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佐渡の残照 新潟県瀬波温泉から写す 2014年11月21日16時20分頃

前回、卒業証書(三)のあらすじ
貧血で倒れた母を見舞った桂馬に、母は姉、曜子の出生、生い立ちを告白した。何となく気づいていたが曜子は母の子ではなかった。母は曜子の出生の経緯を聞くことを止め、祖母にも他人に口外しないよう約束させた。色々な思いがあったからだと語った。桂馬と温子は母と曜子の苦しみを想いやったのだった。

母の見舞いから帰って、翌日の夜、曜子から電話があった。
「お母さんが桂馬に話したこと、私にもしてくれたの。嬉しかったわ。でもね、それはとっくの昔、そうね、十七才、高校二年頃だったかナ、解決済み。もうずっと昔からほんとの母娘よ!いろいろあったわ。今思うと懐かしい。でも嬉しかった!手紙書くわね。驚かないでよ。これでも文才あるんだから。ア、そうそう、桂馬に呑みすぎは駄目よって言って」電話の曜子の声は弾んでいた。温子はただ相づちを打つだけだった。

その夜、遅く帰った桂馬を温子はいつもよりニコニコ迎えた。
「なにかあったの?」
「そうよ!お姉さんから電話があったの。お母さんの例の話。お母さんネ、お姉さんにもしたって。とても喜んでたわ」
「そう。いまさらという感もしないでもないが、よほど嬉しかったのかナ姉さん。それにしてもあの気丈な母さんが。気弱になったのかナ。ちょっと心配だナ」
「どうして?」
「年になって気弱になると更に悪い病魔が忍び込むのさ。ア、これは冗談。温子はすぐ信じるから。余計でした、ごめん」ふたりは顔を見合わせて笑った。温子は台所に立ち、
「あ、そうそう、お姉さんがね、飲み過ぎは駄目よ、ですって。といってもネ」くっくっ、温子の忍び笑いがきこえてきた。

