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10.29
Sat
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吹割の滝 10月1日写す。以下同じ

吹割の滝は、群馬県片品村の片品川にある滝。これほど奇怪千万な滝は他にないのでは?
川底の軟らかい岩が水勢に削られ硬い花崗岩が残り、川の中に滝が出来たという珍妙な滝。以前、尾瀬の帰りに数回寄った。寄ったのが夏だったので水が少なく感動は少なかった。パスしようかと同行に聞いたら時間もあるし折角だから寄ってみようと云う。百数十段の濡れた階段をへっぴり腰で降りた。驚きました。このところ続いた豪雨で滝は大暴れ、豪快に飛沫をあげる水の勢いに押され茫然と立ち尽くした!滝の縁に張った立ち入り禁止のロープが以前は“邪魔だ”くらい思ったが、今回は大いに物を言っていた。ここも外国の観光客がたくさん歓声を上げていた。

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アキノキリソウ キク科

アキノキリンソウは初夏に咲く赤の他人のキリン草に似ているので、秋に咲くキリンソウの意だという。乾いた日当たりのよい処で見かけるが、どうした訳かジメジメした花崗岩の岸壁にへばりついて咲いていた。漢字で、秋の麒麟草。黄輪草だと云う学者がいるという。素人には矢張り麒麟草がいい。黄金色の房状の花は正に花の麒麟。能「景清」で落剝した景清が「麒麟も老いぬれば駑馬に劣るが如くなり」と鎌倉から遥々訪ねて来た娘に、昔の武勇を語り今の境涯を嘆く。麒麟は中国の霊獣。一日に千里を走る。五色の光を放ち聖人の出現を促すという。今すぐにでもこの世に現れてくれないかナと。

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ダイモンジソウ ユキノシタ科

庭の木陰に植えている「ユキノシタ」にそっくり、当たり前だが。ユキノシタは毛深いがダイモンジソウはつるつる。ユキノシタは天ぷらが美味しい。ダイモンジソウはもっと美味しいと思うがキレイな花を咲かせるのだ、食べる勇気がない。花の形が“大”の字だから大文字草。春咲きに、ハルユキノシタがある。

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ノダケ セリ科

葉っぱの形が少し違うような気がするし草丈も低かった。ノダケではないかもしれない。素人に免じてご勘弁を。花の形が鼓によく似ている。数本の長い花柄は鼓の締緒。タンポポが鼓に似ていてタンポポの名も鼓の擬音から付いた名だというが、こちらのほうがよほど似ている。和楽の主役は鼓。鼓と云えば管弦講の琵琶が連想される。琵琶の名手、悲劇の公達がいた。平家の公達、平経正。彼は親王に賜った名器、青山を返し戦場に赴き討ち死にした。経正の最後が能にも作られている、能「経正」。

経正

管弦講(音楽を奏で行う法事)に現れ在りし日の舞を舞う経正の霊

平経正は平清盛の甥、敦盛の兄。経正は少年時代、守覚法親王に愛され仁和寺お室の御所に住んだ。親王は経正の琵琶の才能を賛で琵琶の名器、青山を預け与えた。弟の敦盛は笛の名手、青葉の笛で知られ兄弟共に音楽の才能に秀でていた。経正は戦いに赴く時、田舎の塵になるのは惜しいと仁和寺を訪れ青山を返却する。寺の人々は涙にくれ別れを惜しんだ。経正の師、行慶は別れを惜しむあまり桂川まで経正を見送ったという。経正の人となりが偲ばれる。
お室の仁和寺は今も昔の面影を残す回廊を回らした趣のある寺。春、庭に大きな花びらの御室桜が咲く。

能「経正」は仁和寺での一場面の小品だが中身が濃く引き締まった能。
行慶が経正を弔う管弦講を催す。琵琶の音に引かれ経正の亡霊が幻のように現れ自らも琵琶を弾じ舞い遊ぶ。
生前の優雅な夜遊を再現するクセが美しい。白楽天などの詩を巧みに、効果的に使った美文の詞章が魅力だ。戦いの姿ながら戦いの語句は全く謡われない。優雅な平安貴族の遊びを彷彿とさせる。
修羅物に付き物のキリに修羅の苦患はあるが、類曲ほど過激ではなく苦患の見苦しい姿を恥じることを強調する。いつまでも公達の優雅な姿が目の底に残る能だ。
   能「経正」の詳しい解説はこちら

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10.21
Fri
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戦場ヶ原 2016年10月1日写す。以下同じ

