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10.31
Sat
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奥多摩方面の残照 2015年10月30日 武蔵野市武蔵境駅前スイングビルから写す。

次第
砂内桂馬、団塊の世代。昼とも夜ともなく日を過ごす。
時に思い出が訪れる。それは残照。しばらく輝き、そしてしずかに消えて行く。

ギャー。鋭い声だった。
鳥だろうか。
桂馬は足を止め、声の方向を見上げた。
尾の長い灰色の鳥が大きな木に止まっている。木には白い掌状の花が満開だった。
桂馬は高尾の登山口にいた。
「尾長だよ。格好いい割に声が行儀悪いネ。白い花は熊野ミズキ」
背後から声がした。桂馬は操り人形のように振り返った。
「アッ森田さん」
「僕も五代さんに教えてもらったンだよ。あの鳥と花の名前」森田が後ろを振り返った。
森田の後ろに若い女性が、目を剥いて口を半ば開けて桂馬を凝視して立っていた。
「どうしたの?五代さん。この男が、そんなに珍しい顔をしてるの?」
温子は慌てて視線を落とし、「ごめんなさい」と頭を下げた。
白い半袖のブラウスがまぶしかった。
お下げ髪の丸顔が塩釜のフミに似ていると桂馬は咄嗟に思った。
「実はネ、君に似てるな、と後を追って来たンだ」
「こちらの綺麗なお姉ちゃん、五代温子さん。福岡県出身。“梅が枝餅”の大宰府天満宮の近くだって。今、地元選出議員の秘書をしているンだ」森田は温子をふり返り
「こちら砂内桂馬君。宮城県塩釜出身」
「大学の後輩でネ、同じ会社で一緒だったンだ。助けてもらってネ、いわば命の恩人」
温子はぺこりと頭を下げ、うつむいたまま隠れるように森田の後ろに廻った。
「君にはろくに挨拶もしないで会社、辞めてしまった。わるかった」森田の誠実そうな物腰は元のままだった。
「今、親父の仕事、本屋を手伝っている。後を継ぐことになると思う」
「子供会の世話役もしていてね、五代さんに手伝ってもらっているンだ。今日は遠足。いま子供達はお土産買っている。遠足よりもお土産買うのが楽しいようだ」
「ところで君はまたここにどうして?」森田は足元から頭のてっぺんまで見上げて
「その身なりでは山歩きでもなさそうだし」
「定京さんの一周忌の法事だったンですよ。技術課の定京さん、森田さんも知っていると思う、何しろ名物男だったから。去年、風呂場で倒れてそのまま逝ってしまったンです」
「あ、あの定京さん。山伏もやってた。裏高尾で滝修行していたよね、僕も誘われたナ、懐かしいネ」
「それは残念だね。本人も心残りだったろう。何しろ意欲の塊の様な人だったから」森田はボソリと呟いた。

森田は桂馬の会社の先輩だった。
温厚でおとなしい性格だった。
営業部だったので取引先の接待の席も多かった。
森田は酒に弱かったが、いつの間にか可なりの量を飲むようになった。
もともと酒に弱い体質だった所為かアルコール依存症になった。
病状は急速に悪化、入院という事態になった。
温厚な誠実な森田は取引先との折衝にはなくてはならない存在だった。
完治しないまま退院した。
退院した森田に、営業部の人達は、時には部、課長も出て、退院祝いと称して度々席を設け森田に酒を無理に飲ませた。
病院で処方された、酒を受け付けない薬を飲んでいた森田は、嘔吐しながら酒を飲んだ。
心優しい森田は断れなかったのだ。
森田はすっかり元の病状に戻り、再入院となった。
瞬間激高型の性格だった桂馬は先輩の危機とばかり営業部に怒鳴り込んだ。
部長はニヤニヤ笑って相手にしなかった。
森田は再入院した。森田は会社を辞めた。

