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12.31
Sat
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自宅の猫の額ならぬネズミの額に割と珍しい野菊を植えている。今年はどうしたことか例年より盛大に咲いた。我が家の埴生の宿を気に入ってくれたのだろうと嬉しいかぎり。
栽培種の菊は大昔中国から渡したそうだ。千数百年もの間愛されてきた。菊は国花、国を象徴する花でもある。
栽培種は華やかできれいだが、やはり地味でも野菊が好きだ。
日本の野山には色々な種類の花が咲く、人の花も咲く。この国に生まれてよかったと思う。

先日ニューヨークの友人からクリスマスカードが届いた。「日本の素晴らしさを痛感する日々だ」と書き添えてあった。
昨夜、テレビを見ていたらノーベル賞の授賞式を報じていた。以前のノーベル文学賞に話しが及び大江健三郎の受賞講演が映し出された。大江健三郎の講演は英語だった。アナウンサーの解説に、大江の講演は先に受賞した川端康成に及び、日本古来の文化に固執するとする川端康成を批判し、こうした固執が先の戦争を引き起こしたと結論したという。世界に希な、途切れることなく連綿と続いた文化を、このように考えているのだろうかと唖然としたのは自分だけだろうか、人々はどう受け止めたのだろうか。
大江健三郎が受賞した頃「醜い日本人」という本が出版された。確かではないが著者は女性ジャーナリスト、新聞社の出版だったと思う。

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ダルマギク キク科 2016年12月9日写す。以下同じ

シンプルな花の姿、濃い紫が魅力だ。一昨年、韓国済州島の名前は忘れたが景勝地の海辺で頂いた。見たこともない珍しい野菊だったので自慢してやろうと思ったが、北九州の海岸沿いの岩のうえに咲いているよと友人に笑われた。“通”にはそうだろうがやはり珍しい。
丸くコンモリ繁る姿をダルマに例えた名だそうだ。

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アシズリノジギク 

足摺野路菊、四国から愛知の海岸に咲くという。行って見たいがどうしたことか足が向かない。思い立つと足は大好きな東北に向く。真っ白な花弁の真ん中に黄色い花芯、群れて咲くのがみごと。4,5年前、近くの施設のバザーで買った。買った当時は葉の縁が白く縁取られていたと思っていたがいつの間にか薄くなった。ノジギクかも知れない。

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キクタニギク 

何処の山で頂いて来たのか忘れてしまったが毎年さびしい貧相な我が家のネズミの額を飾ってくれる。
京都の菊谷というところで発見されたという。昔からあるのに発見というのも可笑しな話だが。学者が初めて名を付けたということだろうか。菊谷特産というわけではなく日本のあちこちにあるという。

JR水道橋駅の近くに能楽堂がある。建て直す前の古い能楽堂は冷暖房がなかった。暑い日に窓を開けると竿竹売やチリ紙交換の呼び声が聞こえて苦笑した。楽屋の外の崖上に女子高があった。音楽の時間だったのろう「庭の千草も虫の音も、枯れて寂しくなりにけり。ああ白菊、ああ白菊。ひとり寂しく咲きにけり」可憐な歌声が聞こえてきた。
その日の演目は「小督」だった。
小督は高倉天皇に愛され、中宮建礼門院徳子の父、平清盛に迫害され嵯峨野の奥に隠れ住んでいた。

小督2-清宮
能「小督」 「名月に鞭を上げて、駒を早め急がん(駒ノ段)」
高倉天皇の宣旨を受け嵯峨野に隠れ住んでいるという小督局の消息を求め颯爽と嵯峨野に向かう仲国。

黒田節を知らない人は少ないはずだ。
「峰の嵐か松風か、訪ぬる人の琴の音か駒引き寄せて佇めば、爪音高き想夫恋」と歌う。能「小督」の一節、「駒ノ段」を雅楽「越天楽」の旋律で歌うのだ。黒田武士は大酒を飲み日ノ本一の大槍をせしめるという無骨者だけではなかった。
小督は高倉天皇に愛された女性。高倉天皇妃は建礼門院徳子、徳子の父平清盛の迫害を受けた小督は嵯峨野に隠れ住んだ。
 小督を失った高倉天皇は「御嘆き限りなし、昼は夜の大殿に入らせ給い夜はまた南殿に明かさせ給い」、まるで玄宗皇帝が楊貴妃を失った如くだ。
廷臣、源仲国に宣旨が下った。嵯峨野の奥に隠れ住んでいる小督の住家を探せと。
折しも八月十五夜、仲国は賜った馬に乗り名月に鞭を上げ嵯峨野に向かう、その颯爽たる姿がいい。小督は琴の名手だ。十五夜に琴を弾かない筈はない。あちこち散々探し廻った仲国の耳にかすかに琴の音が聞こえて来る。「爪音高き“想夫恋”」だった。仲国の喜びがジ~ンと迫る。
この「駒ノ段」の“段”は人々に最も好まれ歌われた能の一節を権威づけて、何々ノ段と名付けた。能「海人」の“玉ノ段”、「葵上」の“枕ノ段”「三井寺」の“鐘ノ段”など他に数曲ある。

