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08.15
Sat
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モミジイチゴの花 2015年5月10日八王子市高尾 多摩森林科学園で写す

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ニガイチゴ 2015年5月10日八王子市高尾 多摩森林科学園で写す

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よく目にするが名はわからない 2015年6月10日岩手県久慈市で写す

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ドクウツギ 2015年6月10日岩手県久慈市で写す
 
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ドクウツギ 2015年6月10日岩手県久慈市で写す

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「竹生島」 琵琶湖の美景を眺め竹生島に向かう廷臣一行

   
野山に自生する野性のイチゴは木に熟れるものと草に熟れるものとがある。種類も色々たくさんあるらしい。赤い実、黄色い実、美味しい実、まずい実など様々。
木になるイチゴと草になるイチゴの違いは木と草の違いだけではない。草のイチゴは中味が肉質、木イチゴは丸い粒々の集合体。中味はジュースが詰まっている。
木イチゴはトゲがあり厄介だが、実は赤や黄色に透き通って、まるで宝石。
初夏から晩秋まで色々なイチゴが実る。

野山を駆け回り、美しく実ったイチゴを食べ、弁当箱に詰めて持ち帰った少年の日が懐かしい。
「イチゴ(1,5)を咥えて(加え)毒(6)。毒(6)に3(3コ)を咥え(加え)薬(9)」
男の子も女の子も口々に叫び立て食べた。
戦後日本は未曾有の豊かな時代を迎えた。米の稲、茄子の木を知らない人もいると聞いた。
ましてや山野の木の実、草の実を味わう人は僅かだと思う。
懐かしい少年時代を送った田舎は遥かな片田舎。休日でも子供の姿が見えない。訳を聞いたら塾か、家に籠もってゲームだそうだ。
裏高尾で小学生の集団に出会った。ギボシの葉っぱで包んだモミジイチゴを、美味しいよと差し出したらジロリと一瞥、結構です。豊になった世を喜ぶべきだろうが何か淋しい。

七月の中頃、岩手県久慈市の海岸近くで毒空木を見つけた。ついつい手が出る程の美しさだ。完熟も過ぎ黒く変色の実もあった。この毒空木、根から葉のてっぺんまで、木全体に猛毒がある。木イチゴと間違えて食べ中毒を起こした“事件”が度々報道されたが、この頃トント聞かない。食料が巷に溢れかえっている今、野山の物は食べない。野山の果実を熟知している人が楽しみに食べる。

野山の果実は宝石のように美しい。この宝石を見つけながら歩くのも山歩きの醍醐味だ。
人間は宝石が大好きだ。洞穴生活の昔から人間は全身を宝石で飾り立ててきた。宝石は豊かさの表れだろうか、願望だろうか祈りだろうか。

「神」を主題にした能がある。初番目物と呼ばれる作品群。能会の初番に演じられる。
天下泰平、五穀豊穣を祈願する。これらの能は宝石や財宝などを民の幸せを象徴するものとして使うことが多い。
能「竹生島」もその一つ。
時の廷臣が竹生島に参詣する。漁師の老人と若い女性が釣り船に廷臣一行を乗せ竹生島に案内する。折しも琵琶湖は春爛漫。雪のように山々を飾る櫻が湖面に映る。
この美しい情景を「緑樹、影沈んで、魚木に上る気色あり、月海上に浮かんでは兎も波を走るか、、、、、」湖面に映った木に泳ぎまわる魚がその木に登っているように見え、月の兎も波を蹴立て走るように見えるというのだ。絶妙な描写だ。
春爛漫、のどかな琵琶湖の美しい景色を描いて絶品。
老人と若い女は実は琵琶湖の守護神、龍神と弁財天の化身だった。竹生島に着いて老人は水中に女はお堂に姿を消す。
再び本来の姿で現れた弁財天は廷臣一行に天女の舞を見せ、龍神は金銀珠玉を捧げる。
廷臣は天皇の臣下。天皇は天皇個人ではなく、民全体を代表して表し、金銀珠玉は民の幸せを表しているのではないかと思う。

能「竹生島」の詳しい解説は「能曲目の解説」をご覧下さい。
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