「折角、久し振りに会ったのだから一杯、と云いたいところだが子供たちがネ」
「森田さん、また酒、飲んでるンですか?」桂馬は思わず目を剥いた。
昔の森田の姿が蘇ったのだ。
「付き合いにビール二杯位は飲むヨ、あとはウーロン茶。もともとそう好きではなかったから。だが酒の席は嫌ではないよ。」
「女房に散々説教されてネ。君が部長に怒鳴り込んで。一時はどうなる事かと身が竦む思いだったが。まだ会社に執着があったからねえ。結局会社、辞める決心をしたんだ。君と女房のおかげだよ。今はこのとうり」森田は腕を二度突き上げて見せ
「君にこんな処で遇うなんて、奇遇も奇遇。ゆっくり話したいが、そろそろ子ども達が。今度またゆっくり会おうよ」森田は手をあげ振り返りながら去っていった。
温子も後に続いた。
桂馬は二人の後ろ姿を追い続けた。
古い記憶の底に沈んだ宝物を思い出し、懐かしむように。

「森田さん」温子が森田の背中に呼びかけた。
「うん。どうしたの?」森田は歩きながら振り返り
「桂馬が気に入ったの?」と笑った。
「でもダメだよ。桂馬は会社でも名うての女嫌いなんだ」「ハッハッハ」
「男嫌いなら私も負けないわ」笑いながら応じた温子は急に真顔になり足を止め
「私、あの人知ってるの」
「えっ」森田の笑顔が消えた。
「去年、九月の初め頃、あの人と中央線の電車の中で出会ったの」

その日、温子は夏休みが終わり、土産の“梅が枝餅”を届けに父の友人の代議士宅を訪ねた。
梅が枝餅は代議士の奥さんの好物だった。
犬好きだった奥さんは大型の犬を三匹も飼っていた。
温子も大の犬好きだったのでしばしば代議士宅を訪れ犬達と遊んだ。
代議士宅の裏は小金井公園に隣接していた。
隣は農家の栗林だった。手入れも行き届かず荒れ放題で境界の竹垣も壊れ、犬達の格好の遊び場だった。
犬達は温子を待っていたかのようにじゃれつき栗林に誘った。
小金井公園にまで侵入した犬達を、連れ戻すのにクタクタだった。
久し振りに犬達と遊んだ温子は、心地よい疲れに充実して武蔵小金井駅から電車に乗った。
太陽は大きく傾いていたが、夏の名残の日差しは暑かった。
車中はガラ空きだった。片隅の席にお爺さんが一人居眠りしているだけだった。
温子は解放感に叫びたくなり、わざと座席の中央に、ドカリと音を立てて座ったが、やがて犬達との遊びがきつかったのか温子の肩から眠気が下りてきた。
温子は両手で奥さんに貰った“月下美人”の苗木をしっかり抱え込んだ。
「あなたに似た白い水蓮のような、きれいな花が咲くわよ」
ミズゴケで丁寧に包みながら奥さんが話した言葉が、夢現の遠くから木霊のように、かすかに聞こえてきた。
“ゴトン、バサッ”異様な音に温子はハッと目を見開いた。
斜向かいの床に分厚い黒い表紙の本が落ちていた。
男が両手をだらりとぶら下げ眠っていた。
温子は弾かれたように立ち上がり本を拾い上げた。
表紙に「旧約聖書」と書いてあった。
温子は男の両手の袖口をつまみあげ膝に乗せ本を抱かせた。男は薄目を開け、うつむけた顔をコクリと動かし、また目をつぶった。
どこから乗り込んできたのだろう、短時間にこうも安々と眠りこけるとは、犬十匹とでも遊んだのですかと呟いて苦笑したが、叉落とさないかと心配で眠気は飛んで行った。
男は異様な格好だった。
薄いグレーの夏服にネクタイ、黒の革靴、どう見ても典型的なサラリーマン姿だった。
異様は頭だった。
女性が入浴のときかぶるネットの帽子をかぶっていたのだ。長い髪がネットの中に包み込まれているのだろうネットが膨らんでいた。
異様な男の姿と旧約聖書とが不釣り合いだった。
温子の腑に、なかなか落ちない男の様子は、温子の好奇心を掻き立てた。
電車は温子の下車駅、荻窪駅を通り過ぎてしまった。
「よし!この男の正体を突き止めてやろう」
「少々はしたない所業だが、たまには好奇心を満たすのも精神衛生上もいいものだ」温子の興奮は高まっていった。
男は中野駅で、弾かれたように目を開けきょろきょろと辺りを見回し、駅を確認したのだろうまた目をつぶった。
男が座席を立ったのは新宿だった。温子も後に続いた。
男は脇見もせず人込みを器用によけ東口に出た。
山手線ガード下、青梅街道の横断歩道を渡り、西武新宿駅入り口前で立ち止まった。
男は道路を横切り「西武」と書いた店に消えた。
酒場らしかった。
「この人はこの店で働いているのだろう」
「追跡完了、帰ろう」
温子は西武線の切符を買い改札に向かった。
温子は立ち止まった。
「頭はネットを取れば店員らしく見えないこともない、だが聖書と夏服と靴が不似合だ」
「よし追跡再開」温子は散々迷い、意を決して「西武」のドアを開けた。
温子は行動的な女だったが、こんな冒険はしたことはなかった。しかも怖い歌舞伎町で。
温子を動かしたのは一体“何”?温子には後々まで永遠の謎だった。