戦場ヶ原は今まで素通りだった。八月に訪ねた榛名湖畔の「ユウスゲの道」のように思い掛けない花に会えるかも知れないと寄ってみることにした。ここも修学旅行の子ども達で賑わっていた。修学旅行とは名所旧跡と訪ねるものと思っていた。時代は変わったとつくづく思った。埴輪と呼ばれないように気をつけようと。
戦場ヶ原は高地の湿原。一体誰と誰が戦ったのだろうと不思議だった。案内板によると男体山の神が大蛇を引き連れて、赤城山の神は大百足を引き連れて戦った所だという。赤沼はムカデの血が溜まったって出来、菖蒲ケ浜は和平会議の会場。さすが神様、お花が好きだ。菖蒲の咲き乱れる会場で会議は成功だったのだろう。
草モミジの中に枯れた湿原の花の残骸があちこちにあった。もう少し早く来ればと悔しさしきり。来年を期して諦めた。目ぼしい秋の花はすでに終わり咲き残りが少しだけ淋しげに咲いていた。

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リンドウ リンドウ科

細く頼りない茎に似合わない大きな花を数個固まって咲かせる。透き通るような空色がきれいだ。漢字で竜胆。動物の胆は苦いとされ胃の薬の良薬とされた。例えば熊の胆。霊獣、竜の胆ならば苦さも飛び切りだろうが、霊験あらたかだろう。リンドウは竜の胆の名の如く猛烈に苦いが、よく効く。昔は重宝された民間薬だった。

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フウロソウ フウロソウ科

この花も頼りない細い茎だ。花弁はリンドウのように厚くはなく薄い。優しい姿は美少女の風情。フウロソウには色々の種類があるようだが平地に咲くゲンノショウコも仲間。ゲンノショウコはお腹の薬。現の証拠の名の如くピタリと効く。山に咲くフウロソウも効能は同じだが薬にするのは止めて置こう。可哀そうだから。

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ツルアジサイの紅葉 ユキノシタ科

紅葉は未だし、だったがただ一つ紅葉が始まった樹を見つけた。ツルアジサイのようだった。蔓紫陽花は木にまとわりつき這い登る。春、ガクアジサイに似た花を咲かせる。よく似たものに花は少し違うが岩ガラミがある。写真のもは岩ガラミか蔓紫陽花かどちらか分からない。息を飲むほどきれいとは言い難いが先がけて紅葉していて感無量だった。

鎌倉の称名寺の紅葉が他に先がけて紅葉して、藤原為相に称賛された事を作った能がある。能「六浦」。
ドラマ性は希薄だが四季の移り変わりと草木の美しさを謳いあげ仏徳を説くのが主眼の能。
神仏の徳を説くのは古今東西珍しい事ではないが、自然を賛美することをテーマに歌いあげるのは日本人独特の感性、能の特性でもあるだろうか。

むつら
能「六浦」為相への報恩の舞を舞う紅葉の精

称名寺を訪ねた僧が満山の紅葉の中に一本だけ紅葉しない木を目にする。不審する僧の前に現れた女が語る。昔、藤原為相が紅葉狩りに寺を訪れた。時期に早く紅葉していなかった。その中に一本だけ見事に紅葉している楓があった。為相は歌を詠む「如何にしてこの一本に時雨けん、山に先立つ庭のもみじ葉」昔は、木々の葉は時雨に濡れて紅葉すると考えていた。紅葉は為相の卿に詠まれた誉に感じて「功成り名遂げて身退くはこれ天の道なり」の諺を守り以後紅葉することを止めた。
紅葉の精は小面をつけた若い女の姿だが、紅葉しないという意味で赤い色を控えた装束を使う。それが反って自然賛美の舞に異色の雰囲気を醸して美しい。
藤原為相は十六夜日記の作者、阿仏尼の子、祖父に藤原定家、曾祖父に藤原俊成、冷泉家の祖。
 能「六浦」の詳しい解説はこちら

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10.15
Sat
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男体山 2016年9月30日 いろは坂で写す。

山岳霊場。二荒山とも。荒々しい山肌は堆積した火山灰の崩壊が激しく修復の後が大怪我した人の、外科手術の縫合の後のように生々しかった。

九月の終わり奥日光を訪ねた。秋の気配はあったが紅葉は未だし、だった。
東照宮、輪王寺は数回訪ねたし、このところ急増した外国の観光客に譲りパスした。
いろは坂を登った。登る車が少なく沿道の草花を探しながらでも登れたが目ぼしい花は見つからなかった。急峻なうえにヘアピンカーブだ、そうそう見つかる筈もないが。
展望台で車を止め下界を眺めた。幾重にも重なる深い緑の山々、谷間に人家がちらほら。不思議な物思いに引き込まれた。

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フサフジウツギ フジウツギ科 2016年9月30日写す。以下同じ

