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05.16
Sat

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ヤマブキ草 2015年4月17日調布市都立野川公園で写す。

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ヤマブキ 2015年5月9日 長野県入笠山で写す。

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クサノオウ 2015年5月5日 裏高尾で写す。

鮮やかな黄色。草丈に負けない大きめの花を盛大に咲かせる。きれいだナ、思わず口からこぼれる。山吹は誰もが知っている花。こちらは木。ヤマブキソウは山吹そっくりの花を咲かせる草。手折ると黄色い汁が出る。ちょっと気味が悪い。衣服に付けないようにご用心。
クサノオウ。山吹草の兄弟分。草の黄、又は王と書くそうだ。「黄」は納得だが「王」が解らない。枝分かれが多く小さな毛が密生、白っぽく見える。花も姿も山吹草に遠く及ばない。折ると黄色い汁が出る。昔は仲間の「タケニ草」と同じように黄色い汁を塗って水虫の薬にした。
ヤマブキ。山吹、花に関心のない人は兎も角、たいていの人は知っていると思う。万葉の昔から愛された花だ。恋の歌に詠まれたという。大判小判の輝きは山吹色。黄色がまぶしい程だ。
「七重八重、花は咲けども山吹の、実の一つだに、無きぞ悲しき」
太田道灌ゆかりの歌。
戦前生まれの人は学校で教わったので熟知だと思うが、若い人はどうだろうか。そこで知ったかぶりを。
道灌は1400年中頃、室町中期の人。江戸城の基を築いた人。和漢の学問、和歌に長じたという。
道灌が狩の途中、雨に遭い、蓑を借りようと、とある農家に立ち寄った。若い娘が山吹の花を一枝捧げ持ってきた。道灌はその時「実の一つだに、無きぞ悲しき」この歌にこと寄せて娘が云わんとする歌意はおろか、歌も知らなかった。道灌は百姓の娘に劣る己を恥じ学問に励んだという。
山吹の実を、蓑にかけたミノは茅で編んだ雨具、昔のレインコート。
「七重八重」は、沢山花をつけると云う意味かも知れないが、八重咲きの山吹もある。八重咲きは“実”をつけない。
山吹は紫式部にも愛された。源氏物語の「胡蝶」の巻に、行く春を惜しんで、紫の上の住む六条院の池に船を浮かべ、船楽の遊びの様子が豪華に描かれる。鳥と蝶々の装束を着た子供を乗せて、胡蝶の楽を舞わせ、銀の瓶に桜、金の瓶に山吹を飾り池に漕ぎ出す。
この様子と「紫の上」と「秋好中宮」の歌を巧みに採り入れた能がある。「胡蝶」だ。

能「胡蝶」は蝶々が主人公。蝶々は百花の主。だが梅には縁がない。梅は厳冬から、早春に咲く。蝶々はまだ夢の中。
吉野の僧が上京、一条大宮の由緒ありげな故宮に今を盛りと咲く梅を見ていると、美しい女が現れる。女は故宮の謂われを教え、実は私は胡蝶の精だと名乗り、梅の花に縁のない身を嘆き、巡ってくる春毎に悲しみの涙を流すのだと訴える。
つづく「クセ」で「源氏物語、胡蝶の巻」の様子が謡われ、豪華絢爛な宮廷の世界に引き込まれる。
後場では僧が読む法華経に引かれて胡蝶の精が現れ、梅の花に戯れ遊び、法華経の功力によって梅の花に会えたのだと“嬉しさ”の舞を喜々と舞う。
能では珍しい清らかな童話風の作品。「船弁慶」「安宅」や鬼の能「紅葉狩」などの活劇の能を作った観世信光の作だと云うからビックリだ。人間皆ロマンチストなんだナ!と。
金剛流の宗家の蔵に子供が使ったと見られる蝶々の羽の作り物があるそうだ。子供にこの作り物を着せて「胡蝶」を舞わせ「胡蝶の巻」を再現しようと試みたのだろうという。普段は厳めしい大人が、可愛い夢を見る、これもビックリ。

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