話に聞くショットバーというのだろうか。
男はカウンターの奥にいた。
大きめのグラスを前に、頬杖をついてジッと何かを見つめていた。
バーテンというのだろう、白いシャツに黒のチョッキ、蝶ネクタイ、前掛けの男がコップを熱心に磨いていた。
「後から友達がきます。待たせて貰っていいですか?とりあえずアップルジュースください」温子の声は上ずった。
後ろの棚には酒の瓶がずらりと並んでいた。
これほどの種類の酒を、客は知っていて飲むのだろうか、温子には異様な光景だった。
酒の瓶はいろいろの色、形をしていた。
温子は瓶たちに見入った。
薄暗い明りの中で、生きているかのような、その姿に温子は魅せられていった。
瓶たちはチカチカと自己主張を始めて温子に迫った。
温子の緊張は膨張し、耐えられなくなった。
「すみません友達が来ないようです。お勘定をお願いします」
温子はあたふたと椅子から下り、ドアを開け、左右も確認せず店の前の道路を横切った。
「もしもし、忘れ物。ここに置いときますよ」面倒臭そうな声が背後から聞こえた。
あの男だった。
ドアから半身だけを乗り出し、こちらは見ずに包みをドアの外に置いた。
奥さんに貰った月下美人の苗木だった。

つづく






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10.24
Sat
乙女高原のたたずまいは前回に書いた。
地元の人にもあまり知られていないようで整備も行き届かなく見え、訪れる人も少ないようだった。
穴場かもしれない。
春はどんな花が咲くだろうか、楽しみだ。

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ノコギリソウ キク科
細長い葉の縁がギザギザだから鋸草。
小花が密集して咲く姿が可愛い。
白花が多いが八ヶ岳のはピンクだった。
羽衣草ともいうそうだ。葉の切れ込みを羽衣の領巾に見立てのだろうか。
葉のギザギザは羽衣に遠く及ばないが、羽衣をなびかせて笛を吹きながら飛ぶ天女の優艶な姿を、無理にでも想像するのも楽しい。

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ワレモコウ バラ科
花か実か判然としない不思議な花。
久米正雄の小説の一節、「我も紅なり」が名の由来だと信じられているが、間違いで家紋の木瓜紋に似ているからと、物の本でよんだことがある。
昭和の久米説は怪しいとして、学者の説を信じるべきだろうが「我も紅なり」がロマンチックでいい。
辞書にも「吾亦香」「吾毛香」とある。