いろは坂の上り近くで見つけた。人が植えたとも思えない所に二本だけあった。大型の豪華な姿に感動した。房藤空木。日本の固有種の藤空木よりも房が大きいところから付いた名だろうか。中国原産の栽培されていたものが、逃げ出し野生化したものと考えられていたが日本にもあることが分かったそうだ。奥秩父の谷川の岸壁によく似た空木が咲いていた。あまりきれいだったので、頂こうと努力したが、さしもの絶壁に登る手立てがなかった。心が大いに残った。

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野菊(1) キク科

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野菊(2) キク科

ユウガギクとシロヨメナ?かも知れない。この類いの花は野菊と総称されるそうだ。素人には見分けが付かないので野菊としておこう。野菊は薄紫、白、黄色、とりどりの色で秋の野山を飾る身近な花だ。清純な乙女にも例えられ、歌にうたわれ物語の題材にもなった優しい花。珍しい花ではないが、秋の到来を実感するのに沢山摘んで飾ることにしている。

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華厳滝 

中禅寺湖の水を落とす滝。和歌山の那智の滝にも匹敵する美しく豪快な滝。霊山、二荒山を仰ぎ見る場所にあり霊気漂う華厳の滝に、那智の滝の様な注連縄がないのが不思議だ。
滝壺近くにはエレベーターで行く。たまたま修学旅行の子ども達の団体に占領されて諦め、駐車場近くの観滝台から眺めた。
華厳滝は自殺の名所でもあるそうだ。明治の末頃、夏目漱石の教え子、一高の学生藤村操がこの滝に飛び込み自殺した。以来有名になり自殺の名所になったそうだ。彼が滝の上の大木を削って書き残したという遺書風の「巖頭之感」は有名だが、浅学菲才の身には彼の心中に近づくことは無理。
能にも自殺を主題にしたものがある。源平の争いに敗れた平家方の武将、平清経が「この世とても旅ぞかし」と諦観、入水した「清経」や、帝の寵愛を失い猿沢の池に身を投げた「采女」、恋にやぶれた老人が池に身を投げた「綾鼓」などがある。

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「打てや打てやと攻め鼓、寄せ拍子」女御をせめ立てる老人の幽鬼

老人は人生の辛酸を舐め尽くし、これらを消化しつつ時を待つ人々だ。
長寿は人間の悲願。長く辛酸を舐め、医療技術の乏しい時代に病苦を凌ぎ、生き延びて来た老人は尊敬され、物語では神格化されもした、重い存在だったのだ。現在では「老人の日」として形骸を残すが。
能「綾鼓」は老人の恋の物語。時は600年代の飛鳥時代。人の恋は時が移り形は変わっても質に変わりはない。芭蕉がいう不易流行の一つだろうか、人間の持つ最たる情念だろう。
下層の老人の恋、相手は女御。女御は皇后、中宮に次ぎ更衣の上に位した高位の身分。
深刻な恋心も消化済の筈の老人の恋、おもしろい設定だ。若い純粋な男の恋より深く重く迫る。女御という設定も同じような理由によるのだろう。

「後の世の近くなるをば驚かで老いに添えたる恋慕の秋」老人の述懐は悲痛この上もない。福岡県朝倉郡に天皇の行宮があり庭の名池、桂の池の畔で御遊が催された。庭掃きの老人が女御の姿を見て恋慕の情に落ちる。伝え聞いた女御は池の畔の桂の木に鼓を掛けさせ、老人に打たせ、その音が御殿に聞こえたならば再び姿を見せようという。老人は心を尽くし鼓を打つ。鼓は鳴らなかった。綾を張った鼓だった。鳴る筈がないのだ。絶望の老人は桂の池に身を投げる。
女御は老人をなぶったのだ、というのも頷けし作者の意図もそこにあるかも知れない。
「思いや打ちも忘るると。綾の鼓も音も我も出でぬを人や待つらん」自分への恋心を忘れさせようと鳴る筈もない綾の鼓を打たせたのにそれでも私を待っているのだろうか。女御はこう云う。遥々奈良から馴れない筑前の仮の行宮まで下って来たのだ。そのうえ数多の妃と寵を争わなければならない。老人を気遣う暇はない。女性の優しさを信じて、こう思いたい。
廷臣が女御に顛末を報告する。老人の怨霊は女御の憑き祟り、女後は桂の池の畔に彷徨い出る。池の中から老人の亡霊が浮かび上がり女御に鳴らぬ綾鼓を打てと恐ろしい形相で迫る。怨霊は泣き叫ぶ女御の姿を背に炎の如き情念と共に池の中に沈んでいく。
古い話だが、二世金剛巌のツレ、女御を勤めた。小面の狭い視野に迫る悪尉の面を掛けた巌の鬼気が今も脳裏から離れない。
能「綾鼓」の詳しい解説はこちら
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10.08
Sat
猛暑は去っても、まだまだ暑い。今年は秋までも夏の暑さが続くという。それでも植物は時期を知っている。時が来ればその時の花を咲かせてくれる。お目当ての花が咲いているだろうと深大寺水性植物園を訪ねた。お目当てはサクラタデ。あと一つ少々珍しいミズキンバイを見つけた。

