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04.30
Sat
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2015年3月28日 伊豆 戸田港で写す

次第
砂内桂馬、団塊の生まれ。
冬の夜は永い。桂馬は夜半に目覚めた。深いしじま。深い孤独。閉じた目に、薄い陰が浮かぶ。それは次第に形となり過去に甦り、ひとときの残照となる。桂馬はその、ひとときの残照に生きる。

前回までのあらすじ
砂内桂馬は二十歳過ぎの春、恋を知った。恋は悲しい結果に終わった。母の言葉が甦った。桂馬は再び女性に、頑なに心を閉じた。年月が流れた。ふとした切っ掛けで五代温子を知る。温子は女子大を卒業後、郷里の福岡県選出の議員、父の友人の秘書見習いを一年、未だに少女の風貌を残す天真爛漫な女性だった。秋、二人は高尾山をハイキングした。桂馬は温子の稚気ぶりに驚かされ心を開いていく。酒好きの桂馬は高尾駅前の「浅川食堂」に温子を伴った。二人は十年の知己のように打ち解けた。
帰りの高尾駅前は静まり返っていた。桂馬は温子の肩を抱き温子の目を見つめた。温子が震える声で「これでおしまい?」と聞く。桂馬「そう」温子「どうして?」桂馬「もったいないから」

出会い(7)
温子は桂馬の「もったいない」を抱き続けた。桂馬がどんな意味で言ったのか、酔って、はずみに冗談で云ったのか、温子にはどうでもよかった。桂馬が自分のことをだいじに思ってくれているのだ、桂馬の誠意なのだ、桂馬の人柄なのだ、それだけを思い続けよう。温子は異性に特別な感情を持ったこともなかったし興味もなかった。数ヶ月前、母がくわだてた見合い事件で、男に目を向けるようになったのだろうか、自分の変化に驚きもし戸惑いもした。誰かに話したい衝動が身体の中を駆け巡った。母のところに帰ろう、そして話そう。その外にも報告がある。
温子は社会勉強のために浜田事務所から外に仕事を変えたらどうかと父に勧められていた。浜田議員は温子の父の友人なのだ、職場はぬるま湯であろうと父は思ったのだろう。
浜田事務所は温子の初めての職場で、外の職場との比較は出来ないが人間関係も仕事も負担になるものは少なく住みよい職場だった。それでも父の意見に従うことにしたのだった。
父が浜田議員に頼んでいた就職先は、浜田議員の友人が代表取締を勤める極東ステンレスに決まった。浜田は「アッちゃん、時々事務所に顔、出してくれよ。うちの連中はヤボ天ばかりだからアッちゃんがいなくなると、たちまち告別式場になるからナ」と笑わせた。