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マムシグサ サトイモ科
茎に毒蛇、マムシのような模様があるのでマムシ草。
花は晩春、壺の様な花らしからぬ花を咲かせる。
花だから咲くと言わざるを得ない珍妙な花だ。
壺の中に雌しべだか雄しべだか知らないが白い塊が鎮座している。
壺は覆いまでついている。
実はご覧のように宝石。だが、かじったら大変。いがらっぽく口じゅう大火事。
今時、野山の木の実、草の実を口にする人は希だと思うが、好奇心旺盛の人ご注意。

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ノアザミ キク科
きれいな花だが恐ろしげな棘に手がでない。
花盛りは8月頃だが秋も深まった乙女高原に未練たらしく、枯れかかった枝にしがみ付いていた姿は気の毒でもあった。
アザミの若芽は美味しいものが多い。
中でも浜アザミが抜群。葉も茎も。
根はキンピラが最高。
お土産のヤマゴボウは本来は富士アザミの根だそうだ。

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ノコンギク キク科

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ヤマシロギク キク科
野山に咲く、ごく身近な、いわゆる菊の形の、キク属の花を野菊と総称するという。
よく似ていて素人には判別が難しい。
言い訳だが上記の名前も間違っているかもしれない。
野菊は歌に歌われ物語に登場するロマンチックな花。
伊東左千夫の「野菊の墓」が思い出される。
菊は日本人の生活習慣に切っても切れない花だ。
桜と並んで日本の国花でもある。
キク科の植物は1、2を争うほど種類が多い。一年草から大木まで。
タンポポやフキもキク科。
鑑賞用は古く中国から渡来、その後日本の野生の菊も交配に使われたという。
これほど親しまれた菊だ。題材にした能がない訳がない。その一つが能「枕慈童」

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能「枕慈童」は中国の話。
中国の古代王朝の穆王に寵愛された少年、慈童は王の枕を跨いで不敬の罪に問われ、猛獣の住む山奥に流される。
不憫に思った穆王は枕に経文、二句の偈を書付け、毎日偈を唱えよと命じ与える。
慈童は忘れないようにと菊の葉に偈を書き付ける。
その菊の葉に露が置き、したたり落ち酒となり淵をなした。
慈童はその酒の水を飲み七百年の齢を保った。
酒に“菊”が付くのはこの話が元祖。例えば“菊の水”とか“菊の杯”とか。
邪気のない童話風の作品。
慈童が舞う「楽」、つづく菊と酒を賛美する舞が楽しい。
古く中国では不老不死が人生最大の目的であったことから生まれた話の一つだろうか。
中国人は不老不死の仙薬を求めて漢方薬を作った。
西洋人は錬金術から化学を発展させた。
日本人は何だろう?類いまれな文学、源氏物語などなどを残したとさせて頂こう。
穆王の時代に中国に仏教が伝わったかどうかは怪しいがこれは「能」、無粋は止めておこう。
能「枕慈童」の詳しい解説は、こちら
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10.17
Sat
秋の気配が感じられる9月の終わり、乙女高原を訪れた。
“乙女高原”、あちこちにありそうなロマンチックな名だが、聞いた事もパンフなどでさえ見たこともなかった。
山梨県の地図を見ていて偶然発見、名前に魅せられて行った。
乙女のような可愛い花が咲いているのではと。
名前から地元の名所かも知れないと塩山のガソリンスタンドで聞いたが知らないと云う。
カーナビ頼りに「心頭滅却」の恵林寺から国道を一キロ程走り、左に入り山道をくねくねと30分位。
トイレと休憩小屋らしい建物一軒と広場にベンチが数個、老夫婦が仲良く弁当を食べていた。
ススキの波間に人の頭が二つ三つ見え隠れしていた。
ほかには人影はなく物音もなく寂しいほど静だった。
初秋とはいっても此処は高原、ススキも枯れ始め秋の花も終わりに近づき、既に終わったものもあった。
ススキの隙間に秋の残りの花が、ちらりほらりと。
珍しい花はなかったが、マツムシソウに逢えたのは意外で嬉しかった。フウロソウは既に終わっていて蔓だけが寂しげに横たわり葉はすでに赤かった。

