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05.24
Sat
ムサシノキスゲ
   都立浅間山公園 2014年5月23日写す。

府中市の北外れにある多磨墓地。その西に隣接する都立浅間山公園。ムサシノキスゲの唯一の生育地、つまりここにしかない花だとカンバンに書いてある。ニッコウキスゲの変種だそうだ。キスゲやカンゾウの仲間はふつう群生するが、ここのは群生にはほど遠く、雑草に混じって、あちらにぽつり、こちらにぽつりと咲いている。浅間山は切り通しで二分、橋が架かっている。その名はキスゲ橋。欄干に銅製のムサシノキスゲの立派なレリーフがはめ込まれている。自慢の花だからだろうが、それにしては手入れがお粗末だ。
キスゲやカンゾウの仲間は真夏の花だがムサシノキスゲは初夏に咲く。うっかり忘れていて慌てて駆けつけた。真っ盛りで迎えてくれた。ニコニコ笑って迎えてくれた。嬉しかった。
ムサシノキスゲのキスゲとは黄菅。黄は花の色、菅は葉の形がカヤツリグサ科の菅の葉に似ているから。昔は、菅は生活に切っても切れない縁があった。この菅の葉で蓑や笠を作った。スゲ蓑、スゲ笠だ。現代人は、笠は分かるだろうが蓑は知らない人が多いかも知れない。昔の雨合羽、レインコート。笠はフードだ。昔と云っても昭和初期まで使っていたのだ。

笠を巧みに演出に取り入れた能が二曲ある。「芦刈」と「善知鳥」。
「芦刈」は夫婦の情愛と遊狂を見せる曲。シテは落ちぶれた元武士の男。妻と離別し、旅人に芸を見せてアシ(お金)を得て細々生きている情けない男だが、その芸が面白いのだ。笠を使い、昔の俗謡を取り入れた歌で舞う。妻はさる大名の子の乳母。裕福な生活だが昔の夫が忘れられない。二人は難波の浦の、夫の小屋で巡り会うがお互い恥ずかしい。二人は小屋の内と外で、互いに歌を詠み交わし愛を確かめ合う。歌垣だ。
妻は「妻や重ねし難波人」と呼びかける。「新しい嫁さん貰ったの?」という意味らしいが「妻」は「褄」にも通じ、「褄や重ねし」でかなりきわどく聞こえるが、昔の詩歌や能の世界では珍しい事ではない。

「善知鳥」は殺生戒を犯して地獄に落ちた猟師の物語。彼は善知鳥という鳥を捕っていた。善知鳥は砂の上で子を育てる。その子を狙う臨場感たっぷりのカケリがいいのだ。この曲だけの舞だ。子を捕られた親鳥は空から血の雨を降らせる。猟師は蓑を着、笠を傾けて逃げ惑う。倒れて笠は空に舞い、血の色の赤い橋のように弧を描く。その有様をシテの猟師は笠を舞台の天井めがけ放り投げる。思い切った、変わった演出がたまらない。
 
来月六月二十八日「善知鳥」を上演します。会場 国立能楽堂 シテ山田純夫 ワキ宝生閑 他に「殺生石」 シテ山田夏樹 ワキ殿田謙吉

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05.18
Sun
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サクラソウに西洋サクラソウ、日本サクラソウ、つまり外来種と日本の在来種があるのを知らない人が多いという。花屋に売っているものや花壇に植えてあるのは、ほとんど西洋サクラソウだし日本サクラソウにお目に掛かることは希だからしかたがない。
平地から高山まで色々な品種がある。昔は奥秩父連山から東京湾に注ぐ荒川の田島原や浮間原はサクラソウの名所だったという。河川敷の改修や人間の巣が(家)が増えたからか全く姿を消した。田島原に少し保存されてはいるが。
東京オリンピックの頃までは八ヶ岳周辺に群落が見られたが人災か、お目にかかれない。数年前、必死に探したら牧場の林の中に数本見つけた。その感動は今も忘れられない。
江戸時代、人々は船を浮かべ、豪勢な花見弁当をたずさえて荒川土手にやってきて、花見の宴を開いたという。その花見弁当のお重は今では「お宝」だ。
あまり知られていないが江戸時代から伝わるサクラソウを観賞する伝統がある。江戸時代から作り出された品種は数知れない。愛好者は優れた品種を花の時期には、東屋風の飾り棚を作り飾りたのしむ。朝駆けの武士が変種を見つけて改良を重ね楽しんだのが始まりという。
秩父の武甲山に天然記念物、秩父コザクラがある。武甲山は石灰岩の山だ。石灰岩はセメントの材料だからたまらない。あの大きな山が姿を消しつつある。チチブコザクラもいかな天然記念物でも、もう昇天したかもしれない。

