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07.29
Sat
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八ケ岳スキー場 リフトの終点からの景観 2017年7月16日写す。

清里にあるスキー場。リフトが稼働していて満員の盛況。犬連れも多かった。
景観満点、涼味満点。八ヶ岳への登山口がある。


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バイケイソウ(梅蕙草)ユリ科 2017年7月16日八ヶ岳周辺で写す。以下同じ。

冬、雪の上に色とりどりの花が咲いたゲレンデも今は夏草ぼうぼう。
我こそはとばかりに咲いていた。きれいとはいい難いが大きな草丈、
大きな葉や花穂に圧倒された。
昔、農薬に使ったそうだから可なりの毒草なのだろう。
春の芽立ちが、旨い山菜で知られるギボウシに似ていて、
間違って食べる事故がよくあるそうだ。



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タチフウロ?(立風露) フウロソウ科

ピンクの小さな花が風に靡くさまが何とも可愛い。
名の由来は知らないが、花の姿から何となく分かるような気がする。
露は儚い命に例えられ、風は露の敵だとされる。
フウロソウは種類が多い。タチフウロは間違いかも知れないが、
素人に免じてごめんあれ。
消化器の病の特効薬、ゲンノショウコも同じ仲間。
フウロソウも特効薬かも知れない。


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イケマ(生馬) キョウチクトウ科

春の若芽が美味しい。摘むと白いネバネバの汁が出て少々気持ち悪い。
清楚な白い花が咲くとは意外。
「生馬」は当て字で本当はアイヌ語で神の足という意味だとか。
アイヌの人たちは太い根を輪切りにして魔除けのネックレスにしたという。
根は毒だというが漢方薬にするそうだ。毒の根から美味しい芽が出る。まさに神の足。
昔の中国人は何でも薬にした、漢方薬の種類の多さが教える。
食物も薬の範疇で、今でも聞いて驚くものを食べる。
昔、皇帝や権力者が方士に命じて不老不死の仙薬を求め歩いた名残だろうか。



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ムカゴトラノオ タデ科

地味な花だが、あまりお目に掛からないので。
スキー場のてっぺんに咲いていた。
花が終わった後の実の形が気になったので聞いたら、
ムカゴになるそうだ。珍しい奴だと思う。



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ノリウツギ ユキノシタ科

松原湖で写した。
白い花の向うに湖面が広がり、見慣れた花でも、
云いようの無い美しさだった。この辺には多い様だ。
樹皮から糊を取ったそうだ。試しに爪で引っ掻いてみたら、
ネバネバの樹液が出てきた。



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ヤマオダマキ(山苧環) キンポウゲ科

逞しい姿のミヤマオダマキとは印象が全く違い、なよなよと頼りない風情。
女プロレスラーと楊貴妃くらい、と云ったら大袈裟かも知れないが。
可愛い花だ。

苧環は麻糸を玉に巻いたものだそうだ。
花の名の由来は苧環を巻き取る器具に似ているかららしい。
昔、麻は下層の人たちの衣服に欠かせなかった。
能では麻が下賤の人達の暮らしを表して、哀愁調で謡われる。
能「二人静」では源義経の愛妾、静が捕らえられ、源頼朝の面前で、
「賤やしづ(静)賤の苧環繰り返し、昔を今になすよしもがな」と謡う。
能「黒塚」では老婆が麻糸を紡いで巻き取る枠カセ輪を繰りながら、
糸繰唄を謡い、人生の儚さを嘆く。
「黒塚」は鬼の能だが、単に面白さを主眼にした鬼の能とは一味ちがい、
人生を考えさせられるところもある能。


くろつか
枠カセ輪の長い糸に比へて、我が身の長い苦しみを嘆く女。

安達ケ原に行き暮れた修行僧一行が一軒家に辿り着き宿を乞う。
主は中年の女だった。女は僧達の乞いに、枠カセ輪を繰って見せ、
光源氏らしき人や、都の様子を糸繰唄に謡う。
都の華やかな唄は突如、人の世の儚さに変わる。
女は鬼の化身だが只の化身とは思えない。
夜も更け寒さが増し、女は僧たちを温めようと裏の山に薪を取りに行く。
「なう、なう。構えてわらわが閨の内ばし御覧候ナ」
女は鬼の片鱗を見せる。背筋に冷たいものが走る。

