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12.21
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2014年10月25日写す 調布市都立野川公園 植栽

風が冷たい晩秋の頃だったと思う、犬吠埼を訪ねた。海岸の岸壁に黄色いものが見える。好奇心に近づいてみるとツワブキだった。かなりの群生だった。潮風にいっせいに靡く様は着飾った貴婦人の舞踏会を思わせた。美しい花だ。

ツワブキはキク科。花の形、香りはまさしく菊。茎や葉は菊のイメージにほど遠い。姿形がウチワにそっくり。葉は大きくテカテカ。まさしく語源のツヤ蕗。九州以南の暖地にオオツワブキがあり若芽を食べる。蕗のシャキシャキ感ではなく、しっとりとして甘みがある。油揚げや薩摩揚げとの煮物や炒め物、キャラブキにする。
欧米にはツワブキのような植物は珍しく愛好者が多いとか。ニューヨークの植物園では温室の中央に鎮座していたと、ものの本で読んだことがある。

友人に屋久島に移住した変わり者がいる。彼は東京生まれ東京育ち。何が原因か知らないが突然大学を中退して屋久島で農業をしている。ここをたびたび訪ねる。
春に訪ねると、ツワブキの若芽と琉球竹のタケノコの煮物のご馳走が待っている。味と云い、食感といい抜群。この地方の主要の山菜だ。
ここの人達はワラビ、ゼンマイなど見向きもしない。タラの芽は天ぷらにすると美味しいと教えたら「あんなトゲトゲ、食べられる訳ない。だけど冗談は一級」と笑い飛ばされた。ワラビ、ゼンマイの美味しさを熱心に教えたら、それではとゼンマイを食べたと云う。よくよく聞いたらゼンマイに非ず“ウラジロ”だった。ゼンマイを知らなかったのだ。でもまあまあ美味かったと。シダ類には毒がないそうだから間違いもたまにはいい。先年、石垣島でヘゴ、オオタニワタリを食べたが美味しかった。
こちらにも失敗がある。リュウキュウ竹は篠竹とそっくり。同じものだと思って食べたら猛烈に苦かった。

鹿児島南端から沖縄、台湾の近くまで島が連なっている。南西諸島だ。昔は島つたいの交易路で「海の道」と呼ばれたそうだ。温暖で自然の幸に恵まれて暮らしやすく美しい島々だ。
中国の伝説に不老不死の地、蓬莱島が東海中にあったという。とすれば南西諸島のどこかにあったと信じたい。それ程美しい島々なのだ。蓬莱は熱田神宮とする説話があるらしいが。

蓬莱島。能「楊貴妃」では、唐の玄宗皇帝の寵姫、楊貴妃が安禄山の乱で殺された後、住んでいたとする。
玄宗は楊貴妃が忘れられず方士に楊貴妃の魂の在処を尋ねさせ、方士はこの蓬莱宮に貴妃を捜しあてる。貴妃は方士に玄宗との愛の日々の想い出を語り、誓いの言葉「天に在らば願わくは比翼の鳥とならん、地に在らば願わくは連理の枝とならん」を教える。白楽天の「長恨歌」を要所に配した美しい詞章が魅力だ。
殺された恨み心など微塵もなく、玄宗への慕情、ゆかしい女心を描いた美しい能だ。
「女能の第一である。面、装束など結構なものにし、さして習い事はないが重々しく舞うこと」と口伝があると云う。
   
※能「世貴妃」の詳しい解説は「能曲目」の解説をご覧ください。
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12.14
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2014年11月1日写す 福島県いわき市夏井川渓谷

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2014年11月21日写す 新潟県弥彦神社

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ドウダンツツジ 2014年12月2日写す 武蔵野市境南町

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イチョウ 2014年12月8日写す 武蔵境駅前

紅葉狩り。春の花見と並んで昔から親しまれてきた、お楽しみイベントだ。花見は櫻の花の下で無礼講の宴会をするが、紅葉の下の酒宴は見たことも聞いたこともない。旅行会社の広告にまんまと乗せられて、サイフの紐をゆるめ、東北の鳴子峡や奥入瀬など紅葉の名所を訪ねる遠出を思い立ったりする。それもいいではないか、生きている甲斐というものと自身を無理に納得させる。

