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01.30
Sat
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福島の残照
2016年1月8日福島県いわき市の山中で写す
次第
竹内桂馬。団塊の世代。
テレビが幸、不幸を熱く語る。桂馬の反応は鈍い。
炎天下、ハンカチで頭を被う若い女性が映る。桂馬は徐々に反応、過去に沈
んで行く。過去は次第次第に鮮烈に甦る。しばしの残照。

前回までのあらすじ。
桂馬と温子の出会いは衝撃的だった。
が、桂馬は温子の顔を全く見ていなかった。
温子は子供会の手伝いもしていた。子供会の遠足で,二人は高尾で再び巡り
合った。
温子は目を剥き驚く。子供会のリーダー森田は桂馬の先輩だった。次の遠足
に桂馬も参加した。温子は桂馬への後ろめたさと恥ずかしさから理由を作って
郷里の博多に逃げ帰って遠足に参加しなかった。
遠足先の乙女高原で子供達が温子のために四つ葉のクローバーを探したが
見つからなかった。桂馬は二本のクローバーで作った四つ葉のクローバーを
子供達の温子への手紙に同封した。温子は練馬に帰り、土産を森田に届ける
途中、公園で桂馬に遭遇した。まさに遭遇だった。


温子は目を剥いた。頭を下げた。髪が乱れた。筋肉の反応だった。脳の反応
ではなかった。温子はしばらく頭を上げなかった。上がらなかったのだ。
「あ、もしかしてあなたは森田さんところの」
温子は俯いたまま頭を上げ
「ハイ。この間は有り難うございました」俯いたままだった。
桂馬に記憶が戻ったのは、高尾で会ったとき、幽霊にでも出会った様に桂馬
の顔を目を剥いて見つめ森田の後ろに隠れたその目と姿が鮮烈だったからだ。
ものに驚き目を剥く人の目や姿は男女老若、色々見てきたが、あの目と純朴
な姿は見た事がなかった。
俯き加減に森田の後ろに廻った温子の姿は、塩竃のフミの姿だった。
フミは桂馬の祖母の小さな旅館のお手伝いさんだった。中学を卒業してすぐ
祖母の旅館にきた。フミは優しく明るい子だった。幼い桂馬をザリガニ釣り
などに誘ったりして遊んでくれた。幼い桂馬は母に、お母さんよりフミ姉
ちゃんが好きだと云った。母もフミを可愛がった。
いま桂馬の目の前の温子もまさしくフミだった。
夏の終わりの熱気が地面から沸き立ち、フミの優しい姿を溶かし込んだ熱さ
は返って心地よく懐かしく桂馬を包んだ。
温子をベンチに誘ったのも熱さのせいだけではなかった。
「どちらへ?」
「森田さんにお土産届けに。桂馬さんにも。つまらないものですが梅が枝餅
です。暑い時期ですので早めに」
「え、僕にまで?」
「はい、この間のお礼です。あのこと、心に沁みました」温子には、四つ葉の
クローバーが桂馬の仕業と確信があった訳ではなかった。
乙女高原での子供の世話を代わってもらった事も含めて云ってみて、四つ葉
のクローバーを確かめたかった。
「あ、あれ。四つ葉のクローバー。子供達が熱心に皆で探していてね。無くて
ガッカリしていたので。悪戯心です」「クローバーで鯛を釣る、ですね」
確信はしていたが確証を得たのだ。温子の胸の中が蠢いた。温子が三歳の
頃、川に落ちた。初冬の水は身を切るように冷たかった。父は濡れたままの
温子を懐に抱きしめて暖めた。忘れ果てていた記憶が、突然甦った。
「ほんとに有り難うございます。子供たちに頼んだのです。私の乙女心の
稚気にお付き合い頂いて。すみません」
「乙女心か~」心の中で呟き、桂馬は空を仰いだ。夏空は眩しかった。
桂馬は定まらない視線を空の四方に放射した。またフミの顔が浮かんだ。
「僕も森田さんの本屋に行ったンですよ。いなくてね。すぐ帰る筈だから
待てて下さいとレジの女の子が云ったので、少し待ったけど。また今度に
しようと帰ってきたンです。それでは、また一緒に行きましょうか。」
「はいっ」温子はハッとした。思いとは裏腹に声が勝手に出てしまったのだ。
森田は書店に帰っていた。
森田は上機嫌で二人を自宅に誘った。
森田の家は店からさほど遠くはなかったが、知らない夏の道は遠かった。
大きな側溝沿いのだらだら坂の道を辿り,橋を渡ったところに森田の家は
あった。
「おやじは四つ葉商事に勤めていてね、退職金でこの家を建てたんンだ。
昔はこの辺りは大根畑でネ、夜の道は大根の葉っぱがこんもりと、怨霊の
会議のように、ざわめくように見えて気持ち悪かったと云ってたナ」
森田の家は昔風の数寄な造りの家だった。
檜皮葺きの小さな門に“照顧庵”と書いた木目の目立った木の板の額が
掲げてあった。
「照顧、どういう意味ですか?」
