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06.01
Sat
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御嶽神社 2019年5月5日写す。以下同じ

御嶽神社は奥多摩、御岳山の山頂にある霊山。
標高1000mに少々欠ける。
ここはまだ仲春だった。珍しい花は見つからなかった。
新宿から立川、青梅で2回乗り換え1時間半程。
休日にはホリデー何ンとか?の直通がある。
山奥のせいか高尾山の混雑と違い静か。外国の人も少なかった。

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アオイスミレ(葵菫)スミレ科

スミレには色々な種類があるようだ。その中で一番早く咲くスミレらしい。
他のスミレより色、姿が劣っていても一番に咲くのはやはりいい。
何でもかんでも一番は“いの一番”と云うくらいだからいいのだろう。
源平時代、源氏方の佐々木盛綱は備前の國、藤戸の渡しの浅瀬を
所の漁師に聞きだし一番に敵陣に攻め入った。先陣は名誉であり彼らの夢だった。
盛綱は口封じに漁師を刺殺した。能「藤戸」が子細に語り痛ましい。
前場に盛綱を糾弾する漁師の母が描かれる。
当時の身分制度の上で、死をも覚悟した抗議が凄まじく圧倒され、
暫しして涙を禁じ得ない。何時の世も母は強い。
後場では殺された漁師が凄惨な場面を再現せて見せる。
なんとも耐えられない虚無感に襲われる。男が壊し女が繕う、人の世の習を想う能。

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チゴユリ(稚児百合)

花弁の先が尖っていてまるでマンガの星の形。
お稚児さんのように可愛いが名の由来とか。
植物学者にもロマンチストがいるのだナと。
意地悪名付け親もいる。例えばいやな匂いのする“屁糞カズラ”とか
実が犬の一物に似ているから“犬のフグリ”とか名付けた人。
ヘクソカズラもイヌノフグリも可愛い花を咲かせるのに花には
見向きもしないで。

稚児百合の名は小さな百合の意だろうが命名した学者には稚児百合の
星形の花に星のイメージがわかなかったのかもしれない。
星は人々の夢を育む存在だった。科学が星の正体を明らかにした。
星の正体が分かれば星を見ても豊かな夢がわかない。
科学とは何だろう。便利なものを人々に与えるが一方人の夢も壊す。
人々の夢も存続、便利な物も得る、その境目を考える時期が今の世に
求められると浅学は思う。

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ウノハナ(卯の花)ユキノシタ科

御岳山から日出山に登り五日市線、五日市駅行のバス停まで歩いた。
「関東ふれあいの道」とあった。少し行った所で五日市から御岳山を
目指し登って来たという年配の女性のグループに出会った。
疲れた様子もなく元気な足取りだった。
安心して歩きだしたがかなりのアップダウンで悪路もあり疲れた。
バス停近くの谷川の両岸に卯の花が見事だった。
「卯の花をかざしに関の晴れ着かな」と卯の花に呼びかけてしまった。

奥の細道の旅に随行した芭蕉の弟子、曽良がこの句を詠んだ
白河の関迹を数年前に訪ねた。
昔の著名人の碑が苔むして訪れる人も少ないようで森閑としていた。
衣冠を正して通ったという昔の人を想い、そこいらの野草の花を摘み
曽良の真似をして頭に挿してふざけた思い出が懐かしい。

関の近くに“朽ち木の柳”の旧跡がある。
西行法師が「道の辺に清水流るる楊蔭、暫しとてこそ立ちとまりけれ」
と詠んだという旧跡。
此処で芭蕉は「田一枚植えて立ち去る柳かな」と詠んだとあった。
芭蕉の奥の細道の旅は西行の奥州行脚の跡を辿る旅だったという。
芭蕉は西行を偲び、曽良は前九年、後三年の役のむくつけき武将が兜に花を挿して
通った姿を思い浮かべたのかもしれないと勝手に想像して悦に入った。
能「遊行柳」は“朽ち木の柳”を題材にした名作。
芭蕉は「遊行柳」を見て奥の細道の旅を思い立ったのだと珍説を立て
能には無案内な友人に吹聴した。

遊行の上人が奥州布教の途次、現れた老人に西行の旧跡、朽ち木の柳に案内する。
老人は朽ち木の柳の精だった。
端正な姿で再び現れた柳の精が上人に柳にまつわる故事を語り舞を見せる。
クセに源氏物語、若菜巻の左大臣の息子、柏木と光源氏の正妻、女三の宮の恋が語られる。
柏木達の蹴鞠を見物していた三の宮の飼い猫が逃げ出し、引き綱が御簾を巻き上げ
柏木が三の宮を見て恋に陥った事が語られる。
“蹴鞠の型”や“手飼いの虎の引き綱”の型がこの曲独特で珍しい。
閑寂を描くを目指した能に艶を加え魅力あるクセ。
遊行上人の本拠地、遊行寺は今でも藤沢に健在。

遊行柳
“手飼の虎の引き綱の”白髪の老人が柏木の恋を語る

能では老人を大事に描く。日本人の道徳観の基礎であった儒教の影響、
また長寿への憧れもあったかもしれないが。
現今、世相も変わり、長寿社会になってみれば口先だけは綺麗ごとを
並べるが老人は邪魔者。
そのいい例が先日のいたいけない子供が犠牲になった老人の誤運転の池袋の事故。
テレビ夕日?の番組が凄まじかった。
事故を起こした老人だけが犯人だろうか。車に罪は無い?
食品や医薬品などは厳格な規制があるが危険きわまりない車に肝心の規制が
緩いのは何故?人が作った物に誤作動、運転ミスが生じるのは当然。
その対策が十分なされて来ただろうか。
自動運転が云々されている昨今、咄嗟の運転ミスでも事故を防げる
技術の開発に取り組んでも当然と思うが。

能「遊行柳」の詳しい解説はこちら
「藤戸」はこちら



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