紅葉は落葉樹が厳冬を生き抜く準備だそうだ。しかし、それにしては悲壮感が全くない。
全山、赤や黄色で着飾って、まるで両手を挙げ歓声を上げているようだ。
九州の暖地、南西諸島、奄美、沖縄にはヤマイモ、漆など数種が常緑樹の中にチョボチョボ。この地方の人達は紅葉の美しさを、歌や本やテレビで見るだけで本当の美しさを知らない人が多い。
 東北地方は、ほとんどが落葉樹。秋には全山が色づく。松や杉の針葉樹の青が錦を引き立てる。

紅葉と云えば“楓”。語源は色々。葉の形から「蛙手」が転じて“かえで”が納得。
「パッとひらいた赤ちゃんのお手々のようにかわいいな」こんな童謡があった。
楓にも色々種類がある。よく目にするのはヤマモミジ、イロハモミジ、イタヤカエデ。イロハモミジは “お手々”の数をイロハニホヘトと数えたから。イタヤカエデは材が堅く石工が板矢くさびにして石を割った。

紅葉は広島の県木。“もみじ饅頭”は知らない人は少ない。名物になるほどのお菓子かナ?は個人差があろうが、大阪の漫才で有名になった。
流行語も作った。“しかと”。花札の一枚。紅葉を背にして佇む鹿が横を向いている。ソッポを向いているようで「無視」の意に使われるのはご存じの通り。世の中には鋭い人がいる、脱帽。
 
いちょうは銀杏、公孫樹。日本では何処にでもある木だが、原産ではないか、と云われる中国では見かけなかった。実は銀杏、お酒のつまみに最適。果肉はうかつにさわると“かぶれる”のでご用心。
この木、古生代の生きた化石だそうだ。雌雄異株。花粉ではなく精子で受精。雨水を伝わって雌木に這い上がり受精、と聞いた記憶があるが自信半々。さすが古生代の代物。生命力が強いのだろう、それ故か薬効があるという。フランスに輸出。

しつこいようだが、ついでに、与謝野晶子の歌二首。
「金色の、小さき鳥の形して、いてふ降るなり、夕日の丘に」
「秋の風、来る十方玲瓏に、空と山野と、水と人とに」
秋が来るとこの歌を思いだし日記に書き“秋来たる”の感慨をつのらせるのだ。
歌は間違って覚えているかもしれないし、作者も晶子ではないかも知れない。念のため「みだれ髪」を探したがこの歌はなかった。生意気な云いようだがキザっぽくも魅力ある、この歌は与謝野晶子だと信じている。
 和泉式部。平安朝を代表する歌人の一人。浮き名を流した人で有名。「能」では式部の“浮き名”を題材にした能はない。能「東北」では雅な宮廷を舞台に式部の優雅な姿を描く。清らかな名作だ。能「東北」に、先に挙げた与謝野晶子の歌がダブるのだ。自然の美しさに感動し賛美する、そんな一面があったと、感動だ。

ドウダンツツジ、“満天星”と書く。不思議な名だ。垣根などに仕立てるなどよく見る木。春、提灯形の可愛い小さな花を咲かせる。秋の真っ赤な紅葉がひときわ目立つ。

友人に何にでも感動する男がいる。どこで聞きつけたかカエデの樹液には糖分が含まれていると国有林に潜入、樹液を集め煮詰めたが見事に失敗。
「そんな物から砂糖が取れる訳ないだろう。取れるなら昔の人がとっくにやってるよ。昔は砂糖がなかったのだから。相変わらずドジだな」友人は「ヘッヘッヘ」。
メープルシロップの原料、北アメリカやカナダにある砂糖カエデの樹液の話を聞いてドジッたのだろうか。
年のせいか、今は温和しく無農薬野菜の八百屋を営んでいる。

これほど日本人に愛されてきたモミジだが能の作者達は冷淡だ。「紅葉の色に」や「紅葉かつ散り」など断片的には取り上げるが、櫻ほど大事にしない。わずか「龍田」「紅葉狩」二曲がよく知られた曲だ。