「脚下照顧、禅宗の言葉らしい。全然己を顧みない、うるさいおやじだった
けどネ、でもいいおやじだった。自分のおやじだから当たり前だけどネ」
森田はしばらく額を見上げて呟き、ニヤリと笑った。
森田が連絡していたのだろう、奥さんがエプロンで手を拭きながら現れた。
優しい顔立ちの奥さんだった。森田も優しい顔立ちだ。
夫婦揃って優しい人は珍しいなどと独り合点しながら、なんとまあ馬鹿げた
事など、こんな時考えるのだろうと自分が奇妙だった。
客間の座卓を挟んで向かい合わせに座布団が二組置いてあった。
森田が指し示す席に桂馬は座った。
温子は座布団を引いて、桂馬との間隔を空けて座った。何か礼儀に厳しい
おばさんを連想した。
温子は紙袋から梅が枝餅の包みを取りだし、
「いつもの、変わり映えしない梅が枝餅です」と奥さんに差し出した。
姿に似合わない、すれた大人のする挨拶に聞こえた。
子供の雰囲気を残す女でも、三十間近の俺よりもよっぽど大人だ、桂馬の
身が縮まった。公園で誘った自分の態度が横柄に思い出された。
庭の大部分は池だった。池には石菖が我が物顔に青々と池を縁取り、ツバキ
やモッコクなどの庭木が生い茂っていた。
「池は親父の趣味でね、鯉や亀が泳いでいたンですよ。僕は無趣味でねえ、
ご覧の通り荒れ放題」
桂馬は塩竃神社を目に浮かべた。塩竃神社は山の上にある。眼下に、貼り絵
の様な島々が松島湾に浮かんでいる。
森田の父も過去に見た景色をこの池で連想したのか知れない。
そういえば斯うした庭も少なくなった。個人の庭は今の住宅事情では仕方ない
として天下の名園、例えば金沢の兼六園、などのような庭園が新しく造られた
という話は聞いた事がない。造られるのは外国原産の色華やかな花をふんだん
に植え込んだ公園や庭園ばかり。日本人は文化的に異民族に生まれ変わった
のだろうか。
桂馬は森田の庭の様な庭が好きだ。同年配の人達はほとんど、色々な意味で
文化的異民族になった。俺はなれない。土着日本人でいるしかない。土着民
でいい。
奥へ立った奥さんが、ビールとおつまみをお盆に、現れた。
「暑いからビールでも飲みましょう」森田は慣れた手つきで王冠をあけた。
「あ、森田さん、また飲むようになったンですか?」
「いや、お付き合いでビール、一,二杯は飲むよ」
「少しでも口にすると前に戻ると云いますけどネ」桂馬は遠慮がなかった。
森田は桂馬の会社の先輩だった。営業だった森田は、客の接待でアルコール
依存症になった。桂馬と森田はその頃深い繋がりがあった。大学の先輩でも
あったのだ。依存症が深刻になり森田は会社を辞めた。
「元々アルコールはそう好きではなかったンだ。だから戻らないよ」
「あの時の事、時々思い出すのですよ。その節は桂馬さんにはお世話になり
ました」奥さんが明るい笑顔を桂馬に向けた。桂馬も笑顔で応えた。
「今では笑い話ですけどネ」
「二階の窓から家までの道が見えるンです。主人が酔って、よたよた帰って
来るのが見えるンです。十歩ほど歩いては側溝のフェンスに寄りかかり僅か
二百メーター程の距離を、家にたどり着くまでに一時間掛かったンですよ」
「それは大袈裟だよ」森田がきまり悪そうに笑った。
奥さんも笑いながら続けた。
「その頃私は、痩せていて体力がなかったの。五、六回は支えて帰ったけど
重くてネ。小さい子供もいるし。止めたの。情けなくて、悲しくて」
「逃げたいと思ったことなかったンですか」桂馬が無遠慮に聞いた。
「離婚でしょう?それはあったわよ。一度や二度ではなかったわ」
「でもしなかったンですよネ。どうして?」またもや無遠慮だった。
「愛だと思う」
桂馬も温子もキョトンと奥さんを見つめた。
「私が主人のことを、ま、有り体に云って、、、、、死ぬほど好きだったら
別れていたでしょうね」
温子が背筋を立てた。
「え、どうしてですか?」
「好きな量だけ、怒りや嫌悪に変わるから」
奥さんは大手セメント会社の秘書室に勤めていた。室長は森田の先輩だった。
秘書室を訪ねた森田は劇的に奥さんに遭遇した。森田本人の言葉だ。
森田は根気よく奥さんにプロポーズした。
「考えられないでしょう?この内気な主人が、ですよ」奥さんは森田から桂馬
温子と目を移して微笑んだ。
「あ、それ分かります。内気な人ほど思い込んだら、強気の人には想像も付か
ない行動に出るンですよ。僕もその口です」
「エ、桂馬さん内気?」奥さんは身を乗り出して笑った。
奥さんは森田がアルコール中毒になった時、桂馬が営業部に怒鳴り込んだ事を
云ったのだろう。
奥さんは幼い時から胃腸が弱く病弱だった。結婚などできない身体だと思い
込んだ。度々あった縁談も断り続け、男性との折衝も極力避けた。その上、
