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01.12
Sat
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富士山の残照 2019年1月8日写す
老人の思い出にも似る。ひと時美しく輝きしだいに消えて行く。

桂馬はトイレに急いだ。後ろ手にドアのノブを思いっきり引いた。パタン!大きな音に瞬間ビックっと肩があがった。
パタパタ、足音が聞こえる。ドアの大きな音を聞きつけた孫の愛(ちか)の足音だった。「アレッ?これ何?お母さん来て!」桂馬は漏らしてしまったのだ。用が済んだら拭き取らなくてはと思っていたが愛に見つかってしまったのだ。
用は済んだがトイレから出るかどうか桂馬は迷った。朝子が慌てて駆けつけるだろう。鉢合わせするのはバツが悪い。
朝子の気配がした。朝子が始末するまで時間が掛かるだろう。桂馬は覚悟を決めてそっとドアを開けた。
「おかあさあん、こっち、こっち、あっちにも」愛(ちか)が指さした。朝子は膝をつき右手に雑巾を持ち床を見渡していた。
桂馬は忍び足で朝子の後ろを部屋に向かった。「ふっふっふ」桂馬の気配に朝子が床を見回しながら笑った。
朝子は母親似で優しい子だ、桂馬の粗相程度で怒る筈はない、がなんとも極まり悪い。桂馬のソソウの水滴は桂馬の部屋のドア近くまで点々と続いていた。
「かの血を探へ化生のものを退治仕ろうずるにて候」桂馬の気配に朝子がおどけ調子に小声で謡った。
謡曲「土蜘蛛」の一節だった。謡曲は能のセリフだ、独特の節をつけて謡う。俗に“謡い”といわれている。
「急いで退治、仕まつり候へ」桂馬は小声で応じ急いで部屋のドアを閉めた。

能の「土蜘蛛」は病床の源頼光を襲った土蜘蛛の妖怪を頼光が刀で切り付け、家来達が土蜘蛛の血の跡をたどり蜘蛛の妖怪の巣に辿り着き、退治するという話で人気の活劇の能だ。
謡曲は桂馬の若い時からの趣味だった。桂馬は幼い朝子を能の公演や桂馬の趣味の謡曲の会に連れて行った。
家でも謡曲の一節を冗談に使った。朝子もいつの間にか諳んじるようになった。

桂馬は飲みかけのお茶の道具や読みかけの本が乱雑に散らばった自分の部屋の机の前にガラス窓を睨んで座り込んだ。どうしたのだろう、今まで1、2滴はこぼしたことはあったがこれ程派手にこぼしたことは初めてだ。
「あいつ等が云ってたのはこの事だろう」年に数回催される郷里のクラス会での話題が甦った。「マア、女房はしかめっ面するが人間の身に起こる自然の摂理だから仕方がない、だが頻尿は辛いよナ。そのうえ残尿感が嫌だ。我慢すると洩れて気持ちが悪いし、冬の寒い夜は辛いよね。この間ネ、女房の奴が紙パンツを買って来たんだ、思わず馬鹿にすんなって怒鳴ったんだ。だがよくよく考えるとそろそろ男の自尊心もおしまいだよナ。女房に八つ当たりしても仕方がない。ま、唯一の楽しみ、酒でも飲んで待つしかないか、だがこの頃、酒もあまり飲めなくなった」「何を待つンだ?」「それを云っちゃあおしまいだ」爆笑が湧いた。
白髪が増え、シワが増えハゲが目立つようになるにつれ話題は体の具合や医者の話が話題の中心になって行く。これらの人達の訃報が聞こえ初め、親睦会も間遠になった。世間への扉がすこしずつ閉ざせていく疎外感が事ある毎に迫った。

桂馬は退職してからしばらくして家でくつろぐ時は和服を着ることにした。寝間着もパジャマから浴衣に変えた。締め付けるゴムが解放感を阻害したし、浴衣は突然に身体が要求する排泄にも簡単に応じられるからでもある。
朝子はこのところ桂馬の家に来ることが増えた。顔を合わせるなり大げさなリボンの付いた包みをいきなり差し出した。「ハイ、お祝い」悪戯っぽい笑みを浮かべた朝子の顔を見つめ受け取る手はためらっていた。「何の?」「1ランク上の大人になったお祝い」「1ランク上の役立たず爺の?」「お父さん、自分を卑下してはいけません。お能ではお爺さんやお婆さんは尊敬の対象でしょう。今でも“敬老の日”って祝日があるじゃあない」「昔の人は短命、長生きが人生最大の夢だったンだ。今は建前。内心は邪魔者」「そんなこと云わないで!少なくとも私はお父さんに何時までも元気でいて欲しいンだから」

正札にクラシックパンツと書いてあった。フンドシだった。桂馬の異変に気が付いたのだろう。このところトイレに駆け込むことが多くなったしトイレのドアは開けっ放しだった。クラシックパンツは普通のパンツのゴムのような締め付け感はないが、穿いてみたがどうにも心許なく不安だった。だが馴れると爽やかだった。馴れは恐ろしいナ、人の人生を変えるナなどと呟き苦笑したりした。
浴衣にはゆったりと解放感がある。永年、身体を締め付ける洋服に馴れた生活だったが浴衣の解放感を覚えるとパンツまでおさらば、ますますクラシックパンツに執着した。クラシックパンツの生地は薄い、漏らしてしまえば蜘蛛の血は床に直行だった。
桂馬は子供の頃から和服に郷愁のような憧れのようなものを持ってる。
塩竃の母は着物姿が多かった。母がたまに着る洋服は似合わないと桂馬は思った。
父も帰宅後は和服でくつろいだ。父の背広を片付け、着物に着替える父を手伝う割烹着姿
の母の面影が今でも目に懐かしくちらつくことがある。桂馬が和服に執着していく要因の一つだったのかも知れない。