温子は土産を買うのも忘れて博多に急いだ。
晩秋の日は短かった。父が居間で一人、ぽつねんとテレビを見ていた。
「ただいま」はずんだ温子の声に振り返った父は、しばらく声が出なかった。
「どうしたんだ?温子、、、あ、おかえり」
「報告で~す。でも、お父さんこそどうしたの?お仕事は?お母さんは?」
「今日は日曜だ。お母さんは買い物。就職の報告か?」
「それもあります。もう一ついい報告」
言い残して台所に向かった。台所は何時ものように綺麗に片付いていた。やはり母の台所だ、母の律儀な顔が浮かんだ。温子はコップにいっぱいの水を一気に飲み干し、父の居間に引き返した。
「報告で~す。来月から新しいお勤めです。お父さんありがとう」
「もう一つは?」
「う~ン。お母さんが先かナと思ったけど」温子は言葉を切り父を見つめた。父はニヤリと笑い、
「好きな人でもできたのか?」
「はい、大当たり、できました」
「エッ!」父はしばらく温子を見つめていた。開けた口をとじ唾を飲み込む音が聞こえた。
「どんなひとだ?」
「まだ確かではないけど。ず~と気になってた人なの。この間二人で高尾山にハイキングに行ったの。誰が誘ったと思う?私が誘いました。呆れたでしょう?」
「当然だ」
「そう云うと思った」父の苦笑を楽しむように、
「山から下りてから高尾の駅前でお酒飲んでネ、楽しかったナ。その人ね、野の花や山の花が好きなの。花の話や、郷里の塩釜の話、楽しかったナ」
「そんな話をするためにわざわざ帰って来たのか。お前も飲んだのか」「ハイ、飲みました。格別に美味しかった!」父の顔が憮然となった。温子は構わず、
「帰りに桂馬さん、その人桂馬さんと云うの将棋の桂馬。私の肩に手を置いてジッと私を見つめたの。普通その“あと”があるでしょう?私が、これでおしまいって云ったら、“もったいない”からおしまいだって」
「もういい」父は憮然のまま立ち上がり台所へ向かった。
「ただいま」玄関を開ける音と同時に母の声が聞こえた。温子は玄関に急いだ。
「あら、アッちゃんどうしたの?」予告なしの帰省に母は驚いた様子だった。
「報告に帰ってきました」
「え、報告?電話もなしに突然のご帰還だからさぞかし重大報告よネ?」温子は軍隊調で、
「ハイ、重大であります。母上に先にと思いましたが、母上不在につき父上に先に報告いたしましたところ、たいそうご立腹で台所で地団駄を踏んでおられます」
「おやおや、それは大変ね」母はスリッパを鳴らして台所に消えた。温子は荷物を手に二階に上がった。優しい父だからこそショックは大きいのかもしれない、もっと早く匂わせておけばよかった。温子は着替えを済ませ窓を開けた。いつもの家並だが何か新鮮に見えた。
温子は足音を立て階段を下りた。母が夕食の準備をしていた。
「大した御馳走はないわよ、急だったから。あり合わせ」
「はい、何でも結構です。東京で粗食に耐えている身です、お母さんのお料理なら最高です」
「それはおおげさよ。そうそう聞いたわよ、恋人、できたんだって?」
「ハイ。私の一人合点かも知れないけど。ああよかった。お父さんは納得してくれると思ったけど、お母さんはキツイかなと思って覚悟して来たのに、ぜんぜん逆ネ」温子は笑顔を父に向けた。
「ううん、そうでもないの。お父さんネ“もったいない”が気に入ったらしいの。人柄が見えるって、温子もやっと女の兆しが出てきたか、だって。」母は笑顔を父に向けた。父の苦笑が照れ笑いに見えた。
「それにしても驚いたナ。父親に、恋人ができました、デートしましたと、あっけらかんと云うんだから。普通は母親にそっと云うものではないのか?」父の顔は笑顔に変わっていた。温子が幼い時の記憶にある笑顔だった。
「そこがアッちゃんのいいところよ。小さい頃から何事につけ、そうだったでしょう」

温子は安心した。一波乱を覚悟して来たのだ。これでいい夢が見られると床に入ったが、夢の欠けらもなく朝遅く目覚めた。
父は仕事に行ったのだろう既に姿が見えなかった。
「お父さんがネ今日一日居るようにだって」
「はい、そうします。お父さんに相談もあるし。アパート、引っ越したいの。今度のお勤め練馬からだと不便で仕方ないから。そうそう後で天神さまにお土産買いに行きたいけど、お母さん一緒にいかない?」
「そうね。新しいお勤め始まると、浜田事務所のように気楽にはいかないだろうし、今度何時会えるか分からないものね。行こうかね」
ウイークデーでも門前はかなりの人出だった。
顔見知りの店でいつもの梅が枝餅を買った。
「親子仲良く、羨ましいですね。アッちゃんまたまた綺麗になって、彼氏でもできた?」
「ハイ、できました」母は仕方ないといった表情で苦笑した。