森田より三つも年上だった。
「主人に負けたの。静かな結婚生活だったわ」
奥さんが恐れていた過酷な結婚生活は微塵もなかった。森田が奥さんの人生
を作る為に求婚してくれたのだろうと、奥さんの胸の中の小さなストーブは
徐々に暖かさを増していった。奥さんはその“暖かさ”を、想像も期待もし
ていなかったのだ。
営業部に移った森田は暫くして接待が増え、泥酔して己を失い深夜に帰宅する
といった日々が続いた。それでも早朝五時過ぎには物音もたてずそっと起き、
自分でコーヒーをたて、パンを焼き、新聞を読んだ。奥さんには起きて来なく
てもいいと云った。一時、激した奥さんの心も、しだいに平生に戻っていった。
森田のアルコール依存症が極限に達し入院という事態になっても“暖かさ”の
中にいて、動揺することはなかった。
「これが私の愛。愛という言葉が当てはまるかどうか知りませんが、外に適当
な言葉がないから」奥さんは、はにかむように、それでも明るく微笑んだ。
「じつは私に縁談があるンです。迷っているンです」温子は涙ぐんでいた。
「何も分かってないのに。母が積極的なんです。父はもう少し社会勉強をして
からと母を説得したんですけど。母はまだ諦めていないンです。その母の気持
を思うと。でも思い知りました。私など、まだまだ生意気です。」
奥さんは微笑みながら
「いいえ。女も男も結婚して大人になります。それまでは子供です。私もそう
でした」
「男は何時までも子供だけどね」森田が珍しく茶々を入れた。
「湿っぽい話は終わりにしましょう。そうそう、桂馬さんはお酒がいいわね、
頂いたのが、誰も飲む人がいないの。温子さん手伝って」奥さんと温子が台所
に立った。
「庭を見せて下さい」桂馬も立った。
池の周りの雑草に踏み跡も消えていた。イボガエルの子供だろうか、数匹が
池に飛びこんだ。
「俺なんぞに驚くなよ」
鯉も亀もいなかった。池の水は暗緑色に淀んでいた。奥さんの“愛”の話が
桂馬の心に蟠った。桜子との“事件”が思い出された。
桜子との思い出は、汚れたり浄化されたりを繰り返し、一年ほどは桂馬を悩
ました。初めての事でもあったし、幼稚でもあったとようやく思えるように
なっていた。それでも残ったものもあった。
桜子の父は医者だった。患者の死に直面する父の苦しみを、桜子は見たと
云った。父の姿を見て桜子は「己の心が命ずるままに生きる」事を悟った
と云った。これだけは桂馬の心を去らなかった。(注、桜子の“事件”は、
残照10トラウマ)以来桂馬は女性に関心を持たなかった。と云うより
避けていたかもしれない。
「用意が出来ました」温子が縁側の硝子障子を開け桂馬を呼んだ。
温子の顔はすっかり明るくなっていた。
四人は座卓を囲んだ。
森田が突然「くっくっ」と笑い出した。
「『お父さん、お母さん。温子さんを私に下さい。一生懸命頑張って温子さん
を幸せに致します』並んだ君たちを見ているとそんな光景だよ」
桂馬も温子も口を半開きに森田をしばらく見つめ、桂馬は照れ臭さそうに
温子は俯いて、“くっくっくっ”と笑った。座は一段と花やいだ。
森田も奥さんも桂馬も温子も、ぐい飲みを挙げて乾杯した。
「お酒は、こういう時に飲むものよね。美味しいわ」奥さんはじっとぐい飲み
を見つめた。万感を込めるという言葉そのものだった。
「温子さんの故郷の博多では、嫁入道具に物干し竿二本、洗濯盥二つ持って
行くンだって?」森田が穏やかの中にも何か含みありげに聞いた。
「ハイ。昔の話ですけど。でも今もその気風は残っています。男社会の。女は
男の付属物だったと母が云ってました。でも家では父は母に頭が上がらない
時もあります」四人は笑った。
「九州男児か。今は洗濯機は二台?」すかさず森田が茶々を入れた。
「まさか」四人の笑い声は止まらなかった。
「ずっと前、会社にいた頃。タイに出張でね駐在の人に聞いたンだけどタイの
坊さんは修行中、女性に触ると穢れたと数年修行していても始めからやり直し
だって。タイの仏教は日本の仏教と流れが違っていて戒律が厳しいンだって」
森田はいつもの顔に戻っていた。
「あら、ひどい。それって男尊女卑?」と温子。
「それとはちょっと違うらしい。仏教では人の欲望を煩悩と云うンだって。
男と女の事も煩悩。人の苦しみ不幸は煩悩から来る。坊さんはして煩悩を
近かづけず悟りを開き人に教えるのだそうだ。男尊女卑も男気もこれを真似
たのかナ」
「いやだ!そんなのいやだ。私は奥さん流の“愛”で行きま~す」温子は少し
酔ったようだった。四人は笑った。暖かい空気が四人を包んだ。
気が付いたら一升瓶は空に近かった。九割近くは桂馬が飲んだのだ。

