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06.25
Sat
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奥多摩の残照 2016年6月22日中央線武蔵境駅前スイングホール10Fから写す。  

次第
砂内桂馬、団塊の生まれ。旧知の消息が消え初めてから久しい。心の空洞は果てしない。
その心の空洞の中に時折薄雲が浮かびあがる。その雲は次第に色を帯びていき、過去の懐かしい思い出に変じ、しばし輝きそして静かに消えていく。ひとときの残照だった。
   
前回までのあらすじ
砂内桂馬はその生い立ちに起因した女性に対するコンプレックスを持っていた。
桂馬は五代温子に出会う。その出会いは劇的であった。天真爛漫、磊落な性格の温子に心を開き、惹かれていく。温子は父の友人の議員秘書であった。温子は議員の紹介で鉄鋼会社に転職することになり、勤めに便利な荻窪に引っ越す。桂馬は引っ越しを手伝う。
二人は引っ越し荷物に囲まれた中で引っ越しのお祝いをし、心を残して別れる。桂馬は明日の出張を早めに切り上げ温子の様子を見に行く約束だった。

出会い(九)
桂馬は出張先から急いだ。
取引先との会議は予想以上、時間がかかった。仕事熱心な桂馬だったが、それでも度々会議から心が離れた。見慣れない人達の顔が奇異な形の物体に見えたり、小さな会議室が突然大きくなり壁に掛かったカレンダーが霞んだりした。
「砂内さんはこの案に疑問がある様ですからもう少し検討しましょう」桂馬はうろたえた。

会議が終わったのは五時近かった。太陽は大きく西に傾いていた。桂馬は線路沿いの道を急いだ。線路の向こうは広大な空き地だった。工場の建設用地なのだろう資材があちこちに積み上げられていた。枯れ残りの背高泡立草の大群落は新芽の緑はあるものの、荒涼と、異様な景色を作っていた。竹似草の掌葉が風に揺れて手招きして、桂馬をからかっているように見えた。
電車は中々来なかった。
粗末なホームから見える、河だろうか海だろうか、淀んだ水面を見つめた。魚がいるのだろうか?
修理船の塗装をしていたという職人の話を思い出した。水を抜いたドッグの底に、行き場を失った魚が跳ねていたという話だった。温子の途方に暮れた顔が重なった。
ここ磯子から横浜に出、東京駅、荻窪。桂馬は頭の中で時間を計り、かなり遅い時間になるだろうと焦った。

桂馬はアパートの階段を注意深く上った。きゃしゃな鉄骨の階段が鋭い音を立てるからだ。
いきなりドアが開き温子が階段の踊り場に飛び出してきた。素足だった。温子は桂馬の右手をカバンごともぎ取るように抱いた。
「ごめん、遅くなってしまった」
温子は応えず桂馬の顔を見つめた。今にも泣き出しそうな顔だった。部屋はかなり片付いていた。
「お、頑張ったな」
「ただ角に寄せてスペースを作っただけ。明日から頑張って片付けます。重い物、お願いします」
夕食の準備がしてあった。小さな座卓に小さな皿が幾つも並んでいた。
「お、豪勢だな」
「博多のお酒、“おおぜき”で見つけました、ハイこれ。引っ越し祝いパート2しましょう」
「おおぜき?」
「荻窪と反対側に行くと、同じ距離くらいかな?井の頭線の高井戸の駅があるの。その駅前のスーパー。大家さんの奥さんに教えてもらった。近くに芦花公園というのもあるそうよ。木々に囲まれた静かな公園だって。今度行きましょう」
「芦花公園。聞いた事がある。明治の文豪、徳富蘆花が住んでいた所だよね。お祖父さんがネ、酔っぱらうと蘆花の“不如帰”の話を、目を潤ませて話してた」
「どんな話?」
「相思相愛の悲恋物語らしいが覚えていない。蘆花は写真で見たことあるけど口髭生やした厳めしいおじさん。そのおじさんが書いたと云うから人間分からないよネ、冗談だけど」
「そのお話、亀さんに聞かせたの、お祖父ちゃんではなくお祖母ちゃんでしょう?」
「お祖母ちゃんはおっかない人だった。そんな優雅な話、する人ではなかった」
「夫婦って面白いわよね。全然正反対の性格のひとが多いと思わない?違う二つの性格が中和されて正常になるのかもネ」
「今晩、泊まってもいい?」
「ほんと?嬉しい。昨夜はよく眠れなかった。知らない土地に迷い込んだようで不安で。今日も亀さん来てくれないのかナと諦めてたの」
「エ?昨夜別れるとき“気”をあげたよネ、これでぐっすり眠れると云わなかった?」
「ふっふっふっ」