「龍田」は奈良の龍田神社が舞台。日本を象徴する文芸「和歌」と日本古来の宗教「神道」を主軸にした能。前半の紅葉の和歌をめぐっての問答、後半の神徳をあらわす「神楽」が重厚に面白い。終曲、「キリ」は山風に乱舞する紅葉吹雪の中を昇天する龍田明神が描かれる。みごとな情景描写だ。
「神道」は古代から「国教」だった。戦後、信仰の自由で国教が解かれ、影も薄くなったように見えるが、実質的には国教だ。中国、韓国との間に誤解がある。本当の神道を理解してもらう地道な努力をする義務が、我々日本人にはあると思う。
 龍田神社の境内に金剛流発祥の地の碑があり毎年二月、顕彰祭が催される。

「紅葉狩」。信州戸隠に住む鬼神の話。美女に化け、戸隠の山中で紅葉狩りの宴を開き、鹿狩りの平維茂を待ち受ける。美女の籠絡にまんまと引っ掛かった維茂は酒で眠らされ命を取られそうになるが八幡明神のお告げで目を覚まし激闘の末、鬼を退治する。
美女達が紅葉狩りの酒宴で四方の景色を謡う。美しい情景描写だ。昭和天皇妃が愛唱したと聞く。
能「紅葉狩」は五番目、キリ能と呼ばれ能会の最後に演ぜられる。能は深刻な人の心の奥底を描く作品が中心になる。これらの曲を見た後の肩ほぐしのための作品。
   
詳しい解説は「能曲目の解説」をご覧下さい。

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12.07
Sun
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奥秩父連山の残照 2014年10月24日府中市都立浅間山公園から写す

前回、卒業証書(四)のあらすじ
桂馬は姉、曜子が母の実子でないことを母から打ち明けられた。母は同じことを姉にも話した。姉はすでに感づいていたので驚きはなく、むしろ嬉しかったと電話をよこした。姉は事実を感づいた少女の頃の苦しみを長文の手紙に書いた。桂馬と妻の温子、娘の朝子は手紙を読み姉曜子の苦しみを思いやり、夜遅くまで話しあった。

曜子には小さい頃から友達らしい友達がいなかった。
高校に入ってしばらくして良子と親しくなった。良子は漁師の娘でいつも明るく快活な娘だった。内気な曜子は良子の性格が羨ましかった。
良子は学校の曜子の帰りに時々曜子の家に寄った。良子は曜子の部屋を眺め回し、あれ何?これ何?と曜子を困らせたが、飾らない、開け放った、そんな性格の良子が曜子には羨ましかった。二人は同じクラスだった。

二年生の新学期に新しく赴任した先生が二人の担任になった。大学を卒業したての若い男の先生だった。新進気鋭の先生の気迫に生徒達は圧倒された。
「曜子、宿題書いた?変な宿題!人間が死んだらどうなる?だって。お化けになる!って書こうかな。ハッハッハッハ」良子は豪快に笑った。
一週間後、先生は作文を読み上げた。
「今日は傑作二題。始めに桜井良子作」
「もしわたしが死んだら、魂だけになって空中を飛び回り、お金持ちの綺麗な奥さんを捜し、お腹に潜り込んでお金持ちの子に生まれ変わります」
「良子ふざけすぎだよ」誰かが叫んだ。みんな一斉に笑った。
「いやいや、人間の本質を突いた傑作だと思う」先生は真顔で制した。
「次、宮内健之作」
「人間が死んだら肉体は分解して窒素や炭素などの元素に戻ります。人間の精神も、まだ人間が知らない、電気のような目に見えない、強いて言えば、異次元の色々な元素から出来ていると思います。私は今まで、人間の心の動きは或る物質の化学的、物理的反応の結果生じるものと思っていましたが、人の心の複雑な動きが、単なる化学的、物理的反応で生じるには無理があると思うからです。肉体を作っている元素群と精神を作っている元素群は人が死ぬとばらばらに分解して空中を浮遊します。ある時、あるきっかけで凝り固まり人や動物、木や草になります。ですから世の中の動物、植物はこれらの元素を共有しているのです。今の僕の一部は隣のおばさんのお祖母ちゃんの一部だったかも知れません」
「おー建之!素晴らしい。全然分かんないけど」誰かがまた叫んだ。またみんながどっと笑った。
「今度の宿題。若い君達に“死”について考えてもらうのは変だと思うでしょう。しかし“死”について考える事は“生”について考えることに通じるとおもいます。今日は桜井さんと宮内君の作品について話し合いましよう。その前に、桜井、宮内両君の作品について、仏教に輪廻という教えがあります。桜井、宮内君の作品は輪廻の一つの解釈だと思います。帰ったら輪廻について調べてください。お坊さんに聞くのもいいですね」
その日も良子は曜子の家に寄った。
「良子の作文、考えさせられたわ。誰の子ってないのよね。肉体も魂も勝手に誰かのお腹に宿る。母親は誰でもいいの。短くて単純に見えても大きな意味を含んでると思うわ。宮内君の作文、よく分からないけど内容的には同じだと思う。“今の僕は隣のおばさんのお祖母ちゃんだったかも知れない”が心にひっかかるの」