太陽は遠くのビルの屋根をかすめていた。桂馬と温子は肩を並べて歩いた。
飲んだ酒の量から押してみてもかなり酔っている筈だったが桂馬の足取りは
確かだった。
突然、桂馬が声を押し殺して「くっくっくっ」と笑った。
「温子さんを下さい。幸せにします、か。ありえないよね」桂馬はまた
「くっくっ」と笑った。
「いやね!思い出し笑い?」温子は頬っぺたを膨らまして見せ、
「あり得るかもよ!」ややして笑って桂馬を見た。優しい目だった。
「今日は。僕は。西武線で帰ります。さようなら。楽しかった。有り難う」
手を挙げ、くるりと背を向けた桂馬に、
「忘れ物です」温子が梅が枝餅の紙袋を差し出した。
「心を込めて買って来たのに」にらむように桂馬を見た。少し図々しくなった
のかナ、温子は下を向いてニヤリと笑った。
「有り難う。感謝,感謝、しぇ、しぇ」桂馬は左手で梅が枝餅の紙袋を受け
取り、右手を開いて差し出した。温子は逡巡しながら右手を出したが、恐る、
恐る、だった。桂馬は構わずその手を摑かんだ。桂馬は握った手をひねり、
温子の手の甲を見つめ、
「柔らかいお手々ですね、それに白い」
「当たり前です。これでも女ですから。傷つきます」怒ったように声を上げ
振り払うように手を放した。
「それでは」桂馬は手を挙げ駅に向かって歩きだした。温子の桂馬観が又
変わった。
「万華鏡の様な人、今度は万華さんと呼ぼうかしら」温子は呟いた。
「“西部”に寄ったら駄目ですよ~]両手をメガホンに温子が叫んだ。
「OK,オーライ、了解、分かってま~す。西武新宿、終点で~す」
「いいえ、違います、あの“西部”で~す」
桂馬は歩きながら手を挙げしばらく歩いていたが急に振り返り何事か叫んだ。
温子には聞き取れなかった。
気が付いたのだろうか?それでも構わない。温子に動揺はなかった。
(注、“西部”西部新宿駅前にあったショットバー。残照11出会一に)
つづく