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サクラタデ タデ科2016年9月24日 深大寺水性植物園で写す。以下同じ
桜蓼。名前のように小さい桜の形の花を穂のように咲かせる。透き通る様な薄紅色がきれいだ。花は小さく目立たないがその控え目なところがすきだ。
数十年前、埼玉県小川町の農家に、稲刈りの手伝いに行った。田んぼに水を引く溝にサクラタデの群生が満開だった。その感動が忘れられない。その時、名も覚えた。

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ミズキンバイ アカバナ科 
漢字で水金梅。湿地の花。深大寺水性植物園は昔そのままの湿地だそうだ。サクラタデやミズキンバイも昔からこの湿地に住み着いている花かも知れない。

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キクイモ キク科
花は菊の仲間だと頷けるが、葉っぱに切れ込みがない。北アメリカ原産だという。ショウガの様な太った根は食べられるそうだ。二次大戦前後の食料難を大いに助けたそうだ。
日本が気に入ったのだろうあちこちに野生化している。生活習慣病にいいと、最近静かなブームだそうだ。最近山梨の知人から頂いて食べたが知らないで食べたので味は覚えていない。

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ヒガンバナ ヒガンバナ科
中国からの渡来だというが信じたくない。田んぼの畔、土手、墓、里山の中にも咲くお馴染みの花だから。我が家の猫の額にも咲く。何もない土の中からいきなり花茎を伸ばし華やかな花を咲かせ、秋の彼岸が来たと実感させられる。花が終わってから長細い葉を出して年を越し、夏には消える。全草猛毒だが薬にもなる。アルツハイマー病の治療薬でもあるそうだ。そのうちご厄介になるかも知れない。曼珠沙華(まんじゅしゃげ)とも呼ぶ。もともと曼珠沙華は仏教で天上界の花、純白で軟らかくこの花を見ると悪い事が出来なくなる有難い花。ヒガンバナは万葉の時代も親しまれた花のようで、壱師花(いちしのはな)の名で歌われているという。花色は違っても、曼珠沙華と同じ思いで、この世の花とも思えない美しさを歌ったのだろうか。
妖しげな美しさからか忌嫌われる花でもあるのも確か。
女性は花に例えられる。曼珠沙華のように蠱惑的な、妖艶な美しい女が能「殺生石」に登場する。玉藻ノ前だ。
玉藻の前は、前世、インドの王妃で悪逆無道を働き、死後周の幽王の妃に生まれ変わり、人を惑わし国を滅ぼした。更に日本に生まれ出て鳥羽の院の妃となり帝の命を狙った。
妖艶な美しさの上にさらに「経論、聖経(儒教)、和漢の才、詩歌管弦」に通じていて帝の寵愛を一身に集めたがその正体を陰陽師、阿倍泰成に見破られ、白狐と化し那須野に逃がれ石に化けたが勅命により退治された。

五番目物と称される能の中には魑魅魍魎、化け物が登場し他愛もなく退治される。
能「殺生石」もその中の一つだが一風趣の変わった曲。
先ず大きな石の作り物が舞台後方に出される。道成寺の鐘に次ぐ威容、舞台設定に大きな存在だ。所は亜硫酸ガスの毒煙が漂う荒涼とした那須野。ワキの僧とアイの供が登場する。いきなり供が「落つるわ、落つるわ」と騒ぎ立て那須野の荒涼とした景色を現出する。
毒気に当たった飛ぶ鳥が落ちて来るのだ。ワキは、旅の僧には見えない立派な出立。
僧は玄翁。彼は鎌倉の海蔵寺の開山だそうだ。以前この寺を訪ねた折、由緒書きの看板に玄翁の名はなかった。朱印書きの人に聞いたが知らないと云った。
「のう、のう。あれなる御僧。その石の辺へな、立ち寄らせ給いそ」
鳥肌の立つ気味悪い妖艶な女が、呼びかけながら玄翁主従に近づき、荒涼とした秋の那須野を背景に玉藻の前の所業を語る。
前場は語りが眼目。型は抑えられ、荒涼とした那須野の景色、石に隠れる僅かな型だけだが、見所に大きなドラマのうねりを残す。