女の閨には人の死骸が累々と積み重ねてあった。
僧達は逃げる。本性を現した鬼が追う。
「いかに旅人止まれとこそ、さるにても隠し置きたる閨の内を、
あさまになされ申しつる、恨みの為に来たりたり」
凄まじい鬼女の姿だが、恐ろしさが湧いてこない。鬼女に哀れささえ見える。
人の死骸は何か。露わにした恨みとは何か考えさせられる。

能「黒塚」の詳しい解説はこちら
「二人静」はこちら
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07.22
Sat
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谷川連峰(一部)2017年6月24日写す以下同じ。

前日に一ノ倉沢の雪渓を歩き、雪渓の山側の壁をよじ登るなど、
花を探しまわり、限界近く疲れた。
宿は奥利根の湯の小屋温泉。
釣りの客が多い宿らしく風呂で中年の釣客に尺イワナを釣ったという、
自慢話を長々と聞かされた。
殺生は嫌いだ、まして遊びで!などと心の中で呟きながら目を剥き、
さも感心したように。我ながら嫌な性格だナと。
それでも夕食にイワナの塩焼きを楽しみにしていたが小さなマスの甘露煮だった。
宿賃から不平は云えないが。
酒を飲み残すなど有り得ないだが、いつの間にか布団に横たわり、
翌朝六時まで目が覚めなかった。



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厳剛新道登山口

谷川岳への最短コース。
沢伝いに鬱蒼と茂る低木の登山道を延々と辿りマチガ沢の雪渓を見下ろす、
“見晴台”で展望が開ける。
ここから岩場の登山道を登る、直登に近いルート。
昔この看板の辺りに、三軒程の宿があった。
清水峠を越え疲れ切り、青息吐息の越後の旅人が宿の灯を見て、
「あゝ!町の灯が見える」と叫んだ。
マチガ沢の名の由来だと情緒たっぷりに案内板に書いてあった。
しかも国の営林局の案内板。感じ入り幾度も首を上下に振った。



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オオバキスミレ(大葉黄スミレ) スミレ科

スミレは種類が多いが紫系か白。黄色いスミレもあったのだ。
平地では黄色いスミレなどお目にかかったことがない。
山に来たのだナと思わせる。



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ユキザサ(雪笹) ユリ科

雪のように白い花、笹そっくりの葉から付いた名だという。
古い思い出は装飾花付きで懐かしい。
山小屋でユキザサの若芽の天ぷらが出た。
友人は初めてだったようで名を聞いた。
小屋の兄ちゃん、ササと答えた。
翌日はテント泊りで例の友人が味噌汁を作った。
何やら細く固い物体が味噌汁の具だった。
「何これ?」「ササだよ、昨夜食べたろう、美味かっただろ?」
正体はほんもののササの先端だった。皆呆れて、口ぽかんだった。



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サンカヨウ(山荷葉) メギ科

大きな葉の真ん中に純白の小さな花が数個。
この世の花とも思えない。荷葉とは蓮の葉のことだという。
ぴったりの名。さすが学者。名付け親は敬虔な仏教徒だったのかも知れない。
実が美味しいらしい。きれいな実に違いない。食べるのに勇気がいるだろう。



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イワカガミ(岩鏡) イワカガミ科

花弁の先端が細く切れ込んで飾りの房のよう。山のおしゃれさん。
葉っぱがテカテカ光沢があり岩場も好きらしいので岩鏡。
マチガ沢の灌木の登山道を抜け「見晴台」と呼ばれる、雪渓を見降ろす所に辿り着いた。
イワカガミが咲いていた。恐る恐る小さな木につかまり腹ばいで撮った。
五枚目で角度を変えようと思わず手を放してしまった。
ズルズル、雪渓まで落ちてしまった。



