FC2ブログ
04.27
Sun

カタクリ

カテゴリ:カタクリ
IMGP1210_2.jpg


 カタクリ ユリ科 関東以北に多い。九州、四国は極少ないらしい。
櫻が咲き始めると何もかもさて置いてこの女王様に会いに行く。
自宅に近い深大寺近くの都立農業高校の実習園か、瑞穂町にある神社の裏山。
両方ともかなりの群落だ。監視員が目を光らして入るので採るのは不可。
少々遠出だったら秩父。ここは珍しい山草の宝庫だがここ十年ほど里山は荒れ放題。大事な山草が少なくなった。
例えばセツブンソウなど絶滅寸前。数種の固有種もある武甲山も石灰岩の採掘で消滅寸前。
秩父の至る所の山裾や土手までカタクリの大群落が見られたが近年めっきり少なくなった。
カタクリは美味しい野草として有名だが、成長した葉は少々硬い。花は茹でても綺麗で軟らかくほんのり甘い。
根、いわゆる鱗茎は文句なく美味しい。
しかし珍味程度程度にしておこう。これらは沢山食べ過ぎると女王さまのバチが当たってお腹をこわすからご注意。
昔は鱗茎から片栗粉を造ったそうだが今はジャガイモのデンプン。庭に植えようと思っても無駄。
先ず鱗茎が地中深く潜っていて掘るのに一苦労だ。植えても1,2年の寿命。
ほとんどがカナブンか、蝉の幼虫の餌食だ。
カタクリは古名カタカゴ。
「もののふの、八十娘子(やそおとめ)らが汲みまごう寺井の上のカタカゴの花」
万葉集、大伴家持の歌だそうだ。昔友人に教わった歌だが古い記憶で少々怪しいが。
井戸端会議の少女達の明るい笑い声、カタクリの花、美しい情景が目に浮かぶ。
この美しさはまるで三好達治の「甃(いし)のうえ」の世界。
家持も達治も乙女達をジット見ていたのだろうか。
以前、ある出版社の友人が山草の本を出すのでカタクリを書くようにと頼まれた。
カタクリの根、鱗茎の形、色合いを楊貴妃の「足の小指の爪」と書いた。
今にして思えば気恥ずかしいがカタクリにぞっこんだったのだ。

能に「楊貴妃」がある。
案録山の乱で犠牲になった楊貴妃の魂は、仙宮、蓬莱宮にあって玄宗皇帝との愛の日々を想い、嘆き暮らしている。
世界一の美女の嘆きを作った美しい能だ。
詞章もこの上なく美しい。王朝文学に大きな影響を与えたという白楽天の詩「長恨歌」をちりばめた大作。
昔からこの曲は、結構な面、装束を着けて舞うというほど大事な三番目、女能第一の曲だという。
蛇足ながら蓬莱宮は日本にあったとも。
「楊貴妃」の詳しい解説は「曲目の解説」ご覧ください。
comment 0
04.20
Sun

タンポポ

カテゴリ:タンポポ
IMGP1202_2.jpg
房総、地球が丸く見える丘で撮影(2014年3月28日)

  タンポポ  キク科 
タンポポを知らない人はまずいないだろう。花のあざやかな黄色とその形、葉の形。とても野草とは思えない。全国至る所に、平地から高山まで分布。その種類10種以上とか。関東にはセイヨウタンポポ、カントウタンポポ。二種類ともよく似ているが、セイヨウタンポポは黄色い花弁の付け根を包んでいる総ほう外片と言うのだそうだが、これが反り返っているので区別できる。カントウカンポポは繁殖力凄まじいセイヨウタンポポに駆逐されて人けのない山でないと見られない。関西、九州には白花タンポポがある。
若い葉は茹でてお浸しなどに、根はキンピラにすると美味しいらしい。摘むと白い乳状の汁が出るので食べるのには勇気がいる。

