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02.01
Sun
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2015年1月23日写す

大寒のすぐあと南房総を訪ねた。この辺りは国定公園、暖かく景色がいい。その上、露地でも色々な花を栽培している。栽培品種にはあまり興味はないが、誘われるままに行ってみた。きれいだった。
フラワーラインと呼ぶ道路を車で走った。道の両側に、延々と菜の花が植えてあり満開だった。
「菜の花や、月は東に日は西に」与謝蕪村の句を思い出した。のどかな、暖かい春爛漫の景色の句だと思っていた。菜の花は冬から早春の花らしい。季語も冬とあったり春とあったり。春爛漫の句と思ったのは思い違いだろうか。
観賞用に植えられている「菜の花」は「チリメン白菜」や「野沢菜」などだそうだ。
もともとの菜の花は「油菜」。種から「油」を採るために栽培される。
昔は、食用はもちろん行灯などの照明に必需品だった。蕪村の句や夏目漱石の作品に登場する菜の花は「油菜」。
白菜や小松菜、蕪などアブラナ科の野菜の多くは「油菜」の交配種だそうだ。つまりこれらの母親だという。
菜の花は美味しい野菜。「カラシ和え」が一番。
束ねた菜の花の蕾の先端が、わずかに黄色いのが店頭に並ぶと春を感じる。
意外かも知れないが、菜の花の仲間で一番美味しいのは白菜の花。もちろん、まだ咲ききらない蕾と茎。わずかにほろ苦く、味わい、食感が抜群。
次が高菜の花。これは蕾ができたばかりの幼い花茎を浅漬けにする。ワサビと同じ成分だろうが、また違う辛みが鼻にツンとくる。「鼻ハジキ」と母が呼んでいたのを思い出す。

多摩川の河川敷や土手に菜の花が咲く。少々大げさだが春の楽しみ、これに勝る物はない。セリなども一緒に摘んでくる。
昔は春浅くからセリなどの野草を摘んで食べたようだ。正月七日に春の七草を摘んで神前に供え諸事を祈る風習は、ここから生まれたのだろうか。若菜摘はおもに女性の仕事だったのだろう、能では「菜摘女」として登場する。

能「求塚」の菜摘女は薄氷の生田川で若菜を摘む。身を切る川風が舞台をふき抜ける。
菜摘女達は万葉や古今集などを織り交ぜた歌を歌いながら摘む。この優雅な歌声は凍える寒さに耐えようと歌う様に聞こえて、なお美しい情景を描き出す。
「求塚」は凄惨な能だ。寒々とした若菜摘の舞台設定は凄惨なドラマへの展開を暗示するかのよう。
女は通り掛かりの僧に求塚の謂われを物語る。「昔、生田の里に住む莵名日少女(うないおとめ)は同じ日の同じ時に二人の男に求愛される。選びかねた女は生田川のオシドリを射させ、当たった男を選ぶという。二人の男の矢は当時に鴦に当たる。女は、つがいを失ったオシドリの思いを二人の男の上に馳せ、己の罪の深さに絶望し、生田川に身を投げる。二人の男も女の塚の前で刺し違える」
女は「昔この所に莵名日少女と申す女の候しが」と他人事の様に語り始め、核心近く「その時わらわ思うよう」と自分の話になっていく。菜摘女はじつは莵名日少女の亡霊だったのだ。見事な転換だ。息を飲み、引きずり込まれる。演ずる側に口伝があるという。
女は殺生戒、邪淫戒を犯した罪で地獄に落ちる。能には地獄を描いた作品が多い。なかでもこの能の地獄の凄惨な描写は、比類がない。女は八大地獄の苦しみを受ける。可憐な少女にも容赦がない。地獄の鬼に追われ、火の柱を抱き、無間の底に真っ逆さまに落ちる、そのリアルな型を見れば無信心な観客も地獄を味わう。この能には救いがない。女は永遠に地獄を彷徨う、と暗示するかのように終曲となる。

能「求塚」の詳しい解説は「能曲目の解説」をご覧下さい。

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