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マチガ沢雪渓 

一の沢の雪渓とは大違い、急勾配の雪渓だった。
すり減った踵のウォーキングシューズでは雪渓を下るのは無理。
雪渓の山際を岩につかまり木の根につかまり草につかまり悪戦苦闘、
沢の分岐に出た。
分岐の沢は雪がなく岩と灌木つづきだった。命拾いとホッと。
オオカメノキやサンカヨウの群落が迎えてくれた。
右の壁を登れば厳剛新道に出る筈だ。そろそろ厳剛新道に戻ろうと思ったが、
かなりの勾配、迷っていたら人の気配、見回りの救助隊らしき人だった。
「このまま下ると三時間かかる、途中に滝もある、遭難する人はほとんど
沢を下るんですよ」
「この雪渓で滑落してあの岩に激突する人が多いんです。
結果は想像できるでしょう?」   
彼が指さす雪渓の真ん中に大きな岩が数個露出していた。
テレビなどで、沢を下るのは危険とは聞き知っていたがついつい。
彼の案内で苦労無しに厳剛新道に出ることが出来た。
ホッと一息、登山道を横切る小さな流れで水を飲み腰を下ろした。
流にサンカヨウやユキザサなどの花を一握りに、風知草で結わえた花束があった。
シラネアオイもあって一段と目立っていた。誰かが忘れたのだろう。
花束を胸に得意げに下山のつもりだったのだろう。
途中で見回りの人に注意されずに済んだのだ、忘れてよかった。

能「雲林院」では桜の枝を盗んだ人を「誰そよう花折るは,、、、、落花狼藉の人、
そこ退き候へ」咎める。盗んだ人「それ、花は乞うも盗むも情け在り」と応ずる。
今の世ではそうそう洒落は通用しない。ましてや国立公園なのだ。

うんりんいん
春雨の闇の中、雨と涙にそぼちつつ二条后との恋の逃避行を見せる業平。

能「雲林院」は在原業平の物語。典雅にして優艶な曲。
前シテは老人姿の業平。桜の枝を折った芦屋の公光を咎め、
花を盗むことの是非を、古歌を引いて問答する。
風雅な争いだ。風流問答といわれる。
業平の風流問答はやはり華麗な桜でなくてはならないのだろう。
老いた姿に優雅な業平像が鮮明に浮かび上がる。
現代人の多くは優雅、風雅は憧れだが縁遠い。
この能に浸って一時の風雅の世界に遊ぶ、また幸せならずやでは。

後場で業平がその優雅な姿を現す。
サシからクセでは二条后との恋の逃避行を見せ、
源氏物語の恋物語をも借用して濃密な名文に仕上げている。
業平は優艶な女性の舞「序ノ舞」を舞う。
業平の優雅は女性に準ずるということだろうか。

類曲に「小塩(おしお)」がある。
共に業平を描いたものだが「雲林院」は優雅な業平を
「小塩」は二条后を忘れ得ぬ業平を桜に託して描いた作品に思える。

能「雲林院」の詳しい解説はこちら
「小塩(おしお)」はこちら






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07.15
Sat
思い立って奥利根の湯の小屋温泉に行った。ここは尾瀬が近い。
数年前クマに遭遇、胆を潰したので尾瀬は十分と納得,
谷川岳の登山口まで行ってみることにした。
土合駅周辺は数十年前の記憶とは全く違っていた。
駅前広場の建物は潰れたまま蔓草に覆われていて、
魔の岩壁の遭難碑も草に覆われていた。
土合駅は無人駅で出入り自由、地下ホームの出口を見に行った。

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土合駅 2017年6月23日 以下同じ。

谷川岳連峰登山の起点だった。
数十年前は登山客で賑わったがその後激減、一日乗降客は十人に満たなかったとう。
最近ボチボチ登山客が増えて来たらしい。
近くに地下6階の駐車場があり、ほとんどはロープウェイの客が多い様だ。


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ホームから改札口への階段。

ホームは谷川岳の地下。改札まで650段余り。
ザックを背に腕を組み色々思い描きながら登った懐かしい思い出が蘇った。



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一ノ倉沢。魔の山の異名を奉られた由縁の岩壁がそそり立つ。

雪渓はなだらかそうだったので登ってみた。
後ろから来た中年の男女三人組は厳めしい重装備だった。
危ないよ!と一人。もう一人、こちらの足元をジロリ「ここは入山禁止だよ」
「入山禁止なのにあなた方はどうして登るの?」おもわず反論してしまった。
「アイゼン無しは禁止」。
思えばGパンに踵擦り切れウォーキングシューズ、Tシャツ。
思えばこちらが無謀、彼らの背中にぺこりと頭を下げた。
向こうの壁に微かに紫色が見えた。
彼等が遠ざかるのを待って期待半ばで行って見た。
人には見られたくない不格好な姿勢で壁をよじ登った。
シラネアオイだった。こんな処に咲いているなんて夢にも、しらね~アオイ。
これで満足、死んでもいい!とは思はなかったが。