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01.23
Sat
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2016年1月14日武蔵野市境南町で写す

花が極端に少ない冬、寒さに強い夏みかんやユズが、まっ黄色に色づき、花とは
又違った趣の美しさだ。柑橘類は南国の果実。温暖化のせいか、色々の種類が見
られるようになった。
キンカンもその一つ。ミカンの仲間では飛び抜けて小さい。漢字で金柑。字の如
く、金色が鮮やかできれいだ。
中味より皮が甘くて美味しい変わり者。生でもおいしい。
砂糖で煮て食べるのが一般的らしいが、生のままの蜂蜜漬けも美味しい。
我が身ながら、はげ頭のことをキンカン頭というそうだ。つるつるした果物は
金柑に限らないが、小さく可愛いからだろう。キンカン頭と呼ばれても怒るのが
ためらわれる。
金柑は中国原産だという。江戸末期に、難破した中国船を救助した静岡の名主が
お礼にもらった、金柑の種から育てたそうだ。
能「通小町」では「大小柑子、金柑」と謡う。金柑が江戸時代の渡来ならばこの
金柑とはそも何ンぞや?だ。
通小町は小野小町の元に百夜通う深草少将の悲恋物語。男の恋の執念を極限まで
息が詰まるほど突き詰めて描いた作品。恋の執念は女だけではない。少将がシテ
小町はツレ。
唯一小野小町をシテにするのがある。草紙洗だ。

能「草紙洗」は華やかな王朝絵巻を思わせる能。
宮中の歌合わせで、六歌仙の小野小町と大伴黒主が争うという興味満点の趣向。
黒主は小町が吟じた歌を盗み聞き、万葉集に入れ筆して帝に盗作だと訴える。
小町も負けてはいない。帝に願い出て、万葉の草紙を水で洗う。「入れ筆なれば
浮き草の文字は一字も残らず消えにけり」
黒主はあまりの恥ずかしさに自害しようと座を立つ。小町は「道を嗜む志。誰も
こうこそあるべけれ」と黒主を許し慰め、喜びの舞を舞う。
異なる時代の歌人を集めた歌合わせ。その奇想な着想、壮大なスケールと、
きらびやかなムードが魅力の能。
能「草紙洗」「通小町」の詳しい解説はクリックしてください。

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01.17
Sun
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ヒメツルソバ 2015年12月26日 武蔵野市境南町で写す。
写真中央左、すっくと立っているのが若芽。

漢字で姫蔓蕎麦。姫は、小さいという意味、蔓は蔓状の茎を伸ばして地面を這うから。蕎麦は花や葉が蕎麦に似ているからだそうだ。
花は小花が丸くかたまって咲き、まるでピンクのピンポン玉のようで可愛い。咲き始めは白でピンクにかわる。園芸種かと思ったら、ヒマラヤ産だそうだ。ロックガーデン用に明治頃渡来したという。
花も葉も蕎麦には似ていないように思う。

