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11.28
Sat
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太宰治も愛したというJR三鷹駅西の陸橋から見る富士山の残照
2015年11月27日写す

次第
砂内桂馬。団塊の世代。
爽やかな秋風が立つ。
微かに揺らぐケヤキの梢を、見るともなく桂馬は眺め続ける。
一つまた一つと拡散していった過去の記憶が、揺らぐケヤキの梢から一つの塊となって桂馬に蘇る。
それは次第に輝きを増して、大きく輝き、そして静かに消えて行く。それは残照だった。

前回のあらすじ、
桂馬は亡くなった先輩の法事の後、高尾山の登山口辺りを散策した。
鳥の奇声に驚いている桂馬の前に、森田が女性を連れて現れた。
森田は会社の先輩だった。
森田は、今は会社を辞めていたが、桂馬とは会社時代に深い因縁があった。子供会のハイキングに子ども達を引率して来たのだった。
連れの女性、温子は桂馬の顔を見るなり、アッと口を抑えて目を剥いた。
温子は前年の夏の終わり、中央線の車中で桂馬に会ったのだ。
その時、桂馬は温子の目の前の座席で眠っていた。その姿、雰囲気は異様だった。
異様な桂馬の姿に温子の冒険心がうごめいた。
温子は新宿駅で降りた桂馬を追跡した。桂馬が辿りついた先はショットバーだった。
温子も続いた。まったくの未知の世界に飛び込んだ温子は、バーの不思議な雰囲気に飲み込まれ、いたたまれなくなった。
その桂馬に温子は再び巡り逢ったのだ。驚きのあまり温子は自らを失ってしまった。 

温子の胸の鼓動は帰りの電車に乗っても治まらなかった。
森田にこのことを話して胸を鎮めたかったが森田は車中で騒ぐ子供達を静めるのに躍起だった。
子供たちが落ち着いたのは立川駅を過ぎてからだった。
森田はホッとしたかのように温子の隣に腰かけ大きく吐息をついた。
「桂馬に会ったンだって?」
「そうです。去年の夏の終わり頃」
「それで恥ずかしそうにしてたの?温子さんらしくないなと思ったンだ。それにしても桂馬の奴、素ぶりにも見せなかったナ」
「それはそうです。ずっと寝ていたンですから」
「新宿の駅で目を覚ましても私には目もくれず、さっさと降りたンです。折角落とした聖書、拾ってあげたのに」
温子の体験談は下車駅の荻窪まで続いた。温子は時々、身振り手ぶりもまじえた。
森田には今までに聞いたこともない想像の外の新鮮さだった。
温子の話の前へ前へと想像を飛ばして聞き入った。
何がこうまで温子を動かしたのだろう。
桂馬の中から何かが放射され、それは温子だけが受け取れる物だったのかもしれない、森田はバスの中でも考え続けた。
「森田さん、どう思う?不思議な人だと思わない?」
「うん」森田は生返事を返し考え続けた。
森田は我に返り
「その男、ほんとに桂馬だった?信じられないナ~」
「そうです。間違いありません。今日の身なりはあの時とまったく違うけど、オデコの真ん中に仏様のホクロがありました」
「ハッハッハ。だったら間違いない、奴だ。桂馬の奴、あのホクロが恥ずかしいと、時々叔母さんのファンデーションを塗ってたナ」
「聖書とネット帽子、ウンあり得る。時々考えられない事をする奴だったから」誠実の塊の森田に悪戯心がわいた。
「よし、この二人を又、会せてやろう。桂馬の奴は仲間から女嫌いで通っているし、温子は自称、男嫌いだというから。面白い展開になるのは必定。楽しみだ」森田は、ほくそ笑んだ。
「森田さん、今度、またあの人に会ったら今日の話、絶対、内緒ですからネ」
「どうして?いいじゃないか。桂馬もきっと面白がると思うよ」
「駄目、絶対ダメです。約束して下さい!」
「そうか、じゃあ約束しよう」
「約束違反したら、もう森田さんのお手伝いはできませんから」
「ハイハイ、違反いたしません」森田はニヤリと笑って答えた。
「どうも怪しいわネ」温子は頬を膨らませて見せた。
森田は策をめぐらした。
「次のハイキングは山梨の乙女高原にしよう。近くの金峰牧場。友達の牧場なんだ。牛もたくさんいるし、子供たちもきっと喜ぶと思う。夏休みの終わり頃がいいかな」
「あら、いいわね!牛さんの牧場!四葉のクローバー探そうかナ」
「桂馬も誘ったよ。忙しいらしいが。たまには息抜きをしないと、と誘った。奴、山が好きだからきっと来るよ」
森田が高尾で桂馬と会ったのは温子も一緒だった。約束などしてなかったのだ。温子は気が付かないほど動転していたのだろう、
「エッあの人も、ですか?」
「困るわ。だって、あの人を探偵したのよ。恥ずかしいし、恐いわ」温子の顔は今にも泣きだしそうな顔だった。
「しかし桂馬は気が付いてないのだろう?だったら問題ないじゃあないか」
「でも困るわ」
温子は電車を降り、バスに乗っても釈然としないといった面持で帰っていった。
森田が家にたどり着き、靴を脱ぎかけている矢先、温子から電話があった。
「森田さん、朗報です。夏のハイキング、私、行けないの!」
森田が受話器を取るやいなや、温子の大きな声が飛び出した。
「エッ」
「先生が選挙区に帰ります。私もお供で田舎に帰ります。アア天の神様、仏さま。助けて頂いて有難うございます」温子が受話器を顎で挟んで、大げさに両手こすり合わせ、上目使いにニヤリと笑って、天井を見上げているだろう情景がありありと浮かんだ。
「ほんと?」
「正真正銘のホント。私、動転して忘れてたの」
「そうか、ガッカリだな。いいアイデアだと思ったのにナ」
「エ?アイデア?」
「いやいやいいンだ。桂馬と二人で子供たちの面倒を見るよ。お土産、梅が枝餅、頼むよ」森田は計画が温子に気づかれたかと慌てた。

