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04.18
Sat
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2015年3月28日 太平洋の残照 土肥港で写す。

   
次第
竹内桂馬。団塊の世代。退職してから久しい。世間との繋がりの世界が狭まっていく淋しさも年ごとに薄らいでいく。空白の時の拡がりの中に突然、想い出が甦る。想い出は残照だった。輝きは束の間だった。残照が去った後「空虚」が桂馬を襲った。(次第の意味は前回にあります)

前回のあらすじ
従兄弟の友人、久徳に連れられて桂馬は道玄坂の名曲喫茶「ライオン」に行った。そこで運命の糸の端に絡まれる。女子学生らしい三人組の一人が誤って久徳の上着にコーヒーをこぼしたのだ。二ヶ月程経って桂馬は久徳に歌声喫茶、カチュウシャに誘われた。運命の糸は此処まで伸びていたのだ。二人の前に例の三人組が現れたのだった。

三人組は顔を見合わせ
「あの時の」と声を揃えて叫んだ。
「あの時は大変申し訳ありませんでした」とコーヒーをこぼした一人が深々と頭を下げた。
「いいんだ、いいんだ、安物の上着だから。あんなの捨てちゃったよ」久徳の冗談に三人組の表情が緩んだ。
「どうぞお座りください」久徳が立ち上がって丁寧にお辞儀をしてニヤリと笑った。三人組も笑いながら
「有り難うございます」と返した。
突然、カチュウシャが始まった。この店のテーマソングだった。頃合いを見計らって店のリーダーのアコーデオンが始めるのだった。
久徳も歌った。桂馬も三人組も歌った。桂馬は仙台の友達が歌っていたのを聞き知っていたのだ。
三人組は謡いながら歌集を取り出した。
「持ってますか」一人が久徳の顔の前に歌集を突きだした。手のひらサイズの表紙に、毛布のような布を頭から被った女が画いてあった。雪の中をネフリュウドフを探し求めてさまようカチュウシャだろうか、そばをトロイカが走っている絵だった。
「いいや、思いつきで来たので」
「買ってきます、この間のお詫びに」
久徳も桂馬も三人組やまわりに引きずられてテンションを上げていった。
ピクニックが始まった。 
「丘を越え行こうよ、口笛吹きつつ、空は澄み青空、牧場をさして。歌おう朗らに、共に手を取り、ラララララ、、、、アヒルさん、ガアガア。牛さんも、モウモウ。豚さんも、ブウブウ」手を叩き、テーブルを叩き、床を踏み鳴らした。興奮の大波がうねった。
興奮の波は休憩まで続いた。
「君の出身地は?」久徳の質問もごく自然に聞こえた。歌ですっかり同化したのだった。
「山形の寒河江」
「サクランボの産地だネ。どうりで可愛い」色白の丸顔が下向きに微笑んだ。
「私は紀州、南部」
「南高梅の産地アンド道成寺。清姫のようにヤキモチ焼かないよネ優しい顔だもンね」
久徳の冗談に声を合わせて笑った。
「私は鹿児島の桜島」
「エッ薩摩おごじょ?」
「おごじょ、よく知ってますね」
「ウン、友達が鹿児島でね。“おごじょ、こらこらチョノゲがおてた。持たんチョノゲがナンガおつっか”♪。オハラ節。教えて貰ったンだ。おごじょは娘さん、チョノゲは手ぬぐい、おてた、は落ちた、だよね。薩摩弁はさっぱり分からない、外国語並みだよね」
久徳がタバコに火を付けた。
「灰皿ですね」テーブルの端に座っていた紀州南部娘が呟き斜向かいの久徳に灰皿を押しやった。久徳の上着にコーヒーをこぼした子だ。次の瞬間、灰皿は元の所へ引き寄せられ
ひっくり返った。灰皿は黒いゴム紐付きでテーブルの端に固定されていた。盗まれないように。吸い殻が散乱し、灰が舞った。
「すみません、すみません、ごめんなさい、ごめんなさい」紀州娘はハンカチを取り出し吸い殻を拭き寄せた。寒河江も桜島も手伝った。
