FC2ブログ
10.10
Sat
img002.jpg
宇治川の激戦を語る頼政

酷暑和らぐ九月半ば、能「頼政」を舞った。何か心の変化で思い付いたのだろう。強烈な性格の人物を主人公にした能だから。
この能は、前場は優雅な詩人でもある頼政、後場では78才の老武者ながら鬼神の如き出で立ちの頼政だ。
屈折した頼政像を表しているのだろう。
曲の中に色々思惑が浮かぶが、摑み難く演者にとっては演じにくい難曲といえよう。

源頼政は平安時代後期の人。
保元、平治の乱に活躍、鵺を二度も退治した剛勇の宮廷武人。
歌人としても優れ、藤原俊成に「いみじき上手」と評され、勅撰集に多くの歌が入集、私家集をも持つ歌人であったという。
特異な性格の持ち主であったともと云われる。
平治の乱では源義朝に応じたが平清盛に寝返り、源氏一党を裏切った。
戦乱の世では、洋の東西を問わず、親子兄弟も殺し合ったというから珍しい事ではないかも知れないが。
清盛のお気に入りで、超破格の従三位に叙せられたが、78才にして勝算ゼロに近い平家打倒の兵を挙げ宇治、平等院で自刃して果てた。
頼政反乱の報を聞き、清盛は俄には信じなかったという。頼政の性格が想像される。

頼政の挙兵の理由は色々云われる。
平家物語の挿話をアイ狂言が語る。
頼政の子、仲綱が平宗盛から受けた恥辱を晴らすためというが、全てとは信じ難い。つまりは謎。
つかみ所のない人、正体のはっきりしない人を鵺に例えるという。
頼政を評して「鵺」と云ったそうだ。
鵺は、頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎という、魔力を持った怪物。

市ヶ谷の自衛隊のベランダで、多くの自衛隊員、警察、報道陣の見守る前で、華々しく切腹して果てた三島由紀夫を思い出す。
彼の切腹の理由も色々云われた。
人は人道、倫理や誰もが持つ動物的本能などでは説明出来ない行動をする事があるのではないかとつくづく思う。
人の心の奥底にひそむ、意識のほかの“何か”の仕業かも知れない。
頼政や三島由起夫の行動もその類かも知れないが、無知の者には「死に花」を咲かせたのだろうと思うしか想像が及ばない。

この能の前場は、美しい景色と名所でも知られた宇治の風景と名所が語られる。
景色や名所教えは、能では珍しくはないが、この曲では極めて魅力ある美しい語句で飾られ、武将をはなれて歌人、頼政を美しく歌いあげる。
和歌は自然の風物、現象をうたい、人の心の風景を伝えるからだろうか。
頼政の亡霊の老人は頼政自刃の平等院、扇の芝に案内し人の命のいとおしさ、現世への飽くなき執心を僧に訴える。
頼政は僧に釣殿を教える。じっと見つめる釣殿の下は愛息、仲綱自刃の跡。哀愁が漂う。
地謡が歌人、頼政の心の内をしみじみ謡い、前場を終わる。

後場はガラリと変わる。
先ず面。「頼政」と呼ぶ専用面。目や口が恐ろしい。
頭には「頼政頭巾」を被る。頭巾は法体を表すが、僧の頭巾には見えない。
この二つが怪物、鵺の如き頼政の“気”を発散する。
とても78才の老武者の姿には見えない。この姿で敗戦を語る。複雑なキャラクター。演者は工夫に苦労する。

頼政の辞世「埋もれ木の、花咲く事もなかりしに、身のなる果ては哀れなりけり」
“花咲く事もない”とは何であろうか。
超破格の従三位まで官位を進めたのだから、世俗的な地位に不満があろう筈はない。
和歌ではかなりの評価を受けてはいたが、西行や俊成に肩を並べるほどの、和歌への飽くなき執念と解すべきだろうか。
又は平家に与し、源氏を裏切った汚名を晴らす、この反乱が、思惑どうり成就出来なかった無念だろうか。

平清盛と同僚、友達でもあったという西行。
そのまま北面の武士であったら、清盛と肩を並べたであろう程の資質を持つ西行が、若くして家族を捨て出家したのは、歌道を極めるためではないかと云われた。
このことが頼政の念頭にあったのではないだろうか。

後場の中心は敵方、田原忠綱が300騎を指揮し、五月雨の急流、宇治川を渡り攻め入る、渡河作戦の様子が中心になる。
頼政が床几に座ったまま忠綱になり豪快に演ずる。一ばんの見どころだ。
余談だが忠綱はこの時17才。この若さで、と疑いたくなるが、まさに時代が人をつくのだナと思う。
忠綱の軍勢に倣って他の軍勢も続いたが急流に流され、中には鎧を着た武者が溺れ、息絶えて網代に引っ掛かった。
頼政の長男、仲綱の歌、この能の後場の出でも謡われる「伊勢武者は、みな緋縅の鎧着て、宇治の網代にかかりぬるかな」敵方を嘲笑した一首だという。
伊勢武者は敵方、平家の武者。
余情を誤ると味方の事と誤解されそうだ。演者にはきつい。
これらの場面で、頼政は多くは語られないが、忠綱の勇姿は光となって、終曲の頼政の自刃の無念と悲哀を強烈に照らし出す。
この手法は能「鵺」の終曲でも感ぜられる。
使用面は近江作の「頼政」であった。
能「頼政」の詳しい解説はこちら


comment 0
back-to-top