高倉天皇は頭がよく色白の美男子、小督は類い稀な美女だったそうだ。小督以前に高倉天皇が愛した女性が亡くなりショゲ返っている天皇を元気づけようと中宮、建礼門院徳子が侍女の小督を高倉帝に献上したという。徳子さんという女性はどんな女性だったのだろうか。平家物語絵巻「小原御幸」の後白河法皇を見送る絵に、白い顔の小さな姿の建礼門院徳子が描かれている。作者はやさしい日本の女性を、徳子さんに象徴して描いたのではないかナと。

小督の隠れ家の庭には十五夜のお月様に照らされて菊谷菊が咲いていたかも知れない。
     能「小督」「大原御幸」の詳しい解説はこちら

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12.23
Fri
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大混雑の登山口 2016年11月20日写す。以下同じ

あまりの混雑に目的地に行ける目途がなく思い出して以前登ったことのある稲荷山コースから登った。木の根ボコボコ、石ゴロゴロだったが仕方がなかった。あ~しんど!

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クロモジ クスノキ科

クロモジはちょっと改まって和菓子を食べるとき使う楊枝。仄かないい香りがする。葉っぱに含まれる油で香水を作るくらいだ。知らない人はいないと思う。漢字で黒文字、青黒い枝に白い斑点がある。名の謂れだろうか。クロモジが黄葉するとは思ったこともなかった。地味な黄葉も出自を知れば愛おしい。

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イロハモミジ カエデ科

イロハモミジの葉を“赤ちゃんのお手て”と歌った童謡があったように思う。葉っぱのギザギザが指に似ていると歌う。ギザギザをイロハニホヘトと数えた。草木の名前の傑作だ。
帰りの沢筋に大木が数本あった。紅葉、真っ盛り。通りかかったのは二時過ぎ、晩秋の谷は薄暗く残念ながらぼーと不鮮明だった。ヤマモイジかも知れない。
イロハモミジは紅葉の代表。公園や庭木に植えられている。仲間に変わり者がいる。砂糖カエデ。樹液で砂糖やメープルシロップをつくる。

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お地蔵さんとお供の杖

お供は枯れ枝の杖。枝の反発力は大いに助けとなった。下山して、この次また使わせていただきますと手を合わせてお地蔵さんに預かってもらった。お地蔵さんは可愛い。よだれかけを掛けてあげる気持ちがよくわかる。

能では杖を色々に使う。老人が突く杖、盲人の杖。槍や刀にまで使う重要な小道具。
身体障碍者に手を差し伸べるようになったのは最近ではないだろうか。昔はこれらの人を保護したという。江戸時代には盲人に検校の高い地位を与えたそうだ。
平安中期の賢帝、醍醐天皇は精神障害の王女と盲目の皇子を捨てた。能「蝉丸」につくられ、演劇性たっぷりボリュームある見応えのある能に作った。一場の単式能だが蝉丸は前場のシテの格充分。シテ、逆髪は後半に登場する。


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能「蝉丸」 思いも寄らぬ再会を喜びあう逆髪、蝉丸姉弟
逢坂山に皇子、蝉丸を捨てよと命ぜられた臣下は、延喜の帝ほどのお方が我が子を捨てるとはと嘆く。蝉丸は父、帝が自分を捨てるのは、盲目と生まれた身は前世の因縁故でありこの世でその償いをし、後世を助けるためだと逆に臣下をなぐさめる。蝉丸の諦観が王子の気品と相まって、深い憂愁の気が流す。
シテの王女、逆髪は生来の狂女。父帝に捨てられ諸国を放浪する。髪が逆立っている。子供が指をさし笑う。逆髪は「我が髪の逆さまなるが可笑しいとや。げに逆さまなることはおかしいよナ~、、、汝らが身にて我を笑うこそ逆さまなれ」と王女の気位を見せるが、“世の中には逆が色々あるのだ。花の種は地面から芽を出し梢に登って花を咲かせ、月は天に輝きながら水の底に写って輝く”と哲学を語る才女ぶりを見せる。
クセでは逆髪が狂気を離れ、嘗ての宮殿を引き合いに、蝉丸のみすぼらしい小屋での生活を思いやり万感を込めて舞う。
二人は分かれる。放浪は辛いことだがしかし慰みもある。この境遇に留まる蝉丸を想えばと二人は涙ながらに別れる。
四番目に分類される能は芸の面白さを見せる曲が多い。蝉丸も四番目だが人の真実を突き付けられ思い悩ませる曲だ。
興を削ぐようだが、逆髪も蝉丸も作者の創作で実在の人ではないという。
    能「蝉丸」の詳しい解説はこちら