姫蔓蕎麦の極近い親戚にツルソバ、蔓蕎麦がある。姫蔓蕎麦を大型にした感じだが、花の付き方が違う。かたまって咲くがピンポン玉状に丸くはない。白い花は蕎麦の花にそっくり。名前の由来と云う。
かなり前、屋久島の宮浦岳に登った。海岸近くで子供達が蔓蕎麦の若い茎を、塩をまぶして食べていた。食べさせてもらった。スカンポと同じ味だった。近縁だから当たり前だが、スカンポより味が細やかで美味かった。名前を聞いたら「イーボンベ」だという。
何やら外国語のようで日本列島の長さを思い旅の感慨、一入だった。
以来、伊豆や千葉の海岸近くをふらつくと、探して食べる。「イーボンベ」とつぶやき、思い出し笑いをする。
姫蔓蕎麦は花の形が可愛く、初冬の寒気の中でも健気に咲くところなどが源氏物語に登場する女性、玉蔓の印象だ。玉蔓は蔓草の美称でもある。

玉蔓は夕顔と頭中将との間に生まれた子。夕顔は内気な優しい女性、中将の妻の迫害を逃れ乳母の家に身を隠していて、その家で源氏にめぐり合った。
夕顔は、源氏が密かに連れ出した廃屋同然の、某の院で物の怪に取り殺される。
玉蔓の乳母は行方不明の夕顔を探すが見つからない。偶々夫が太宰小弐に任官され、玉蔓を連れて筑紫に下る。
玉蔓はこの地で美しく生長する。
太宰小弐の死後、この地の豪族が玉蔓に結婚を迫り、身の危険を感じた小弐一家は玉蔓をともない夜陰に乗じ舟で脱出する。
荒海の難所、響の灘を凌ぎ、散々の態で都にたどり着く。
同行の家人も離散、心細くなった一家は、玉蔓の行く末を祈願するため長谷寺に参詣する。
一方夕顔の乳母、右近も玉蔓との再会を祈願するため寺を訪れ、門前の宿で玉蔓と邂逅する。
玉蔓は右近から母、夕顔の死を知らされる。
源氏は玉蔓を実子として引き取る。

これを作った能に「玉蔓」がある。
前場では水竿を手に現れ、初瀬川の急流を遡る様子を見せる。響の灘の恐怖を暗示するかのようだ。
クセの前半では筑紫からの脱出行を、後半では衝撃的な右近との再会を描く。
後場では、人間離れした面、十寸神又は増女をかけ現れ、狂乱の質の違いを見せる。
髪の一握りを前に垂らすのも同じ理由だろうか。
「九十九髪、我や恋うらし面影の」と垂らした髪を取り見つめる。誰を恋うというのだろう。母、夕顔か右近か。
美しい玉蔓に懸想した人は数々いた、源氏までも。
何故の狂乱か明らかでない、若い女性特有の物思い、ロマンチックな雰囲気を作った曲であろう、というのが大方のこの曲の理解のようだ。
“明らかでない”は作者、金春禅竹の作風だそうだ。決めつけたものよりも、想像の輪が幾重にも拡がり、魅力的でもあるのではと思ったりする。
「玉蔓」の詳しい解説はこちら

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01.09
Sat
昨年の12月初め伊豆に行った。目当てがあった。第一に旭滝を探す、次ぎに伊豆は暖かいからドキリとするような花が咲いているかも知れない、伊豆は名前の感じからも奇跡が起るかも知れないと。修善寺から天城越えのルートで、河津の民宿に泊まった。奇跡は起こった。
民宿のおじさん、尾頭付の刺身の大皿を持って現れた。超豪華な歓待だなと喜んでかぶりついた。おじさんが慌てて現れ、食べたンですか、隣のだったンです、仕方ありません、いいです。今にも泣き出しそうに出て行った。こちらも申し訳なさにうつむいて食べた。

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旭滝。天城湯ヶ島町 2015年12月5日写す。以下同じ。
20数年前訪れ感動した滝。その後、場所を忘れ探していた。今回やっと探し当てた。感激一入。ごつごつした岩肌を泡立てながら、歌を口ずさみ滑り落ちる。
ごつごつした岩は人が作った石垣のように見えるが自然の物。マグマが柱状に固まったものだそうだ。辺りはきれいに整備され、立派な石碑、案内板がまぶしかった。昔の感動を思い出しちょっぴり寂しかった。
昔この所に虚無僧の寺があったそうだ。虚無僧は壺のような笠を被り“明暗”と書いた袈裟を付け尺八を吹いて門付けをする僧。映画でしか見た事はないが。これも郷愁を誘った。

