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平成26年9月21日写す 調布市野川公園

丸い紫色の実が美しい。草木の実には美しいものが多いがこれは格別だ。紫式部にあやかって付けた名だと信じていたが、どうも違うらしい。実の付く様子で「紫敷実」または「紫茂実」から転じた名だという。いずれにしても和名は紫式部。紫の十二単が目に浮かぶ。
紫は高貴な色。能では高位の女性が着る。日本人は着衣の色で身分、性別を表した。着物の襟や、坊さんの法衣にその名残がみえる。伝統芸能でもある能でも色の使い方に制約がある。例えば襟。若い女性は赤。お爺さんは茶。鬼や武人は紺。などなど。

「ムラサキシキブ」紫の色があまりに綺麗なので、果実酒にしたら綺麗な果実酒が出来るのでは、と試してみた。色も味も全く駄目だった。山桜の果実酒が真っ赤で美味しいのに味をしめ、紫の美味しい果実酒が出来たら自慢しようと思ったが全くの期待外れだった。

紫式部。誰もが知る「源氏物語」の作者。千年前、世界の何処にも無かった大長編小説。仏教では物語の類は狂言綺語(道理に合わない“言”と巧みに飾った“語”)であり、人の心を惑わす「妄語戒」を犯すことだとして、その作者は勿論、読者までも地獄に落ちるとする。平安末期の説話集に紫式部が妄語戒を犯した罪で地獄に落ち苦しむと言う説話があり、その後、式部を供養する「源氏供養」が始まったという。宮中では源氏物語の巻名を読み込む、又は題にした会が催され、藤原信西の孫、安居院法印は源氏物語五十四帖の巻名を読み込んだ表白を作った。表白とは法会の時導師が法会の趣旨を述べる文だそうだ。
 
能に「源氏供養」がある。この曲の眼目は安居院法印の表白に少々手を加えたクセ。源氏物語、五十四帖の内二十六帖を謡う。「“夕顔”の露の命を観じ、“若紫”の雲の迎え、“末摘花”の臺に座せば“紅葉の賀”の秋の落葉も、、、、、(“”は巻名)」唯々美文に酔う。前場はワキ、安居院法印に光源氏の供養を懇願するシテ、紫式部の姿が描かれる。難解な字句、かけことば、説話などもなく分かり易い。この曲には三番目物(“優美”を事とする曲)には付きものの「序ノ舞」がない。その分「クセ」が強調される。小書に「舞入」がある。通常の「イロエ」に代えて「中ノ舞」を舞う。「クセ」は思い入れなど感情移入しないことが昔からの戒め。
「源氏供養」の功徳で紫式部は救われると云うのが順当と思うのだが、紫式部は実は石山寺の観世音菩薩で、この世の無常を教えるため、この世に現れ源氏物語を書いたのだと結ぶ。意外な結末だが外にも同じような例がある。能「杜若」では在原業平は陰陽の神、「誓願寺」では和泉式部は歌舞の菩薩であるとする。
石山寺は紫式部が源氏物語を書いた所だという。今もその書院というのがある。
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