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12.17
Sat
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高尾山から下界の眺め。2016年11月2日写す。以下同じ

高尾山は東京の街の西のドン詰まり、通勤電車の終着駅、高尾駅近くに登山口がある。以前は浅川駅と云ったがいつの間にか高尾駅になった。浅川駅は清流、浅川の名に由来。高尾山の奥は山また山、奥秩父へとつづく。
高尾山は山頂に薬王院があり信仰の山であり国定公園であり都民の憩いの場。珍しい植物が多いことでも知られている。このところ登山客が激増、温暖化と相俟って、ある筈のない植物が侵入、貴重な植物が追いやられ激減しているという。

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混雑のメインコース登山口

メインの登山コースは人の波、噂には聞いていたがこれ程とは思っていなかった。仰天!
目的地にいつ行き着けるか見当がつかない。ケーブルカーは二時間待ちだと整理員がメガホンで絶叫していた。山の上の混雑が目に見える。迷うまでもなく諦めた。

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稲荷山コース

以前登ったことのある裏道の稲荷山コースを思い出し、ここから登った。こちらは静かだった。
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メグスリノキ カエデ科

この日のお目当てだった。メインコースの尾根にメグスリノキの大木が三か所ある。人波では辿り着けないと諦めていた。
メグスリノキは「目薬の木」。葉や樹皮を煎じて目薬にしたという。長者の木とも。材を床柱にも使った貴重な木だそうだがそれが名の由来だろうか。透き通るような色合いがきれいだった。

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ヤマノイモ ヤマノイモ科

真っ赤な紅葉にだけ見とれないで、私も見て!とばかり道端の木にへばり付いていた。小さな葉っぱをいっぱいに広げ日の光を集め、養分を造り精一杯に働いて来たのだ。今は役目を終わり、終末を精一杯黄葉で飾ろうとしている。よくよく見ればハート型の薄い黄色の葉が可愛い。
ヤマノイモは山芋、自然薯。市販の長芋より美味しい。だが掘るのは一苦労。

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穿った岩屋に祀られた神様

高尾山は信仰の山でもある。滝行の霊場や祠が数か所ある。滝行をする人は山伏か坊さんか神主だそうだが、人生に迷う人も滝行をするという。だが行者だか迷い人だか見分けはつかない。フンドシ姿だから。滝に打たれ手を合わせ必死に祈る彼らの姿を見ると、自然と頭が垂れ両手が合う。

明治の末、一高(現、東京大学)の学生、藤村操は人生に迷い遺書「巖頭之感」を残して華厳の滝に飛び込んだ。唐の伝奇小説「枕中記」では迷える青年、盧生が道を求めて旅に出、茶屋で道士に枕を借りて寝て50年の間、富貴を極めた夢を見た。夢はキビご飯が未だ炊きあがらない短い間だった。人生、一炊の夢と悟ったという。

盧生の枕の夢は能に作られた。能「邯鄲」。
盧生は「我人間にありながら仏道をも願わずただ茫然と暮らすばかりなり」といい、尊き知識を求めて旅に出る。旅籠のお婆さんに奇特の夢を見るという枕を借りて寝る。いきなり勅使が王位を盧生に譲るという宣旨を伝えに現れる。迷える哀れな青年から王位へ、急転直下の舞台転換だ。宮殿の栄華は地謡によって謡われる。シテ、盧生は僅かな型(所作)だけだが分かり易い詞章に説得力がある。
酒宴の盛大な様子を子方の舞が象徴する。続いてシテが「楽」を舞う。一畳台のベッドは宮殿に早変わり、畳一枚のスペースを広々とした宮殿に見立て悠揚と舞う。舞の中途、足を踏み外す型がありハッとさせる。「空降り」、夢が覚めかた様子を表現するという。
一畳台を下りたシテは舞い続け、これも急転直下一畳台に飛び上がり横臥する。「飛び寝」と云い、夢が覚めたことを表わす危険な型で夢と現実の落差を見せる。
夢から覚めた盧生、「何ごとも一睡の夢」と呟く。滲み出る虚無感は如何ともし難い。  
能「邯鄲」の詳しい解説はこちら
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12.10
Sat
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立ち枯れたシシウド セリ科 2016年10月21日乙女高原で写す。以下同じ

