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10.06
Sun
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源氏物語、夕顔の巻の脚色。同じ夕顔の巻からの作品に「半蔀」があります。
半蔀は光源氏と夕顔の上との愛だけに焦点を絞って描いた作品。
源氏物語、夕顔の巻では夕顔の上を無邪気な子供っぽい女とし帚木の巻、雨夜の品定めでは弱々しく内気な女としています。
「半蔀」はこうした夕顔の上の人となりを描いていて分かりやすく演ずる側の感情移入が容易だといいます。
「夕顔」は前場に荒涼と荒れ果てた「某の院」の暗闇の中で嫉妬に狂う生霊に襲われ息絶える夕顔の上を描きます。
シテは舞いません。地謡に頼りますが存在感を示さなければなりません。
能の特異な表現方法でまた難しさも別格です。
 後場は出典、源氏物語にはないこの能の作者の世界です。
「序ノ舞」(解説参照)の前に「心の水は濁江に、引かれてかかる身となれども」(清い心の水は恋という濁水となってこのような身になったけれども)とあり、また前場のシテの登場歌サシ、下歌、上歌に(シテの心情述べる歌)「色をも香をも捨てざりし。
涙の雨は後の世の障りとなれば」(思い切って色香を捨てることができなかった事が後の障りとなって成仏できない)と、人の心の迷いと懺悔を謡い仏の救いを求めます。深い仏への帰依です。この曲の主題でしょう。
この曲の舞、序ノ舞から終曲まできわめて静かに運びます。静かな法悦の世界を現しています。
能のシテは演出者でもあります。曲に対する自分なりの理解を型附の範囲内で自分なりに演出するのです。
例えば怒りや悲しみを表現するとき急激に身体を動かすか又は静かに動かすかその人の理解によって違います。
同じ曲でも演ずる人によって趣が異なるのです。
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