花の写真を撮りにいったのにカメラを忘れた。我ながらそそっかしいのにあきれた。
一緒に行った友人のタブレットで撮ったが焦点がうまく合わず苦労だった。

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フシグロセンノウ ナデシコ科
オレンジ色がなんとも美しい。野草の花でこんな色の花は見たことがない。
群生しないようで、林道の両側にポツリポツリと咲いていた。
帰りにゆっくり撮ろうと先を急いだ。
帰りの林道は無残にもきれいに刈り取られていた。
林道を管理する人にとっては、こんな珍しい花もただの雑草なのだろう刈り取られた直後だった。悔しかった。
あまりにも可哀そうで土に刺し写真を撮った。花はニッコリ笑いポーズをとった!ように見えた!

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マツムシソウ マツムシソウ科
薄紫が冴える美しい花、そのうえ可愛く清楚。
名は花が終わったあとが仏具の鉦に似ているからというが、切れ込みのある花弁の形がマツムシのイメージを掻き立てると思った。
人間嫌いの花の一つ。下界に持ち帰って植えても活着しない。

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ヤマラッキョウ ユリ科
畑のラキョウよりも辛みと臭みが薄く美味しいそうだが食べたことはない。
こんなに美しい花を咲かせるのを、食べる奴の気が知れない、食べるほどそんなに沢山あるわけではない、などと残念に思ったりする。
韮崎の小高い松林に群生と云うほどではないが、かなりの数が咲いていた。
ここからは富士山が綺麗だった。
“富士にはヤマラッキョウが似合う”とふざけた友人を思い出いだす。太宰治の「富士には月見草が似合う」をもじったのだ。
彼は今や、先端技術何々?の偉い人で近寄り難い人となった。

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リンドウ リンドウ科
綺麗なものに訳あり。苦い!漢字で竜胆。胆はキモ、苦みの代名詞。しかも竜の肝だから猛烈に苦い。胃の薬。高山にトウヤクリンドウがある。これは更に苦い。
薄い青紫色がきれいだ。
はにかみ屋か寝坊助か、お天道様が当たらないと花を開いてくれない。

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アキノキリンソウ キク科
ちょっとした郊外の山地でも見られる。秋に咲く麒麟草の意だという。
異説もあるらしい。だが麒麟説がいい。
珍しい花ではないが金色に輝く色合いはまさしく麒麟の光。
麒麟は想像上の霊獣。全身から五色の光を放つという。
麒麟といえば能「景清」を思い出す。
平家の猛将、悪七兵衛景清を描いた作品。
日向に流され、源氏の世を見たくないと自ら己の両眼を抉り取り乞食となる。
鎌倉から遥々訪ねてきた娘に「麒麟も老いぬれば駑馬に劣るが如くなり」と嘆息する。
人の生き様を描いた名作だ。

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ウメバチソウ ユキノシタ科
おや?まさかと思った。湿地に咲く花だから。
辺りのススキをかき分けたらミズゴケが生えていた。湿地だった。
この花には丹沢の沢登りで初めて出会った。その感激は忘れられない。
名の由来は花が家紋の梅鉢に似ているからという。
梅は学問の守り神、天神様の花、合格祈願に天神様にお参りした人は多いと思う。
梅は中国の故事から好文木とも呼ぶそうだ。
今は桜に取って代わったが、その上は日本を表す花だったという。
昔から鉢植えなどにして可愛がられた。
鎌倉時代、明日の生活も覚束なかったが、鉢植えの梅は手放さなかったという落ちぶれ武士がいた。佐野源左衛門常世。

