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03.25
Sat
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井の頭公園 2017年3月9日写す。以下同じ。

井の頭公園は中央線吉祥寺駅南口から歩いて5、6分。神田川の水源の池が中心をなしている。桜の名所で花の頃は花見の宴で立錐の余地もないほどの賑わい。西に武蔵野の面影を残す雑木林、象のハナ子がいた井の頭動物園、南に人気のジブリ美術館に隣接する。開園は大正6年、この辺りは昔、狩場だったそうだ。徳川家康が関東随一の銘水と褒め称え、お茶をたてたという「お茶の水」と呼ばれた湧水井が今でも残されている。

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お茶の水

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ジシバリ キク科 能「巻絹」

長い茎を延ばして地面を這い回り、まるで地を縛るようだと付けられた名だという。地とは大地、大げさな名付けだが夏には手を焼く雑草には間違いない。別名イワニガナ。水気があれば岩にでも這い上る。今はまだ寒い早春、ひっそり息をひそめて咲いて我が世の春を待っているのだろうか。

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クサノオウ 

変な名。白い毛を身体いっぱい生やしている姿から“草の王”だと思っていたが諸説あるらしい。折ると血のような気味わるい汁が出る。水虫に効くらしい。友人が手首にイボが出来、クサノオウをこすりつけていた。イボだって親からの授かり物だ、大切にした方がいいよとからかった。イボはなかなか取れずしまいには諦めたらしい。大人になって再会したらイボは消えてなくなっていた。

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アズマイチゲ キンポーゲ科

清楚な花。この清らかな美しい姿も晩春から初夏までには全て消え去る。スプリング、エフェメラルというそうだ。早春に咲く節分草や福寿草、カタクリなど少なくない。“春の儚い命”という意味だという。同じ意味の言葉が日本にはなかったようだ。
日本人は大昔から仏教国。輪廻を信じ、この世は仮の世であり、草木国土悉皆成仏とも信じて来た。この世から消え去ってもあの世できれいに咲いていると思ってスプリングエフェメラルの日本語がなかったのかもしれない。

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タチツボスミレ スミレ科

「春の野に、すみれ摘みにと、来し我そ、野をなつかしみ、一夜寝にける」
万葉の歌人、山部赤人の歌だそうだ。昔の人はロマンチストで羨ましい。外国でも日本でもスミレに対する想いは同じ、ロマンを誘う花だ。
偏見の僻みだが、魚の市場や小学校を餌に、国民、都民のためを旗印に司法府はそっちのけ、党利党略、我が身の保身、はたまた視聴率のために騒ぎ立てる人達は皆エリート、知識人、この歌を知らない訳はない。この先生方はこの歌をどう思うだろうか聞いてみたい。赤人さんは先生方をどう思うだろう。

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弁天様。木に咲いた花はコブシ

池の西の端に弁財天が祀られている。極彩色に飾られ人気スポットだ。弁財天はヒンズー教や仏教以前の古いインドの神様だそうだが日本では日本式の神様になったそうだ。七福神の一つ。弁財天といえば竹生島の弁財天。能にも作られている。能「竹生島」。
古い話だが謡跡めぐり、能の舞台となった場所を訊ねる会を作った。第一回を竹生島に決めた。発案者に計画を任せた。彼は世話好きで人柄がよく人に好かれた。ただ少々ズッコケたところがあった。竹生島は琵琶湖に浮かぶ島。見学後、舟で対岸の彦根に渡るという。
よくよく調べたら彦根から竹生島に渡る船は竹生島神社の宮司の船だった。彼は何処かで宮司の舟を小耳に挟んで客船と思い込んだのだろう。
彦根近くに渡る船はあるらしいが、日程など考えて断念、紫式部が源氏物語を書いた石山寺、名曲「三井寺」の謡跡、三井寺を訊ねた。
竹生島は昔からの聖域で人の居住が許されない。宮司は船で通勤だそうだ。