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シラネアオイ(白根葵) キンポウゲ科

嘗ては一科、一属、一種、に分類されていたという。
つまり他に似た種類のものが全くない種だということらしい。
日本固有の花だという。
山草の店の目玉だが自然ものは中々お目にかかれない。
見たのは今回で二回目。
一回目は岩手と秋田の県境、八幡平の見返り峠だったと思う。
道路脇にオニギリにした雪に一本挿して置いてあった。
見当をつけて崖を降りてみたら大群落、息を呑んだ。
漢字で白根葵。日光白根山に因んだ名だというが白根山に多いかどうかは知らない。


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ヤグルマソウ(矢車草) ユキノシタ科

葉っぱの大きさに負けない大きな花。豪快で頼もしい。
この花を見ると、深い山に入ったナと思う。
薄暗い所で会うと山の仙人に出会ったような不思議な気分になる。
葉っぱが鯉のぼりの矢車に似ているから矢車草。
花屋に売っているものや花壇に植えてある紫色の矢車草は本当の名は、
ヤグルマギクだそうだ。植物の名前はややこしい。


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エンレイソウ(延齢草) ユリ目シュロソウ科

扇風機の羽根のような大きな三枚の葉の真ん中に、ちょこんと小さな花が一つ。
花の顔形はもう一つというところだが葉と花の構図が突飛で面白く魅力的。
漢字で延齢草。字の如く齢を延べる草の意だろうが延齢草は毒草らしい。
どうして齢を延べる草なのだろうか不思議。
もっとも薬と毒は同じもの。用量によって毒にも薬にもなる。
齢を延べる薬なら試してみようかナとチラッと思ったが
命は惜しいし決心がつかなかった。


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オオカメノキ(大亀ノ木) スイカズラ科

葉っぱがいい。形と葉脈の深い切れ込みは正しく亀の甲羅だが
模様が違うのが残念。
本当の名はムシカリ。虫も好きで葉っぱをかじるのでムシカリ。
オオカメノキは別名だそうだが矢張りカメがいい。
子供の頃、ノロマで親父に亀のあだ名をもらった。
気分が向いたときに甲羅から首を出し都合が悪ければ引っ込める。
自分だけの世界を作る。誰も文句を言わない。いいあだ名だと気に入っている。
友人にこの木の名を教わった。皇族の“おしるし”並みに、
忘れられない木になった。
山深い所にひっそりと咲くのもいい。

かなり古い話で記憶も曖昧だが紀州の道成寺に祈願に行った。
大阪の天王寺から電車に乗るという。
大阪は初めてだったので早めに駅に行ったが早すぎて時間を持て余した。
かねてから気になっていた駅からほど近い四天王寺に行った。
広い敷地にポツリポツリとお堂が建っていて参詣の人も疎らだったと思う。
昔は参詣人も多かったのだろう、能「弱法師(よろぼし)」では盲目の乞食、俊徳丸が
参詣の人の混雑のなかで
「盲目の悲しさは貴賤の人に行きあいの転び漂い難波江の」
と悲惨な姿をみせる。

能「弱法師」は四天王寺が舞台。
クセの上羽(あげは)に「萬代に澄める亀井の水までも」
とあるので亀のあだ名を持つなら「亀の井戸」も見たいと思ったし、
彼岸の中日に鳥居の真ん中に入日が落ちるという
“お寺の鳥居”西門の鳥居も見たかった。


よろぼし
能「弱法師(よろぼし)」 己の数奇な境涯を嘆く弱法師

俊徳丸は人の讒言で父に家を追われ、悲しみのあまり盲目となった優しい少年。
核家族の今の世では理解しがたいが骨肉相争う時代、能には類似の作品が多い。
俊徳丸は天王寺で物乞いをして命を繋いでいる。
盲目故によろよろ歩き、人々は弱法師とあだ名した。
天王寺に現れた俊徳の述懐が悲痛だ。
最愛の家族に別れ仏の慈悲に縋る境遇を訥々とのべる。
己の過ちに気づいた父は罪滅ぼしに天王寺で施行をする。
親子はここ天王寺で再会するが変わり果てた我が子に父は気付かない。
まして俊徳は盲目。
袖を広げ施行を受ける俊徳の袖に梅の花びらが落ちる。
「げにこの花を袖に袖に受くれば、花もさながら施行ぞとよ」
今は乞食だが嘗て裕福な家に育ち風流の心を持つ俊徳丸像が滲み出る。
クリ、サシ、クセで天王寺の来歴が語られる。
俊徳丸は寺のこの来歴を語って施しを受けたのだという。
俊徳丸の語りであることは省略されている。