桂馬は子供との付き合いが、ほとんどなかった。
森田の誘いに少し迷ったが、仕事に占領された頭の中を出来るだけクリアにしたかったし、会社では見なかった森田の生きいきとした姿を、また見たかった。
荻窪駅前の焼鳥屋の前が集合場所だった。
荻窪北口前の、この焼鳥屋は、よく知られた、異様に存在感のある店だった。
簡単なテント張りに長い板の椅子、いま時こん店が、と思うほど粗末な店に、昼間から大繁盛だった。
 桂馬は約束の時間前に着いた。早朝の駅前はさすがに静かだった。
焼鳥屋の前は掃き残りの割り箸や、串が散乱、こぼれた汁の乾いた跡が、昨夜の賑わいを示していた。

森田が二十人近い子供を連れて現れた。
「牧場が気に入ったのか、子供の数が若干増えてね」森田の穏やかな顔が嬉しそうだった。
森田は子供を並ばせ、
「今日はこのお兄ちゃんが、みんなと一緒に行きます。名前は桂馬さんです」
桂馬は帽子をつまんで「将棋の桂馬です」と、ぺこりと頭をさげた。
子供に馴れない桂馬にはどうにも座りの悪い場であった。
「オンコ姉ちゃんがいないと、つまらない」子供たちが口々に騒ぎたてた。
「オンコではないでしょう、アツコ姉さんでしょう」
「だって、オンコと呼んでってお姉ちゃんが云ったよ」
“オンコ”は学生の時見た「能」で、ワキの僧が鬼を調伏する呪文「オンコロコロセンダリマトオギ」を友達が面白がって奉った、あだ名だった。

塩山から西沢渓谷行のバスに乗り、恵林寺で降りた。
牧場の車が此処に迎えに来る約束だった。
森田は子供たちを集め
「三年生までは此処から牧場の車に乗って牧場まで行きます。四年生からは次のバスで途中まで行って、バスを降りて歩きます。山道だから気を付けてください。桂馬さんが一緒に登ります。私は三年以下の組と車で行きます」
森田は腕の時計をのぞき込みながら
「少し時間があるので、このお寺を見学しましょう。ここは昔、甲斐の国と云いました。武田信玄、知ってる人」
「知ってます」二、三人の子供が答えた。
「甲斐の国は武田信玄の領地でした。このお寺に武田信玄のお墓があります。ついて来てください」
森田が先頭に立った。桂馬は子供たちの後に続いた。
夏の朝は早々と活気が目覚め、人影もちらほらと見え始めていた。杉木立までも居丈高に見えた。
土産物屋や食堂も開店の準備を始めていた。
森田が案内板の前に子供を集めた。
「ハイ、この案内板を見てください。“心頭を滅却すれば火もまた涼し”と書いてあります。
昔、このお寺は、敵に攻められて焼かれました。その時、このお寺の偉いお坊さん、快川という人が火の中で唱えた、お経の言葉です。意味は、一生懸命、仏さまを信じていれれば、火だって熱くなくて平気だという意味です。何をやるにも一生懸命やりなさいという諺になりました。分かりましたか?」
「は~い」子供たちは手を挙げていっせいに叫んだ。
「でもやっぱり火は熱いヨ!」だれかが即座に叫んだ。子供たちの笑いが華やかに起こった。