能「竹生島」は爽やか第一の能。劇の筋は単純だが、それにも勝る琵琶湖の情景描写が優れていて人気曲だ。
 延喜帝の臣下一行が竹生島詣でに向かう。折しも通りかかった釣り船に便船する。船には老人と女が乗っていた。老人は琵琶湖に住む竜神、女は弁財天、それぞれの化身。船は春爛漫の湖上を竹生島に向かう。
「所は湖(うみ)の上、国は近江の江に近き、山々の春なれや、花はさながら白雪か」臨場感たっぷり。聞く人も同船の気分。
「緑樹影沈んで、魚木に上る気色あり、月海上に浮かんでは、ウサギも波を走るか」湖面に映る山の木々に、湖に泳いでいる魚が木に登っているように見え、月の餅つきウサギが波に揺れて映り、まるで波の上を走っているようだと謡う。
後場では弁財天が華麗な舞を見せ、竜神が国土を守ると雄渾な舞を見せる。
   能「竹生島」の詳しい解説はこちら



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03.19
Sun
お祝いに娘達が荻窪の割烹料理に招待するという。滅多に行けないのでワクワクの数日だった。荻窪は2、3思い出のある所でもある、周辺を歩いてみることにした。早春とはいっても野や山はまだ冬、花などある筈はない。野山より暖かい町から先に春は来る。郊外の我が家より荻窪には早い春は来ているのではと、招待された日カメラを担いで約束の2時間も前に
勇んで出かけた。温かくなると雑草と嫌がれる草達の花もこの時期は見直される。この花達が目当てだった。

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宮前の街並み。この界隈で写した。2017年3月4日 写す。以下同じ

荻窪の思い出その1。
飲兵衛の友人がいた。井の頭線の高井戸と荻窪駅の中間、やや高井戸駅寄り、病身の母親と住んでいた。二人でハイキングに行った。冬は足の鍛錬と称して専ら雲取山の連山、七つ石山に登った。山の頂上に着くまでにサントリー、ダルマを一本開ける酒豪だった。アルコールを飲みながら山に登るなど聞いたことがなかったのでビックリだった。ウイスキーと水を代わる代わる飲み大汗をかいて登った。汗までウイスキーの匂いがした。
夏に登ったことがあった。休憩した登山道に夏椿の白い花が数個落ちていた。庭に植えてあるのはよく目にするが野生は見たことがない。それらしき山椿の大木を咲いている筈だと見上げたが花は見えなかった。

その2
もう一人変わり種がいた。謡曲の同好で知り合った。工学部を卒業した彼は親の反対を押し切って神主になった。環八通りから五日市通りを西に入った処に春日神社がある。彼は春日神社の神主になった。神社のまわりは宮前と呼ぶ町、春日神社の門前町だったのだろうか。昔は由緒ある神社だったのだろう。彼は神社近くのアパートに住んでいた。ちょいちょい行って、夏でも汗をカキながらビンビ鍋を食べた。ビンビ鍋は彼の命名だった。土佐の高知の民謡でビンビは聞き知っていた。幼児言葉で魚をビンビと呼ぶそうだ。彼は高知出身だった。
部屋の窓際の座卓にはワンカップオーゼキの空き瓶に野草の花が生けてあった。
神官になって間もなく建設業の父親が病に倒れ、しぶしぶ高知に帰った。しばらくして広島の美人と回り逢い結婚した。“土佐の高知の播磨屋橋で神主カンザシ🎼”買ったのかと手紙した。結婚式に招待されたが能会と重なり行けなかった。

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カラスノエンドウ? マメ科

小葉の形や付かたが違うようで、カラスノエンドウか分からないが細かいことはさて置きカラスノエンドウとしてもらう。一年振りでお目に掛かかった。懐かしく、こんなにきれいだったかと感激しきり。

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ホトケノザ シソ科

春の到来を知らせる花。花をつけた草の姿に春を想う存在感がある。野草の花の風合いの美しさは説明できる言葉がないとつくずく思う。漢字で仏の座。葉が茎を抱くように付く様が仏様の台座に似ているからという。仏さまの台座は蓮の花、ホトケノザの深い葉脈の溝を見ていると色は緑だが、重なった花弁の蓮の花に見えて来る。

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オオイヌノフグリ ゴマノハグサ科

透き通る淡い空の色、小さな妖精のような可愛い花。大犬のフグリ。実の形からつけた名だそうだ。この花によくもこのような意地の悪い名を付けたものだ。説明するのも憚れるが大方の人は知っていると思う。オオイヌノフグリは外来種、日本産は小型だが外来種に追われたか少ない。