タンポポの名は外来語ぽいが実はれっきとした日本語だそうだ。花の形が鼓に似ているからとか、花茎の両端を裂いて水に浸けると反り返えって鼓に似るとか。鼓の音の擬声音はタン、ポ、ポ。つづみ草とも云った。
 能の楽器は打楽器の小鼓、大鼓、太鼓と旋律の笛、四つだけ。弦楽器はない。能の成立以前からある雅楽には琴や琵琶の弦楽器があるが能では使わない。弦楽器は音色が美しく返って能鑑賞時の心の中に湧き出る想念の邪魔になるのかも。
comment 0
04.12
Sat
IMGP1208_2.jpg
東京湾アクアライン海ほたるの残照。左に富士。


残照 4  卒業証書(一)
その日、桂馬は早めに仕事をきりあげた。数年来待っていた日なのだ。「あらもうお帰りですか、何か急なご用でも?」事務の女社員が聞いた。何時も遅くまでいるのが常だからだ。「大事な用があってね。後、頼むよ」桂馬は返事もそこそこに会社をでた。家まで落ち付かなかった。
桂馬は勢いよく玄関をあけた。
「ただいま」何時もより声も大きかった。
奥から温子が急ぎ足でスリッパを鳴らしてあらわれた。「どうしたの?ずいぶん早いじゃあない?」
温子の声に娘の朝子もあらわれた。落ち着かなさそうにそわそわしていた。朝子にはおおよそのことを話し、段取りを頼んでおいたが父の真意を理解しかねているようだった。
「さっきから朝子もおかしいのよ」「二人で何か企んでるわね?」
温子が二人を微笑を浮かべて代わる代わるにらんだ。
「うん。まあネ」「まあ、いいからそこに座りなさい」
桂馬はテーブルの方に顔を向け温子を促し、向かい合はせに腰を下ろした。
「着替え、なさらないの?」
「うん、後で。朝子、アレ持ってきて」
朝子が証書入れの紙筒を捧げ持ってきた。
「なによ!お芝居?」
「いや、そうじゃあないんだ。まじめなんだ」桂馬は紙筒の中から奉書を取り出し立ち上がって奉書を広げた。思わず温子も立ち上がった。
「卒業証書」
「砂内温子殿」
「あなたは長い間、自分を犠牲にして私たち砂内家の家事、その他いろいろ勤められました。別けても洗濯。美味しい食事(そうでないときもあったが)の支度は毎日であり、かなりの負担であったとおもいます。感謝の気持ちは筆舌に尽くせません。
夫、桂馬は定年間近となり、娘、朝子は卒業のめどがたちました。
ここにあなたの主婦としての責任を解除し嫌なことは、しなくてもいいことに致します。
夫、桂馬。並びに娘、朝子の感謝と決意をこめて証書を授与いたします。
 平成X年十三月三十五日
                夫 砂内桂馬
                娘 砂内朝子
桂馬はテーブル越しに証書を渡し温子の手を握りながら、
「ウンこれでよし!のこりの人生、自分流で歩いてください!老婆心だが、人の命を粗末にすること、かっぱらいは、よした方がいいと思う」
「はいはい、ありがとさんどす」テレ隠しの京都弁で返した。
証書は草花の絵で縁取られていた。真ん中はタンポポの大きな絵だった。
「あまり上手くないわね、朝子が書いたの?」温子はうるんだ目で朝子を見上げて、
「どうしてたんぽぽ?」と聞いた。涙声だった。手もすこし震えていた。朝子は明るく笑って、
「そう、わたしが画いたの。わざと下手に画いたのよ。でも心をこめて画いたのよ」上目使いに温子を見上げニッコリ笑い、
「タンポポはね、真冬以外いつでも咲いてるの。どこにでも咲いてるから珍しくないけど、よく見ると綺麗よ!いつでも笑ってるみたいなの。お母さんみたい!お母さんはいつまでもタンポポでいてほしいの!」桂馬はうつむいて聞いていた。
温子との数十年がよみがえった。
「じゃ、行こうか」
「どこえ?」
「祝賀会。朝子が「寿司よし」に予約をいれたんだ」
三人は寿司屋の暖簾をくぐった。新しい畳の香りが鼻をついた。温子はテーブルにつくなり、
「思い出したわ」と桂馬を見つめた。桂馬も温子を見つめて、
「ながかったね」
「ううん、ちっとも」
朝子は温子の腕をつかんで、
「思い出したって何?ねえ何ンなの?教えて!教えて!」と腕を揺すった。
「結婚するとき、お父さんが、約束だよ!っていったのよ」
桂馬は温子との結婚が決まったとき温子に、
「一つ約束してほしいんだ」と提案した。
「どんなこと?難しいことなの?」温子は眉を寄せた。
「結婚は人と人との契約だと思うンだ。夫婦といっても所詮は他人なんだ。お互いの所有物になるって事ではないと思う。だからお互い束縛しないようにしたいンだよ」
「理屈は解るけど家庭として成り立つの?」
「そう。子育てが終わるまでは、お互い束縛しあい、干渉しあい、ケンカしあい、やっていこうよ。人は生まれてひたすら自分を生き、大人になってひたすら子を育て家を守る。その後が問題だと思う」桂馬はいったん言葉を切り、天井を見上げ、
「子育てが終わったら又自分にかえる。君のためにも、僕のためにも。理想論にしたくにないンだ」
「そうなの。わたしは馬さんに、ずウ~と束縛されたいけど、でもいいわ、約束する」