「秋来ぬと、目にはさやかに見えねども。風の音にぞ驚かれぬる」古今和歌集の歌だそうだ。昔、誰かに教わったのだろう、暑いときまって思い出す。今年の夏も暑かった。
十月半ば過ぎ、山梨の乙女高原に秋の花を見に行った。下界は“目にはさやかに”だったがここはさすが高原、初冬の装いに近かかった。シシウドも御覧のとおり既に立ち枯れていた。

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リンドウ リンドウ科

数個固まって咲く。先に咲いたものは既に枯れていた。花の中に、袋に包まれた種がある。子供の頃、若い種を食べた。根は猛烈に苦く胃の薬だそうだが、種は苦くなかったような記憶だ。子供の頃、野山を駆けまわり遊んだ。好奇心からだろうが、色々な木や草の実を食べたが中毒を起こした記憶はない。

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アキノキリンソウ キク科

金色に豪華に咲くこの花もほとんどは枯れていた。御覧のとおり哀れな姿で数本わずかに枯れ残っていた。別名アワダチソウ。小さな花が穂状に、泡立つように群がって咲くからだろうか。可哀そうな云い様だが、空き地などに遠慮会釈なくはびこる悪名高いアメリカ渡来のセイタカアワダチソウも仲間。

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ナナカマド バラ科

真っ赤な実、名もいい。バラ科にはリンゴ、桃、梨など美味しい果物が多い。見るからに固そうだが、もしかして美味しいのではないかと、食べてみようと思ってあの手この手で試みたが木が高くて取れなかった。東北、北海道にある木だとばかり思っていた。東京近辺でも雁ガ腹摺山や富士山五合目程度の標高の山にもある。南の屋久島にもあるそうだ。屋久島、宮之浦岳は1935M、九州一の高山。 
七回かまどに入れても燃えないが語源だという。七日間炭窯に入れて炭を焼く七日窯だと反論する学者もいるらしいが、素人には“燃えない”が身近でいい。

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アザミ キク科

野アザミだと思う。確かかどうか自信がないが。NHKのラジオ歌謡に「アザミの歌」というのがあった記憶がある。力感のある男の歌手が情緒豊かに歌っていた。“香れよせめて我が胸に”と歌っていた。花はいい匂いがするのだろうか嗅いでみたいがトゲが怖い。
乙女高原の花々は秋も末で皆ショボかったがアザミだけが我が物顔に咲いていた。きれいだから摘んで帰ろうと思うがトゲが怖いので止めた。
アザミはトゲだらけだがキリッとしてカッコいい。悟りを開いた高僧の雰囲気だ。

能にはいろいろな僧が登場する。高僧も登場する。「殺生石」の玄翁、「三輪」の玄賓などなど。
玄翁は鎌倉の海蔵寺の開山。法力で那須野の、怪物が変身した大石を打ち割った。その名を超デカイ金槌、ゲンノウと名を残す高僧。那須野の活躍は、能「殺生石」に作られた。
玄賓は平安京を開いた桓武天皇の病気平癒を祈り救った高僧。三輪山に隠棲していたが桓武天皇の帰依を受け僧官を授けられることになったが、それを嫌い逃げ回り越後で渡し守をしていた。ここも弟子に見つかり又行方をくらまし、以後行方知れずとなったそうだ。   
玄賓は能「三輪」に作られた。前場に玄賓の詫び住まいを情緒豊かに描き、後場では三輪明神が三輪神社の由来を語り舞い神楽を舞う魅力的な能。「玄翁」も「玄賓」もワキが勤める。

能では僧の役を多くワキが勤める。能の作者はどうして僧を主役にした能を作らなかったのだろう。分かるような気もするが偏見だろうから意見は止めて置こう。
僧が主役の能が全然ない訳ではない。「熊坂」「俊寛」「放下僧」などがあるがいずれも僧というイメージから外れた変わったキャラクターだ。
熊坂は大盗賊、俊寛は政権転覆を企てた政略家。放下僧は複雑だ。

