段転がり落ちた。
桂馬は温子の姿が麗郷の角に消えるまで立ち尽くした。
「冗談に云ったのに」

桂馬が勤めを退いてから久しい。
働いていた頃は勿論だが、仕事を退いてもしばらくは嬉しい事、悲しい事、腹の立つこと、ときめくことなどは続いた。
年を追うごとに人との交わりが薄くなって行き今では皆無に近い。物事に対する感性も薄らいでいく。起伏の無い時間は平たく白い布のように伸びて行く。
桂馬は過去に我が身に起こった人の世の起伏の思い出を思い出すままに、白布の上に描いて生きて行くのだろうか。桂馬ははっきり意識してこう思う訳ではない、時おり漠然と浮かぶのだ。

桂馬は温子との思い出の坂を登った。昼間のラブホテル街は煤けて見えた。
百軒店の路地の奥の名曲喫茶、ライオンをふり返り見つめた。
「寄ってみてもつまらないナ」
俯き地面を見ながら百軒店の凸凹に擦り切れた煉瓦道をゆっくり下りた。手にした折り畳みの傘を見た。傘は色褪せていた。
疎らに行き交う人も両側の店も桂馬とは無縁のように色も見えず音も聞こえなかった。
立ち止まり、俺は何をしている?桂馬はニヤリと笑ったが何の意味も感慨も全くなかった。

つづく

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