翌朝、台所からの物音で桂馬は目を覚ました。温子が野菜を洗っていた。水道の水の飛沫が水晶の玉のように美しく飛び散っていた。温子が振り返った。桂馬は温子の肩に両手を置いた。
「おはよう」
「おはようございます。眠れました?不思議ネ今までは亀さんの手を感じたらドキドキだったのに。今は平気。」「まるで楽しいお飯事、フフフ」
「ままごと?」

桂馬は早めに出社した。出張先での会議の案件をまとめ、仕事を片付け早めに会社を出た。
アパートのドアを開けても温子は出てこなかった。温子は姉さんかぶりのまま膝の上の本の様なものに熱心に見入っていた。
アルバムだった。
「修学旅行の写真。お友達、皆どうしてるかナって、おセンチになってました。それどころではないわよね!頑張らなくっちゃ」
解体したベッドや使うあてのない物を天袋にしまうと、かなりのスペースができた。
「あら、お買い物、忘れたわ」目覚ましを覗き込みながら温子が大仰に叫んだ。
「今日は外食にしよう」
「嬉しい。亀さんとお酒が飲める。亀さんお酒が入ると楽しいものネ」
森田が常連だった荻窪駅前の居酒屋「魚津」の暖簾を久しぶりにくぐった。「魚津」は富山の魚津漁港の魚を食べさせる店と云うのが触れ込みだった。森田に誘われて度々行ったが森田が会社を止めてからはご無沙汰だった。
話は部屋の模様をどうするかに終始した。
「まるで新婚さんネ」
「ままごとだ」
「来月から私も新しいお勤めが始まります。新婚さんなんて暢気なこと云ってられませんよね」
「アパートから荻窪駅まで遠いね、自転車は壊れたし。でも心配ご無用、従兄弟の左千夫兄が置いていった自転車がある。土曜日、会社休むから乗って来るよ」
左千夫の自転車はまだ新しかった。左千夫は年に似ず地味な性格だった。彼が好みの自転車だ。女性でも十分乗れる。大崎から荻窪まではそれ程遠くない。1時間半もあれば充分だろう。
桂馬は温子をOKストア前まで見送り別れた。温子は振り返り振り返り手を振って遠ざかった。後ろ姿に暗い陰は微塵もなかった。桂馬の胸中も澄んでいった。
土曜日までは待ち遠しかった。桂馬は自転車に乗り早めに家を出た。「あら、早いわね。こんなに早く何所へ行くの?ご飯は?」桂馬は曖昧な返事を残して不思議そうにぼんやり立っている叔母に手を振った。
地図の上では簡単のようだったが遠かった。何度か道も間違えた。予想以上に時間がかかったが、それでもアパート近くの商店街は店を開き始めている時間だった。
部屋の模様は「魚津」で計画した様には行かなかった。押し入れの半分をクロゼットにつくり、板の間に本棚を作るなど押し入れと板の間を活用して畳の部屋のスペースを大きくした。高井戸駅前の安売り雑貨店で台所用品など調度品を買った。
「わア~御殿のようだ!感激!亀さんありがとう」
夕方、布団が届いた。
「亀さんの布団よ。窮屈でしょう?同じ布団では。寝不足になると困るから」
「ぜんぜん」
「私もぜんぜんだけど。ふっふっ」温子は布団の荷造りを解きつつ含み笑いを隠しながら
「亀さんにお願いがあるんだけど。恥ずかしいから止めようかナ云っちゃうかナ」
「何だよ、云いなさい」
「それでは思い切っていいます。亀さん、おままごとしない?」
「え?飯事?小さな子供の?」
「そうです。あのね、私、来月から新しいお仕事始めるでしょう。土曜日と日曜日だけでいいの。一緒にお買い物したり、お料理作ったりお散歩したりしませんか?」
「いいよ」
「えっ、ほんとにいいの?簡単即答でいいの?」
「いいサ、瞬間的ひらめきが世の中を変える」
二人の“おままごと”は二ヶ月ほど続いた。