終曲に近い「狂い」が圧巻だ。
杖を巧みに使い盲目の姿をあまさず描き出す。
嘗て見た難波の浦を、杖を胸に抱いて突き遠望する、観客の目にも浦の美景が広がる。
長柄の橋の欄干に杖を置き、なぞって歩む。嘗て渡った橋の景色が懐かしく蘇る。
雑踏に押し倒され落とした杖をさぐりながら探す。
能の型の限界を思わせる思い切った型に息を呑む。

俊徳丸の狂いは覚め、親子の簡単な名乗り合いで能は終わる。
それぞれの場面の推移の無駄を省きテンポの速い能。

※アゲハ(上羽) クセの中ほどでシテが謡う二句程の謡。
※施行 来世のため恵まれない人に施しをする。

能「弱法師」の詳しい解説は こちら
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07.08
Sat
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車山とレンゲツツジ。2017年6月16日写す。以下同じ

車山は霧ヶ峰のなだらかな凹凸を連ねる一番高いピーク。長野県茅野市と諏訪市にまたがり、標高1925m。初夏にはレンゲツツジ、続いて日光キスゲが全山を覆いその美景に息を飲む。
大きな木がほとんどない。レストランの人の話では毎年早春に山焼きをするそうだ。
眼下に白樺湖の麗姿、ホテル、別荘が点在、遠くに雪を頂いた信州の山並みが美しい。
毎年六月、この地を訪れる。花に会い写真を撮り、芽を出し始めたワラビを頂きに。


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ワラビ
山菜では一、二を争う知名度。ネバネバがあって美味しい。全国どこにでもある山菜だが皆が狙っているので勢い遠くへ行くしかない。
アクが強いのでアク抜きが欠かせない。美味しく食べるにはアク抜きが難しい。
天の啓示で秘伝を授かった。時ある毎にこの秘伝を人々に授けている。(笑)

車山の下の道路端に軽トラックが止まっていた。六十前後の小父さんと小母さんが乗っていた。
小母さん「どこから来たの?」
我が住む“巣”の遥か彼方を指さし「あっちから」
小母さん車の窓から身を乗り出して指をさし「向の別荘?」指さす方向の眼下に豪壮な別荘群、
唖然として「・・・・・・」意味なく首をこくり。よれよれTシャツによれよれズボン、古靴、褪色した帽子、別荘持ちの金持ちに見てくれるとはと意外だったが嬉しかった。


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カイジンドウ シソ科
奇妙な名。甲斐竜胆、甲斐神頭、どちらかというが、花はリンドウには程遠いし神様のもじゃもじゃ頭などと云うとバチが当たるかも知れないし。
ウツボグサだとばかり思っていた。花がそっくりだから。葉っぱや茎をよくよく見たら全然違った。花が咲いていない軟らかそうなのを茹でてオシタシにして食べたら苦くて不味かった。


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アマドコロ ユリ科
弓なりにしなった茎に小さな提灯を沢山ぶら下げ恥ずかしそうに咲く。なんとも可愛い。
若芽はアスパラのように美味しい。根はショウガの根のような、トコロ(野老)状で甘く美味しい、だからアマトコロつまり甘野老だそうだが掘り返すのは可哀そうだから食べたことはない。


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アヤメ アヤメ科
車山の草原に咲いていた。水気の少ない所に咲いていたので不思議だった。姉妹分の花菖蒲の菖蒲園は水を張った田んぼだ。これらの属は水辺に咲くものだと思っていた。同属で野生のノハナショウブやカキツバタも水辺に咲いている。
あまり気にしないで見ていたアヤメが過分の水を嫌うのを初めて知った。

杜若(かきつばた)や花菖蒲は能、「杜若」や「雲雀山」などに登場する。紫色は高貴な色であり、優しい花の姿が好まれたのだろうか。
「雲雀山」は、ひばり山の山奥の小屋に隠れ住む中将姫を乳母が命を懸けて守る。
乳母は日々の暮らしのために野山の花を手折り旅人に売って命を繋ぐ。
物語は初夏、乳母が売る花々の中には、「春を隔つるカキツバタ」という句があるから、きっとアヤメも交じっていた筈だ。この乳母が“花売り娘(おばさん?)”の元祖ですかね、きっと(笑)