温子はせわしない博多滞在が気になったが東京での新しい勤めやアパート探し、引っ越しがそれ以上に気になり温子を急き立てた。
勤め先は八重洲だ。アパートは荻窪周辺に探すことにした。荻窪は子供会のハイキングなどで中央線に乗る馴染みの駅だ。
温子はさほど抵抗もなく桂馬に電話した。電話の向こうの桂馬の声が新鮮に聞こえた。
温子は森田の家に桂馬を誘った。桂馬も交えて森田にアパート探しなど、相談したかった。
桂馬はやや遅く現れた。
部屋探しは荻窪の不動産屋で探せばそう難しいことではないが、引っ越しが少々面倒かも知れない。一人暮らしの若い女性でも四、五年も住めば道具も知らぬ間に増え少なく見えても結構多いものだ、森田夫妻の見方だった。
その夜は早々に森田の家を辞した。次の日曜、アパート探しに桂馬も一緒に行くと約束して別れた。
不動産屋で温子が選んだアパートは、荻窪の南口からかなり離れた場所で、女性だけに貸すアパートだった。温子は少し遠くても女性専用が気に入ったようだった。
不動産屋が車で案内するというのを断り地図をもらって行ってみることにした。
商店街を抜け善福寺川の橋を渡ると小さな公園の案内板に与謝野晶子、鉄幹の住んだ町と書いてあった。
「嬉しい。ここを選んだのは与謝野晶子が呼んだのよね。感激だわ」
環八通りを横切り南へ住宅街をひたすら歩いた。突如煉瓦造りの建物が現れた。落ち着いた周りの民家の中に全く溶け込まず自己主張して立っていた。南荻窪図書館と大書してあった。
「またまた嬉しい。私の広々書斎。う~ンと勉強するぞ」
アパートは更に南へ住宅街の中程だった。飾り気のない簡素な造りだった。細い字で「スズラン荘」と描いてあった。スズランは下を向いて恥ずかしそうに咲く花だ。温子には縁遠い。桂馬は思わずクスリと笑ってしまった。スズランは北海道の牧場に多いと聞いた事がある。大家は北海道の人だろうか。出てきた大家はほっそりとした中年の女性だった。少し神経質に見えたが温子は全く気にしないだろう。
角部屋で二方に窓があり明るい部屋だった。
「あの森は何ですか?」温子が指を指す南西の方に森が見えた。
「春日神社です。歴史のある古い神社なんですよ。この町の名前、宮前は春日神社の門前という意味です」
温子はこの部屋がよほど気に入ったのだろう即座に決めてしまった。
不動産屋まで引き返す道のりもさほど遠くは感じなかった。
「保証人、森田さんにお願いしようと思っていたンだけど、桂馬さん駄目?」
「そう思ってハンコ持ってきた」
不動産屋での契約を済ませ、誰が誘うともなく駅前の喫茶店のドアを開けた。
ドアを開けたとたん、きついコーヒーの香りが鼻をついた。コーヒー自慢の店なのだろう見慣れない器具が並び、店主らしい年配の男が二人を見て、「いらっしゃい」とでも云うのだろうか、ぼそっと呟き、眼鏡の奥の目が光った。温子は頓着なく腰掛け、
「あとは引っ越しネ。運送屋さん、探さなくちゃ」
「会社出入りの運送屋を紹介してもらったンだ。ワゴン車、貸してくれるって。僕が運ぶよ」桂馬は店主が気になり小声で応じた。桂馬なりに温子の引っ越しを心配していたのだろう。
「ほんと?嬉しい。楽しい引っ越しになりそう、早く引っ越したい、待ち遠しいわ」
「大きい荷物、あるの?ワゴン車に積めない荷物があると困るね」桂馬の免許は四トントラックまでは運転できる免許だがトラックは今一つ自信がなかった。ワゴン車に積めなければ業者に頼むしかないだろう。
「そうだ、いいこと思い付いたわ。今から私の部屋に行きましょう。荷物の状態を見てもらうの。散らかってるけど。私は全然気にしないから」
「え?それは僕が云う言葉だろう?」桂馬は吹き出してしまった。桂馬の笑いが了解となったかのように二人は西部高野台駅行きのバスに乗った。
私鉄の狭い駅前はかなりの混雑だった。桂馬は温子の後ろに従った。温子が首だけで振り返り、
「スーパーに寄ります。桂馬さんは入り口で待っていてください」
「いや、私めもお供させて頂きます」
「左様か、ではついて参れ、フフフ」「まるで若夫婦ね」
「君はまだまだお子様、父と娘。生意気云ってはダメだ」
「酷い、私はもう立派な大人です」空のカゴを持ったまま両手を広げて見せた。
温子は考えも無しに手当たり次第に買い物をカゴに放り込んでいるように見えた。
「今晩は最後の晩餐をいたします。お付き合いしていただけますか?お酒も買いますから」
桂馬は笑った目で応えた。
