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12.26
Sat
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武蔵野市、民家の物干しから望む奥多摩の残照 2015年6月24日写す

次第
竹内桂馬。団塊の世代。
朝から優しい風が吹き桂馬の心も和んだ。桂馬は久し振りで靴を履いた。
行く先はわからない。
桂馬が足任せに導かれた先はデパートの画廊だった。桂馬は一幅の絵の前に佇んでいた。
黄色い太陽から、光の輪が広がっている。桂馬は光の輪になって過去に蘇っていく。
しばしの残照だった。

前回までのあらすじ。
温子は中央線の車中で異様な姿の桂馬に出会った。温子は好奇心から桂馬の正体を突き止めようと彼の後を追った。辿りついた先は、温子には全くの未知の世界だった。
温子は子供会の手伝いをしていた。子供会のハイキング先の高尾で、その桂馬に温子は再び回り逢った。リーダーの森田が桂馬の友人であることも分かった。
森田が子供会の次のハイキングを計画した。桂馬を誘うという。温子は桂馬に対する後ろめたさに怖さまで覚え、仕事を理由に博多の郷里に逃げるように帰った。
ハイキング先の牧場から温子に手紙が届いた。手紙にはティッシュの包みが添えられていた。

即席で作った封筒の貼り合わせのノリは、弁当のご飯なのだろう、潰れないままのご飯粒が継ぎ目からはみ出ていて、温子の微笑をさそった。
爽やかな高原の牧場の賑わいが、ありありと目に浮かんだ。
ティッシュは数枚重ねて丁寧に、四角に畳まれ中が盛り上がっていた。
何を包んでいるのだろう、心が動いたが先ず子供たちの手紙から読むことにした。
おにぎりの包み紙の手紙は新鮮そのものだった。誰のアイデアなのだろう、子供たちの顔が次々にうかんだ。
鉛筆、ボールペンの黒、青、赤の字が縦横に躍り、歓声が聞こえるようだった。
隅に桂馬の書入れもあった。
「あなたを慕う子供達の役には及ばなかったが、貴重な体験でした。何かお礼をと思いました」
温子はティッシュを開いた。
子ども達が四つ葉のクローバーは見つからなかったと書いてあったので中身は普通のクローバーだろうと想像した。
やはりクローバーだった。
なぜか二本の葉柄を、チガヤの葉を細く裂いた紐で丁寧にぐるぐる巻きにして結わえていた。
葉は半ば乾いていたが、まだ青い色が残っていた。
温子は首をかしげながら重なった葉を用心深く開いた。
「アッ」温子の右手が硬直した。
葉が四枚あったのだ。
二本の葉柄をくっ付けて四つ葉のクローバーを作ったのだ。
誰の仕業だろう?子ども達には無理だし、森田には考えも及ばない仕業だし、残るは桂馬!
違いない!
中央線で会った桂馬、高尾で会った桂馬、その度に温子の中で創られた桂馬像は壊れ、創られた、そしてまた、誰も考えが及ばない四つ葉のクローバーを作った桂馬、こんな事を考え付くとは一体、彼は何者?
温子は四つ葉のクローバーをティッシュに丁寧に包み直し定期券入れに忍ばせた.

「アッちゃん、ちょっと!降りてきて」階下から母が呼んだ。
「ハ~イ」温子は急いで定期券入れをバッグに仕舞い込んだ。
母は居間で洗濯物を畳んでいた。温子も洗濯物を手に取り、
「なに?」
「明日ネ、浜田さんの奥さんのご機嫌伺いに行くの、あなたも一緒に行ってネ」母は洗濯物を畳む手を止めずチラリと横目で温子を見た。母の様子が少しおかしいなと温子は思った。
浜田は地元選出議員で温子は浜田の東京事務所の事務員だ。温子は奥さんとは知己の間柄なのだ。浜田は温子の父と子供時代からの友人だった。
「えっ、明日は後援会事務所に行くつもりだけど」
「少し顔を出すだけでいいの。あとは事務所に行っていいわ」
「ハイハイ、それなら結構」温子は洗濯物を畳み終えると両手をついて
「ドッコイショ」と立ち上がった。
「何よ、若い人が」母の目は笑ってはいなかった。
「あれ?お母さん変ね。いつもと違う」温子は笑いながら階段を上った。
「明日は、お行儀よくしてヨ!身なりも小ぎれいにね!お化粧も忘れずに!分かったの!」母の声はいつもより甲高かかった。