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能「殺生石」僧にこの石に近づくなと警告する妖艶な女

玄翁は石に向かって祈り、払子を突く。石は二つに割れ玉藻の前が正体を現す。
魑魅魍魎に性別があるかどうかは知らないが、玉藻の前は恐ろしい男の姿に変わっている。
玄翁は法力の杖で石を叩き割った。大型の金槌をゲンノウと呼ぶ、この能が由来。昔は、能は一般に親しまれていたのだ。
石から現れた正体は、那須野の原で殺された様子を激しい型で語り、以後悪事を働かないと玄翁に約束し消える。魑魅魍魎とは云えども悲しい結末だが、四番目物の最後には成仏する怨霊とは違い、五番目物の魑魅魍魎は殺されて当然の悪い奴という設定だ。これ等の五番目、切能は深刻な題材の能の後を受け、肩ほぐしの役だから。
小書(異演出)に「女体」がある。後シテが女の姿に変わる。常の演出の、男の激しい型を床几に掛けて舞う。妖艶な女が強調される優れた演出だ。
能「殺生石」の詳しい解説はこちら

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10.02
Sun
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東京を包む仄かな残照 2016年8月25日新宿、東京都庁から写す

次第
砂内桂馬、団塊の世代。
秋風が立った。爽やかな朝だった。朝桂馬は無意識に、緩慢に腰を上げベランダに出た。
見るともなく下の道路を見る。黒いスーツ、黒い革靴、ネクタイ。若い男が行く。急ぎ足で。桂馬の背中に電撃が走る。行かなくては!電撃はややあって、遠い過去に桂馬を誘う。
それはやさしく桂馬を包み包み、やがて静かに去っていく。しばしの残照だった。

前回までのあらすじ
宮城県、塩釜生まれの桂馬は福岡、博多の女性、温子と運命的、劇的に回り会う。
東北の人は馴れない人に心を開かない人が多いという。桂馬もその後多分に漏れない。
それに加えて桂馬は生来、内気な性格だった。
男と女の出会いは不思議だ。性格の全く違う二人が引かれ合うのだ。博多の女、温子は明るい磊落な女性だった。
温子は土曜日、日曜日、“ままごと”と称して一緒に過ごすことを提案した。ままごとは一月以上に及んだ。内気な桂馬は「男の下半身は人格と関係ない」と云いながら温子に手が出なかった。その桂馬がある夜、フトしたことから獣になった。温子が抵抗した。温子の頬の涙に桂馬は我に返った。
二人は結婚の約束をする。桂馬は両親と姉、許嫁の承諾を取り付けた。両親と姉が博多の温子の両親に挨拶に行くという。二人も博多行を決めた。

残照 出会い(12)
「ピンポ~ン。亀しゃん、朝ですよ。もう起きないと遅刻ですよ」いつもと変わらない明るい温子の声だった。
だが桂馬の返事は聞こえなかった。桂馬は温子と顔を合わせる術がなく、目が覚めてもかなりの時間起きなかったのだ。
温子が桂馬の枕もとに座った。桂馬はしぶしぶ起き上がったが温子と顔を合わせることができなかった。
「ゆうべはごめん」下を向いたまま、消え入りそうな声だった。
「ううん。私、安心したわ。亀しゃん、私を女と認めてくれたンだもの。あれが普通よ。ずっと前、亀しゃん、云ったでしょう。男の下半身は人格と関係ないって。そのうち獣になって襲うヨって。私、待ってたのかもしれない。なのに、あんなに乱暴に叩いてしまって。私こそごめんなさい。
でもこれって本能の仕業よネ、亀しゃんも私も本能に従ったまで、何も悪い事ではないと思います。人間も動物の一員でしょう?いつか亀しゃんが云ったように。女の抵抗も本能なのよ、きっと。痛かった?」
温子の柔和な顔が桂馬の心を解いたが全てではなかった。

桂馬は釈然としない一日を送った。仕事も要領が悪く長引いた。さんざん思い迷うったが重い足はいつの間にか温子の部屋に向かっていた。
「あら、亀しゃん来てくださったのネ。いい知らせがあるの。お姉さんからお電話があったの。博多行、来月半ば頃、土曜、日曜かけてどうですか、だって。亀しゃんと相談してお返事くださいと云ってました。私は入社して間もなくで気が引けたけど、課長に事情を話して休ませて頂くようお願い済です」
桂馬は有給の休暇が貯まっていた。人事部から休暇を取るように勧められていた。仕事が気になったが2,3日の休暇は覚悟しなければならないだろう。
温子には桂馬の仕事に向き合う様子が不思議だった。中央線の中で出会った時の印象が今の桂馬と全く結び付かなかったのだ。万事につけ律儀と云うか無要領と云うか、生真面目な桂馬の姿が見え始めたて来た。そんな桂馬の性格が博多の父に似ているようで、温子に少なからず信頼感を抱かせた。
「日程その外は君に任せるよ。僕はその類が苦手なんだ、頼む。塩釜の姉と相談して。ただし破天荒計画はダメ」
「あら、破天荒だなんて。私は極めて常識人間よ。分かりました。お姉さんとジックリ相談します。それから私は“君”ではありません。鶴です。約束したのに!」
「ハイハイ、失礼しました。鶴しゃん」