温子のアパートは細い道の両側に立ち並ぶ住宅街の奥にあった。二人立つといっぱいの靴脱ぎ場から同じ幅の板敷きが突き当たりの六畳に続いていた。窓を開けると隣の屋根の庇が迫っていた。
窓ぎわにベッドが置いてあった。縦長の本棚と小さな飾り棚に人形や女性の小物、化粧品のようなものが置いてあった。若い女性の部屋にしては簡素に見えた。
部屋が小綺麗に片付いていたのは意外だった。
本棚の本が目を引いた。平家物語、伊勢物語、更級日記、奥の細道の古典や山月記、濹東綺談、みだれ髪、三好達治、フォウクナー、老子もあった。長塚節の土が意外だった。ほとんど文庫本だった。乱読主義だろうか。
「読書家だね」
「ハイ、と云いたいところだけど。実はベッドも本箱も飾り棚も、全部先輩のお下がりです。先輩が卒業の時、私が部屋ごとほとん全部譲り受けました」温子は廊下の片隅の小さな台所に立った。
「今日は玄海ナベに致したいのですがいかがでしょうか」
「結構。え、玄海鍋?博多名物?」
「いいえ、私のオリジナルです。玄界灘の荒波に揉まれたような、形も定かでない具材で、何が入っているか分からないのが魅力でございます。ご期待を」
ナベは部屋の雰囲気もあったのだろうが、桂馬が食べたどのナベよりも美味かった。
「君、料理上手だね」「いいえ、母がサジ、投げてます。でもこの頃は少しマシになったかも。何しろこの頃大人になりましたので」スーパーで桂馬が温子に云った“まだ子供”を皮肉ったのだ。
「これは何でしょう?」温子がナベの中から具をつまみ上げた。
「鶏肉」「ブーウ。貝でした。名前は分からないけど美味しそうだったから買いました。まさに玄海ナベ」
一人暮らしにしては大振りな鍋だった。コンロの火を付けたり消したり、酒もかなり進み、いつの間にか鍋は底をついた。
「あら、デザート忘れてたわ。コンビニで買って来るね。一緒に行かない?酔い覚ましになるわよ」
住宅街はひっそりと静まり返って街灯の明かりも暗かった。
コンビニは一際明るかったが客はいなかった。棒付きのアイスクリームを二個かった。
店を出た途端、店の明かりが消えた。温子は振り返り、
「停電かな?でもよかったわね、買った後で」温子は意味ありげにニヤニヤ笑っていた。
街灯が間遠に点いていたが停電について桂馬は深くは考えなかった。
「向こうに小さなお宮があるの、拝んで帰りましょう」
大きなケヤキの木の下に赤い旗が見えた。街灯の薄明かりに“、、、稲荷大明神”とだけがかすかに読み取れた。一抱え程の小さな祠は古びて少し傾いていた。
「御利益が有りますように」温子が呟いて手を合わせた。桂馬も殊勝に手を合わせた。
温子が手を合わせたまま横目で桂馬を見てニッと笑い、
「今、何時頃だと思います?」
「十時近いかもネ、そろそろ帰らないと電車がなくなる」
「残念、十二時でした。さっきのコンビニ、終夜営業ではないの。十二閉店だから電気消したのよ。楽しい時間はあっと云う間に過ぎるものよね。私も全然気が付かなかった」
桂馬は霞のかかった頭に思いを巡らしたが解決の方法は浮かびそうもなかった。
「とにかく部屋に帰りましょう。善後策は部屋で。ハイ、お手々つないで帰りましょう」温子がいきなり桂馬の手を取った。
「桂馬さんのお手々大きい。だけど暖かい。子供の頃の父の手を思い出すわ」
二人は無言で歩いた。温子の手の温もりが沁みた。
「ハイ着きました。どうぞお入り下さい」「今夜は泊まっていってください」温子は桂馬を振り返りもせず奥に消えた。
二人は座卓に向かい合い無言で棒付きのアイスを囓った。
「ハハハハハ」突然桂馬が笑い出した。「なんだか映画にでも出てきそうな場面だな」
「泊まってもいいか?」「そうして下さい。どうせ私は明日もお休みだから徹夜で本でも読みます。余分の布団が有りません。桂馬さんはベッドで寝てください」
「いや風邪でも引かれたら困るから君、ベッドで寝て。僕は山で寒いのは馴れてるから大丈夫。座布団を二枚敷いて、シーツの予備貸してもらって、僕のコートと君のコートを掛ければ充分」
桂馬は寝付かれなかった。温子も、もじもじと寝付かれないようだった。
一時間程も経っただろうか、温子が突然起き上がった。
「桂馬さん、一緒に寝ましょう」
   つづく
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04.23
Sat
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玉川上水。2016年3月31日。武蔵野市境で写す。

