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11.07
Sat
春は花、秋は木の実。昔から詩歌に歌われた。
秋は野山ならずとも町にも木の実、草の実が稔る。
昔は野山の木の実は貴重な食糧だった。
食べ物が溢れ返る今の世に、木の実、草の実に興味を引かれる人は少ないと思う。
中には、飢餓が長く続いた時代のDNAを少なからず持っている人がいて、将来起こるかもしれない飢餓に昔の記憶が呼び起こされ、秋の稔に興味を持つ人もいると思う。
珍説に聞こえると思うが、こんな人が草や木の実を口にする。

フユサンゴ ナス科
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2015年10月28日武蔵野市内、住宅街の路傍で写す

冬珊瑚。玉珊瑚とも。南国渡来だが初冬になるまで実をつける。珊瑚のように美しい。
名の由来だという。
繁殖力が旺盛なのか、あちこちに芽を出し実をつける。
以前は花屋に鎮座していたが今では珍重する人は少ない。
きれいなのに、人の心は移ろい易いのだ。
食べるとトマトのような食感と味だが超不味い。“不味い”の形容詞にしたいくらいだ。
ナス科には猛毒のものがある。朝鮮朝顔、ハシリドコロなど。
フユサンゴは毒かどうかは知らないが食べない方がいいと思う。不味いし。

サンシュユ ミズキ科
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2015年10月28日 調布市都立野川公園で写す

早春、葉が出る前に小さな黄色い花を盛大に咲かせる。諸花に先がけ驚嘆だ。
秋に赤い実がきれいだ。美味そうだが果肉が薄く渋い。
以前、世田谷の駒沢公園でこの実を採っていた中年の女性がいた。
果実酒にして旦那様に飲ませるという。
漢方では滋養強壮薬、強精剤でもあるそうだ。
「この頃うちの旦那、元気がなくてネ」女性の言葉に実感がこもっていた。
得意の木登りで手伝った。

ピラカンサ バラ科
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2015年10月28日武蔵野市内、住宅の庭木

春の白い小花は目立たないが、秋の赤く小さな実の集合が圧巻だ。まるで木全体が赤い塊だ。赤だけでなく色々な種類があるようだがやっぱり赤がいい。
実が色づくと小鳥よけのネットが掛けられているのを見かける。
美味そうには見えないが、これが意外にも適度の酸味があってジューシーで美味いのだ。
少々渋みはあるが。さすが小鳥さん、よく知っていると脱帽。バラ科だから当たり前か。
バラ科には美味しい果物がたくさん。リンゴ、桃、梨、サクランボ、イチゴ、梅、などなど。

ムラサキシキブ クマツヅラ科
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写真はコムラサキシキブ
2015年10月28日 武蔵野市内、庭木

何とも優雅な名を頂いたものだ。
名前のわりに花は目立たない。初夏に咲くらしいが気にもかけなかった。だからどんな花か知らない。
目立つのは実。鈴なりの実が優雅で美しい。「紫式部」ぴったりの名だ。
だが名の由来は紫式部ではないと学者はいう。実のつく様子を云う言葉が訛ったという。
学者に文句ではないが、訛るにしても紫式部を意識して訛ったと信じることにしている。
実はただ甘いだけ、酸味がないから味は今一つ。
果実酒にしたらほんのり紫色。カクテルに最適かもしれない。

紫式部はご存知の「源氏物語」の作者。世界の文学の頂点とも。
当時は漢文学の全盛時代。それも男たちの。
「源氏物語」のような物語は低級のものとバカにされたそうだ。
そのうえ仏教の妄語戒を犯すものとして作者も読者も地獄に落ちるとされていたという。
それでも当時の大ベストセラー。男たちは口ではバカにしながら、そして恐怖しながら読んだのだろうか。
紫式部や光源氏を供養する法会や源氏物語の巻名を読み込む和歌の会が流行ったという。
鎌倉時代、安居院法印は紫式部追善の法会のために、源氏物語五十四帖の巻名を読み込んだ「源氏物語表白」の傑作を作った。(表白は法会の趣旨を知らしめる文)
この表白の面白さだけを視点にした能がある。「源氏供養」だ。

能「源氏供養」は安居院法印の「源氏物語表白」をクセにして、曲の中心にした能。
クセの舞は「源氏物語表白」の内容を伝えることを重視するために、昔から思い入れなど感情移入をしないという戒めがあるという。
クセの後「朝(あした)は秋の光、夕(ゆうべ)には影もなし、朝顔の露、稲妻の影」と、空しい人の世を例えた珍しい型がある。
三番目物に付き物の「序ノ舞」などを省くのも上記の理由だろうか。変わった形式の能だ。

知識階級も恐れた妄語戒。当時の仏教への信仰の深さは、仏教が形骸だけを残す今、現代人には想像も及ばない。
この曲の見方も今と昔ではよほど違うのではないだろうか。
しかし今でもこの能が人気曲であることは、今に通じる“何か”を持っているか、または昔の日本人の血が脈々と流れているからだろうか。兎に角不思議な魅力を持った曲だと思う。
能「源氏供養」の解説はこちら

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