牧場への山道は両側から木々に覆われていたが、時々木々の途切れから強烈な夏の太陽が照りつけた。
子供達は、登り始めは、はしゃぎながら登っていたが、はしゃぎはやがて不平に変わっていった。
そんな子ども達を桂馬は話題を色々変えながら励ました。
桂馬は、しだいに苦手な子供達との距離が縮まっていくのを感じた。
桂馬の励ましも限界に来た頃、先行の牧場の車が引き返してきた。
子供たちは歓声をあげて乗り込んだ。

牧場はさほど大きくはなかったが、なだらかな斜面に広がる緑の海は子供たちの歓声を誘った。青く霞んだ山々の上に富士山が浮かんでいた。
先発の子供たちが何か熱心に探していた。
「何を探してるの?」
「四つ葉のクローバー。オンコ姉ちゃんにあげるの。お姉ちゃんが欲しいって、森田先生がいってたから。でも中々見つからない」
高原の牧場も、昼近くの草いきれが激しさを増した。
桂馬は大きなダケカンバが4,5本生え木陰に子ども達を移動させた。

「お弁当の時間だよ~」向こうから森田の声が聞こえた。子供たちは四葉のクローバーに未練などなかったかのように駆けていった。
弁当の時間は賑やかだった。お互い見せ合いながら大はしゃぎだった。
「あそこの木の下に寝そべっている牛もお昼ご飯食べてるネ。だけどずーっと口をもぐもぐして中々食べ終わらないけど、どうしてだと思う?」森田が指をさした。
子供たちの視線は一斉に牛に向けられた。
「草が硬いンだよ」
「草が硬い訳ないジャン」
「分かった。ガム」
子供たちの爆笑が木霊を作った。
「牛は食べた草を飲み込んで、また口に戻して、もぐもぐ食べて、何度も“おいしい”を繰り返すんだよ」
「えエ、気持ち悪い」「行儀わるいよ」
「でも人間はどんな美味しいものでも、飲み込んでしまったら、おしまいだヨ。牛が羨ましくないか?」
「ところで四つ葉のクローバー、見つかった?」森田が子供達を見回した。
「見つからない」子供たちが一斉に答えた。
「あの牛が食べたんだよ。四つ葉のクローバーは美味しいんだよ、きっと。だからもぐもぐしてるんだと思う」女の子が指さす彼方に牛は、もぐもぐを続けていた。
「オンコお姉ちゃんに、四つ葉のクローバー、なかったって手紙書きます」
「それがいいですね。では此処でみんなで書きましょう。何かいい紙ないかナ~」子ども達が一斉にリュックを開けて、のぞき込んだ。
「先生、これは?お母さんがオニギリ包んでくれたお菓子の包み紙、皺くちゃだけど」
「これは?スケッチブック」
「では、お菓子の包み紙に手紙を書きましょう。スケッチブックで封筒を作ります」
子ども達はワイワイ、ガヤガヤ、縦に斜めに横に、思い思いに書いた。小一時間、席を外して帰った桂馬に森田は、君も一筆、頼むよと包み紙を桂馬に押しやった。
「では、これも同封してください」桂馬が森田にティッシュの小さい包みを渡した。

田舎に帰った温子は毎日がソワソワだった。金峰牧場のハイキングが気になったからだ。
子供たちが?森田が?まさか桂馬が、気になる?自問自答を繰り返した。
手紙が届いたのは、まさにその時だった。
金峰牧場にて、とあった。封筒は大きく膨らんでいた。
急いで封を切り逆さまにして、掌の上でトントンと上下に叩いた。
ティッシュの小さな包みが落ちた。恐る恐る丁寧に開いた。
四つ葉のクローバーだった。
つづく

