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11.10
Sun

すすき

カテゴリ:すすき
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  薄(すすき)イネ科。全国どこにでも、日当たりのよい山野、土手などにふつうに自生。(2013年11月高尾 多摩森林科学園)

 花は初夏から咲き始め、初冬過ぎても花のまま枯れ残る。戦前の歌謡曲に「俺は河原の枯れすすき、同じお前も枯れ薄、どうせ二人はこの世では花の咲かない枯れ薄」というのがある.
花らしからぬ地味なはなだが「尾花」といい、万葉の昔から親しまれている花。
秋の七草にも数えられ、また団子と一緒に飾られて十五夜のお月様をお迎えする。
生活にも密着していた。今では国宝物の茅葺き屋根の主役はすすき。牛馬の飼料にも欠かせなかった。
「ぬしはあの峰、わしゃこの峰で招きあわせて草をきろう。じゃんろいちゃー」薩南の民謡「草切節」。刈るのはすすきだという。「じゃんろいちゃー」は、そうだよね!の意の間の手。
 すすきは、能にもたびたび登場する。「井筒」、「通小町」が圧巻。
「井筒」は伊勢物語、二十三段「筒井筒」の脚色。夫、在原業平をひたすら恋い慕う紀有常の娘の純愛物語という。
二人が結婚して後、業平に女ができた。女の住む高安の里に通う業平を女は嫉妬の様子も見せず見送る。業平は妻に男ができたのではと疑い高安へ行くふりをして庭の植え込みに隠れて様子を見る。妻は物思いに耽った様子で「風吹けば沖つ白波龍田山、夜半には君が一人行くらむ」と業平の身を案ずる歌をよむ。業平は高安へは通わなくなった。この能のストーリーだ。
 この能の後場に、舞台の前方にすすきを付けた井戸枠が据えられる。幼い業平と有常の娘が丈比べをした思い出の井戸だ。女は業平の装束を身にまとい、すすきをかき分け、井戸の水鏡にその姿を写し夫を偲ぶ。涙を誘う場面だ。伊勢物語の、業平が隠れて妻を見張ったという前栽は、すすきだったという設定かもしれない?
この能の登場歌,次第に「曉ごとの、あかの水。月も心を澄ますらん」と歌う。曉に仏に水を手向けていると心は月のように澄んでくる、というのだ。次第は次に続く場面を要約的、暗示的に述べる句。続く「下歌」に「頼む仏の御手の糸、導き給え法の声」とある。御手の糸は地獄に落ちた亡者を救う仏の糸。
この二つの歌に女の、人を恋う苦しみ、仏に縋る心情が吐露されているとすればこの能は純情物語を越えるように思える。
 美人に嫉妬するのは女だけではないらしい。歴史的美人、小野小町への嫉妬がそれだ。
能の作者もそれにもれない。「卒都婆小町」は百歳の女乞食という設定だし、「通小町」では落ちぶれ、行き倒れになって死んだ小町の髑髏の目から、すすきが生え出て「あなめ、あなめ」(痛い、痛い)と叫ぶと謡う。



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