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07.06
Sun
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高尾山の残照 2014年5月3日写す  

前回、卒業証書(一)のあらすじ。
桂馬は温子に卒業証書を渡す。その内容は、夫婦共に第二の人生を迎えたので、主婦業の責任を解除し,嫌な事は
しなくてもよい、というものだった。桂馬がその思いに至った理由は桂馬の生い立ちにあった。ながい間、暖めてきた
 理由を桂馬は温子に話すことにした。

「今日は記念の日だからこのまま寝るのは勿体ない。居間で、話しようか」桂馬の目は輝いていた。
「そうよね!お母さんの話、聞きたいわ」
「朝子も呼ぶ?」
「朝子は明日、早いといってたから可哀相そうよ。後で教えてあげる」
「そうだね。じゃあビールでも飲みながらにしようかナ」
「おつまみは何がいい?」「メタボになるからいらない」
二人は顔を見合わせて笑った。「話」の格好なお膳立てができたのだった。

桂馬には五歳違いの姉がいる。桂馬が母と姉の間に何かある、と感じたのは六歳のころだった。桂馬は、何時の頃からかは、はっきりしないが何時も父と寝ていた。
その朝、父の布団は空だった。気配を感じ、目を開けると母が桂馬の枕元に座っていた。見下ろす母の視線が熱かった。母の目はうるんでいた。母は急に目をそむけ、「桂馬もう起きなさい。顔を洗う前に居間に来なさい」母はうつむき加減に部屋を出て行った。何時もとは違う母の様子に桂馬の心の奥に何かが固まっていくのを感じた。この心のしこりは母との日々の生活の中で次第に大きくなって行った。
 座卓の前の母の顔はいつもの母の顔に戻っていた。
「桂馬、昨日の朝、お姉さんに悪いこといったでしょう。お姉さん、泣いてたけど、何をいったの?」
「竹とんぼ」
「どうして竹とんぼ?」
「八百屋のおじさんがいってた。お前ンとこの竹とんぼ姉ちゃん。母ちゃんに、ちっとも似てないなっていってたから、お姉さんにいった」
「竹とんぼ?」
「瘦せていて頼りない歩き方だって。お母さん、ろくなものしか食わせてないのか、それも仕方ないよナ、だって。八百屋のおばちゃん、すごくおじちゃんのこと怒ってた。余計なこというなだって」母の顔はだんだんこわばっていった。
「桂馬、お姉さんと、たくさんお話してはいけないといつもいってるでしょう。来年は一年生ですよ!どうしてお母さんのいうこと聞けないの」
「だって、八百屋のおじさんに」桂馬は息を飲み込んで「とっても腹が立ったんだよ。お姉さんが可哀相だったから、教えてあげた。」
「そうではないでしょう。お姉さん、からかったんでしょう?お姉さん泣いてたんだよ」きつい口調だった。
「お仕置きです」桂馬は物置にとじこめられた。朝の食事もお昼も抜きだった。
母がお仕置きをしたのも、口にしたのも初めてであった。隣家の、桂馬に二つ年上の初男が、悪さをして庭の柿の木に縛られて泣き叫ぶのを、父は「桂馬も悪さするとお仕置きだよ」というのを聞いて桂馬はお仕置きを知ったくらいだったのだ。
お昼もかなり過ぎた頃、物置に近づく足音が聞こえた。桂馬は物置の扉に駆け寄った。母だった。物置の扉を開ける母も、桂馬を見る母も、いつもの母ではなかった。肩を落とし目にも力がなかった。抱きつこうとした桂馬の衝動はしだいに薄れていった。母は桂馬の手を静かに取つた。母の手は、しだいに力をましていった。桂馬の中に母の何かが急激に流れ込んだ。桂馬はしゃくりあげた。いつまでも。
桂馬は成長してからも、物置の前で茫然自失と佇む姿を忘れなかった。桂馬は人を思う心を、このことで学んだとおもっている。
桂馬はこのことを姉にも父にも話さなかった。秘密にしなくてはならない何かを感じたからだった。