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やせ馬に鞭打ち鎌倉へ急ぐ常世

能「鉢木」は落ちぶれ武士、佐野源左衛門常世の出世物語。
人は大方、出世や富に憧れる。
そのため幼い頃から塾に通い、そしてジャンボ宝くじを買う。
能「鉢木」はこうした人間を喜ばせる能だと思う。
鎌倉幕府執権、北条時頼は僧形で一人、諸国巡歴の旅に出る。今の群馬県、高崎市佐野の辺りで大雪に遭い立ち往生、辺りのみすぼらしい家に宿を乞うが、この屋の妻は主人が留守だという。
僧は大雪の中に立ち尽くし主人を待つ。
ややあって主人、佐野源左衛門常世が現れる。
「おぉ、降ったる雪かな。いかに世にある人の、面白う候らん」
ここがいいのだ!ドン底の人間の悲痛な叫びが、この上ない熱い共感を呼ぶ。
俺はこの雪に難渋しているが富める者は雪景色を歌に作り詩に詠んで楽しむのだろうと言うのだ。
ドン底の人が見い出され、夢をつかむ序章の場面かもしれないが、この曲のいちばんいいところと思う人は多いと思う。
常世は貧しさ故、宿を断る。
そこで妻は「私たちが、こうも零落れたのは前世の行いが良くなかったからです。せめて坊さんにお宿を貸したらどうですか」という。
やさしい奥さんなのだ。
常世夫婦は僧に粟飯を振舞う。
身はみすぼらしい僧形ながら、実は天下の執権、北条時頼だが超粗末な粟飯に感動する。
常世は更に秘蔵の梅と松と桜の、鉢の木を切って囲炉裏に焚き僧を暖たためる。
明日の生活に困っても手放さなかった盆栽だ。
その木を切る常世の気持ちがひしひしと伝わる。
盆栽の木は生木、燃える訳がないというのは野暮な詮索。能は理屈抜きの芸術なのだ。
常世は僧に、今は情けない境遇だがと前置きして武士としての誇りを語り、もし鎌倉に変事が起こったら一番に駆けつけるという。
 鎌倉に帰った僧、北条時頼は全国に非常呼集を掛ける。
常世は「すわ鎌倉」と錆長刀を担ぎ、痩せ馬に乗り、よたよたながら馳せ参ずる。
時頼の非常呼集は常世の真情を確かめるためだった。
時頼は鉢の木の、梅、松、桜に因んだ、梅田、松井田、桜井の地を領土として与えた。
 この能は武士道の能としても好まれたという。
      能「鉢木」の詳しい解説は「lこちら







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10.10
Sat
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宇治川の激戦を語る頼政

酷暑和らぐ九月半ば、能「頼政」を舞った。何か心の変化で思い付いたのだろう。強烈な性格の人物を主人公にした能だから。
この能は、前場は優雅な詩人でもある頼政、後場では78才の老武者ながら鬼神の如き出で立ちの頼政だ。
屈折した頼政像を表しているのだろう。
曲の中に色々思惑が浮かぶが、摑み難く演者にとっては演じにくい難曲といえよう。

源頼政は平安時代後期の人。
保元、平治の乱に活躍、鵺を二度も退治した剛勇の宮廷武人。
歌人としても優れ、藤原俊成に「いみじき上手」と評され、勅撰集に多くの歌が入集、私家集をも持つ歌人であったという。
特異な性格の持ち主であったともと云われる。
平治の乱では源義朝に応じたが平清盛に寝返り、源氏一党を裏切った。
戦乱の世では、洋の東西を問わず、親子兄弟も殺し合ったというから珍しい事ではないかも知れないが。
清盛のお気に入りで、超破格の従三位に叙せられたが、78才にして勝算ゼロに近い平家打倒の兵を挙げ宇治、平等院で自刃して果てた。
頼政反乱の報を聞き、清盛は俄には信じなかったという。頼政の性格が想像される。