博多行が間近かになるにつれて、桂馬の中に今まで経験したこともない漠然とした不安の様なものが蠢き始めた。
母は桂馬に結婚を勧めたことも匂わしたこともなかった。姉の曜子が時々「いつまで一人でフラフラしてるの、好きな人いないの」など冗談交じりに云った。会社の同年配の同僚や生時代の友人も独り者は少ない。それでも桂馬には差し迫ったものは何もなかったのだ。結婚のことなど考えたことはなかった、その桂馬の身の上に急に降りかかって来たのだ。
断片的ではあったが不安の言葉が桂馬の口から漏れ始めた。
温子は「これは自然の成り行きだと思うわ。世の中のどの夫婦もごく当たり前の顔をして、当たり前に振舞まってるでしょう。私たちは初めからこうなるように約束されていたの。だから世の中のどの夫婦よりもごく自然だと思う。色々思い悩まなくてもいいと思うけど。そうですよネ神様」天井を見上げて手を合わせ横目で桂馬をチラリとみてニヤリト笑った。
「私のお父さんには定番の“温子さんを下さい”と云うだけで結構です。云わなくてもいいけど、亀しゃん、律儀だから何か誠意を見せたいのでしょう?だからプレッシャーではないの?」

温子の日程の段取りは手際が良かった。塩釜の姉と相性がいいのだろう、お互いの目論見を纏めた様だった。母と姉は顔合わせ後、親子の親善再確認旅行と称して宮崎、鹿児島を回り、父は漁協が気になり一人で帰ることになった。
「親父と兄さん、男二人で大丈夫かな?」
「お兄さんってお姉さんの旦那さんでしょう?それは大丈夫。お姉さんのお家、旅館だから板前さんもお手伝いさんもいるから大丈夫だって。女ども、たまには消えて欲しかった、だって。二人でお酒飲むのが楽しみなのよ、きっと」
「私たちは京都で途中下車、四条の能楽堂で能を見るの」
「能って?」
「能、狂言の能よ」
「どうして能?能、見たことあるの?」
「あります。学生の頃。その時見た能はね、福島の二本松の安達ケ原に住んでた鬼の話。怖いのよ。偉い御坊さんが鬼を祈り伏せるの。“オンコロコロ、せんだりまとうぎ”意味は分かる訳ないけど、祈りの呪文よ。私の名前、温い子って書くでしょう。アツコではなくオンコって呼んでたのがこの時からオンコロになったの。何時か話さなかった?でも亀しゃんはオンコロって呼んではだめ、鶴ですからネ」
「私ね、本当は亀しゃんにネ東寺の仏像、見てほしかったの。私は高校の修学旅行で見たけど、金堂に色々の仏さまが安置していて、壮観よ。この仏さま達に、私達を見守って下さいとお願いするの。でもねこの間、会社の帰りに新宿のデパートに京都の物産展を見に行ったらネ、たまたま京都の能楽師の方がいて能のパンフを頂いたの。こちらの方がいいかなと思って。出し物が気にいったの。仏さまは博多の帰りにしましょう」
「どんな出し物?」
「芦刈、という能。パンフで読んだンだけど。貧乏で生活に困った夫が、妻を離縁して自分はストリートパフォーマンスをして乞食の様な生活をしてるの。妻は京の偉い人の乳母になって裕福になったンだけど、昔の夫が忘れられなくて昔住んでいた難波の浦に夫を探します。夫は零落れた姿が恥ずかしくて小屋に隠れます。恥ずかしがり屋さんは亀しゃんそっくりネ、フフフッ。そのあとがいいのよ。妻は昔の愛しい夫に語り掛けます。やがて夫の心も和み、二人は変わらない愛を語り合います。ストリートパフォーマンス、「笠ノ段」っていうのが面白いンだって。夫は妻の縁で京の偉い人に仕えます。めでたし、めでたし。面白そうでしょう」
「ウン面白そうだけど、それって、歌舞伎じゃあない?祇園の南座でやってるんじゃない?夫婦の情愛なんて世話物は歌舞伎だよ。能はしずしずと踊るンだろう?」
「“しずしず”だけではないそうよ。神様が現れたり、勇ましい戦いの物語や」温子は少し間をおいて上目使いに桂馬を見て「私達の様なラブラブの愛情の物語、フフフッ。芸尽くしの能。怖い鬼も出てくるの。ほら、テレビでやってる怪獣。口から火を吹いたり水を吹きかけたり。あれ能がルーツだって。」
「へえ~。いやに詳しいネ」
「詳しいでしょう。実はネ亀しゃんの真似して南荻久保図書館で調べて来たの。能はもともと庶民のものだったそうよ。だから題材は色々。世話物も当然あるンだって」