放下僧-01
能「放下僧」 鞨鼓を打ち鳴らし面白く舞い仇を油断させ、仇討の機会を狙う。(平成五年東京金剛会例会 シテ二十六世金剛流宗家 金剛永謹 写真 宮本成美)

能「放下僧」のシテ(主役)牧野の何某は自ら望み剃髪し仏に仕える身。彼の父は殺された。親の仇を討たない者は親不孝だという弟が談合を持ちかける。彼は仏に仕える身、仇討ちは瞋恚邪性の人の妄言だと断る。弟は中国の故事を語る。「母を虎に喰われた男が百日、虎の住む野原に出て虎を狙う。ある夕暮れ虎に似た石を虎と思い込み矢を射た。矢は石を射抜き夥しい血が流れた」
やはり彼は母には弱かった。弟の申し出を受け入れる。彼は放下僧の姿で仇討ちの旅に出る。放下僧は室町中期に流行った僧形の芸能者。コキリコを打ちならし小歌を歌った。

能「放下僧」は敵討ちの話だが、禅問答を聞かせ、小歌と鞨鼓を見せ、クセを聞かせ、見せる能。禅問答は難解だが当時の人には身近だったのだろう。ノリのいい小歌は室町時代に流行ったものがそのまま残っていると云い、興味深い。クセでは自然の現象、風物が仏法世界の真理の具現であるとする禅宗の教理を謡う。金春禅竹作の名作「芭蕉」のクセに似る。
敵討ちは人を殺すことだ。僧が人を殺す、当然その苦しみ呵責は測りがたい。この能にはその文言が一言もない。然しシテの姿にその苦しみが滲み出ていたとこの時の能評に書かれていた。その記憶が今も鮮明に残っている。物語の中に隠れているものを、それぞれの人がそれぞれのものを見出す、能はいいナと思う。
能「放下僧」「殺生石」「三輪」の詳しい解説はそれぞれをクリックしてください。
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12.03
Sat
山梨県山梨市の乙女高原に行った。あまり知られていないようで訪れる人は少なく静か。バスがないので車で行くしかない。休憩所、トイレも完備、そう広くはないが色々な花が咲いている。穴場かもしれない。訪ねたのは十月半ば過ぎだったが既に初冬の装いだった。おおかたの花は枯れていたが枯れ残りがあちこちに残っていた。

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ヤマハハコ キク科 2016年10月21日山梨県乙女高原で写す。以下同じ

山母子は山に咲く母子草の意。わりと低い山にも咲く。なにやら微笑ましい名。里に咲く母子草は春の七草、御形(ごぎょう)。形代にして親子の罪穢れを払ったとか、葉をヨモギの代用にする身近な葉、「葉っこ」の訛りだとか学者はいうが、花の咲く形が頬を寄せ合う母と子に似てはいないだろうか。
日本の高山にはウスユキソウ(薄雪草)が咲く。ヨーロッパの山には、歌にも歌われる名花、エーデルワイスが咲く。ヤマハハコもウスユキソウもエーデルワイスも兄弟、姉妹だ。日本ではこの花達を愛でる歌を聞いたことがない。花達には悪いが姿はさて置き、それほどきれいな色ではないからだろうか。日本の高山には色鮮やかな百花が繚乱。

母が子を思う心は、海の深き山の高きにも勝る。能の作者が見逃す訳がない。「狂女物」と呼ぶ能を作った。行方不明の子を探して旅をする。旅の安全と路銀調達のためだろうか「狂いの芸」を見せる。狂いの芸を見せることを主題とする。「隅田川」「桜川」「百万」「三井寺」などがある。「桜川」のお母さんは日向から筑波山の麓の桜川まで、「隅田川」のお母さんは京都から隅田川まで子を求めて旅をした。しかも歩いて。狂女物は、求める相手が恋人や夫、主君の能もある。


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ノコギリソウ キク科

葉っぱに細かい切れ込みがノコギリの歯に似ているので付いた名だという。八ヶ岳のものはピンクだった。羽衣草の名も。群れて咲いているようすが、天人がなびかす羽衣のようだと云うのだろうか。
能「羽衣」の天女は漁師、白竜に奪われた羽衣を返してもらい、その返礼に羽衣を靡かせ、喜びの駿河舞を舞いつつ富士の高嶺を眼下に遠ざかっていく。その姿が美しい。

ノコギリソウは高原に咲く花だが生命力が強いのか順応性が強いのか庭に植えても増える。高山の花は持ち帰って植えても育たない。孤高の花々なのだ。「栄華の巷、低く見て」だろうか(許冗談)