温子は箸の手を頬につけ考えかんがえ、話した。桂馬も横から補足した。
朝子は目を丸くして、
「へエ~初めて聞いたわ。そんな理屈、聞いたことないわ。どうしてそう考えるようになったの?今でもそう思ってるの?」
「忘れてたんだ。朝子が大学に入ったとき、嬉しくてね、朝子も大きくなったもンだと思った瞬間、思い出したンだよ。そう考えるようになった動機は、複雑だから止めとく。だが、お母さんのためにと考えたンだと思う」
「うんうん、解かるような気もする。いいのかも、いいのかも」朝子はうなずきながら手を叩いて笑った。
三人で手を叩いて笑った。
温子は寿司屋を出るなり、
「あ~びっくりの一日だったわ。どう気持ちの整理をしたらいいのかしら」
「簡単だよ。当たり前のことなんだから。洗濯物、取り入れるより簡単さ」
「そうかしら。でも心の問題よ。そう簡単ではないわ」
温子は床に入っても饒舌だった。桂馬の思いやりが嬉しいとしきりにいった。
温子は改まった口調で、 
「ねえ、社長の息子さんのことだけど、もう大丈夫じゃあない?そろそろ任せて引退したら?」
「引退?会社、辞めるってことか?」温子は笑いながら、
「そう、あなたも自由になるの!もういいンじゃない?」
「冗談じゃあないよ!朝子だってまだ大学じゃあないか」
「なんとかなるわよ!よく云ってたじゃあない。五十過ぎたら辞めてシルクロードや南の島を旅したいって」
「うん、そうだったナ。考えてみてもいいかなア。旅行かア。行きたいなア」
「行きましょうよ。連れてってね」
「ほらもう忘れてる。無理しないようにという意味で卒業証書を渡したンだよ」
「無理じゃあないの、あなたと行きたいの!」温子は桂馬の布団を引っ張った。
「あ、そうだ!」桂馬は布団をはねのけて起き上がり、
「いいタイミングだから話そうと決心したンだ。お袋が亡くなる少し前、温子さんに話してって云はれたことがあるンだよ。だけどお袋の気持ちを思うと口にできなかったンだ」温子は咄嗟に今日の卒業証書と関係がある話なのだろうと胸苦しさをおぼえた。 (つづく)