古くさい「能」の文句を引き出して、なんとも艶消しだが“言い得て妙”というのもある。能「熊野(ゆや)」に「草木は雨露の恵み、養い得ては花の父母たり。まして人間においてをや」植物に取って水は父母。人間の父母は水に例えられるということらしい。
人間は水なしには生きられない。水に対する人々の強い思いからかだろう、江戸初期に作られた玉川上水が今でも保護され健在、豊かな自然を見せてくれる。羽村から久我山まで地上を流れ、久我山からは暗渠らしいが、大都市東京ではしかたがない。現在では多摩湖に一部取水しているそうだが数十年前、新宿の淀橋浄水場がなくなってから多摩湖への取水口から下流では水が全く流れなくなった事もあった。流域の住民の懇請で下水を浄化した水らしいが、流すようになった。豊かな水量、橋の下では巨大な鯉が餌を待っている。両岸に桜が多く植えられている。江戸中期、小金井橋を中心に上下流六キロ、吉野や筑波の山桜を植え、富士山をバックに花見の名所だったそうだ。

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イチリンソウ キンポウゲ科。
2016年3月31日写す。以下同じ。武蔵野市境、桜橋から小金井市梶野橋までの玉川上水の土手で写す。

ニリンソウと同じ場所に咲いていた。ニリンソウはかなりの分布だったがイチリンソウは二カ所だけだった。こんな所で会うとは思ってなかったので嬉しかった。ニリンソウは花茎に二個、イチリンソウは一個咲く。
花も草丈もニリンソウより大きく、葉が少し茶色かかっていた。

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アマナ ユリ科

玉川上水でこの花を発見したのは5,6年前。意外だった。玉川上水の自然を見直した。以来、春の玉川浄水を歩くのが楽しみになった。甘菜。根の白い鱗茎が美味しいらしいが食べたことはない。食べたいとも思わない。食べるにはあまりにも可憐な花だから。