金曜日の早朝、叔母が台所から桂馬を呼んだ。叔父はまだ眠っている様だった。叔母はジャガイモの皮をむきながら、
「桂馬ちゃん。この頃土曜、日曜、お泊まりが多いわね。会社に泊まる筈ないよね。お友達の家?」
「そうです」
「叔父さんが心配してるのよ。何か悪いことしてないかって。それはないわよね。あなたはもういい年なんだし分別あるものね。叔母さん信じてる。それとも彼女でもできた?」
「はい、できました」
「えっ、ほんと?どんな人?まじめな人?」叔母さんは目を剥いて包丁の手を止めた。
「はい、まじめな人です。叔母さん心配しなくていいよ、普通の人だから」
「あぁ、びっくりした。とにかく今晩詳しく聞くわ。叔父さんにも話さないとね」
その日桂馬は早めに帰宅した。叔父の晩酌はほとんど終わりに近かった。叔父は酒を勧めた。普段はないことだった。
「どんな人だ?出来ないように注意しろよ」
「え、何が?」
「子供よ」叔母さんが口を挟んだ。
「ままごとだから大丈夫です」
「ままごと?」叔父と叔母が申し合わせたように桂馬の顔を凝視した。
「くっくっくっ。桂馬ちゃんは女に臆病だからネ。分かる分かる」叔母は数秒間隔で思い出し笑を続けた。桂馬は温子の事を知っているかぎり話した。温子の事はよく知っているつもりだったが、あまりにも限られていることに愕然とした。
叔父はすでに肘枕だった。
「早く結婚しろ」

二人の“おままごと”もすっかり板に付いていた。叔父の「早く結婚しろ」や、結婚する前も何処か覚めた従兄弟の左千夫の口癖「男はいつまでも子供だからナ」が日を追うごとに桂馬の心に重くのし掛かった。
その日は朝から二人の言葉が頭から離れなかった。
桂馬は洗い物をしている温子の肩に顎を乗せ、
「ねぇ、鶴しゃん」
「何?」
「そろそろ、おままごと、終わりにしない?」
「えっ!」振り返った温子の両手から水が滴り落ちた。
「そろそろ卒業して、、、大人になろう」
「、、、、、?」、、、、、「嬉しい。亀しゃん、それって、、、、、ほんと?」温子が濡れた手で桂馬にしがみついた。
「僕のお嫁さんになってください」温子は桂馬の胸に顔を埋めたまま頭を上下に振った。
「次の土曜、塩竃に行ってくる。親父とお袋に、卒業していいか談判してくる。」

桂馬には許嫁がいた。父の友人の娘で安海と云った。地方紙の記者をしていた。幼な馴染みで幼い頃から活発な子だった。
この安海に許嫁の解消の交渉をしなければならない。交渉は懇願になるだろう。惨めな姿が浮かんだ。
桂馬は許嫁の存在を温子に打ち明けなければと思いながら決断できなかった。温子を失うかも知れない危惧があったからだ。
温子はあっさりとした性格だ、相手を思って諦めると言い出すかもしれない。上野駅まで見送りに来た温子にとうとう打ち明ける事が出来なかった。
桂馬は上野駅から職場の安海に電話をした。安海は取材でいなかった。簡単な伝言を頼んだが、同僚のぞんざいな応対に不安が募った。仙台駅に着いて安海に電話した。安海は職場に帰っていた。
「おお、桂馬。聞いた、聞いた。大事な話だって?坂の下の喫茶店、フミ姉さんの法事の時会った、あそこで待ってて」相変わらずの憚らない声だった。
安海は布製のよれよれの大きなバッグを肩に現れた。バッグを隣の椅子に置き帽子をその上に置くなり
「さてと、大事なお話伺いましょうか」
「安海、取材にでも来たつもりか?そんなに性急に」桂馬は安海にどう切り出すか考え続けていた。その妙案が出ないままだった。
「そう、取材。我が塩竃の貴公子の一大事件、特ダネにしようと思って。ところで、何?私にプロポーズ?」
「いや、申し訳ないけどそうではないンだ」
「では何?恋人でもできた?」
「そう」
「へ~驚いた。臆病者の桂馬に?それで?」
「許嫁の、、、、、解消して欲しいんだ」
「え?許嫁?もしかして桂馬と私の?」
安海は腕組みをして桂馬を見据えた。安海の視線が熱かった。ここで負けたら俺はお終いだ、桂馬も安海を見据えたが視線は次第に膝に落ちて行った。
「その人私より美人?」
「同じくらい」
「どんな顔?私に似てる?」
「まあまあ、似てると云えば似てる。目は二つ、鼻が一つ、口は一つ」
安海が吹き出した。精一杯の桂馬の冗談に少し安海の心が和んだのだろうか、桂馬は少しホッとした。
「目が一つだったり、口が二つあったらお化けよ。ハッハッハ」
「桂馬はそれ程彼女が好きなのか。ウンウンよろしい。その熱意に免じて許してつかわそう」
「安海、ふざけないでよ。ほとうに許嫁解消でいいのか?」
安海は目を剥いて桂馬に顔を突き出し
「驚いたナ~。ほんとうに信じてたの許嫁?」
「え?」
「許嫁ねえ~。あれはネ。父親同士のお酒の上の冗談よ!」安海は急に真顔になり、
「これはまじめよ」
「永い間、私のことを許嫁と思ってくれてありがとう」安海は桂馬を見つめ、
「それにしても、驚いたな。小さい頃からこんなに大きくなるまで信じていたなんて。桂馬らしいよ。久しぶりで仕事のストレスがすっかり解消しました。ありがとう」
桂馬は一瞬複雑な思いに襲われたがしだいに和らいだ気が充満していった。
あとは父と母に交渉するだけだ、反対はあるまい、温子に電話しよう。大家のおばさん温子なら取り次いでくれるだろう。
「私も結婚するンだ、職場の男。いい男だよ。桂馬もいい男だけど桂馬より少し上かな。ふっふっふっ」安海の顔に女の優しが浮かんだ。