曜子から電話があって十日ほど、手紙が届いた。分厚く詰め込まれた封筒は、ほぼ楕円形に近かった。
温子は手紙を繰り返し繰り返し読んだ。温子の目は赤かった。
「あ~ア、わたしなんか苦労ゼロ。少しでも肩代わりしてあげたかったナ」フ~と大きな吐息を付いて天井を見上げ座卓に手を突いて立ち上がり台所に向かった。台所に立っても手紙の文面がちらついた。
「あの時お姉さんはどうしたって書いてあったかナ?」また居間に引き返し手紙を読み、台所に行き、また居間に、を数回くり返した。
「ガラ」玄関のガラス戸が開いた。ガラス戸の開け方は桂馬だ。台所のまな板に向かっていた温子は包丁を投げ出すように置きスリッパを鳴らして小走りに玄関に向かった。
カバンを受け取り、
「お帰りなさい。お姉さんから手紙がきたの」温子の目がうるんでいた。
桂馬は座卓の前にドカリと腰を下ろし、そのまま広げてあった手紙を読みだした。
桂馬は手紙に目を据えたまま
「今日は風呂、中止、ビール飲みながら話しをしよう。オカズはあり合わせでいいよ」
「は~い。作りかけがもうすぐできま~す。あとなにか簡単なもの作るわ」
「朝子。手伝って~」
「は~い」間延びした声が聞こえ、二階から朝子が降りてきた。
「何かあったの?慌ただしいわね」
「お父さんがネ、お祖母ちゃんと曜子おばちゃんの話をしたいって」
「わたしも仲間に入っていい?」
「歓迎よ。朝子も、もう大人なんだから、おとなの話も少しは知って置かないとね」三人は座卓をかこんだ。
「朝子もビール飲むかい?」
「い~らない。コーラでグー」
「そのうち飲むわよ、浴びるほど。お父さんの娘だもの」いつもの和やかな雰囲気から始まった。
「何の話?」
「そうそう。朝子には断片的に少し話しただけよね。これ読んで。」朝子はしばらく読んでから手紙から目を離さず二階の階段を静かに上がっていった。
朝子はしばらく降りてこなかった。
「朝子にどの程度まで話していいだろう?」
「なにも隠すことないわよ。私たちの頃とは違うもの。今の子は高校生になったらもう大人。朝子は大学生よ」
朝子が手紙を片手に緊張した面持ちで降りてきた。
「信じられない」と呟いた。
桂馬は朝子に顔を向け、
「姉がこうも赤裸々に書けるのだから、いまは何のしこりも無いと云うことだろうね。
姉が母の子でないことに気が付いたとき世間並みに騒いでいたら、身の回りの人、巻き込まれたかも知れないね。母も姉も賢いナ。しかしこの手紙には驚いたね。あの姉がこんなに苦しんだとは」
「あんなに明るい姉さんがねエ」
「十代の姉さんは、暗く陰気だったんだよ。何時も下を向いて歩いていたんだ。下向いて歩いてもお金、落っこちてないよといって睨まれてね。忘れられない想い出だよ」
「良子さんのお陰よってこの手紙に書いてあるわよね」
「そう、二人は高校時代からの大の仲良しなんだ。良子さんは底抜けの根明なんだ。陰気と陽気とで馬が合ったんだろうね。姉が大学受験の時、大学など全然興味がなかったのに、姉につられてその気になって、両親を説得したんだ。漁師の娘に学問は要らないと突っぱねるお母さんを、それなら“首をつる”と脅してね。猛勉強したんだって」
「あの東北新報お偉方夫人が?」
「そう」
「曜子おばちゃんが陰気になるのも当たり前よね。曜子おばちゃんのほんとのお母さんは誰?父親はお祖父ちゃん?」
「どちらも分からない。お祖母ちゃんが知ることを拒否したんだ。お祖父ちゃんのお母さん、つまり姑にも口外しないように約束させたんだよ。理由は分からない。話してくれないのだよ。こちらで推測するしかないんだ」
「そんなのないわよ!理不尽よ。わたしだったら徹底的に真相を究明する。究明して対抗手段をとります」朝子が目を剥いて気色ばんだ。
「あの頃は女が自分で生活するのは難しい時代だったのよ。だけどそれだけではなかったと思う。お祖母ちゃんがとった行動はうまく云えないけど、人間として大事な、重要な事だったと思う。おばちゃん偉いわ。わたしなんかには真似できはい」
「そうだな、その時は理不尽でも時が経つと道理になることだってある。だから今があるんだと思う」
「そうよね。お母さん、言ってたわよね。初めは自分に与えられた“仕事”だと思って曜子を育てようと決心したけど今は曜子におんぶされているって。人の幸せは分からないものよねって」
朝子は後ろに両手を突いて身体を倒し天井を仰ぎ、
「ふ~ン。そう言われると、そうかナ~」
「人間が生きていく三原則、衣、食、住だけでは生きて行けないンだ」
「かてて加えて愛憎問題があるのか~」
「卒業式の校長先生のお話“人生の荒波”ですねウンウン」
「朝子はこれからから大変よ。これらの問題を一つ一つクリアしなければいけないのよ」
「わたしは“憎”は要らない。愛だけで結構」
朝子は笑いながら起き上がり答えた。
桂馬は朝子に顔を向け
「とにかくお祖母ちゃん、曜子おばちゃんの気持ちを尊重して、詮索するのは止めにしよう。二人にとっては重大な決心だし誰にも真似出来ないことだからね」
静に淀む夜の空気を貫いて犬の遠吠えが聞こえた。
「あの犬、私たちの話、聞いてたのかしら」
朝子が呟いた。三人は顔を見合わせ微笑んだが、ぎこちなく笑い声にはならなかった。
三人の話は夜半まで尽きなかった。
    
(つづく)




   


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