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ヤマラッキョウ ユリ科 
枯れて実になっていた。

IMG_3531 ヤマラッキョウ
 ヤマラッキョウ 植栽 2016年11月3日写す。
下界では御覧の様に色鮮やか。

写真の枯れ残った実はヤマラッキョウかどうか自信がない。姿、形が違う様な気もする。昨年、同じ場所に確かに咲いていたし、同じような形のものは咲いていなかったので。
ヤマラッキョウの花は野菜のラッキョウの花とそっくり。葉っぱが少し違うようだが。
球根は小さいが食べても味は同じ。ラキョウは中国渡来の野菜。ヤマラッキョウをどうして改良しなかったと思うが、昔の日本人は植物の改良をしなかったようだ。せいぜい日本サクラソウなど改良して悦にいる程度だった。

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コブシの実 モクレン科

節くれた形は握りこぶしにそっくり。蕾が子供の握りこぶしに似ているからだそうだが。コブシの花が咲くと、もうすぐ桜が咲き、暖かくなると胸をときめかす。北国の人はコブシの開花を農作業の目安にするという。

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マムシ草の実 サトイモ科

宝石をちりばめた美しさ。何やら妖しげな美しさだ。マムシ草の仲間は天南星属といい花は仏炎苞に包まれている。仏炎は不動明王の背後に燃える火炎だろうか。天南星は占星術の星だそうだ、“妖しげ”はもっとも。マムシ草の名は、茎の模様が蝮の皮に似ているから。

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フウロソウ フウロソウ科

紅葉は木だけではないとばかりに葉を広げていた。フウロソウには数種ある。山梨の高山、亜高山には郡内フウロが有名だが、葉のかたちからゲンノショウコだろうか。名は「現の証拠」胃腸の薬、名の如くにピタリと効く。花は白い花びらに赤黒いスジと斑点があり小さく可愛いがあまりきれいとはいいにくい。九州では濃い紫で、花も大きくとてもきれいなゲンノショウコが多かった。
フウロソウは風露草。やさし気な花の姿から、風が吹けば落ちそうな、露のように頼りなげな花だから付いた名と勝手に思っている。露は儚い人の命に例えられる。

源氏物語には風露草の雰囲気の女性が描かれている。中でも「夕顔」の雰囲気がぴったり。
夕顔は光源氏の友人の左大臣の息子、頭中将の女。左大臣家のイビリで町屋に隠れ住んでいる。源氏はここで夕顔に会う。源氏の家来、惟光の母の病気見舞いに行った家の近くに夕顔の隠れ家があった。
塀に白い見慣れない花が咲いていた。ユウガオの花だった。ユウガオは瓢箪の花、今でもカンピョウを夕顔と呼ぶ。瓢箪はカンピョウの変種つまり野菜、高貴な源氏が見慣れないのは当たり前だろう。源氏はユウガオの花の縁で内気な優しい女、夕顔に巡り合う。源氏が初めて夕顔の町屋に泊まった夜、源氏は下賤の人々の暮らしの息吹に触れる。明け方、源氏は「何某の院」に夕顔を誘う。「何某の院」は平安前期の左大臣、源融の屋敷「河原の院」がモデルという。塩釜の絶景を模して作った。あまりの規模の大きさにあとを継ぐ人がなく廃屋同然となっていた。ここで夕顔は物の怪に襲われ儚い露と消える。

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「来ん世も深き契り絶えすな」源氏を偲び舞う夕顔

儚い露と消えた女、夕顔の能に「夕顔」「半蔀」がある。
能「夕顔」はクセと後場の登場に、物の怪に襲はれた夕顔の恐怖心を過酷なまでに描くが、その奥に儚い運命を背負った薄幸の夕顔の姿が滲む。
「優婆塞が行ふ道をしるべにて来ん世も深き契り絶えすな」(源氏物語はたがふな)来世でも変わらぬ愛をと源氏が夕顔に贈った歌につづいて、「序ノ舞」を舞い僧の手厚い弔いに成仏できたとシットリと舞い、留める。
物の怪に襲われた恐怖心の後にしっとりとした情緒の「序の舞」は不自然だともいわれる。
作者は世阿弥。詞章も構成もしっかりした骨格の、世阿弥の自信作だという。
   能「夕顔」「半蔀」「隅田川」「桜川」「百万」「三井寺」の詳しい解説はそれぞれの演目をクリックして下さい。

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