頼政の挙兵の理由は色々云われる。
平家物語の挿話をアイ狂言が語る。
頼政の子、仲綱が平宗盛から受けた恥辱を晴らすためというが、全てとは信じ難い。つまりは謎。
つかみ所のない人、正体のはっきりしない人を鵺に例えるという。
頼政を評して「鵺」と云ったそうだ。
鵺は、頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎という、魔力を持った怪物。

市ヶ谷の自衛隊のベランダで、多くの自衛隊員、警察、報道陣の見守る前で、華々しく切腹して果てた三島由紀夫を思い出す。
彼の切腹の理由も色々云われた。
人は人道、倫理や誰もが持つ動物的本能などでは説明出来ない行動をする事があるのではないかとつくづく思う。
人の心の奥底にひそむ、意識のほかの“何か”の仕業かも知れない。
頼政や三島由起夫の行動もその類かも知れないが、無知の者には「死に花」を咲かせたのだろうと思うしか想像が及ばない。

この能の前場は、美しい景色と名所でも知られた宇治の風景と名所が語られる。
景色や名所教えは、能では珍しくはないが、この曲では極めて魅力ある美しい語句で飾られ、武将をはなれて歌人、頼政を美しく歌いあげる。
和歌は自然の風物、現象をうたい、人の心の風景を伝えるからだろうか。
頼政の亡霊の老人は頼政自刃の平等院、扇の芝に案内し人の命のいとおしさ、現世への飽くなき執心を僧に訴える。
頼政は僧に釣殿を教える。じっと見つめる釣殿の下は愛息、仲綱自刃の跡。哀愁が漂う。
地謡が歌人、頼政の心の内をしみじみ謡い、前場を終わる。

後場はガラリと変わる。
先ず面。「頼政」と呼ぶ専用面。目や口が恐ろしい。
頭には「頼政頭巾」を被る。頭巾は法体を表すが、僧の頭巾には見えない。
この二つが怪物、鵺の如き頼政の“気”を発散する。
とても78才の老武者の姿には見えない。この姿で敗戦を語る。複雑なキャラクター。演者は工夫に苦労する。

頼政の辞世「埋もれ木の、花咲く事もなかりしに、身のなる果ては哀れなりけり」
“花咲く事もない”とは何であろうか。
超破格の従三位まで官位を進めたのだから、世俗的な地位に不満があろう筈はない。
和歌ではかなりの評価を受けてはいたが、西行や俊成に肩を並べるほどの、和歌への飽くなき執念と解すべきだろうか。
又は平家に与し、源氏を裏切った汚名を晴らす、この反乱が、思惑どうり成就出来なかった無念だろうか。

平清盛と同僚、友達でもあったという西行。
そのまま北面の武士であったら、清盛と肩を並べたであろう程の資質を持つ西行が、若くして家族を捨て出家したのは、歌道を極めるためではないかと云われた。
このことが頼政の念頭にあったのではないだろうか。

後場の中心は敵方、田原忠綱が300騎を指揮し、五月雨の急流、宇治川を渡り攻め入る、渡河作戦の様子が中心になる。
頼政が床几に座ったまま忠綱になり豪快に演ずる。一ばんの見どころだ。
余談だが忠綱はこの時17才。この若さで、と疑いたくなるが、まさに時代が人をつくのだナと思う。
忠綱の軍勢に倣って他の軍勢も続いたが急流に流され、中には鎧を着た武者が溺れ、息絶えて網代に引っ掛かった。
頼政の長男、仲綱の歌、この能の後場の出でも謡われる「伊勢武者は、みな緋縅の鎧着て、宇治の網代にかかりぬるかな」敵方を嘲笑した一首だという。
伊勢武者は敵方、平家の武者。
余情を誤ると味方の事と誤解されそうだ。演者にはきつい。
これらの場面で、頼政は多くは語られないが、忠綱の勇姿は光となって、終曲の頼政の自刃の無念と悲哀を強烈に照らし出す。
この手法は能「鵺」の終曲でも感ぜられる。
使用面は近江作の「頼政」であった。
能「頼政」の詳しい解説はこちら