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11.21
Sat
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富士山遠景 2015年10月19日 雁腹摺山山頂で写す

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トリカブト 

10月半ば過ぎ、雁腹摺山に登った。
昔、五百円札の裏にあった富士山の写真を撮影した山で有名だという。
富士山の眺めが随一の山だそうだ。
目的は山に登るためではなかった。
登山口に毎年咲くトリカブトの花を撮るためだった。
大月から車で30分、胸をはずませてたどり着いたたら、ただの一本もなかった。
辺りを探したが見つからなかった。林道を管理する人が刈り取った形跡があった。
ガッカリ。管理人にとっては、タダノ雑草だろうが、管理人を恨んだ。
腹立ち紛れに山に登ることにした。
この雁腹摺山には登ったことがなかったから。
ところが、思いも寄らなかった。途中の沢のほとりに群落があった。
神の導きか管理人の導きか、感謝、感謝だった。管理人への逆恨みが悔やまれた。

トリカブトは附子ともいい猛毒でよく知られている。
昔、アイヌの人達は矢尻にトリカブトを塗って熊狩りをしたと聞いたことがある。
強精剤でもあるそうだ。
もう二十数年前にもなるだろうか、或る博物学者が強精剤に愛用していた。
もう少し効き目をと、量を増やして中毒、落命したそうだ。
薬と毒は同じものという好事例ではないだろうか。
トリカブトの名は、花の形が舞楽のかぶり物、鳥兜に似ているからだという。
鳥兜は想像上の霊鳥、鳳凰の頭を模ったものだそうだ。
能では鳥兜は男のかぶり物。唯一、女が鳥兜を被って舞う能がある。
「富士太鼓」「梅枝」。
この二曲は同じ素材を、視点を変えて作った作品。夫婦の情愛を描く。
能の情愛物といえば隅田川など親子の情愛が思い浮かぶが、夫婦の情愛物も結構ある。

宮中で舞楽が催され、諸国の役者が召し集められる。
住吉明神に仕える太鼓の役者であった夫も参加するが、同じ役の者の恨みで殺される。
夫の身を案じて都に上った妻は、その報を聞き、嘆き悲しみ、やがて狂乱となる。
妻は夫が殺されたのは太鼓故、太鼓が夫の仇なのだと夫の形見、舞楽の衣装、鳥兜をつけ、バチを刀に太鼓を打ち、舞い狂う。
 妻は娘、子方を連れて登場する。
この子方はシテとの連吟や、母の狂乱を諫めたり、また太鼓を仇に見立て打つなど活躍すする。この能を更に華やかにする。
シテは鳥兜に舞衣の華やかな扮装に、バチを刀に「楽」を舞い、狂乱を舞う。
現在能の強み、現実味豊かに、華やかに。芸の面白さを狙った作品。

「梅枝」は富士太鼓の後日談ともいうべき作品。
その身は死しても、変わらない夫への慕情をえがく。
富士太鼓と同じ衣装で同じ楽を舞うが、しっとりと追慕の舞を舞う。
作品の格としては富士太鼓よりも遥かに上位にランクされるが上演頻度は富士太鼓が多いようだ。
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11.14
Sat
秋は寂しい。生けるものの気が滅の方向に向かうからだろうか。
源氏物語に取材した能に「野宮」がある。
光源氏との恋を諦め、斎宮に選ばれた娘と伊勢神宮に下る六条御息所は、心の内を歌う。
「秋の花、みな衰えて、虫の声も枯れがれに、松吹く風の響きまでも、淋しき道すがら秋の悲しみも果てたし」
自然の風物を我が身にたぐえ、もろびとの胸をうつ。
秋は寂しい季節だが色とりどりの木の実、草の実が慰めてくれる。この実たちが次世代をI受け継ぐと思えばなお愛おしい

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ガマズミ スイカズラ科
2015年10月30日調布市都立野川公園で写す
野山でよく見かける。
庭木に好まれるのは実が赤くきれいだからだろう。
果実酒にノミネートされる。
薄いピンクの色はきれいだが、さほど美味しくない。
食べても種が大きくて酸っぱく不味い。