家では父と母、姉の曜子が待っていた。
母と姉が玄関にニコニコしながら出迎えた。桂馬が座卓の前に座るやいなや姉が、
「結婚するンだって?大崎の叔母さんから詳しい電話がお母さんにあったって」
「いいかどうか相談に来た」
「お前がいいなら、いいだろう」父の顔は緩んでいた。
「ホッとしたわ。半分諦めていたから」初めて見る母の柔和な笑顔だった。
「桂馬がお嫁さんを貰うとはネ」姉も嬉しそうだった。

翌朝、桂馬は目が覚めなかった。
「桂馬、電話よ。温子さんから」襖越しに母の声が聞こえた。母の声とは思えないはずんだ声だった。
「もしもし、わたし。今、上野にいるの。そちらに行ってもいい?どうしても行きたいの」
切迫したような温子の声を桂馬はただ聞くだけだった。
温子の到着は意外と早かったが昼はとうに過ぎていた。朝から食べるのを忘れていたと温子は云った。駅ビルの中で遅い昼食を食べた。
「明日、市内を案内するよ。とにかく今日は塩竃に行こう。お袋が待ってる」
「亀さんの電話聞いて、矢も楯も、だったの。許嫁の方、面白そうな人ネ、会ってみたい」
「今日はこちらに泊まって明日夕方の電車で帰ろう。僕は明日会社、休む。課長が物分かりのいい人でネ、仙台出身なんだ。事情、話したら喜んでた」
「亀さんの顔を見てすぐ帰るつもりだったの。お土産無し。荷物なし。これだけ。それでもいい?」小さなバッグとハンドバッグ片手で上げて見せた。
「ご両親にご挨拶しなければいけないよね?ドキドキ」
急激な成り行きだった。温子の胸の内は嵐だろう。そうだ、塩竃神社に行こう。塩竃の景色を見せよう。塩竃の景色は昔から日本一だ。見せたら心が少しは和むかも知れない。
塩竃の景色を見た温子の感動は桂馬の期待以上だった。手入れの行き届かない庭の草を踏み分けて歩き回り眼下の島々の名前を桂馬に尋ねた。桂馬に悪戯心が浮かんだ。裏参道の急な階段を下りよう。温子の胸の中に残った不安が吹き飛ぶかも知れない。
初夏の日は大きく傾いていた。階段は大木に包まれ仄暗かった。
「わぁ~こわい」温子が桂馬の手にしがみついた。手からバッグが落ちた。桂馬は静かに温子を抱き寄せた。見上げる温子の目はうるんでいた。見つめる桂馬の目も潤んだ。
「あつこ、、、いい?」
「はい」
二人は静かに唇を重ねた。
つづく