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ショカッサイ アブラナ科

至る処に咲いていて珍しくはないが、花の少ない早春は花も葉もいちだんと華やかできれいだ。少年の頃、父に聞いた話を思い出す。近所のお爺さんが若い頃、軍隊に行き、中国の東北地方で、一面のショカッサイの花畑を汽車で走ったそうだ。戦争も自分の命もひと時忘れたと。中国渡来の花。花大根の名の方が馴染み深い。

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ムラサキケマン ケシ科

この花も何所にでもある花だ。珍しくない所為か誰も見向きもしない。花の少ない時、その美しさを再発見する。かなり昔の話しだが娘がこの花の種を蒔いた。翌年猫の額はムラサキケマンに占領されてしまった。

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ヤハズノエンドウ マメ科

珍しい花ではなくとも花の少ない早春では“ホウやっと咲いたナ”と嬉しくなる。
ひところカラスのエンドウとばかり思っていた。名前を教えてもらったときヤハズが何だか分からず不思議な名前だナと、見慣れた花まで印象的だった。
ヤハズは矢筈。弓の弦を受ける矢の根本の凹んだところだそうだ。ヤハズノエンドウの葉っぱの先端の窪みが似ているからだそうだ。葉も矢羽根に似ている。
矢は身を守るものの象徴。御神体とするのも頷ける。加茂神社の御神体も矢だ。

能「加茂」は矢のいわれを作った能だ。
播州、室の明神は加茂神社の分社。室の明神の神職が加茂明神に参拝する。
里の女、二人が神に供える水を汲みに現れる。二人は清らかな加茂川の流れを汲み辺りの佇まいを謡う。二人の謡が神域を作り出す。現代人が理解する神とは又違った日本古来の神を感じ異様な興奮が起こるかもしれない。
川岸に祭壇を設け矢が祀られている。神職が矢の謂われを問うと女は「昔、神に供える水を汲みに来た女の桶に一筋の矢が流れてきて桶に止まった。女は懐胎し男の子を産んだ。その子三歳の時、子は矢を指差し我が父であると云う。矢は轟きつつ天に上がり雷神となり、母もその子も神となった。加茂三神である」子づくり、とは何かを考えさせられる。
後場はガラリと変わり、加茂三神の御祖神と別雷神が本体を現し御祖神は優艶な舞を見せ別雷神は雷鳴を轟かせ豪快に舞いおおいに楽しませてくれる。

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04.16
Sat
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玉川上水。2016年3月31日。武蔵野市境で写す。

玉川上水は江戸前期、江戸の飲み水確保のため多摩川の水を引いた上水道。羽村市から四谷まで四十三キロ、幕府の拠出金6000両、経済の仕組みや、生活様式が全く違う現在、一両の価値がどれほどのものか分からないが、荻窪まで掘って6000両が尽きたそうだ。当時は重機などなく人手に頼った。これらから類推、想像するしかないのではないだろか。羽村、四谷間標高差わずか100メートル、今の土木技術者も脱帽とか。
玉川上水は今もその佇まいや草木に当時の面影が偲ばれるものを残している。

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ニリンソウ キンポウゲ科。2016年3月31日写す。以下同じ。武蔵野市境、国木田独歩「武蔵野」碑から小金井市、梶の橋までの玉川上水土手で写す。

こんもり盛り上がった葉っぱの集団を座布団に敷いて、星形五弁の白い花が可愛い。人間嫌いの花。庭に植えても2、3年で消えてしまう。一本の花茎に二つ咲くから二輪草。二個以上咲く事もあるようだ。写真の二個目は未だ蕾。
キンポウゲの仲間はトリカブトやウマノアシガタのような毒草が多いが、ニリンソウはキンポウゲ科の中で食べられる種類の数少ない一つ。その上おいしい。