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アメリカハナミズキ ミズキ科
2015年10月28日 武蔵野市内、街路樹
街路樹に植えられ、ポピュラーな木。春、花弁の厚い玩具のよう可愛い花。
ワシントン、ポトマック河畔の桜は毎春、華々しく報道される。
明治の終わり日本政府が日米友好のしるしにと贈ったという。
その返礼にと贈られたのがアメリカハナミズキ。
この実、どう見ても美味そうには見えないが試しに、かじってみたら、果肉は薄く、ほんのり甘くはあったが苦くて不味かった。

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ボケ バラ科
2015年10月28日 武蔵野市内、庭木
ボケ。“呆け”可哀そうな名だと信じ込んでいた。実も“呆け”の名の如くユーモラスな形で美しいこの花の実とは思い難いとおもっていた。
ところが漢字の「木瓜」の訓読み“ボクカ”が訛ったものだそうだ。
花の美しさに中国から渡来したという。
瓜に似た木の実がなるから木瓜だろうか。
だが名に似ず硬い。リス並みの歯でないと齧られない。香りは抜群。
日本原産にクサボケがある。
土手や山際に、地面を這い回るように茂るので草ボケだろうか。
ボケと同じ黄色い実がなる。カリンやマルメロも同じ仲間。実もそっくり。
これらはみな喉の薬。風邪で喉を傷めた時や、喉を使う人が愛用する。
以前、クサボケの果実酒を大量に貰った。
喉を酷使した時、ウガイしなさいと。
ウガイは、そのあと吐き出すのだ。
頂いた人の顔を立て、ウガイは格好だけにして飲んだ。もったいないから。美味かった。

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ホオズキ ナス科
2015年10月28日 武蔵野市内、住宅の庭。植栽
チョウチンのような皮に包まれ中に丸いミカン色の可愛い実。だが姿に似ずたくましい。
猫の額の庭に植えておいたら、いつの間にか庭を占領されてしまった。
実の中の種を取り除いて、口の中で、舌で圧迫して鳴らした。ギュウと不思議な音がした。女の子の遊びだった。あの光景が懐かしい。
浅草の観音様の境内で七月十日、ホオズキ市がある。ホオズキと江戸っ子、何やら不似合で不思議な気がするが。
食べると甘酸っぱくジューシーだが苦い。
一本の茎に五、六個ぶら下がっている様はまるでネックレスやイヤリングなどの装身具のように美しい。
装身具は人間だけではない。神や仏、天女もその身を装う。その豪華さはケタ違いだ。
能「胡蝶」では蝶々の精が、瓔珞で飾られた冠をかぶって登場する。瓔珞の中にはホウズキ形も混じっている。

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梅に戯れる胡蝶の精

能「胡蝶」は邪気のない綺麗な、童話風な能。
梅は極寒の花。蝶は春の日差しが増して生まれる。花と縁を結んで生きる蝶は梅に縁がない。
僧の前に現れた蝶の精は法華経の功徳で梅の花と縁を結ばせて欲しいと懇願する。
願いが叶った蝶の嬉々とした舞が美しい能。
「クセ」に源氏物語、胡蝶の巻で、幼児を胡蝶の姿にして舞わせた舟遊びや、中国の荘子が夢で蝶になったという、当時よく知られた荘子哲学を、軽く童話風にして雰囲気を広げる。
能「胡蝶」の詳しい解説はこちら
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11.07
Sat
春は花、秋は木の実。昔から詩歌に歌われた。
秋は野山ならずとも町にも木の実、草の実が稔る。
昔は野山の木の実は貴重な食糧だった。
食べ物が溢れ返る今の世に、木の実、草の実に興味を引かれる人は少ないと思う。
中には、飢餓が長く続いた時代のDNAを少なからず持っている人がいて、将来起こるかもしれない飢餓に昔の記憶が呼び起こされ、秋の稔に興味を持つ人もいると思う。
珍説に聞こえると思うが、こんな人が草や木の実を口にする。

フユサンゴ ナス科
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2015年10月28日武蔵野市内、住宅街の路傍で写す