ひばりやま
許されて都に帰るため小屋を出る中将姫の手を取る乳母。

中将姫は多分に伝説上の人だともいうが、かなり詳しい言い伝えが残っているという。
奈良時代の説話で、父は右大臣、藤原豊成。豊成は後妻の讒言を信じ我が子の中将姫を雲雀山に連れ出し殺せと命ずる。

能「雲雀山」はここから始まる。命ぜられた臣下は姫を殺すに忍びず、山奥に柴の小屋を建てかくまい、乳母に保護を命ずる。中将姫は子方が演じ、シテは乳母。
「げにや寒窓に煙たえて春の日いとど暮らし難とう」と子方の中将姫が今の境遇をこう謡う。子供らしからぬ漢詩の一句だが後に神格化された中将姫、続く物語が引き締まる。
乳母は狂気を装い里に出て旅人を待ち、四季の花の歌を謡い山野草の花を売る。
昔から日本人は優しい。貧者、弱者に優しい。
能「芦刈」の落ちぶれ男は地味な芦の花を、芸を見せて買ってもらい、能「隅田川」の母は在原業平の「東下り」を種に舞い同情した船頭が助ける。
里に下りた乳母は狂女物の型の如く「カケリ」を舞い「狂い」を舞い旅人に花を勧める。
おおかたの狂い物の能はこのところで思い切った「狂い」を舞う。この能の「カケリ」「狂い」は優しい。花の美しさ優しさが滲みでる。
クセの前半まで花の詩歌や故事が謡われクセの後半では、柴の小屋で露に置かれ雨に濡れる中将姫の境遇を悲しみ、愛しむ乳母の心情が切なく語られ涙を誘う。
悲劇は急転して前非を悔いた父、豊成に発見され、中将姫は目出度く都に帰還し観客の愁眉を開く。

救出された中将姫はそのまま当麻寺に入り終生、仏に仕えたという。日本三大曼荼羅の一つ当麻寺の本尊、当麻曼荼羅は中将姫が蓮の繊維で織ったと言い伝えられているという。
名は伝えられていないようで中将姫の名は姫の功績から女帝、孝謙天皇から贈られた位、三位中将とも中将内侍ともいわれるそうだ。

能 「雲雀山(ひばりやま)」の詳しい解説はこちら
  「隅田川」はこちら
  「芦刈」はこちら
  「杜若(かきつばた)」はこちら

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07.01
Sat
乙女高原は山梨市の東にあり秩父連山の国師ケ岳が間近い。
深い森林に囲まれ道路、駐車場、休憩所、トイレも整備されているが訪れる人は少なく静か。偶然に発見、以来度々訪ねる。
下界は初夏だが、ここは標高1700M、まだ春、早春の花も咲いていた。

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ミツバツチグリ(三つ葉土栗)バラ科 2017年5月30日写す。以下同じ

珍しくもないキジムシロだと思って無視、通りき過ぎようとしたが、近くにあった案内板を見て名を知った。
初めて聞いた名だと思った途端目を輝かせて引き返ししげしげと見つめた。名に拘るとはと我ながらおかしな奴だと思った。
三葉土栗はキジムシロにそっくりだが根が太く膨らみ九州に多いツチグリに似ていて葉が三ツだから付いた名だそうだ。
ツチグリの根は栗の味で美味しいそうだが三つ葉ツチグリは繊維だらけで食べられないという。

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サクラ バラ科

人が植えた園芸種か山桜か分からない。時季外れの桜が目を引いた。既に春は去ったと思っていたがここは未だ春だった。
♪春が来た、春がきた、どこにきた、乙女高原にきた、と歌ってしまった。わざと音痴で歌った。静寂の中で寂しかったから。

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トチノキ トチノキ科

漢字で栃ノ木。漢字といっても栃は日本で作られた字だという。国字というそうだ。中国には栃ノ木はないのだろうか。実は栗にそっくり、食べられる。
といってもそのままでは食べられない、毒があるから。手間暇かけて水で毒を抜く。
虎やオオカミ、ライオンは獰猛な動物の代表。だが毒のあるものは食べない。人間は木でも草でも動物でも、毒までも食べる。
人間ほど獰猛な動物はいないナと。
奥鬼怒温泉の帰り道、トチ餅を食べたのを思い出した。道の駅でシワが物言うおばあちゃんが売っていた。美味かった。
奥鬼怒は栃木県、栃の木が多いから栃木県かナと呟きながら食べた。