次の日曜日、曜子は良子の家を訪ねた。良子は家の手伝いをしていた。
「すぐ行くから私の部屋で待ってて」
良子の部屋は二階だった。女の子らしく綺麗に片づいていた。棚にカバンなど学校の道具があるだけで余分な物はなかった。机の上にユリの絵の表紙に「植物知識 牧野富太郎」と書いた文庫本と、ハートに矢が突き刺さった絵の与謝野晶子の「乱れ髪」が無造作に置いてあり、毛越寺の庭園の写真が飾ってあった。小さな額が趣を添えていた。予想外の良子の一面を見たようで曜子には驚きだった。「良き友を得た」の感が胸に迫った。
曜子は窓を開け窓枠の敷居に腰掛け下を見下ろした。雀が数羽、エサを漁っていた。
「雀はいいナ。食べることだけ考えていれはいいンだから」呟きが口を突いて出た。
良子が勢いよく階段を踏み鳴らして上がってきた。お盆を両手に捧げ持ち、
「ようこそおいで下さいました。粗茶でございます」皿の上にはアメ色の煎餅があった。曜子には馴染みの煎餅だった。花巻の銘菓「鼈甲煎餅」で祖母の旅館のお茶うけだった。
「お忙しいところにお邪魔致しまして申し訳ございません。その上美味しい 鼈甲煎餅まで」
曜子は畳に両手を突いて丁寧におじぎをしてから顔あげ良子を見上げた。二人は声を上げて笑った。
「鼈甲煎餅、どうして知ってるの?」
「お祖母ちゃんの旅館のお茶請け。お祖母ちゃん、花巻の生まれなの」
「良子はどうして?」
「花巻から毎月送ってくるの。父と母、漁が暇の時よく温泉に行くのよ。花巻の温泉で食べて気に入ったんだって。父は甘党なの。母がね、父の為に探してっていうので夏休みの初日、暑い中、花巻駅の売店を探したの。売店の人、親切な人でね、丁度品切れで送ってもらう約束したの」
「ベッコウってなに?あの眼鏡の縁かな?」
「そうでしょう。櫛やかんざしも。亀の甲羅よ」
「じゃあ食べると長生きするね」
「万年も」
「ハッハッハ」良子は快活に笑った。曜子も笑った。
「ご両親、鶴と亀、仲がいいのね」
「でもないの。時々夫婦喧嘩するの。この間、父がね、他所の女の人ジット見てたって、つまんないことで夫婦喧嘩するの」
「仲がいい証拠よ。夫婦喧嘩か~。うちではないな~。夫婦喧嘩。いいな!」
「さっきネ母さんから怒鳴られたのよ」「曜子さんが来るなら前もって云わなきゃ駄目じゃあないか、おまえの無二の親友だろう、だって」「うちの母さんすぐ怒鳴るの」「さすがに今はやらないけど中学の頃はよくぶたれたのよ」「どうしてぶつのって云うと、母さんの子だからぶつ権利がある、だってサ」「子の権利は母親の前では制限されるの?」「曜子のお母さんと雲泥の差よね。わたしも曜子のお母さんみたいな上品な綺麗なお母さんが欲しかったナ」良子の母親論は延々と続いた。
曜子には良子の母親論に差し挟む適当な言葉がなかった。しだいに孤独感がつのっていった。
「帰る」
「え、もう帰るの?何か気にさわった?」
「ううン。色々参考になった。ありがとう」
「え?何の参考?」曜子はそれには答えず微笑みだけ返して階段を下りた。
「駅まで送るよ」
「いいの。一人で帰る。送ってもらっても良子は帰りに道草するでしょう。お母さんにまたぶたれるわよ」
「ハッハッハ」良子は快活に笑って手を振った。
曜子の足は駅には向かず海岸に向かっていた。
「お母さん、怒るの、ぶつの、母の権利、夫婦喧嘩」良子の言葉が耳に纏わりつく。
物置に入れられてお仕置きされた桂馬の姿が重なった。あの時桂馬が羨ましかった。曜子は母に叱られたこともお仕置きされたこともなかった。