浜田の屋敷は博多駅から地下鉄を乗り継いだ郊外に近かった。
広い庭は手入れが行き届いていた。玄関の前に細長い池が横たわり瀟洒な橋がかかっていた。
ツバの広い麦わら帽をかぶった男が一人、しゃがみ込んで何かを植えていた。
母が玄関を開けるなり奥さんは待っていたようにいそいそと現れた。
「あら、いらっしゃい。アッちゃんもご一緒で」
居間に通されて、二人は畳に頭を擦り付けるようにお辞儀を繰り返した。
不自然な二人の様子に、何か改まった話でもあるのだろうと温子は思った。二人は大の仲良しの間柄だからだ。
温子は二人のお喋りについていけなかった。温子には関連のない話題が延々と続き温子は
庭を眺め続けた。
「私はこれで」温子が立ちあがりかけた。
「あら、ごめんなさいお茶もお出ししないで」奥さんは膝を上げ、茶道具のお盆を引き寄せ、
「アッちゃん、お茶飲んでいって。アッちゃんの好きなお菓子、ドンタクあるわよ」奥さんはお茶を入れながら
「あ、そうそう。アッちゃん庭の人、呼んできて。花、植えてもらってるの」
男は庭石に腰かけ煙草をふかしていた。真新しい作業着がぎこちなく見えた。
「おじさん、ご苦労様です。奥さんがお茶をどうぞといってます」温子は男の背中に呼びかけた。
「あ、はい」男が振り返った。男は若かった。
「アッ、ごめんなさい」温子は慌てて頭をさげた。
「いや、いいんです。今の僕には、“おじさん”が嬉しいんです」男は笑いながら答えた。
温子には皮肉にきこえ赤い顔を更に深く下げ、逃げるように玄関に向かった。
男は中年の男のように落ち着いていた。
「浜田紀夫です」頭の下げかたも堂に入っていた。
「主人の弟の長男よ。去年、県議会議員に初当選したのよね。史上最年少ですって」奥さんは紀夫の顔をみながら、得意げだった。
「奥さんは?」母が聞いた。無遠慮にと温子は苛立った。
「まだなの。県議に当選するまではと頑張ってきたのよネ」奥さんの顔がほころんだ。
温子には異質の空気が流れた。
「それでは私はこれで、事務所に行かなければなりませんので」温子はお菓子を申しわけに食べ座を立った。母も奥さんも引き止めなかった。

事務所には中年の女性の事務員と、顔見知りの後援者が五,六人談笑していた。
「やあ、温子さん、またきれいになったね。彼氏でもできたの?」彼らの目は輝いていて、お世辞には見えない笑顔だった。温子は博多に来て色々な人に同じようなお世辞を聞かされた。今まで大人を意識したことはなかったのに繰り返し聞かされると「少し大人の気があるのかな」と思えてきた。
彼らの雑談は延々と続いてお国自慢に進み「黒田節」まで飛び出した。
「博多の人間は、酒はなくても黒田節が歌えるんだ」自信たっぷりの顔を温子に向けた。
「黒田節はネ、歌詞は謡曲の詞章もまじえて、節は雅楽の越天楽なんだ。優雅にして剛直、黒田武士の心意気を唄ったンだ」
彼らの雑談と自慢話は、大笑したり真顔になったり、新鮮だった。温子は笑い感銘し浜田家での蟠りはすっかり溶けさっていった。