※次第
「能」に次第というのがある。三句からなる各役の登場歌。物語に先立ちその内容を暗示的、象徴的に述べる。その詠嘆が美しく聞くひとの胸を打つ。


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06.18
Sat
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ベンケイソウの仲間 ベンケイソウ科 
2016年5月19日府中市、多摩川で写す以下同じ

河原の砂利を覆い隠すように咲いていた。米粒の様な薄黄緑の葉、星形の小さい黄色い花が可愛かった。道端で見かけるマンネン草や千葉の海岸に咲いていたものとは違う様だった。名前はわからない。
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名前は知らない。たぶんキク科

長い花茎のてっぺんに一個、5センチほどの花を咲かせていた。ひょろひょろの花茎が気味悪かったが花は鮮やかな黄色でとても綺麗だった。花の中央が濃い赤紫色のものが特に綺麗だった。初めて見た。多分外来種ではないだろうか。よその河川敷は知らないが、多摩川の河川敷にはオオバコやタンポポに似た花や、イネ科などの外来種と思われるものが多い。

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名前は知らない。アカバナ科の雰囲気だった。

5弁の花だがフデリンドウの雰囲気だった。草丈20センチほど、空色の小さな花が可愛かった。外来種かも知れない。
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名前は知らない。たぶんアカバナ科

草丈20センチほど。葉や花の形がオオマツヨイグサ(大待宵草)やマツヨイグサにそっくり。その仲間だと思う。
マツヨイグサは待宵草。その名のように夜を待つように夕暮れ近くに咲く。
普通、花は虫の仲立ちで子孫をふやす。大方の虫は夜は寝るのに不思議な花だ。
宵待草、月見草などと呼ばれ、歌に唄われたロマンチックな花といわれる。太宰治の「富士には月見草がよく似合う」でその地位を確固にした。
マツヨイ草は観賞用に北米から来たそうだ。多摩川の“名前は知らない”も外来の変種だろうか。

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クワ  クワ科

本流の流れには外れていても、多摩川の真ん中に桑の木の大木があるとはビックリ。
子供の頃クワの実を争って食べた。ベロを出して見せ合い、紫色の染まり具合を競い合った。桑の実は鉄分を含み健康食、貧血の妙薬だという。ジャムにすると美味しい。
桑の葉は蚕の食べ物。蚕がつくる絹糸は明治時代からの一大産業であった。絹織物は高級品。その地位は今も変わらないが、よく似た化学繊維に押されてトンとお目にかからなくなった。今の絹糸はほとんどが輸入だという。能の衣装はほとんどが絹。絹は丈夫な布地。室町時代の物が現存する。現在作られている能衣装は輸入の糸が多いと聞く。生地が弱いのは仕方がない。外国産は糸に節が多いからだという。日本産は少なく丈夫だそうだ。丹波の絹糸は昔から特上品。三味線や琴、洋楽器などの弦楽器の弦にも使うそうだ。

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クルミ   クルミ科

クルミには色々種類があるらしい。中でも鬼グルミは奇っ怪な形の実だ。人間の脳の様に皺々。味は一番だそうだが固くて割るのも、中身を取り出すのも一苦労。山のリスはこの実を囓るのだから驚きだ。奥多摩に鬼グルミがかなりある。多摩川の流域のあちこちにあるのは上流の奥多摩から流れてきた種が発芽したのかも知れない。
屋久島の友人の話。子供の頃、鬼クルミの実が薬箱の中にあった。見た事もない不思議な物体だった。母親に聞いたら正体は分からないが煎じて服用薬にしたという。万病、特にじん麻疹の特効薬だったそうだ。奇っ怪な形故、霊薬になったのだろう、本当に薬効があるかは疑わしいが人間、信ずるということは恐ろしい力だと話したことを思いだす。

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チガヤ イネ科 2016年5月19日 府中市、多摩川河川敷で写す。

草だけ5,60センチ。群生している。キツネの尻尾の様な薄ネズミ色の花穂を同じ方向に一斉に靡かせている光景は何かを想わせ幻想的だった。
昔は牛馬のご馳走だった。手作業でせっせと刈り取り可愛い家族同然の馬や牛などに与えた。LONG  LONG AGO
神事にも使われる。茅の輪くぐり。チガヤで作った円形の大きな輪をくぐり罪、穢を祓う。
風に靡く姿は白い幟旗にそっくりだ。源平の昔、平家の赤旗に対して源氏は白旗だった。瀬戸内の海戦で源平両軍は赤、白の旗を靡かせて戦った。
能「清経」は、うち続く敗戦で豊前の国、柳ヶ浦に落ち延びた平家一門の、平清経が
船尾が曳く白波や松にとまっている白鷺を見て源氏の白旗かと怯え、遂に入水するまでの経過を作る。