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10.03
Sat
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2015年8月14日 調布市 都立野川公園野性植物園で写す

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能「三輪」 御幣を打ち振り舞う三輪明神

   
湿り気が好きな花のようだ。
湿地に群生して咲いているのを見ると、心はあちらに、見とれてしまう。
北海道から九州まであるそうだが、沖縄はどうだろうか。
草丈1メートル程、ピンクの穂の波に息を飲む。
野性の花の色はやっぱり鮮やかできれいだ。

以前、房総の田んぼの畦に、雑草を刈り取った後、一群らミソハギが刈り残されていた。目に強烈に焼つき、この所の人達のことが色々想われた。
盆花にする地方が多いという。お盆の頃に咲く。
ちょうどこの頃は、野草の花の端境期、その美しさを強烈に訴える。
信州地方では、お盆にミソハギを水に浸たし、辺りを祓い清め、祖霊を迎えるという。
今もこの床しい行事が今も残っているだろうか。
世の豊かさが神仏を遠ざけるご時世、大いに気になることだ。

ミソハギはミゾハギともミソギハギとも云うそうだ。
ミゾハギのミゾは溝。溝など湿地を好むからで、ミソギハギのミソギは禊で、御幣にしたからという。
ハギは萩の花に似ているから。
水辺に咲くこの花を折り取り御幣にして禊ぎをして身を清め神に何をお願いしたのだろうか。
このような風景はもう何所にもないのではとさびしくなる。

この花を見ると強烈な性格の知人を思い出す。
誰云うともなく詩人。東京生まれ。30半ばで屋久島に妻子を引き連れて移り住み、百姓を始めた。
まだ屋久島が、それ程有名でなかった頃、テレビの屋久島紹介の番組に出ていて、詩人と紹介されていた。
彼は山開きとお盆に毎に、家族を引き連れ宮浦岳に登るという。
大海の潮で禊ぎをして身を清め、0メートルから登るのだと、感慨を込めて話す目が潤んでいたのを思い出す。
御幣は神道の神具。
能に御幣を打ち振り舞う「神楽」と呼ばれる舞がある。他の能の舞と、旋律、リズムの趣が変わっていて神秘の世界に誘う。
三輪、龍田、巻絹、葛城など日本の神を語る曲、数曲。そう多くはない。

能「三輪」は憂き世の業を全て捨て去り、三輪の山懐に隠棲する高僧、玄賓を訪ね、罪の救済を求める三輪明神の話。
日本の神様が仏教の、しかも人間の坊さんに助けを求めるというのも変だし、明神の罪とは何かも明らにされないが、そこが能、現代風に詮索するのは野暮かもしれない。
当時は神仏混淆の時代でもあったので、その辺も興味深い。

謎めいた女、三輪明神の化身が玄賓を山居に訪ねる。庭に散り敷く落ち葉を、月影が訪れ、門は八重葎が被い、筧の水音が閑かに聞こえる。
荒れ果て、森閑とした玄賓の住まいの佇まいが語られ、神秘を帯びた女の姿と共に心に深く沁み入る。
日本人の感性の世界だ。
後場はガラリと変わり、躍動の世界が展開される。
先ず三輪の神婚説話が語られる。ある女の許に通ってくる男は実は三輪の明神であった。しかも蛇だったというのだ。
定型の型を連ねて舞う、おおかたのクセに非ず、随所に独特な型があって魅力だ。
 見せ場の「神楽」に続き神代の「岩戸開き」の神話で締め括る。
盛沢山の能だ。
   能「三輪」の詳しい解説は、こちら


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