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アシタバ セリ科 伊豆、加茂郡河津町で写す。
ドキリの花を探していたら。この辺の名物もご覧の有様。アシタバは明日葉。
朝摘んでも明日の朝は葉が出るからだそうだ。

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フユイチゴ バラ科 河津町、河津七滝で写す。
冬、地べたを這うように、忍者のイチゴ。あまり美味しくないが、腹が減っていたのか美味かった。

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キダチアロエ。ユリ科 2015年12月5日伊豆、加茂郡河津町で写す
ユリ科?へ~え、と驚いてしまう。トゲのある葉も花も百合のイメージにほど遠い。
流石学者と感じ入ってしまう。何で、どのように分類するの?と不思議でならない。
露地に咲く花が極端に少ない冬から早春に咲く有り難い花だ。
花の色や形が、魔法をかけて咲かせたような、不思議な色、形だ。
内陸部の鉢植えや庭先で見るアロエは花つきが悪いようだ。海が近い処で盛大に咲いているのを見かける。
アロエは医者いらずと呼ばれるのは周知。万能薬と信じ鉢植えにしてほとんど毎日食べた。手を変え品を変え味を変え。猛烈に苦いからだ。
数ヶ月経って、折れそうになった。アロエを食べても別段元気が出る訳でもなし、医者いらず、は迷信?などと。苦みに負けそうになったのだ。
待てよ、 “良薬、口ににがし” と気を引き締め、今までに何か身体に悪いことが起こって、それをアロエが撃退してくれて何も起こらなかったのかも知れないなどと。
しかしながら、いつの間にかアロエは食卓から消え、鉢植えも消えた。
医者いらずのアロエはキダチアロエが本名。茎が古くなると木のようになるからだそうだ。後で知ったが、食用や化粧品にするのは茎のないアロエベラという品種だそうだ。

“にがい”と“くるしい”は同じ字、“苦”。人の世の苦しみも“苦”だ。
戦乱の世に苦難の生涯を送った女性ガいる。木曾義仲の愛人、巴御前だ。
巴は女武者でもあった。強弓を引き、荒馬に乗る一騎当千の強の者。敵の強将の首を、馬の前輪に押し付け、ねじ切って捨てた、そのうえ美人、「色白く髪長く容顔まことに優れたり」と平家物語や源平盛衰記にあるという。
この巴を主人公にした能がある。「巴」だ。

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義仲の墓前に花を供え手を合わせ、往時を偲ぶ巴

能「巴」は粟津ヶ原の戦いでの巴の奮戦と、自害して果てた主人であり愛人でもある木曽義仲との哀惜を描いた作品。
前場では、静かに暮れていく粟津ヶ原の義仲の神前に、花を手向け涙を流し、死しても変わらぬ巴の慕情を情趣豊に描く。
 後場では長刀を振るい奮戦する巴の勇姿を見せる。剛の者の巴だが、能では女性らしく描く。弱々しくは見せず、然りとて生々しさは避ける。演者の苦心するところだ。
この曲の主題は、やはり巴と義仲の“別れ”であろう。
義仲は巴に殉死を許さない。義仲は命に背き巴が殉死したら“三世の契り”を断つと云い“汝は女なり、忍ぶ便りもあるべし”という。義仲の愛であろう。
巴は殉死を許されず、兵具を脱ぎ、義仲の命み従い形見を携え泣く泣く木曽へ落ちて行く。
“行けども悲しや、行きやらぬ君の名残をいかにせん”と涙を誘う。
演出に口伝のあるところだ。
能「」の解説はこちら

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01.02
Sat
明けましておめでとうございます。
拙い文章をお読み頂き誠に有り難うございます。
野草の花好きが昂じてブログをと思い立ちました。ですが野草の知識は極、ごく浅薄です。
「能」もついでに紹介させて頂いています。情熱だけは一流ですが、三流半の楽師ですので、当を得た紹介は、これも身に余ります。文章も素人故、御判読頂きたいと存じます。

めでたさも中くらいなり、おらが春。
めでたい正月に水をさすようで申し訳ないが、正月毎にこの句が頭をよぎり、少年の頃の正月を思い出します。一茶の真意や本当の句の意味は分かりませんが自分流の解釈で。