冬珊瑚。玉珊瑚とも。南国渡来だが初冬になるまで実をつける。珊瑚のように美しい。
名の由来だという。
繁殖力が旺盛なのか、あちこちに芽を出し実をつける。
以前は花屋に鎮座していたが今では珍重する人は少ない。
きれいなのに、人の心は移ろい易いのだ。
食べるとトマトのような食感と味だが超不味い。“不味い”の形容詞にしたいくらいだ。
ナス科には猛毒のものがある。朝鮮朝顔、ハシリドコロなど。
フユサンゴは毒かどうかは知らないが食べない方がいいと思う。不味いし。

サンシュユ ミズキ科
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2015年10月28日 調布市都立野川公園で写す

早春、葉が出る前に小さな黄色い花を盛大に咲かせる。諸花に先がけ驚嘆だ。
秋に赤い実がきれいだ。美味そうだが果肉が薄く渋い。
以前、世田谷の駒沢公園でこの実を採っていた中年の女性がいた。
果実酒にして旦那様に飲ませるという。
漢方では滋養強壮薬、強精剤でもあるそうだ。
「この頃うちの旦那、元気がなくてネ」女性の言葉に実感がこもっていた。
得意の木登りで手伝った。

ピラカンサ バラ科
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2015年10月28日武蔵野市内、住宅の庭木

春の白い小花は目立たないが、秋の赤く小さな実の集合が圧巻だ。まるで木全体が赤い塊だ。赤だけでなく色々な種類があるようだがやっぱり赤がいい。
実が色づくと小鳥よけのネットが掛けられているのを見かける。
美味そうには見えないが、これが意外にも適度の酸味があってジューシーで美味いのだ。
少々渋みはあるが。さすが小鳥さん、よく知っていると脱帽。バラ科だから当たり前か。
バラ科には美味しい果物がたくさん。リンゴ、桃、梨、サクランボ、イチゴ、梅、などなど。

ムラサキシキブ クマツヅラ科
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写真はコムラサキシキブ
2015年10月28日 武蔵野市内、庭木

何とも優雅な名を頂いたものだ。
名前のわりに花は目立たない。初夏に咲くらしいが気にもかけなかった。だからどんな花か知らない。
目立つのは実。鈴なりの実が優雅で美しい。「紫式部」ぴったりの名だ。
だが名の由来は紫式部ではないと学者はいう。実のつく様子を云う言葉が訛ったという。
学者に文句ではないが、訛るにしても紫式部を意識して訛ったと信じることにしている。
実はただ甘いだけ、酸味がないから味は今一つ。
果実酒にしたらほんのり紫色。カクテルに最適かもしれない。

紫式部はご存知の「源氏物語」の作者。世界の文学の頂点とも。
当時は漢文学の全盛時代。それも男たちの。
「源氏物語」のような物語は低級のものとバカにされたそうだ。
そのうえ仏教の妄語戒を犯すものとして作者も読者も地獄に落ちるとされていたという。
それでも当時の大ベストセラー。男たちは口ではバカにしながら、そして恐怖しながら読んだのだろうか。
紫式部や光源氏を供養する法会や源氏物語の巻名を読み込む和歌の会が流行ったという。
鎌倉時代、安居院法印は紫式部追善の法会のために、源氏物語五十四帖の巻名を読み込んだ「源氏物語表白」の傑作を作った。(表白は法会の趣旨を知らしめる文)
この表白の面白さだけを視点にした能がある。「源氏供養」だ。

能「源氏供養」は安居院法印の「源氏物語表白」をクセにして、曲の中心にした能。
クセの舞は「源氏物語表白」の内容を伝えることを重視するために、昔から思い入れなど感情移入をしないという戒めがあるという。
クセの後「朝(あした)は秋の光、夕(ゆうべ)には影もなし、朝顔の露、稲妻の影」と、空しい人の世を例えた珍しい型がある。
三番目物に付き物の「序ノ舞」などを省くのも上記の理由だろうか。変わった形式の能だ。

知識階級も恐れた妄語戒。当時の仏教への信仰の深さは、仏教が形骸だけを残す今、現代人には想像も及ばない。
この曲の見方も今と昔ではよほど違うのではないだろうか。
しかし今でもこの能が人気曲であることは、今に通じる“何か”を持っているか、または昔の日本人の血が脈々と流れているからだろうか。兎に角不思議な魅力を持った曲だと思う。
能「源氏供養」の解説はこちら

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