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平成14年10月25日 調布市 都立野川公園で写す

珍しい花ではないが、平地の道ばたや空き地にもあるというわけではない。例えば奥多摩や高尾山あたりの山地まで足をのばせば普通に見られる。
行儀よく並んだ葉の付け根に2,3個の花を付ける。白地に紫の斑点が珍しい。この紫斑が野鳥のホトトギスの胸毛の模様に似るので付いた名だそうだ。愛好者も多く、よく庭や鉢植えを見かける。ホトトギスの仲間は10種類ほど、黄色の花の種類が多いようだ。黄花のヤマホトトギスは、たまに見かけるが他の種類、例えば、何々ジョウロウホトトギスなどは園芸店で見るだけで自然のものにお目にかかったことがない。是非その艶姿を拝みたいものだ。数年前訪ねた、富山と新潟の県境にある「山姥の窟」の前に咲いていたのもヤマホトトギスだった。

ホトトギスの若芽は山菜。茹でると、ほのかにキュウリの香りがする。キュウリ草ともいうらしい。さほど美味しくはないが、ナガバノスミレサイシンと混ぜてビールのつまみに結構な一品。

ホトトギスの名前の由来となった野鳥のホトトギスは漢字で時鳥、子規、不如帰など八ツほどの字を持っているというから驚きだ。呼び名も、うずきどり、夕影鳥、死出の田長、など十余り。それ程、人の関心を引く鳥なのだろう。昔から詩歌などの文芸に登場する常連だ。俳人の正岡子規もペンネームに拝借した。
ホトトギスの名はその鳴き声からではないかとの説も。「てっぺんかけたか」「ほうちょもってこい」などと聞こえ、昼夜を問わずなく。生態も変わっている。自分は巣を作らずウグイスなどの巣に卵を生み育てさせる横着者だ。

この横着者の習性を拝借した能がある「歌占(うたうら)」だ。歌占は中世に流行った占い。和歌の歌意によって運勢、吉凶を占った。
二次大戦後、経済的に未曾有の豊かな世の中になった。神様にお願いする事が少なくなったのか、無信心の人が多くなったと思う。(人様の事は云えないが)。こんな人にぜひ観て貰いたい能が「歌占」だ。

能「歌占」はあの世という異次元の世界を描き出した能。現世利益だけではない、唯々恐ろしい神の存在を思わせる能だ。
神官の姿で「地獄の曲舞」を舞う。神仏混淆が背景にあるが、現代人の我々には異様だ。しかもこの神官は若いが白髪、地獄の苦しみで白髪になったのだが、この異様な姿で地獄の責め苦や、神が乗り移った様を見せる。異様は怪奇に変じて行く。「地獄の曲舞」を見せた後、神が乗り移る。神の怒りに悶え苦しむ終曲の舞もクセに次ぐ見どころ。「神は上らせ給ひぬ」と、御幣を肩越しに放り投げ、神が身から離れた瞬間を表現する。単純にして完璧な演出だ。
おおよその事が理論的に解明された今の世だが、仏教の世界観、須弥山を説く辺りもいい。荒唐無稽のように見えて何か考えさせられる。

能「歌占」のあらすじ。
伊勢の神官、渡會の某は神にお暇をせず旅に出、その神罰で急死、地獄の苦を受ける。三日後に甦ったが地獄の苦しみに白髪となった。その後、歌占をなりわいに諸国を巡り白山の麓にやってくる。故郷に残した子も父を求めて白山にたどり着く。子は歌占を引く「鶯の卵の中のホトトギス。己が父に似て己が父に似ず」鶯の巣で生まれたホトトギスの子は親のホトトギスと違う声で鳴くという意の万葉の歌だという。親子はホトトギスの縁で巡り会う。
詳しい解説は「能曲目の解説」をご覧下さい。
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