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ナズナ アブラナ科

薺、何やら難しい字だがナズナは春の七草。昔は身近な草で字も身近な字だったのだろうか。撫菜ともいうらしい。ナズナの花には悪いが撫でる程きれいな花とは言い難いが春一番に咲いてくれるのは有難い。ぺんぺん草とも。この方が通りがいい。“ぺんぺん”は三味線の擬音。実が三味線のバチに似ているから。
三味線は室町末、沖縄から渡来した三弦を日本式に改良したという。沖縄のものはニシキヘビの皮が張っていて三線(さんしん)と呼ぶ。
三味線以前の日本の弦楽器は琵琶。琵琶法師が弾じて「平家物語」を語り、貴族は管弦の遊びに興じた。平安末期に琵琶の名手がいた。平経正。一の谷の戦いで散った悲劇の武将。
能に作られた。能「経正」、格好の題材だ。

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軍装姿で現れた経正の霊が、あり日の夜遊の宴を偲び舞う

能「経正」は、経正を弔う管弦講の法事に、在るか無きかに朧おぼろと現れた経正の霊が、手向けの琵琶に興じて優雅な貴族の管弦の遊びを見せ、幻想的に舞う。
小品ながら無駄のない引き締まった能、上演頻度の高い佳曲。管弦講は現在でも高野山などでも行われている笛や琵琶などの演奏で行う法事。
経正の生年は分からないという。それ故か使用面は少年の顔の「十六」又は青年を想定して中将を使う。中将は在原業平の顔だとする。
能「経正」の詳しい解説はこちら


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03.11
Sat
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下賀茂温泉の河津桜 バラ科 2017年2月16日写す。以下同じ

下賀茂温泉は伊豆半島の突端、石廊崎の近くにある温泉。山に囲まれ、青野川が流れる。青野川の両岸に桜並木、千本桜とか。ここも河津桜が満開だった。桜目当ての観光客は少なく静かだった。河津の賑わいに程遠い。見物客にせきたてられる雑踏もなく、ゆっくり桜を堪能した。駐車場もゆったり、にわか売店はなく道の駅でゆっくり休めた。

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太い幹からニョキリと直接咲いた花が魅力的だった。ニョキリと出るのは桜の特徴らしい。

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ナノハナ(菜の花) アブラナ科

下賀茂温泉の近くの田んぼに真っ盛りだった。「菜の花や、月は東に、日は西に」与謝蕪村の句を思い出し、風は少々冷たかったがのどかな早春を満喫した。
「菜の花や、月は西だよ、日は東」とおどけたが、同行は笑わなかった。菜の花見物は、お日様が温かい昼間のほうがいい。昼間の月が薄く影絵のように浮かんでいるのもロマンティックでいいなと思うが、蕪村さん“俳諧の分からん奴が”と怒るかナ?

ナノハナは通称で本当の名はアブラナ。ナノハナはアブラナ属の総称、大根の花も白菜の花もナノハナだが、やはりアブラナよりナノハナの方が呼び馴れていて分かり易い。
かなりの広さだった。アブラナは油菜。種から油を取った。菜種油。今でも国産があるが値段が高く殆どが輸入。ここの菜の花畑は観光用か採油用か分からない。駐車場があり賑わっていた。

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今井浜の河津桜

河津桜は今や伊豆半島の至る所に植えられている。
写真の桜の右に見えるのは墓石。桜と海の絶景、幸せな仏さまです。見る人皆、羨ましがるだろうなと呟きしきり。やがて桜の花吹雪は仏たちの上に降り注ぐだろう、などと思いを回らせていたら、能「墨染桜」の一節が浮かんだ。
「無常の嵐、吹き来たり、花より先に散り給う」廷臣が崩御した天皇の愛した桜を見、亡帝を偲ぶ場面だ。

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喪の姿で舞う桜の精。よれよれの写真がやっと見つかったが子細不明。

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使用面、孫次郎。夭折した愛妻の面影を写したと伝えられる面。