温子は三時頃には起き出し、ごそごそと何やら出発の準備を始めた。眠れないのだろう。三日も前から準備を始め、昨夜は「これでよし!用意万端整いました!」と得意顔だったのに。桂馬は吹き出しそうになった。
「よしそれでは出発しよう」
「えっ、まだ四時よ」
「起きていて、そわそわしていても仕方がないよ。始発の新幹線に乗ろう」
「切符は八時少し前の指定席だけど」
「始発なら自由席が空いてるさ」
まだ明け方の気配を残す早朝の電車は意外に賑やかだった。旅行姿の人や登山姿の人、大きなアルミのケースを持って雨靴を履いた人、築地に魚を仕入れに行く人だろう。
桂馬の予想どうり自由席はかなり空いていた。
初めて乗る、創業間もない新幹線は、この世のものとも思えない美しさだった。何か場違いの所に来たようで落ち着かなかった。
温子は昨夜の寝不足からか横浜をすぎた頃、桂馬にもたれ居眠りを始めた。桂馬は窓枠に肘をつき頬をのせ流れる景色を眺めた。早朝の景色は先鋭に、電車の速度に流れた。無意識のうちに、脳裏に思い出が流れはじめた。唱歌が流れた。
「今は山中、今は浜、今は鉄橋渡るぞと」桂馬は遠い思い出に沈んだ。中園成麿の顔が浮かんだ。中園は音痴だった。彼より年上の子供達は中園に歌わせた。「今は山中~」彼が歌えたのはここまでだった。袖を目に当て、しゃくりあげるのが常だった。子ども達は囃したて、手を叩いて面白がった。中園の渾名は「パタン、プウ」だった。運動の苦手な中園は体操の科目の尻上がりが出来なかった。彼は励んだ。ある時、彼は鉄棒から手を放して落ちてしまった。プウ~オナラが鳴った。以来、彼をパタン、プウと呼び、パタンプウ、歌えとからかった。中園は桂馬より遥かに年上だったし友達の兄から聞いた話だった。出来過ぎたこの話は多分誰かの創作かもしれないと桂馬は思っている。今の世ならイジメの最たるものだが、当時は親も先生も誰も問題にしなかったし、本人も涙は流したものの何事もなく大人になった。今では北大の助教授だという。
 車内販売の間延びした声が聞こえた。思い出の流れが急に止まった。桂馬は頭だけを車内販売にねじ向けた。温子が目を覚ました。
「コーヒー買いましょう」

京都駅に着いたのは昼前だった。能の開演まで時間あった。当然のように、帰りに寄ることしていた東寺に向かった。境内は閑散としていた。大きな境内は昔の仏教全盛の賑わいを思わせた。
「今時の者ども、何処に行っとるのじゃ。無信心の者どもめ、地獄に送ってやるぞ。なんて仏さま、怒ってるよね」
「いいえ、怒りません。仏さまは優しいのよ。今日は時間がないから金堂だけ拝観しましょう」
本尊の薬師如来は慈悲を浮かべた穏やかな顔で微笑んでいが、本尊を守る仏さまが物凄い形相で桂馬を睨みつけているようで、居た堪れなかった。桂馬はほの暗いお堂の中に鎮座する黒々とした仏様が苦手だった。幼い頃、母に連れられて行った瑞巌寺の仏さまが恐怖だった。その恐怖が尾を引いているのだと思っている。
温子は門前のガラクタ市で鋳物の風鈴を買った。「涼やかなきれいな音色」と繰り返し駅に向かった。

