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10.17
Sat
秋の気配が感じられる9月の終わり、乙女高原を訪れた。
“乙女高原”、あちこちにありそうなロマンチックな名だが、聞いた事もパンフなどでさえ見たこともなかった。
山梨県の地図を見ていて偶然発見、名前に魅せられて行った。
乙女のような可愛い花が咲いているのではと。
名前から地元の名所かも知れないと塩山のガソリンスタンドで聞いたが知らないと云う。
カーナビ頼りに「心頭滅却」の恵林寺から国道を一キロ程走り、左に入り山道をくねくねと30分位。
トイレと休憩小屋らしい建物一軒と広場にベンチが数個、老夫婦が仲良く弁当を食べていた。
ススキの波間に人の頭が二つ三つ見え隠れしていた。
ほかには人影はなく物音もなく寂しいほど静だった。
初秋とはいっても此処は高原、ススキも枯れ始め秋の花も終わりに近づき、既に終わったものもあった。
ススキの隙間に秋の残りの花が、ちらりほらりと。
珍しい花はなかったが、マツムシソウに逢えたのは意外で嬉しかった。フウロソウは既に終わっていて蔓だけが寂しげに横たわり葉はすでに赤かった。

花の写真を撮りにいったのにカメラを忘れた。我ながらそそっかしいのにあきれた。
一緒に行った友人のタブレットで撮ったが焦点がうまく合わず苦労だった。

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フシグロセンノウ ナデシコ科
オレンジ色がなんとも美しい。野草の花でこんな色の花は見たことがない。
群生しないようで、林道の両側にポツリポツリと咲いていた。
帰りにゆっくり撮ろうと先を急いだ。
帰りの林道は無残にもきれいに刈り取られていた。
林道を管理する人にとっては、こんな珍しい花もただの雑草なのだろう刈り取られた直後だった。悔しかった。
あまりにも可哀そうで土に刺し写真を撮った。花はニッコリ笑いポーズをとった!ように見えた!

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マツムシソウ マツムシソウ科
薄紫が冴える美しい花、そのうえ可愛く清楚。
名は花が終わったあとが仏具の鉦に似ているからというが、切れ込みのある花弁の形がマツムシのイメージを掻き立てると思った。
人間嫌いの花の一つ。下界に持ち帰って植えても活着しない。

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ヤマラッキョウ ユリ科
畑のラキョウよりも辛みと臭みが薄く美味しいそうだが食べたことはない。
こんなに美しい花を咲かせるのを、食べる奴の気が知れない、食べるほどそんなに沢山あるわけではない、などと残念に思ったりする。
韮崎の小高い松林に群生と云うほどではないが、かなりの数が咲いていた。
ここからは富士山が綺麗だった。
“富士にはヤマラッキョウが似合う”とふざけた友人を思い出いだす。太宰治の「富士には月見草が似合う」をもじったのだ。
彼は今や、先端技術何々?の偉い人で近寄り難い人となった。

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リンドウ リンドウ科
綺麗なものに訳あり。苦い!漢字で竜胆。胆はキモ、苦みの代名詞。しかも竜の肝だから猛烈に苦い。胃の薬。高山にトウヤクリンドウがある。これは更に苦い。
薄い青紫色がきれいだ。
はにかみ屋か寝坊助か、お天道様が当たらないと花を開いてくれない。

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アキノキリンソウ キク科
ちょっとした郊外の山地でも見られる。秋に咲く麒麟草の意だという。
異説もあるらしい。だが麒麟説がいい。
珍しい花ではないが金色に輝く色合いはまさしく麒麟の光。
麒麟は想像上の霊獣。全身から五色の光を放つという。
麒麟といえば能「景清」を思い出す。
平家の猛将、悪七兵衛景清を描いた作品。
日向に流され、源氏の世を見たくないと自ら己の両眼を抉り取り乞食となる。
鎌倉から遥々訪ねてきた娘に「麒麟も老いぬれば駑馬に劣るが如くなり」と嘆息する。
人の生き様を描いた名作だ。

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ウメバチソウ ユキノシタ科
おや?まさかと思った。湿地に咲く花だから。
辺りのススキをかき分けたらミズゴケが生えていた。湿地だった。
この花には丹沢の沢登りで初めて出会った。その感激は忘れられない。
名の由来は花が家紋の梅鉢に似ているからという。
梅は学問の守り神、天神様の花、合格祈願に天神様にお参りした人は多いと思う。
梅は中国の故事から好文木とも呼ぶそうだ。
今は桜に取って代わったが、その上は日本を表す花だったという。
昔から鉢植えなどにして可愛がられた。
鎌倉時代、明日の生活も覚束なかったが、鉢植えの梅は手放さなかったという落ちぶれ武士がいた。佐野源左衛門常世。

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やせ馬に鞭打ち鎌倉へ急ぐ常世

能「鉢木」は落ちぶれ武士、佐野源左衛門常世の出世物語。
人は大方、出世や富に憧れる。
そのため幼い頃から塾に通い、そしてジャンボ宝くじを買う。
能「鉢木」はこうした人間を喜ばせる能だと思う。
鎌倉幕府執権、北条時頼は僧形で一人、諸国巡歴の旅に出る。今の群馬県、高崎市佐野の辺りで大雪に遭い立ち往生、辺りのみすぼらしい家に宿を乞うが、この屋の妻は主人が留守だという。
僧は大雪の中に立ち尽くし主人を待つ。
ややあって主人、佐野源左衛門常世が現れる。
「おぉ、降ったる雪かな。いかに世にある人の、面白う候らん」
ここがいいのだ!ドン底の人間の悲痛な叫びが、この上ない熱い共感を呼ぶ。
俺はこの雪に難渋しているが富める者は雪景色を歌に作り詩に詠んで楽しむのだろうと言うのだ。
ドン底の人が見い出され、夢をつかむ序章の場面かもしれないが、この曲のいちばんいいところと思う人は多いと思う。
常世は貧しさ故、宿を断る。
そこで妻は「私たちが、こうも零落れたのは前世の行いが良くなかったからです。せめて坊さんにお宿を貸したらどうですか」という。
やさしい奥さんなのだ。
常世夫婦は僧に粟飯を振舞う。
身はみすぼらしい僧形ながら、実は天下の執権、北条時頼だが超粗末な粟飯に感動する。
常世は更に秘蔵の梅と松と桜の、鉢の木を切って囲炉裏に焚き僧を暖たためる。
明日の生活に困っても手放さなかった盆栽だ。
その木を切る常世の気持ちがひしひしと伝わる。
盆栽の木は生木、燃える訳がないというのは野暮な詮索。能は理屈抜きの芸術なのだ。
常世は僧に、今は情けない境遇だがと前置きして武士としての誇りを語り、もし鎌倉に変事が起こったら一番に駆けつけるという。
 鎌倉に帰った僧、北条時頼は全国に非常呼集を掛ける。
常世は「すわ鎌倉」と錆長刀を担ぎ、痩せ馬に乗り、よたよたながら馳せ参ずる。
時頼の非常呼集は常世の真情を確かめるためだった。
時頼は鉢の木の、梅、松、桜に因んだ、梅田、松井田、桜井の地を領土として与えた。
 この能は武士道の能としても好まれたという。
      能「鉢木」の詳しい解説は「lこちら







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