能「墨染桜」は桜の精が喪の装束で喪の舞を見せるという異色の能。
仁明天皇の崩御を悼む寵臣、上野峰雄が亡帝の深草御陵に詣で帝が常に愛した桜を眺めていると桜の精が現れ、淡彩の墨絵のような美しい哀傷の舞を舞う。桜の精は仁明天皇が愛した深草山の桜の精であった。墨染風の衣に花帽子の舞が美しい。
もともとこの能にはロンギと呼ばれる問答や乱拍子があったが、天皇の崩御を悼むという一点に絞りこれらを余分の物として削除したという哀傷迫る能。魅力ある能だが題材が天皇の崩御故、上演は希。
能「墨染桜」の詳しい解説はこちら
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03.04
Sat
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河津桜 バラ科 2月16日写す。以下同じ

河津桜は早咲きの華やかな桜。近年、観光客の少ない時期の伊豆の観光目玉となった。
河津桜を知ったのは十数年前、河津川の橋を渡っているとき偶然見つけた。以来毎年訪れる。その頃は河口から2,3百メートルの並木だったと思う。現在は河口から数キロ。花の頃には上流まで見事な花盛りだ。
桜は日本では花の代名詞、花といえば桜を指したそうだ。河津桜は花の少ない時期に咲き,そのうえ華やかだから猶更花の代名詞に相応しい。
観光の目玉になって土、日曜は天城峠まで渋滞、臨時の駐車場まで満車だからご注意。

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売店も数キロ続いていた。にわか売り子もいて素人丸出しの売り込みが面白かった。

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ハマダイコン アブラナ科
浜の寒風に吹かれて早々と咲いていた。大根の白い根を人の足に例える意地悪がいる。浜大根は栄養分の無い砂地に多いからだろうが葉は濃い緑、根は細く白くて可愛い。今井浜の海の家近くで太い浜大根を見つけ頂いて来た。ここは栄養たっぷりなのだろう。浜大根は根も葉も固く美味しいとは言い難いが野趣を味わうに最適、一興,原始の味がする。
浜大根は栽培種の大根が逃げ出し野生化したという。学者の説だから本当だろうが、なぜ海岸近くに多いのだろうか不思議だ。 

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河津桜原木

河津桜は大島桜と緋寒桜の混血の桜だそうだ。大島桜は伊豆の地桜、花が大きく早咲き。葉っぱは桜餅に使う。葉が大きく香り抜群。寒緋桜は奄美大島や沖縄の桜。半開きに咲き濃い花色が特徴。河津桜は両親の血を受け継ぎ花が大きく色濃く早咲き。関東地方でも植えられ愛好者が多い様だ。
河津桜の原木は、河津川の川岸に生えていて地元の人が庭に植え、花が咲いて大島桜、寒緋桜の混血の新種であることが判ったそうだ。開花から五十数年。桜の寿命は短い、ご覧の通りの古木になっていた。
能「高野物狂」に「それ受け難き人身を受け」という句がある。宇宙の片隅の地球、そのまた片隅で人間として生まれることの不思議さ。この桜の身の上も同じ。おおかた混血の実を鳥が食べ、糞をウンよく河津川の岸に落としたのだろうか、フーンと嘆息するに、あまりにも「受け難き人身」だ。
桜は日本人に最も愛された花だ。桜を愛する余りに作った突拍子もない奇抜な能に「泰山府君」がある。

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満開の桜の枝を盗んで昇天する天女の化身の里女

能「泰山府君」は満開の桜の、あまりの美しさに天女が天下り桜の枝を盗む。地獄の大王、閻魔様の侍者、泰山府君が現れ天女を懲らしめるという能。世阿弥の自信作だというからこれにも少々驚く。桜有難さに作った、どこか童話風の香りのする能。前シテは天女、桜の枝を盗んで愛おしく抱きしめ、天に上がる優雅な型がおもしろい。
後シテは泰山府君。大王の威勢を見せる舞が豪快。天女を天上界から呼び戻し、盗んだ桜の枝を元の枝に返し接がせ、七日間の短い桜の命を、三七日に延ばして留める。泰山府君は道教では寿命を司る神でもあるという。
能はシテ至上主義、前シテの天女は後場でツレとなる。演ずる人も前シテの天女と後の天女は別人が演ずる。前シテの天女と後シテの泰山府君は同じ演者。それ故、物議をかもすが演ずる側は気にしないようだ。
   能「泰山府君」に詳しい解説はこちら。「高野物狂」こちら

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