母は桂馬に「おまえは、変わった子だね」と時々いった。
母と買い物に行って欲しい物があっても「買って」とダダをいうこともなかった。友達とケンカすることもほとんどなかった。
赤ん坊の頃の桂馬は、朝目覚めても母が目覚めるまで騒ぐことはなかった。母は「顔を見合わせてニッコリ笑うのよ」と自慢げに話した。桂馬の穏やかな性格は母に似ていると近所の人達はいった。
母は感情をむき出しにすることはなかった。穏やかな顔、穏やかな振る舞いというわけではないが、静かだった。桂馬を叱る事はあったが口調は静かだつた。その説得力には逆らえない何かがあった。
 「お仕置き」があってからかどうか記憶は曖昧だが、母の姉に対する対応が変わったと桂馬は思った。着るものや、食事に気を遣う母が、幼い桂馬にも感じられた。
姉の着るものはいつも新調だった。大きな髪のリボンが羨ましかった。
 母は時折、実家に帰って伯父の子供のお古を貰って帰った。桂馬には新しい衣服を買って貰った記憶がなかった。家は裕福というほどではないが、いい方なのにと恨んだ記憶はないが、これも心のしこりだった。
実家に行くと母はよく風呂敷包みを持って帰ってきた。母は風呂敷の包みを解きながら「桂馬。人の価値は着る物で決まるものではないのよ。お母さんが通ってた小学校にね、二宮金次郎という偉い人の銅像があってね、破れたところをつくろった着物を着ていたよ。だからお前もがまんなさい。きっと偉くなるからね」
姉の食事にはよく卵がついた。当時、卵は貴重品だった。病気見舞の使い物にするほどだったのだ。
「僕も卵、食べたい」母は桂馬の顔をジッと見つめて「どうして食べたい?」母の視線に押されて俯き
「だって美味しそうだから」母は桂馬の方に向き直り「桂馬。食べ物は美味しいから、だけで食べてはいけないよ。お姉さんは、丈夫な身体になるように食べるの。桂馬は丈夫だから、不味いものでも食べなさい。美味しい物は、お盆とお正月だけでいいの。だから美味しい物を食べたときうれしいのよ」
 食欲の少ない姉は時々「わたし、食べたくないから桂馬にあげる」と云った。
「曜子、たべなさい。食べ物は薬だと思って食べなさい。よく食べて丈夫になりなさい」母の口調はその時だけは少し厳しかった。「桂馬ごめんね。」姉の言葉が優しく聞こえ、桂馬は納得したようでもあったが、わけの分からないしこりのようなものを感じた。
母は姉、曜子と桂馬を、間隔を置くように仕向けていように思う。幼い二人は当たり前の事のように何の疑いも持たなかった。姉、曜子との想い出は一つだけであった。幼時の忘れられない想い出となった。曜子も成長して「あの絵本が私の人生を変えたのよ」と述懐したのだった。

曜子はその時五年生、思春期に近かった。その曜子に母は絵本を渡したのだ。
「桂馬、おはなし読んであげるね。お母さんが読んであげなさいって」曜子はランドセルの中に手を入れ「先生にね、とってもほめられたんだよ」といいながら絵本を取りだした。母の手作りだった。奉書紙に切り抜きの絵を貼り内容は、ペンで丁寧に書いてあった。
表紙は「しあわせ」と端正な筆書きであった。唐草模様に小花の縁取り、和綴じであった。
「いつのことだか、どこだか、あるところに、お母さんと、お姉さんと、弟がいました。お父さんが亡くなったので、とってもびんぼうでした。ある日、学校でお友達が、お父さんとお母さんとレストランでおいしいパフェを食べたよと、じまんしました。弟はパフェが食べたくてしかたがありません。「お母さん僕もパフェたべたい」とお母さんにいいました。お母さんはお宮の神様にお願いしなさいといいました。
二人はお宮に行きました。お姉さんは弟に、二つおじぎして二つ手をたたいて、また一つおじぎするのよ、といいました。弟は五つおじぎして五つ手をたたいて、また五つおじぎをしました。はやく、たくさん食べたかったから。
その夜、お姉さんと弟は,リンゴやバナナやイチゴなどのくだもの、やまもりたくさんのパフェを食べる夢をみました。二人はお母さんに「夢じゃあつまんない」といいました。お母さんは「ほんとうのパフェをたべたらそれでおしまいだけど夢なら、なんべんでも!たのしいよ」といいました。おしまい。」
曜子は桂馬に「これ貸してあげる」と絵本をさしだした。桂馬は今でもこの絵本を大事にしている。
母は姉、曜子に何を伝えようとしたのか見当するしかないが、姉、曜子が言っていたように曜子が実母に会えなくても美しい実母の姿を心に描いていなさいと教えたのだろう。しかし桂馬はまた別の視点から、人生の峠を越え夢と希望が萎んで行く中で、母の絵本の意図が解るような気がするのだった。  つづく

 次回「母の秘密」
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