波が波打ち際をゆっくり走りながら、遠くまで細い線を引いていく。
曜子は波の行方を追いながら「どこまで行くのだろう,頼りない走りだナ」、大きなため息をついた。
「いつまでこんな事考えるのかな」想いはしぜんと口を動かし呟きに変わった。
曜子は片手を突きゆっくり腰を上げた。日はすでに落ちかかり西の山の端の雲が赤く燃え上がった。曜子は遠くの沖の方を見るともなく見ながら歩きだした。乾いた砂は足音を消し煙のように足首に纏わり付いた。
そうだ歌を歌おう。
「あした浜辺をさまよえば、昔の事ぞ偲ばるる。風の音よ雲のさまよ。寄する波も、貝の色も」学校で習った「浜辺の歌」が口を突いて出た。
曜子は歌が得意ではなかったが[浜辺の歌]は気に入っていた。寂しげな旋律がすきだった。作詞の、凝った昔風の名前には興味は湧かなかったが実名に似た作曲の成田為三の名に懐かしさを覚えたのだった。
曜子はまだ十六才、「昔の事ぞ偲ばるる」年齢ではない。しかし静に吹く風、穏やかな波、水平線に浮かぶ赤い雲は少女の感傷を誘った。
曜子は砂を引きずるように歩き小声で呟くように歌いながら歩いた。
やがて少女の感傷は無機質と化し曜子に迫った。
「おねえちゃん」大きな声に驚き顔を上げると大きな犬を連れた老人が立っていた。
「こんなに遅くどうしたんだね。べっぴんさんの一人歩きは危ないよ。早く帰らんといかん」
「なんなら、そこまで送ってやろうか?」大きな声だったが優しい響きだった。
「いいえ一人で大丈夫です。すぐ帰ります。ありがとうございます」曜子はていねいにお辞儀をして足早に歩いた。
「どうしてこんな時間にあんな淋しい海なんかに行ったのだろう」
「なに云ってるの、曜子さん!分かってるくせに。淋しいのよ、淋しいの、あなたは!どう気持ちの整理を付ければいいのか分からないの!駄目な曜子さんね!」ブツブツ呟きながら駅へ急いだ。
母が駅で待っていると云ったが本当だろうか。期待と、待っていてほしくないと、気持は半々だった。
野蒜の駅のホームに母は待っていた。風呂敷包みを膝に乗せその上に日傘を置き又その上に両手を置いて背筋を伸ばしてベンチに浅く腰掛けた姿は端正で美しかった。
かなりの時間待ったのだろう。曜子が近づくと顔だけ曜子に向けほほえんだ。ほほえみは少しこわばっているように見えた。
「ごめんなさい」曜子は母に寄り添うように腰を下ろした。
母は視線を遠くに移した。曜子も遠くを見た。日はとっくに沈んだのだろう、遠くの小島が黒く塊のように海の中に居座っていた。
曜子は島を見続けた。島は曜子の胸から抜け出した「何か」の黒点となって曜子に迫った。
しばらく互いの無言がつづいた。二人は遠くを見続けた。
母は遠くを見据えたまま
「曜子、、、、、」声は毅然としていた
「苦しいかい。苦しむだけ苦しみなさい。苦しまなければ答へは来ないよ」母はそう云っているのではないだろうか。
曜子は視線を落とした。
「お母さん」曜子は母の膝に顔をうずめた。
やがて曜子の背中は大きく波うった。
「いいのよ、それでいいのよ」母は手を曜子の背中に優しく置いた。
曜子の背中の波はしだいにおさまっていった。
「もう遅いから帰りましょう」曜子は顔を上げ母の顔をジッと見つめた。母の顔はまさしく*「絵本」の顔だった。  
つづく   卒業証書は終わり。次回は桂馬と温子の出会い。

注*「絵本」:曜子が実母の存在を知った時に実母の面影をきれいに想像させようと書いた母の手作りの絵本。残照5 卒業証書(二)参照

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