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タチツボスミレ スミレ科
いちばん早く咲き、いちばんよく目にするスミレのような気がする。スミレの仲間は根から直接葉の茎が立ち上がるものが多い。タチツボスミレは茎が立ち上がり茎から咲く。花や葉がそっくりな壺スミレがある。立ち上がって咲くツボスミレと云うのだろうか。
寒さに立ち上がれず必死に咲いていた。
スミレはロマンを誘う花だ。万葉集も、宝塚の歌姫もスミレを歌う。

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?スミレ 名前は分からない。何処かで見たような気がする。あまり好きではない外国渡来のスミレかも知れない。だが寒さに縮こまって一生懸命咲いていたのがいじらしかった。

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ノイチゴ バラ科
町を出れば何所でも普通に見られる。珍しい花ではない。野に咲く木イチゴの中でも花は大きめ。熟したイチゴは少し苦味があるがおいしい。幹も葉もトゲに被われているのでご注意。

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フデリンドウ リンドウ科
玉川上水は都会の、ど真ん中を流れている。そんな所にこんな花が咲くとは驚きだった。リンドウは漢字で竜胆。龍の肝の様に苦い。胃の薬。
リンドウの仲間は秋に咲くものが多い。フデリンドウは寒気に震えて春一番に咲く小さな可愛い花だ。まさか胃の薬にする人はいないと思う。本来人間は優しいのだ。分けても日本人は。
昔の人もリンドウが好きだったのだろう。家紋にリンドウ模様を使ったものが多い。分けても源氏の紋、笹リンドウは有名。能で源氏の武将の腰帯の文様は笹リンドウ。源氏と言えば源義経。義経が登場する能は数々だがほとんど子方の役。イメージが定着していて主役に作るのが難しいのだろうか。唯一義経を主役にした能がある。「八島」。八島は義経が名声を残した瀬戸内海の古戦場。今は陸続きだが。

能「屋島」の前場、義経の化身、漁翁が八島の美景を謡う。しみじみと心に沁み入る。嘗ての大英雄の、老いての述懐に通うからだ。
漁翁は僧に義経の勇姿を語る「大将軍の御装束には赤地の錦の直垂に、紫裾濃の御著背長、鐙踏ん張り鞍笠に突っ立ち上がり一院の御使、源氏の大将検非違使五位の尉、源義経」
戦前の子供の戦争ごっこで流行ったと聞いた事がある。子供ならずとも人は強きに憧れる。
後場では義経が本体の勇姿を現し「弓流し」を語り武士の道を説き、八島の決戦を勇壮に見せて留める。
この能には反戦の文言が全くない。今の反戦は人道上の反戦だが当時は仏教上の反戦。
戦いを事とする者は地獄、修羅道に落ちる。この類の能は修羅道で留めるものが多いが、「八島」は、人道も仏説もさて置いて、唯々勇壮な戦いと剛勇の武将を物語として楽しむ。
能「八島」の詳しい解説はこちら

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04.09
Sat
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2016年3月20日 秩父市白久で写す