花の頃は、荒川はまさに櫻川であったろう。能に「櫻川」がある。舞台は筑波山の麓から流れ出る櫻川、磯部神社の周辺だ。この辺りは櫻に適した特殊な土壌で色々な種類の山桜があり、幾つかは國の天然記念物だという。少なくとも紀貫之の頃から都に聞こえた名所だったのだろう。この曲で「常よりも春べになれば櫻川、波の花こそ間なく寄すらめ」と紀貫之の歌がうたわれる。
「櫻川」は狂女ものと呼ばれる曲。狂女とは、人買いに連れ去られ、又は行方知らずとなった我が子や、恋人を狂気を装い探し歩く女のこと。旅の途中でその土地の名所にこと寄せた即興の芸を見せ、子の情報を集めると云うのが筋立て。その「狂い」と呼ばれる舞が面白く「クセ」の舞も一段と中身が濃い。舞の面白さを見せるのを目的とした作品群だ。中でも「三井寺」や他の曲とは少々趣を異にする「墨田川」は名曲中の名曲だ。
狂気を装うのは、女の一人旅は何かと危なかっただろうし、旅費のこともあったことだろう。しかし「墨田川」に墨田川の渡し守が「かの者を相待ち船に乗しょうずるにて候」と弱者を助ける情けを見せる。日本人は昔から優しかったのだ。
「櫻川」の狂女は四つ手網を肩にあらわれ櫻川の水面に浮かぶ櫻の花びらを掬い我が子を忍び、狂う。彼女は日向、宮崎から常陸、茨城まで旅した超健脚の女性だ。母性愛の鏡であろう。
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05.11
Sun
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ヒトリシズカ センリョウ科

二人静
フタリシズカ  センリョウ科

ヒトリシズカ
山中の木の下に生える。多少、湿り気のあるところに多いようだ。早春、腐葉土を突き破って数センチの頭を集団で出す。アッ春がきた!と思わず叫びたくなる。花は、茎の先端の葉がまだ茎を抱きかかえて開かないうちに穂のように立ち上がる。花穂は一つだけ。清楚に、可憐に、その姿の美しさは源義経の愛妾、静御前のようだと云うのが名前の由来だそうだ。別名、マユハキ草、ヨシノシズカとも。マユハキにそっくりだという。マユハキとは白粉のあと眉についた白粉を払う小さな刷毛だそうだ。まだ見たことはないが花の形から想像すると電車のなかで時々お見受けする、お化粧中の女性ガ使うマスカラを塗るハケのような物だろうか。
もう一つの別名、ヨシノシズカは義経が兄、頼朝に追われ吉野の山中に潜伏した時、弁慶の進言で同道の静を捨てた。雪の山中をさまよう静の姿に見立てたのだろうか。

フタリシズカ
ヒトリシズカ、フタリシズカは双子のようによく似ているが、咲き始めの花はヒトリシズカ、フタリシズカは簡単に見分けられる。ヒトリシズカは雄シベが美しくフタリシズカは目立たない。花穂がヒトリシズカは一つだがフタリシズカは二つ。なかには複数あるものもある。成長した、ヒトリシズカ、フタリシズカは全く見分けがつかない。草丈や葉のつきかた、形に多少の違いがあるものの二つ同時に比べてみないと素人のわれらにはわからない。

能に「二人静」がある。静御前の霊が若菜摘みの女に乗り移り、義経が兄頼朝に追われ雪の吉野の山中を逃げ惑う苦難、捕らえられた静が頼朝の面前で、義経追慕の舞を舞ったことなどを題材にした作品。憑依の菜摘女と静御前の霊が同じ装束で影のように寄り添うごとくに舞う相舞が見どころ。静は白拍子、聞こえた舞の名手。出典、義経記。義経記には、あの稀代の英雄、義経が静との別れを惜しむ苦衷、履き物も雪に取られ足から血を流しさまよう静の姿がリアルに描かれている。
能「二人静」の詳しい解説は「能曲目の解説」をご覧ください。
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05.03
Sat
ハマダイコン
平成26年3月28日房総半島にて撮影

 ハマダイコン アブラナ科
海岸近辺の砂地に多い。珍しくはない。
淡い紅色の美しい花だ。総じて野菜の花はその色合いが美しい。根は大根おろしに、葉は漬け物や塩もみに。やや固く、超美味しいとはいえないが味わいは上々。
栽培の大根が逃げ出して繁殖したというが?ならばどうして海岸近くだろう。内陸部では見たことがないのが不思議だ。見るのは花大根 諸喝采(しょかっさい)だ。こちらは中国原産。中国の東北部、昔の満州に多いという。鑑賞用に渡来、春先、線路際や土手を青紫に飾る。昔、祖父が満州を旅したとき諸喝采がまるで海のようだったと目を輝かして話したのが懐かしい。花はきれいだが食べては美味しくない。少し嫌な味がする。

ハマダイコンの根はあまり大きくないが中には大きなものもある。あまりいい例ではないが大根は足に例えられる。ハマダイコンの固く逞しい形はマラソンランナーの足か、はたまた韋駄天の足だ。韋駄天は仏法の守護神、帝釈天を守る神。
能に帝釈天の話がある。「大会(だいえ)」だ。僧に命を助けられた天狗がお礼にと法力で、霊鷲山での釈迦の説法の有様を再現して見せるが、僧の信心を乱したと帝釈天に散々懲らしめられるという話。この能、変わった演出がある。面を二つ付けるのだ。天狗の面の上に釈迦の面を重ねる。釈迦に化けた天狗が、正体がバレて天狗に戻るとき釈迦の面を外すのだ。人の深刻な事柄を題材にすることが多い能の中で、心の負担なく文句なく楽しめる能だ。

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