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01.20
Sat
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港の見える丘公園 2018年12月26日写す。以下同じ

暮れは気ぜわしいはずなのに、風の吹き回しか、気まぐれか
この公園に来ていた。
かなり古いが上京した郷里の親戚夫婦を案内したことがあった。
東京タワーを勧めたが「港の見える丘」に行きたいと云う。
以来、田舎からの来客を数回案内した。一人でも行った。
当時は崖の縁にバラ線が張ってあるだけ、周りはヤブだったと思う。
見下ろす横浜港の絶景が感動だった。
二次大戦後に流行歌「港が見える丘」が流行った。
田舎のお客さんは東京タワーより「港が見える丘」が憧れだったのだろう。
歌を慕ってか絶景を慕ってか色々な人が訪れるのだろう踏み固められ、
広場になっていた。
広場の先は崖で危険だからだろう一時、立ち入り禁止の縄が張ってあった。
後に立派な公園に変身した。名も「港の見える丘公園」歌の碑が建っている。

♪あなたと二人で来た丘は、港が見える丘、色褪せた桜唯一つさびしく咲いていた♪
船の汽笛、むせび鳴けばチラリホラリト花びら、あなたとわたしに降り注ぐ、
春の午後でした♪

寒風に縮じこまりながら作ってもらった弁当を食べた。
うつむいて食べていたら田舎のお客さんが小声で歌っていた「港が見える丘」の
幻聴が聞こえ、あの時の二人の姿が浮かんだ。
今は故人となった二人は、二人の思い出に想いを馳せ歌ったのだろうと思いを
馳せたら、むせてしまった。船の汽笛は全く聞こえなかった。

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サザンカ(山茶花) ツバキ科

外人墓地の垣根に咲いていた。
寒い時期、何処にでも咲いている。珍しくもないから気にもかけない。
日本の固有種、日本だけにある花だそうだ。
と聞けば見直してしまう。俄か愛国者になるのだから不思議。
ツバキにそっくり、見分けが付かない。親族だから当たり前だが。
サザンカは花びらが一枚一枚チラリホラリと散る。
ツバキは花びらがくっ付いていて丸ごとぽとりと落ちる。

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外人墓地

公園の近くにある。深い谷の斜面に十字架の墓石が並んでいる。
江戸末期、来航したアメリカの軍艦の提督、ペリーの要請で作られたそうだ。
事故死した青年を埋葬するためで海の見える場所が条件だったという。
青年は24歳、魂は今も海の彼方を背伸びして眺め、故郷を偲んでいるだろうか。

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ヤブツバキ (藪椿)ツバキ科

公園を降りる途中の薄暗い大木の生い茂るヤブに咲いていた。
野山の木や草の花が極端に少ない冬、豪華な花を咲かせる椿は有難い。
椿の木は大木になる。たくさんの花をつけ、木の下に散り敷く落花も豪勢だ。
「山寺の、石のきざはし下りくれば、椿こぼれぬ、右に左に」
古い多分中学校の教科書にあったのだと思う。
この頃の教科書には昭和初期の詩や歌があった。
当時は子供の興味を引くものが少なかった所為か教科書が興味の対象だったのだろう。

かなり古いが「椿三十郎」と云う映画があった。武家屋敷の庭に小さな流れがあり
隣家の屋敷から切り落とされた椿が流れてくる異様なシーンがあった。
椿の落花はぽとりと首が落ちるようで武家屋敷では忌み嫌われると聞いていた。
凄惨な場面の展開を暗示しているようで気味悪かった。
この映画は派手な殺し合いが売り物の映画だったように思う。
命の尊厳という言葉がある。殺し合いの物語が娯楽の種とはおかしな話だが
最も好まれる題材だから仕方がない。
最近は一瞬のうちに消される命のゲームが流行っているようだ。
仮令ゲームでも悪人であれ、怪獣であれ命は命、若い世代は如何思うのだろう。

能を見ていると人の生死観が昔と今では大きく変わっているように思う。
能「自然居士」では人買いに、
「さように承り候はば栲訴を致そう」
「栲訴とは」
「命を取ろう」と脅され
「もとより捨身の行、ちっとも苦しからず、命を召され候らえ」という。
人買いとの駆け引きだが、根底に深い仏教への信仰心があった。
人の生死観が現代人と大きく隔たっていることを示していると思う。

自然居士は呼び名で和泉の国、自然田村の村の出身で居士の称号を
許され自然居士と呼ばれたという。
居士とは長年修行を積み半俗半僧、在家の修行者で民間の布教に努め
功績のあった者に許される称号だったという。
現在は戒名の末尾に名を留める。

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少女の寄進の小袖を首に、人買いを追う居士

居士の説法の場に少女が現れ父母の追善のためにと小袖を寄進する。
小袖は少女が我が身を人買いに売って得たものだった。
説法の場に人買いが乱入し少女を連れ去る。
居士は説法を中断、人買いを追う。
人買いは大津松本の港を船出の寸前だった。
居士は衣を投げ返し少女を返せと迫り、返さなければ人買いの目的地、
奥陸奥の国まで同道すると船に座り込む。
人買いが、殺すぞと脅しても居士は動じない。
困り果てた人買いは、居士が芸達者であることを思い出し居士に舞を舞わせ
散々嬲り者にして少女を返すことにする。
居士は屈辱に耐え人買いの要求の数々の舞を舞い少女を取り返す。

この能は遊興物と呼ばれ舞を面白く見せることを眼目にした能。
人買いの要求に先ず「中ノ舞」次いで船の起源のクリ、サシ、クセを舞い
次に数珠を使いササラの起源の「簓ノ段」さらに「鞨鼓」を舞う。
息も吐かせず繰り出される舞が圧巻。
少女救出に焦る心と屈辱に耐える心で舞うという心得があるという。

遊興を見せる能だが冒頭の説教の場、少女救出の場の緊張感、
居士の宗教家としての使命感、真摯な人柄があまさず残さず描かれ
終始隙のない、緩みのない能。

能「自然居士」の詳しい解説はこちら
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