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能「清経」
「互いに託ちかこたるる」二人の悲しい再会。

能「清経」は単式能だが、清経の遺髪を手に嘆く妻の悲しみの場がさながら複式能の前場のように重い。
清経の遺髪を携え豊前の国、柳ヶ浦から上京した家人粟津三郎が清経の愛妻にどう伝えようかと逡巡、悲しむ姿が哀れを誘う。ワキが勤める。
清経の亡霊は「聖人に夢無し」と妻の枕に現れる。心を澄まして入水したと云う事だろうがやはり愛妻は諦めきれない。妻は死ぬまで一緒と約束したのにと詰り、清経は遺髪を勝手に宇佐八幡に返したと詰る。亡霊と現の人の痴話喧嘩が胸を打つ。痴話喧嘩と云うと水を差すようだが清経は二十歳そこそこ、妻も幼さが残る年であっただろう。いとおしく、いたましい。
清経は自殺に至る経過を妻に語る。人間誰しも命は惜しい。自ら己の命を絶つは尋常ではない。狂気の至りだ。追い詰められた清経の心理状態は「追手顔がる跡の波、白鷺の群れいる松見れば。源氏の旗を靡かす多勢かと肝を消す」と現される。
清経の狂乱も次第におさまり、諦めに変わっていく。「この世とて旅ぞかし」と謡う。誰しもかならず死ぬのだ。輪廻の掟に任せよう。清経は聞こえた笛の名手であった。船の舳板に立ち、笛を吹き、今様を謡い心を静め「南無阿弥陀仏弥陀仏、迎えさせ給え」最愛の妻も肉親も旧知も消え失せ只、阿弥陀如来のみ。清経は水底の果てに沈む。比類少ない名文のクセで語られる。この卓抜の名文と音律が、清経の死へと向かう心境の道程を人々に納得させる。
終曲に武人が落ちる地獄「修羅道」の有様が語られるが、重くのし掛かるクセの重圧に影が薄い。
それにしてもつくづく思う。昔の人は死の恐怖も仏が救った。宗教心の薄い身は、死の恐怖からどう逃れればいいのだろう。
能「清経」の詳しい解説はこちら


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06.11
Sat
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カキツバタ 2016年5月4日 調布市、神代水性植物園で写す。以下同じ。

濃い紫の花色がゆかしい。紫は高貴の色。昔、カキツバタの花の汁を布にすり付けて染めたので「書き付け花」と呼ばれ、それが転訛してカキツバタになったという。古くから親しまれた花だったようだ。顔佳花(かおよばな)とも呼んだという。ごく普通に見られた花だったのだろうか。今では野性のものはめったに見られない。湿地がことごとく田んぼになったのも一因だろう。漢字で杜若、燕子花。燕子は臙脂でエンジ色、で頷けるが、杜若が分からない。杜は山野に自生するバラ科の灌木。小さなリンゴに似た実を付けるズミ、通称小梨のこと。ズミの花はリンゴの花に似ていてカキツバタの花とは大違い。若は何だろう。杜若の若い実がズミの実に似ていると云うのだろうか。杜若とは不思議な名だ。
カキツバタに限らないがカキツバタの仲間は、その立ち姿が貴婦人のようだ。「杜若」という能がある。杜若の精の話だが杜若から人への移行イメージが容易で無理がない。

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アヤメ カキツバタの仲間。

「いずれアヤメ、カキツバタ」美人を評して言う言葉だそうだが、アヤメ、カキツバタの区別は学者には簡単だろうが、ただの人には難しい。葉っぱや花弁の付け根の模様が違うらしい。アヤメは湿地ではなく野山に咲く。

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キショウブ(黄菖蒲)
鮮やかな黄色が目を引く。外のアヤメ科の花にはない色だから。地中海沿岸からの渡来だそうだ。うなずける。あちこちの水辺に野生化していて珍しくないほどだ。

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能「杜若」 業平と二条妃が渾然一体の姿となった杜若の精が伊勢物語の世界を舞う。長絹(上着)の模様は業平菱。