パリの街路樹に栃ノ木の並木があった。五月だったと思う、花が咲いていた。ヘエ~と
感じ入っていたらガイドさん、シャンソンで有名なマロニエですと教えてくれた。
マロニエは栃ノ木と同属だそうだ。そっくりで見分けがつかない。

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クリンソウ(九輪草) サクラソウ科

桜草の仲間では断トツの大柄の花。幼児の背丈ほどに伸び、幼児の頭ほどにかたまって小花を咲かせる。
これは日本の花?野生の花?と疑うほど思いっきり華やか。
斜面を駆け下りた瞬間、急に開けた湿地にその艶姿が目に飛び込んだ。
能では何処ともなく美女が現れる。一瞬、美女が現れたかと思った。すらりとした立ち姿は気品ある美女、楊貴妃もかくやとばかり。もちろん会ったことはないが。
楊貴妃は世界の美女、当時日本人の憧れだった唐の美人だ。能に作られない訳はない。「楊貴妃」だ。

楊貴妃
「しるしのかんざしまた賜りて」玄宗皇帝との思い出の簪を方士に授ける楊貴妃

「楊貴妃は女能の第一、装束なども結構なものにし、立ち居振る舞いも美しくして、さほど習い事はないが重々しく舞うこと」長老の言。この能の内容を的確に言い得て、演ずる側には有難い教訓であり、観る側には鑑賞の心得になるのでは思う。

楊貴妃は聡明で思い遣りが深く、歌舞音曲にも優れた人だったという。美人の条件は容姿が美しいだけではないという事だろうか。
高宗の妃、則天武后や玄宗皇帝の前の皇帝の妃、偉后が権力に目がくらみ政権を簒奪しことをつぶさに知っていた筈だが、政権には目もくれず玄宗皇帝との愛の生活に没頭したという。
玄宗皇帝は容姿にも優れ「改元の治」の善政で知られた賢帝だったという。芸術の素養深く自ら曲をも作り「皇帝梨園弟子」という歌舞音曲の養成所を作った。日本の歌舞伎の世界を梨園と呼ぶ語源だという。性格温和で人々に慕われた。
能「楊貴妃」の骨格をなす白居易の詩、長恨歌は楊貴妃と玄宗皇帝の人柄の魅力を偲んで作られたという。

安碌山の乱で楊貴妃を失った玄宗皇帝は日夜想いに沈み、せめてもの事にと、方士に魂魄のありかを探させる。
方士は神仙の術を持つ。神仙の住む蓬莱宮に行き楊貴妃の魂魄を探し当てる。
貴妃は方士に玄宗との愛の日々を語る。別れの時がくる。方士は蓬莱宮を訪ねた証拠を賜りたいと言う。
貴妃は常に身につけていた玄宗に賜った簪を与える。方士は、世間に似たような物がある、貴妃と玄宗皇帝と交わした蜜語があったらそれを証拠に持ち帰りましょうという。
貴妃は玄宗皇帝との睦言を教える「天に在らば願わくは、比翼の鳥とならん、地にあらば願わくは連理の枝とならん」
白楽天の詩「長恨歌」の一節。古臭いかも知れないがプロポーズの殺し文句にどうだろうか、冗談だが。
「浮き世なれども恋しや昔」あの世とこの世と隔てられ会うことはできないと「伏し沈みてぞ留まり(蓬莱宮に)ける」と終曲となる。貴妃の伏し沈む姿が美しい。

楊貴妃は安碌山の乱の犠牲になった。長安の都を逃れる途中、玄宗は兵士の怒りを抑えきれず宦官、高力士に貴妃の処刑を命じた。兵士の怒りは、反乱の一つの要因でもあった楊貴妃の又従兄、楊国忠の横暴に対する反感だったが次第に激化して貴妃にまで及んだ。
故なくして殺されながら、この曲には楊貴妃の恨みの語は一言一句もない。ただひたすらに長恨歌にのせて愛を謳う。名曲として人々に親しまれる所以であろうか。

能「楊貴妃」の詳しい解説はこちら

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