早春、木々が芽吹く前、黄色い小花を蜜につける。春の到来を告げる花。この花を見つけると、春を見つけたとばかりに手折って持ち帰り花瓶にさす。
なんとも可愛い名だが“お母ちゃん”“赤ちゃん”の“ちゃん”ではないのが残念だ。
昔この木の実や樹皮から油を取った。お菓子を食べる爪楊枝、クロモジの仲間で匂いがいいが粘りが強く、食用には不向きで灯火用、鬢付け油に使ったという。このような粘質の油を瀝青と云うそうだ。何やら難しい字だがコールタールなどもその仲間で、その類の油、瀝青をチャンというらしい。外国語らしく、アブラチャンはねばねばの油が取れる木ということのようだ。
昔は男も女も頭の髪が長かった。鬢付け油に苦労したことだろう。“散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする”明治維新、巷で唄われたという。鬢付け油も匂ってきて当時の人達の浮かれ姿が目に浮かぶ。
昔、髪は大事な体の一部分だった。
能「清経」では源平の戦いに敗れ前途を悲観した平清経が都の妻に、形見の髪を送り入水する。
能「清経」は戦争によって引き裂かれた夫婦の情愛を描いた悲惨な能。
清経の家臣が清経が残した形見の髪を都の清経の妻に届ける。妻の嘆きが悲惨極まりない。
妻の夢枕に現れた清経の霊は妻に、自分が死を覚悟するまでの経過を逐一に語る。
人は誰でも、事情がどうであろうとも命は惜しい。その命を語る。清経は船の舳先に立ち、愛用の笛を吹き今様を謡い「この世とて旅ぞかし」と心を澄まし入水する。この屈指の美文の「クセ」は一入も、二しおも人の胸に沁み入り、締め付ける。
小書き(特殊演出)に「披講之出端」がある。笛の独奏に引かれるように清経の霊が現れる。命とは何か?を語りかけているように見える。披講とは詩歌の会で歌を詠みあげることだという。今も正月、皇居で行われる。
能「清経」の詳しい解説はこちら



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04.02
Sat
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コブシ 2016年3月8日 府中市都立武蔵野公園で写す

山で見るコブシよりも花弁の幅が広いようなき気がするが、そうゆう木もあるのだろう。
蕾や実の形が子供の拳に似ているから付いた名だという。特に実はゴツゴツとまさに拳。
純白の大きい花は雪の白、早春の花に相応しい。それに香りがいい。清らかな早春の香りだ。この花が咲くと桜の開花が間近い。寒い冬を耐えてきて、アッ春だと“ホット”する。田打ち桜、種まき桜と呼ぶという。農作業の目安にした。能「高砂」で「草木心無しとは申せども花実の時をたがえず」と謡う。今の人は温室に入れて草木に「時を違え」させる。自然と共に生きていた昔の人を想う。

モクレン  モクレン科
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2016年3月8日武蔵野市境南町の庭の植木

素人にはコブシもモクレンも同じに見える。同じ仲間だから当たり前だとは思うが。
木蓮の木はコブシより小さいが花は大きい。中国渡来だという。本来の花色は紫だそうだが白花の白木蓮が多い。

山形の米沢は江戸時代からの能が受け継がれ今も盛んだ。何の会だったか打ち合わせだったか忘れたが手伝いに行った。ついでに塩釜の近くの多賀城跡を訪ねた。昔の遺跡にそれほど興味があるわけではないが、能「田村」が予定番組にあったからだろう。
早春の山々は残雪が美しかった。途中、里山の山裾にコブシの大木があり花盛りだった。絵の様な景色が忘れられない。
多賀城は奈良時代から大和朝廷の東北征服の拠点、後に坂上田村麻呂は岩手、水沢に胆沢城を築いたという。東北は古墳時代から青森の三内丸山遺跡に見られるような強力な勢力があったのだろう。能「田村」は坂上田村麻呂を作った能。
明るくおおらかな能。修羅物に付きものの、武人が死後落ちるという地獄、修羅道の結末がまったくない。前場のシテは少年の田村麿。清水寺を訪れた僧に「宮守とや言わん又花守とやいわん」と名乗る。清々しい少年姿の田村麿が観音の慈悲を語り、清水寺の縁起を語り、満開の地主の桜の下で舞う。清々しく爽やかな空気が心地よい。田村麿は清水寺を造営した人だ。
田村麿は、怒れば禽獣も懼れ伏し、談笑すれば小児も慣れ親しんだという。
後場ではこの田村麿が現れ、鈴鹿山の兇徒征伐を見せる。血は流れない。清水寺の本尊、千手観音が出現、観音の千の手から知恵の矢が放たれ敵はことごとく矢先にかかって滅びる。つまり観音の知恵の前に降るということだろうか。豪快に爽やかに清々しい舞だ。
能「田村」の詳しい解説はこちら



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