桂馬は、京都は初めてだった。京都の目抜き通り、四条通りは噂のように賑やかだった。
「地図だとこの辺を右に入る筈だけど、あのお爺さんに聞いてみましょう」
中折帽を被り、杖をついて小腰をかがめた爺さんが前を歩いていた。振り返った爺さんの顔は、後ろ姿とは全く違い、艶のある浅黒い彫の深い顔だった。
「向こうの呉服屋を右に曲がってすぐだよ。能楽堂のお客さんかネ」
能楽堂は屋根付きの門をくぐった奥にあった。さほど広くない玄関に盛装した女性や背広姿の男たちが、隣を気使いながら挨拶を交わしていた。
客席の入り口に文机を置いて中年の切符切りの男が座っていた。小さなバンフを渡しながら「壁に沿って廊下を進みますともう一つ入り口があります、そちらからどうぞ。二階席もございます」京都弁の語調が、はるばる訪れた京都を想わせた。
廊下の突き当りに売店があった。壁際に長椅子が置いてあり、客が抹茶を啜っていた。お茶を点てて客に振る舞う、珍しい光景だった。売店の外に小さな池があり錦鯉が群がっていた。池は廊下の床下まで広がっているようだった。やはり京都だなと桂馬は思った。
客席は段差が付いた桟敷だった。客は小さな薄い座布団に座り、お喋りに余念がなかった。同好の顔見知りが多いのだろう。新宿の寄席、末広亭の雰囲気だナと桂馬は思った。
「ここにしましょう。」温子が最後列の通路沿いの席を指さした。
「前の方、二つくらいは空いてるよ」
「いいえ、“芦刈”だけ見て帰ります。入り口に近い方が都合いいでしょう?」
見慣れた舞台とは全く違い珍しい構造だった。壁際に役者が登場する花道の様な通路があり、その先に枡形の舞台が突き出ていた。舞台を客席が半円形に囲む形だった。幕は通路の奥にあり舞台には無い。古い様式なのだろうが、斬新な構造は驚きだった。背景に古木の松が描かれていた。一面に黒ずんで、重ねた時を思わせ、黒ずんだ松の緑に重みがあった。温子が耳打ちした。
「亀しゃん舞台の右奥に井桁が見えるでしょう。あれね、「菊水の井戸」と云うの。ここは千利休の師匠、武野紹鴎の屋敷跡だって」桂馬も耳打ちで
「へえ~、舞台装置の一部かと思った。先の戦争で京都は焼けなかったもンね。だから古いものが残ってるんだ。気違い戦争でもアメリカに正気な人がいて古都の京都を助けたんだネ。それにしてもよく知ってるネ」
「必死で調べたの。亀しゃんに自慢しようと思ってフフフッ」
幕の奥から笛の音が静かに流れた。続いて鼓の小気味よい音が唱和するように聞こえて来た。客のざわめきが徐々に消えて行った。
「お調べというそうよ。それぞれの楽器の調子を見ンだって。でも今では開演の雰囲気作りになったようヨ」
幕の隙間から現れた囃子は笛と小鼓と大鼓三人だけ、三味線など弦楽器はなかった。三つの楽器だけでドラマを支える演奏ができるのだろうか?
鋭い笛の音律が淀んだ空気を貫いた。三つの楽器から放射される直線的な鋭い音律は経験したこともない異次元に桂馬を誘った。
幕が上がり面を着けた女と、付き人だろう男二人が現れた。男の姿はテレビで見る時代劇の姿で珍しくはなかったが、女の姿が異様だった。昔の日本の女の衣裳なのだろう。日本人でありながら異様に見えた事が不思議だった。
「亀しゃん、亀しゃん!二番目の人、能楽堂を教えたお爺さんヨ」
「まさか、あの爺さん杖ついて、よぼよぼだったよ」
「いいえ、間違いありません。あの顔は一度見たら、こびり付く顔です。近づいたらよく見て」
まさしくあの老人だった。火事場の怪力というのもあるそうだ。人が緊張すれば能力以上のものが現れるという。能は緊張の芸能なのだろう、桂馬に緊張が沁みはじめた。
 セリフは昔の言葉だ、分かり難いだろうと予想していた。節をつけて謡うところは猶更理解し難かった。テレビなどに登場する歌舞伎など、古典芸能のセリフも同じように古いが、顔や体を過剰なまでにも使って表現するので何となく理解できる。
 能は全く違った。直線の動きだった。夫婦の情愛の甘美な空気は薄かった。エッセンスだけが突き刺さった。

桂馬は温子に促されて立ち上がったが異次元の世界から抜け出られないままだった。
「亀しゃんどうしたの。眠いの?無理もないわよね、初めてのお能だものね」
「何か訳の分からない、得体の知れないものが居座ってる」面白かったとか感動したとかとは違う今まで経験しとことがない不思議なものに包まれたのだった。
「まだ時間があるので四条通りで母にお土産を買います」
桂馬は化粧品屋の前で待った。派手なビニール袋を桂馬の前に突き出しながら温子はニコニコ顔で店から出て来た。
地下鉄の改札口は雑踏だった。
「あら、大変。カメラ、お店に置いて来ちゃった。急いで行ってきます。ここで待てて」
「いや、僕が行って来る。ここで待ってて、と云いたいがきっとソワソワ、ウロウロで迷子になると思う。京都駅の新幹線のホームで待ってて。五号車だよ。地下鉄の二つ目の駅が京都駅。五条、京都駅、乗り越さないで」
 新幹線のホームはかなりの混雑だった。温子はバッグを前に向こうを見つめていた。
「何、見てるの?」
「あら、亀しゃん、、、ありがとう、ありがとう!」
いきなり温子が桂馬の両手を掴み引き寄せた。茫然と立ち尽くす桂馬から、雑踏の人々の顔も消え、温子の唇のほのかな温かさが、すべてを桂馬に伝えた。
つづく
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