「私ってどうしてこうそそっかしいのかしら、この間のライオンでもそうだったし」
今にも泣き出しそうな声だった。
「いいんだよ、ここはカチューシャ。ハプニング大歓迎。見てご覧、向こうのテーブル。笑っているだろう。彼らもきっとやったんだよ。店の人もこれを期待してゴム紐にしたんだよきっと」久徳はタバコを灰皿に捻り込みながら
「君達とは何か因縁があるんだよきっと」と寒河江娘を見て笑った。
「そうかも知れませんね、二度の大失敗ですものね」
寒河江娘は時計をのぞき込んだ。
「あら、もうこんな時間?そろそろ帰らなくちゃ、アパートのおばさん、うるさいの。お母さんの親戚で私のこと見張ってるみたいなの。嫌よね」寒河江眉を寄せて見せた。
「どこに住んでるの?」
「洗足池です」
「あそこのボート、いいよね。前、よく乗ったんだ。僕も同じ方向だから途中まで送るよ」桂馬は久徳の顔をまじまじと見つめた。
「反対方向の亀戸なのに」だが言葉にならなかった。
桂馬と久徳と三人組は歌舞伎町の雑踏に混ざり込んだ。桂馬には、こんな雑踏は東京に来てからで、経験が薄かった。三人組と久徳の姿を見失わないようにと必死だった。
ようやく新宿駅の改札に入るなり久徳はホームの入り口を指差し
「僕はこの人を送って行くから。今日は楽しかった。君達気をつけて帰って。三度目の正直で又逢おう」と二人に手を挙げ
「桂馬、叔父さんと叔母さんによろしく、左千夫には喋るな」と階段を上がった。寒河江娘は空ろな目で二人の娘と階段を交互に見、小さく手を振りながら久徳の後に付いて階段を登って行った。
「房江、大丈夫かしら。なんだかフワフワしてたわネ。あの人、まじめ?」不安そうな二人の目が桂馬を見上げた。桂馬は返事が見つからなかった。「まじめ」の意味が分からなかったのだ。金品をだまし取るという意味ではなさそうだったから。返事には間があった。
「たぶん大丈夫。花粉みたいな人だから」
「え?」
桂馬は大学の友人、金丸の話を思い出した。「昔の人が、草木心無しとはいえども、時を知る、と云ったそうだ。つまり時が来ると花を咲かせ、花粉を飛ばして花粉本来の仕事をする。人間だって草木と変わらないサ。色々考えて行動するように見えても人間の規範からはみ出ることは出来ない。植物だって、人間だって結果的には同じサ」金丸がどうしてそんな話をしたか忘れたが桂馬の心の隅に凝っていたのだ。桂馬は彼女たちに、大した事が出来る人ではない、と云って安心させたかったのだ。
その後久徳からなんの音沙汰もなかった。桂馬もカチュウシャの事はすっかり忘れていた。
三ヶ月ほど経った夜、久徳から電話があった。
「よう~しばらく。彼女達どうした?二人とも可愛いじゃないか。どっちにした?道成寺?薩摩おごじょ?」久徳の声は明るかった。
「関係ありません。興味なしです」
「そう怒るな。冗談冗談。実はナ彼女がお前に頼みがあるそうだ。どうだい今度の日曜、三人で逢わないか」
「彼女?誰ですかそれ。お金だったら僕は五百円しか持ってません」
「カチュウシャの時の、オレが送って行った子だよ」
久徳と彼女の間に何があったのかと思い自然、皮肉口調になっていく自分が可笑しかった。
久徳は約束の時間と場所を云い一方的に電話を切った。
日曜日、桂馬は重たい足を引きずり約束の渋谷、ハチ公前に行った。時間前、彼女は紙袋を下げ立っていた。
「久徳さんはまだですか?」
「こんにちは、この間は有り難うございました」と深々と頭を下げた。色白の丸顔が大人っぽく見えた。
「久徳さんは急用で来られないそうです」桂馬は目を剥いて彼女の顔を凝視した。桂馬の心の動揺は久徳が来ないという意外さだけではなかった。
つづく








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