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12.08
Sun
沖縄の残照
石垣島の残照
 

西の空が茜色に染まる。夏の山ぎわは炎のように燃え上がりそれは中天に薄れていく。
「きれいね!美しいわ!」温子が桂馬に肩を並べた。久しくなかったことだ。
結婚して二十年数年、二人には十歳近いへだたりがあった。将来への展望や意欲が衰えていく桂馬には些細なことにも興味をみせる温子がうらやましかった。
黄昏かア、ポツンと桂馬が呟いた。いつも突拍子もないことをいいだす桂馬に、もう温子は馴れている。桂馬の顔をみて温子はニッと笑った。思わず桂馬は温子を見返した。
俺の心中をみぬいたのかな。俺も黄昏だな、そんな意味で云ったんだと思っているのだ、きっと。
桂馬はちっとうつむき、「それも図星だからな」と呟いた。
こんな処に来るんじゃあなかったな、と桂馬は思った。心の中を見透かされたのが嫌だったのだ。 
二人は信州の車山に来ていた。 
「アッUFOだ!」温子が叫んだ。「え?」疑い深げに桂馬は温子が指さす西の方を見た。山際に残照をうけて、きらきら輝く物体が漂っている。遥か彼方の茜色に染まった空間に漂う物体は神秘的だった。
こういうことに全く興味がない桂馬だったが今まで見たこともない物体に、世の中にはこんな不思議なこともあるのかもしれないと思えて来るほど強烈な光景だった。
二人はしばらく立ちつくし眺めた。異次元の世界に迷い込んだように、放心したように、ふたりは立ちつくした。
温子は内気で人付き合いが苦手な女だ。そのせいか神秘的なものに惹かれるのではないかと桂馬はおもっている。桂馬はそんな温子がつくづく羨ましかった。
やがて残照は消え、星がまたたき始めた。名残り惜しそうな温子を促して二人は宿に向かった。
 二人は食膳に向かい合った。黙々と箸を運ぶ。ぽつりぽつりの話題にUFOが登場する。これも肴となった。
山菜が並ぶ中にマグロの赤身の皿が場違いに見えた。
「このマグロは昼まで下の諏訪湖で泳いでいたんだよ」笑いながら桂馬がいった。「あ、それで!新鮮すぎと思ったわ」屈託なく温子は笑った。これも久しいことだった。
「奥様にお電話でございますが」女中が呼びに来た。「きっと徹子よ」嬉しそうに温子は出て行った。温子の電話は永かった。手持ち無沙汰に桂馬は待った。
「やっぱり徹子!」後ろ手に襖を閉めながら「明日どうしても寄ってね、だって。いい?」「約束済みだろう?仕方ないさ」桂馬も笑いながら答えた。
徹子は温子の美術大学時代からの友達だった。徹子は活発な女性だ。内気な温子とはまるで正反対の性格だ。この二人がどうして友達になったのか桂馬には不思議だった。
徹子は石工だ。門柱や庭の置物、公園のモニュメント、裸婦の像も造る。急逝した父親のあとを継いだのだ。
父の弟子の男が重機で石を運び、父の代からの物はこの男が造り、徹子の発案の粗彫りもする。
徹子の工房は釜無川の河川敷に隣接していた。まるで小山のように大小の石を両側に積み重ねその間の大きな一張りのテントが工房だった。
温子は日傘を閉じ「テッチイ!」と叫びながらテントをめがけて駆けだした。待っていたのだろう、テントの中から徹子が両手を頭の上で左右に振りながら「おんころ!」と叫びながら駆け寄った。学生仲間では温子は「おんこ」だった。「おんころ」は学生時代に観た「能、黒塚」の一節だ。「おんころころ、せんだりまとうぎ」と祈りの呪文を唱えながら黒塚の鬼と戦う僧が面白かったのだ。
以来温子は「おんころ」のあだ名を奉られたのだ。
テントの中にはバーベキューの用意がしてあった。「真夏のバーベキュー。熱いけど、また味なものよ。心頭を滅却して食べて!」と桂馬と温子を見くらべながら徹子が笑った。
小さな徹子の仮住まいから四十半ば位の男が食器や調味料など持ってあらわれた。相棒の男だった。
「今日は!」温子が頭を下げた。温子はこの男を知っているようだった。
「わたしの男の瑞穂です」笑いながら徹子は桂馬に紹介した。「やめてくれよ」「いいじゃあない、事実なんだから。」「旦那に殺されるよ!」「そんな元気があったら何時も国分寺にいるわよ」二人のやりとりは暗さはなくまるで漫才調だった。
男のことを桂馬は詳しくは聞いていなかったが、驚き、はなかった。想像の範囲だったのだ。
徹子は国分寺が住所だ。徹子の夫は国分寺で小さな喫茶店を営んでいる。
父親の代からコーヒー通には評判の店で、客は主婦や若い女性ガ多く静かな雰囲気の店だ。飲食の店は主の性格に似た客が集まるのかなと桂馬は思ったことがあったくらいだ。
徹子は日曜日だけ夫のいる国分寺に帰るという。
「不倫なんて最低よねエ」と頬をふくらまして温子は桂馬を見ながら徹子にいった。
「わたくしは人の作った倫理など信用いたしませんヨーだ!」と徹子はおどけてみせて「そもそも結婚とは何?お互いを縛り合うこと?」温子はまた頬をふくらまして「そうよ、この指輪、見て!」徹子に左の手を開いて見せ「お互い縛り合って二人がすべてに一体になることを意味してるの!それが人間の幸せっていうものなの!」と温子が応じた。
「おーくわばら、くわばら!」「わたしの魂は空や海、森や野や山、町や村、世界中を飛び回ってるの!一つのものに拘っている暇はないの!」
二人の論争は平行線のまま続いた。
「温子さんが来ると何時もこうなんですよ。あれでも結構楽しんでるんですよ。」笑いながら瑞穂は桂馬にビールをすすめた。
「続きは次のお楽しみ」といいながら徹子は桂馬の顔をしげしげと見、「どうでした車山は?癒しになった?温子を初めて連れて行ったとき、絶対主人を連れて来ると云ってたのよ」といった。
 あの事件で落ち込み、苦しんでいた桂馬を慰めようと温子は誘ったのだと徹子の言葉から察した。
何処にも行きたくないと云う桂馬を温子は無理に誘ったのだ。
いつもは口数の少ない温子が帰りの車中で徹子のことを熱っぽく話題にした。「人それぞれ顔、形が違うように考え方、行動が一様でなくていいのかもね。人間ですものね。この頃、徹子のことが少し解るような気がするの」といった。「百八十度の思考転換ですか」と桂馬はおどけてみせた。温子も「わたしも年ですかね」と快活に笑って応じた。
「車山もよかったけど徹子さんに会ったのがよかった。同感するところがあったよ。わだかまりが解けた気分だ」
「よかった」二人の会話はこれでしばらく途切れた。
(つづく)



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