母はまだ帰っていなかった。父が一人座卓の前で新聞を広げていた。
「どうだった見合いは」父は新聞から目を離さず聞いた。
「えっ、お見合い?何のこと?」
「浜田の家で浜田の甥と見合いしただろう。お母さんに口止めされていたが、終わったから、もういいだろう」
「えっ、あれお見合いだったの?ひどい、お母さん」
「うん、ひどい」
「顔もろくにみなかったわ。結婚なんて考えたこともないわよ。私絶対しませんから」
「うん、絶対するな」
「お父さんと、ず~と一緒にいたいもンね、ネお父さん」
「そうだ。ず~とだ」
「よその男なんぞに取られてたまるか、かわいい娘を」父は新聞から目を離さず呟いてニヤッと笑った。
「よかった、お父さんが賛成してくれて。そうだお母さんに仕返ししてやろうかナ」
「えっ、穏やかじゃないな」父はやっと新聞から顔を上げ温子を見据えた。
「大丈夫、お手並み御覧じろ、で~す」
晩夏の日はなかなか暮れなかった。
母は太陽が沈みかかったころ帰って来た。
「あアあ、草臥れた。奥さん、なかなか放してくれないの。あれから町へ出てお茶して、またおしゃべり」「あ、そうそう。浜田さんの甥ごさんに会ったの。ねえ、アッちゃん。いい青年よね」母は父に目配せをして温子に顔を移した。
「もういいんだ。温子にバレたんだ」父は笑いながら、驚く母の顔を見た。
「な~ンだ。そうだったの。それでどうなの、あなたは?あの人ネ、浜田議員の跡継ぎだって。将来は国会議員よ」
「国会議員夫人か~。悪くないな~」
「でもサ、お母さん。お見合いって、綺麗な着物を着てするものでしょう?ただの外出着では相手の人に悪いわよ」
「今日のは予行演習。奥さんのアイデアよ。改まったお見合いは、アッちゃんがきっと嫌がるというの。相手の方も知らないのよ」
「でもよかった。脈ありよネ、アッちゃん。奥さんに報告しておくわ」
「ちょっと待った。そう性急に決められては温子が可哀そうだよ。当たり前だが温子の一生を左右する問題だからね。慎重に考えないとね」父は新聞から顔をあげ母を見た。
「一生の問題だからです。この話がまとまれば、温子の一生は安泰です。何の心配もありません。温子の安泰は、母親としての私の安泰です」母の顔から笑みが消えた。
「生活の安定も人の幸せの要件をかもしれない。しかし心の問題もあるだろう」
「それは一時的なことだと思います。相思相愛で一緒になっても時間が経てば心が離れていく夫婦だって世間には沢山あります。先ず生活の安定から。それから相手を思いやり尊敬の念をもって接して行けば愛情は自ずと生まれると思います」
「人と人との出会い、それから生まれる恋愛感情、歌に詩に詠まれ歌われ、若い人には人生そのものだ。だけどお母さん流に云えば、時が経てば、お見合いの様な人為的な出会いも結果的には同じということか。“きっかけ”の違いであまり重要ではない。なるほど、非人間的に聞こえるが、お釈迦様流で一つの真理かもしれないナ」父は再び新聞に目を落とした。
「またお父さん、茶化して」母の抗議に答えず父はニヤリと笑うだけだった。
しばらく部屋の空気が淀んだ。
新聞をめくる音が空気を切った。
「お母さんごめんなさい。心配かけて。私、まだ子供なのかしら。男の人にあまり関心ないの」温子はうつむいた。母がこれほどまでに温子のことを思っているとは考えたことがなかった。揶揄かうなどと思ったことが恥ずかしかった。
「ううん、あなたの気持ちも確かめずに。でもね、あなたはもうすぐ二十三。立派な大人よ。お母さんがお父さんと結婚したのは二十歳前。お母さんの頃は、嫁入りは就職だったの。でも今は時代が違うから。それもよく分かるの。でもね、人生にはチャンスはそうザラにはないと思うの。お父さんのような人と結婚してほしいの。よ~く考えて。無理強いは止めるから」母の顔に笑顔が戻った。
「はい。よ~く考えます」
「よ~く考えろよ」父が何時もの茶々を入れた。母は怒らなかった。いつもの家族の雰囲気が戻った。

その夜、温子は森田に手紙を書いた。結婚するかも知れないと。
四つ葉のクローバーのことは書かなかった。森田がクローバーのことは知らないような手紙の文面だったし、森田の誤解を招くかもしれないと思ったからだ。
そう思いながらも四つ葉のクローバーは、桂馬の子ども達への思いやりか、又は単なる悪戯心だろうか、または、、、、、不思議な心の波動が全身を駆け巡りつづけ、床に入っても寝付かれなかった。

翌朝温子は寝坊した。
「アッちゃん」階下から母の声が聞こえた。
母は座卓に両肘をついて指を組んで待っていた。母の顔は穏やかに笑みを含んでいた。
「きのうのことだけど、あなた正直、どう思う」
「うん、ビックリして頭の中、こんがらかって眠れなかったの」
「そうよね、急だったものね。初めてのことだったし。お父さんと話し合ったのだけど、今は昔とちがうものね。大学を卒業したばかりだし、少し社会勉強した方がいいかも知れないね。お父さんの意見なの。お母さんもそう思えてきたの。あとはあなたの判断ね。奥さんにはよく話しておくわ」
温子の心を固く縛っていた縄はあっけなく粉々に千切れてしまった。あんなに熱心だった母が、諦めに傾いたことや、温子自身も一時、母の薦めに傾いた事などが不思議だった。
「先生も奥さんも近々東京に帰るらしいから、あなたも一緒に帰りなさい」
「はい。そうします」温子は立ち上がりながら返事もそこそこに、二階の階段を駆け上った。
温子は身繕いもそこそこに天満宮に急ぎ、懇意の売店で梅が枝餅を二つ買った。
「あらアッちゃんご機嫌ね。何かいいことあったの?」売店のおばさんの言葉が嬉しかった。


九月に入っても暑かった。何げなく手紙に書いた“残暑”が嘘を書いたように思い出された。
温子は森田を訪ねた。森田の書店は温子のアパートからそう遠くはなかったが午後の太陽は容赦なく照りつけ温子はしたたかに汗をかいた。
温子は公園の木陰沿いを歩いた。公園の水飲み場に子供が四、五人並んで嬌声を上げていた。温子は足を止めた。子供会のメンバーの子が一人いたからだ。汗に濡れたハンカチを洗おうと温子も子供達の後ろに並んだ。温子に気がついたメンバーの女の子が両手で温子に縋りつき目を輝かして牧場の事や、どうして来なかったのかなどと、はしゃぎたてた。
「全部飲んだら駄目だよ。少し残しておいてくれ」後ろから声がした。水を飲んでいた子供が振り返り、
「全部飲めるわけないジャン。水道だよ。変なの」
温子は振り返った。桂馬だった。二人は見つめ合った。
つづく
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