所は三河の国八つ橋、今の愛知県碧海郡知立町。広い湿地に杜若が群生していたのだろうか。旅の僧が見事に咲き誇る杜若に
見とれて休んでいる。「のうのう、旅人。何とてその沢には休らい給うぞ」彼方から美しい女が呼び掛け近づいて来る。今の世にはあり得ない光景だが異様な世界に引き込まれる。女は僧に在原業平の東下りを語る。僧は観客の代表なのだ。その僧が業平について尋ねる。僧も観客も伊勢物語の恋の世界に誘われていく。
女は僧を庵に誘う。庵の奥から現れた女は二条妃の御衣を纏い業平の冠を戴いて現れる。恋人二人の渾然一体の姿だ。杜若の精であると名乗る。
「遙々きぬる唐衣。著つつや舞を奏づらん」と意味深げなこの「次第」でクセに導く。
クセは伊勢物語などの語句をたくみに駆使した美文で、伊勢物語の世界に導きく。結びに業平の恋の遍歴を述べ、業平は衆生を済度する為に現れた仮の姿であって実は陰陽の神であると結ぶ。仏教全盛の時代にあって業平は神仏となったのだ。業平の仏道教化はさておいて凡人は現代風に、恋は神が約束し給う所業なり、と理解してもいいだろうか(冗談だが、少しはまじめ)。渾然一体の姿で舞う太鼓入り「序ノ舞」が想像を掻き立て魅力的に終曲、キリ導く。
能「杜若」の詳しい解説はこちらをご覧ください。

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06.04
Sat
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ナンジャモンジャ(ヒトツバタゴ)2016年5月4日 調布市、深大寺で写す。

ナンジャモンジャとは不思議な名だ。深大寺境内で始めてこの花に出会い名札を見て首をかしげた。「何じゃこの物者は?」が転訛してナンジャモンジャになったという。代々木練兵場に大木があり名前が分からないままナンジャモンジャの木と呼んだという。江戸気質が残る東京人の洒落でもあろうか。五月初め、大木が真っ白い花に被われる。驚きは正にナンジャモンジャだ。本名はヒトツバタゴ(一つ葉タゴ)。自然のものは対馬、愛知県、木曽川周辺と限定的に生えていて何々地方というわけではなさそう。生えている場所も忍者もどきで珍しい木だという。タゴはトネリコの木。トネリコと葉と花の形が違うが盛大に咲き、遠目にはそっくり。突飛だが東京の下町の名物、モンジャ焼きの名前の由来も同じだろうかと、ひねったりする。ナンジャモンジャはヒトツバタゴに限らない様だ。銀杏の大木や、その土地にない訳の分からない大木、珍木も云うらしい。つまり、もやもやして訳が分からないと云う意味らしい。
能では行方不明になった我が子を、ナンジャモンジャのうちに、探して放浪する母親を描いた作品郡がある。母親は狂気を装っている。狂女物と呼ぶ。群を抜く傑作に「隅田川」がある。教科書にも取り上げられたので知っている人は多いと思う。

能「隅田川」
人掠いにさらわれた我が子を探して、京から遙々の旅の末、隅田川にたどり着いた母。船賃の代わりに船頭の求に舞う「狂」は唯一の見応えのある型どころ。在原業平の「伊勢物語、東下り」を種に舞う。子を思う切羽詰まった中にも和らいだ空気が漂う。笠に手を掛け「思えば限りなく遠くも来ぬるものかな」と来し方を遠望する。苦難な旅が滲み出る。ここから物語は悲劇の中に沈み込んでいく。求める子は隅田川河畔の草むした塚の中だった。ちょうど一周忌。辺りの人々も加わり弔う。盛大な念仏会。人々の善意が心に迫る。
「この土を返して今一度。この世の姿を母に見せさせ給えや」思いあまった母は塚の土を掘り起こす。子の亡霊の影が塚の中から現れる。母は駆け寄り抱きしめるが子の影は虚しく消え失せる。茫然と立ち尽くす母。現代劇の様に奔放に表現することを嫌う能、その制約の中でこれ程まで悲しみを見事に具象化した作品は希有だ。能はとかく分かり難いというが、隅田川はドラマ性に富み初心者にも分かり易い傑作。

本年6月12日 国立能楽堂で「隅田川」が上演されます。詳しくは「公演のお知らせ
をご覧下さい。
能「隅田川」の詳しい解説はこちら

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