comment 0
04.09
Wed
hotokenoza.jpg


全国の道ばた、畑など至る所に。北海道には無いらしい。
前回「イヌノフグリ」を紹介したが、気の毒な名前を押し付けられたのもあれば、この草のように超結構な名前を頂戴した奴もいる。ホトケノザとは仏の座。つまり仏様の台座だ。二十センチほど伸びた茎を扇の形の葉が2枚抱き抱えているようについている。そのうえに筒状の花を数個つける。つまり葉は台座で花が仏様というわけだ。台座には色々な形があるらしいが蓮の台座がお馴染みだ。その蓮の台座によく似ているということだ。
雑草ながら色、形ともに優れものだ。根は浅く簡単に抜ける。農家の人を泣かせることはない。春の七草のホトケノザはコオニタビラコのことで、これではないそうだ。

台座の仏様はあの世のお姿だが、この世にお連れしたのだ。人の魂は死後四十九日の間、前生までの報いが定まって、次の生に生まれ変わるまでこの世にとどまり迷う、中有の闇というのだそうだ。俗には草むらに潜んでいて「草葉の陰から」とよく言うのはこのことらしい。四十九日に盛大に法事をするのは極楽に送るため。

「能」には、あの世とこの世を行き通う人が登場する。中でも涙を誘うのは「野々宮」の六条御息所だ。御息所は源氏物語の中の女性。前皇太子妃、美しく気位の高い女性だ。能「葵上」では嫉妬のあまり生き霊が鬼になって光源氏の正妻、葵上を取り殺す。高貴な女性を自覚しても意識の外の嫉妬が生き霊となったのだ。このことを悟った御息所は源氏を諦め斎宮になった娘と伊勢に下る決意をする。北山、野々宮で潔斎する娘に付きそう御息所を源氏が訪ねる。この想い出は、御息所の執心となってあの世と野々宮を行き通うのだ。人を恋うとは何?考えさせられる能だ。
 舞台の正面に鳥居が置かれる。野々宮の鳥居だ。地謡は「鳥居に出、入る姿は生死の道を神は受けずや思うらんと、また車にうち乗りて、火宅の門を出でぬらん」と謡い、さらに「火宅の門を」と言葉を残す。執心を去ることができたのだろうか?と疑問を残し、御息所の苦しみの深さを謡うのだ。地謡につれて御息所は鳥居の外に片足を出し、又戻し、あの世と、この世に行き通う苦しみの姿を見せる。象徴的に抽象的に、枝葉はそれぞれの観客がつける。能の優れた表現方法だ。
comment 0
04.06
Sun
IMGP1200.jpg

 春一番に咲き出す瑠璃色の小さい可憐な花。この花あまり可愛いので摘むとポロリと落ちることが多い。
この可憐な花に何とおぞましい名前を付けたのだろうか。
植物の名は頭に犬が付くと、役にたたない又は蔑みの意。
例えば、イヌガラシ。フグリは雄の生殖器。
排泄兼用ではない方。実は平たく両端が丸みをおび真ん中に溝があって二つに見える。
これが犬の物?に似ているからだという。動物愛護団体からクレームが来そうな名だ。
別名テンニンカラクサ。
唐草模様はこの草を図案にしたものだそうだ。
さぞかし天人も嘆いているのでは?
能の超人気曲、「羽衣」の天人の嘆きは又別だ。
美保の松原の漁師に羽衣を取られ天に帰られなくなった嘆きだ。
羽衣と交換に漁師に見せる舞が美しい。
茜色に染まった美しい富士山を仏説の須弥山(しゅみせん)に見立て浄土の世界をみせる。
熱烈な仏教の信者だった昔の人は浄土への憧れに涙しながらこの能を見たことだろう。
今の人はこの能の清らかな趣に惹かれるのかもしれない。

comment 0
back-to-top