「やはり例の紙パンツを穿かなきゃダメかナ、土蜘蛛の血は突然ではないのかもしれない。朝子がアメリカに発つまでは気を付けないとナ」桂馬の不安は高まっていく気配だった。近々朝子はニューヨークに転勤になった夫の許に行くことになっている。朝子はニューヨーク行きを迷っていた。桂馬を一人で置いて行くのを躊躇ったからだ。桂馬は同じ年代の人に比べ生気があり健康そうに見える。桂馬は常づね、オレは幼い頃から海や川で泳ぎまわり、野山を駆け回っていたンだ。早池峰には6歳の時登ってお神楽を見たンだ、だから医者に縁がないンだなどと自慢した。朝子も父の健康を信じていたが人には信じられないことが起こる。健康でも年という事実が恐い。朝子の迷いだった。
だが桂馬の説得「人生には誰しもチャンスが巡ってくる。それを物にするかしないかはその人の器量による。外国の異文化に浸って生活体験をする、子にとっても親にとってもこれほどのチャンスはない、何を置いても行かなきゃあ、それに会社が金を出してくれるンだ、こんなチャンスはないだろう」朝子は桂馬の熱心な説得にニューヨーク行を決心した。
朝子にとってプライオリティーは桂馬、その次がニューヨークだったのだ、また同じ粗相を見つかったら朝子はニューヨーク行を止めるだろう。肉親が近くにいない淋しさを予想しない訳ではない。殊に今朝のような土蜘蛛血事件が起こった後はじわじわと不安のようなものが忍び寄って来るだろう。だが朝子の幸せが第一、夫婦子供が別居生活では不自然だ。それも自分のせいとなるのが許せないのだ。

桂馬の部屋のドアが開いた。「お父さん、どうしたの?いつもの元気、見えないナ」「そんなことないよ」桂馬は庭の一点を見つめたまま朝子に振り向きもしなかった。朝子は桂馬の横に座り桂馬の顔を覗き込み、「土蜘蛛の血、気にしてるンでしょう」妻の温子の仕草だと桂馬は思った。桂馬の顔が少し弛んだように朝子は思ったのだろう、「土蜘蛛の血なんて大したことないわよ。トイレから出て手を洗わないでお母さんに見つかって、、、お父さん、こう云ったわよネ。生きとし生けるものの長、人間様の身体から出たばかりの物体だ。不浄の訳なかろう。不浄は人が不浄にするンだ、手を洗わずに病気になったり死んだりした人は聞いた事がない」「お母さん、名言って手を叩いて大笑いしたじゃない。元気だして、お父さん」朝子は立ち上がりドアの前で桂馬をふり返り、「そうだ、お父さん。鶴さんとの思い出の鎌倉、行って来たら。元気、出るわよ」
“鶴”と聞いた桂馬は唖然と朝子を見つめた。鶴は聞くだけで桂馬にはインパクトだ。それに久しく聞かなかったのだ。
そう古くはない一時期、桂馬は酔って帰ると陽気に鶴との思い出話をした。朝子は苦笑いをして聞いていたが、度重なるにつれ、鶴が結婚前の桂馬の妻つまり朝子の母、温子の呼び名だったと朝子は気づいたのだろう催促しながら聞くようになった。そのお惚気もこのところ遠のいていた。桂馬は朝子の真意を探るかのように朝子を見つめた。朝子は笑みを残してドアを静かに閉めて出て行った。

鎌倉の思い出はあまりにも時間の段差が大きい、殊にここ数年、時間は希薄だ。思い出の軽重の順に希薄の時間の中に吸い取られ消えて行く。
朝子にはどんな思い出を話したのだろうか、この頃思い出は他の思い出とこんがらがっていることが多々ある。朝子に話したという鎌倉の思い出話は希薄で繋がりに自信がない。
町内会のバス旅行に付き合いで行って、数回訪れた地でも「へえ、こんな所だった?」と不審することや故郷の人達との思い出話でも桂馬の思い出とまるで違うことが多く愕然とすることが多い。
桂馬は思い出を回想する度に理想の物語を創作して付け加え、それが事実だと信じているのかも知れない。小町通りの雑踏と横丁の赤ちょうちん、某寺の竹林の中の茶屋、明治の元勲の別荘跡のレストランで飲んだ身に余る高級ワイン、江ノ電構内で食べたコロッケ、疲れたとしゃがみ込んだ温子をおんぶした由比ガ浜、あれは嘘でオレを騙したンだった、オレは怒ったふりして温子を放り投げ逃げる温子を追っかけた、靴が脱げても構わず必死で逃げる温子、あれもみな創作だろうか。
鶴は桂馬の生涯唯一の女だったし鶴との思い出は無二の物なのだ、付け加えた思い出でもいいのだ。
鎌倉に行って何かを見て、思い出がことごとく打ち砕かれたらどうしよう。
色々な想いが浮かんでは消え、消えては浮かんだ。桂馬は気が抜けたように立ち上がった。行ってみるかどうするか決めかねたまま。



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