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武蔵野市内の植木屋さんの庭先に毎年正月に飾られます。定番の門松よりも願いを込めているようで嬉しい。南天、万両、千両の実の赤が正月気分をあおります。

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ナンテン 2015年12月20日 武蔵野市内で写す。
漢字で南天、難を転ずると縁起をかついで正月に喜ばれるといいます。

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マンリョウ 2015年12月28日 武蔵野市内で写す。
漢字で万両、センリョウ(千両)と共に古くから正月の飾りに喜ばれてきました。

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センリョウ 2016年1月1日 武蔵野市内で写す。

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ロウバイ 2015年12月31日 武蔵野市内で写す。
花の少ない初冬に咲く有難い花。蝋細工のよう花だから蝋梅、陰暦12月の異称、臘月に咲くから臘梅とも。
繊細な蝋細工のような花びらが魅力。そのうえ気高い香り。
たとい百花両乱の季節に咲いたとしても目を引こと請け合いの美しさだ。
二月に入ったら、この花を見に北鎌倉の明月院をよく訪ねた。この頃満開の見ごろ。
古い話だがバリ島でマンゴスチンを食べた。余りの美味しさにタネを持って帰り、猫の額に蒔いた。
翌年の春、ツワブキの葉のような形の小さい葉が二枚現れた。見たこともない怪しげな形だった。マンゴスチンに違いないと喜んだ。
本葉らしき葉が出た。成長につれて普通の木の葉になった。触って見たらザラザラ。
蝋梅だった。よくよく思い出してみたら、その前の年だったか、明月院で拾って埋めておいたタネからでた芽だった。
ロウバイは蝋梅と書いても梅に縁も所縁もないそうだが、梅は緒花に先駆けて咲き、松竹梅と呼ばれ、目出度い花として親しまれている。その梅にあやかった呼び名でもあるだろうか。
梅の花が主題ではないが悲惨な物語に、梅の花を薫らせた能がある。能「弱法師」だ。

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“おう、見るぞとよ見るぞとよ”心眼に浮かぶ景色に呼び掛け叫ぶ盲目の少年、俊徳。

能「弱法師」は盲目の少年、俊徳丸の悲惨な境涯を描いた物語。
俊徳は人の讒言により父に家を追われ、悲しみの涙で盲目となり、天王寺の観音にすがり、人の施しに命を繋ぐ。盲目故、よろめき歩く姿を弱法師とあだ名された。
「出で入りの、月をみざれば明け暮れの、夜の境を得ぞしらぬ。、、、、、深き思いを人や知る」少年、俊徳の悲愴な述懐だ。
父道俊は、さすがに哀れに思い俊徳の後世の往生を願う七日間の施行を行う。
施行の場に現れた俊徳に、父道俊は、我が子とは知らず弱法師と呼び掛け、施行を受けるよう勧める。悲しい出会いだ。
俊徳は袖を広げ施行を受ける。折しも梅の花が満開。ふくいくと梅の香が漂い、花びらが俊徳に散りかかる。俊徳は花も施行と袖に受ける。詩情漂う場面だ。
深い悲しみは梅の香に包まれて香を増し、馥郁とした気が観客の胸に染み渡る。
父道俊は日想観の時間だと教える。日想観は西方極楽浄土を想念して入り日を拝むのだ。
シテ俊徳は杖を使い閑かに舞台を一巡する。イロエだ。目に見えない入り日を心眼で見、浄土を想念する清らかな姿が目に沁み入る。
浄土への想念は、やがて過去に見た難波の浦の情景に変わっていく。若い盲目の少年の血が過去を呼ぶ。
「月落ちかかる淡路、、、、、絵島、須磨、明石、紀の海までも見えたり見えたり。満目青山は心にあり」「おう、見るぞとよ、見るぞとよ」と叫ぶ。
昔への憧憬は狂おしく昂揚し過去の幻影を求めて、杖を象徴的に使い舞台いっぱいに、橋掛かりまで使い、舞い狂う。
「狂い」と呼ぶ場面だ。この狂いを見せるために作られた能だと思われてくる迫力だ。
能「弱法師」の詳しい解説はこちら


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