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10.05
Sun
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平成26年9月23日写す 調布市都立野川公園

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平成25年9月27日写す 裏高尾

彼岸の頃、咲くので名が付いたという。何もない所からいきなり花茎だけが伸び真っ赤な、豪華な花を開く。雄シベが外側から内側へ反り返り、まるで長い睫毛のよう。マスカラを利かした美女も顔色無しだ。花茎の成長は早くあっという間に30センチ以上も伸びる。葉は花が終わってから出、緑が少なくなっていく土手や田んぼの畦を細長く艶やかな葉で優しく覆う。花の豪華さは国産の野草では珍しい。そのうえ群生するからなおさらだ。豪華な花なのに種が出来ない。種なら頂いても気が咎めないが球根を掘るには勇気が要る。
ヒガンバナのヒガンとは彼岸、三途の川の向う岸。死んで七日目に渡る川。川の辺に鬼が二匹。この日、仏になった身内を案じて供養する。本当の意味の彼岸とは、人が最後にたどり着く本当の世界、涅槃、悟りの世界だというが無信心な凡夫には理解の外だ。   
ヒガンバナは墓などにも植えられる。田んぼの畦に多いのはネズミよけ。球根は猛毒。昔は水に晒して毒を抜き澱粉を取り出して飢餓を救った。今の日本には物が溢れている。飢餓の記憶は、今後、飢餓という言葉と共に日本人のdnaからも消えるのでは。
ヒガンバナはこれ程美しい花なのに、抹香臭い名前からか忌み嫌われてきた。世の中の移り変わりか、この頃庭に植えられているのを見かける。こういう自宅にも植えている。こんなきれいな花を植えないテはないと。カミソリバナ、シビトバナ、トウロウバナ、捨子花、天蓋花、曼珠沙華の名も。曼珠沙華はよく聞く名。仏説で天上に咲く花だそうだ。

古本屋で四十数年前に出版された、野草の本を手に入れトイレで見ている。興味の薄い専門用語の説明の前置きに、エピソードが添えてある。ヒガンバナのページに「ヒガンバナでゴテゴテと飾り付けた進駐軍のジープが大型のトラックと正面衝突。二人が倒れ辺りに血が飛び散り、真っ赤なヒガンバナが散乱していた」これは要約で、本文はヒガンバナと血の色を気味悪く強調している。創作のようにも見える内容だ。
ヒガンバナの色は血の色。今の戦争は強力爆薬と核だ。血は諸共に燃え尽きる。昔の武器は槍と刀。おびただしい血が流れた。

能「頼政」では戦いの惨状を「血は涿鹿の河となって、紅波楯を流し」と謡う。血は河のように流れ、血の波が楯をも流す、と云うのだ。この曲は、源頼政が平清盛に反旗を翻して破れ、平等院で自決したことを作った能。

この曲の前場では宇治川の情景が美しい詞章で謡われる。能の詞章は詩なのだ。墨絵のような美しい情景が目に浮かぶ。歌人でもあった頼政の能の前場にぴったりだ。
後場はがらりと変わり凄まじい戦闘の情景が大波のように押し寄せる。この類の曲では武人が死後落ちるという地獄「修羅道」を描いたものが多い。この曲には『修羅道」はなく、宇治川をはさんでの闘いが描かれる。兵共の雄叫びが聞こえ、その生々しい迫力は比類がない。

頼政は鵺という怪物を二度も退治した強者。和歌にも秀で彼の藤原俊成に「いみじき上手」と評された。白河上皇に仕え破格の従三位。政治的手腕もあったのだろう。宇治川の合戦で敗戦を悟った頼政は平等院の庭の芝に扇を敷き自刃した。今も扇の形の芝がその跡をとどめる。辞世の歌「埋木の花咲く事もなかりしに身のなる果ては哀れなりけり」功成り名遂げた頼政の“花咲くこと”の“花”とはいったい何だったのだろうか。とかく行動が理解し難く謎だったという頼政らしい辞世に思われる。得体の知れない鵺のような男と評された故か使用面は専用面「頼政」だ。

  能「頼政」の詳しい解説はホームページ能曲目の解説をご覧ください。
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