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08.26
Sat
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玉川上水 2017年8月5日写す。以下同じ

玉川上水は江戸初期に開削された江戸の人達のための用水路。
多摩川の上流、羽村から江戸まで標高差100m。測量器具も工事機器も技術も
乏しい時代に、この難工事を成し遂げたのには今の専門家も驚くという。
用を終えた玉川上水は空堀となっていたが、昔を懐かしむ人達の熱望で、
数十年前、再び水が流され今も水量は少ないが流は絶えない。
春は両岸に町には珍しい花が咲く。
遊歩道もあってこの頃リックを背負ったハイカーが増えた。
今夏訪ねたが夏草に覆われていたのかも知れないが
これと云った珍しい花は見つからなかった。
だが見慣れた花でもよくよくみれば面白い特徴があった。

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ヘクソカズラ(屁糞蔓) アカネ科

確かにひどい悪臭だが屁だけでは足りずに糞とはひどい。
万葉人もこう呼んでいたという。万葉人は意地悪か。
「憶良らは今は罷らむ子泣くらむ、それその母も我を待つらむぞ」
と詠んだほど心優しい山上憶良も“屁糞蔓”と呼んだのだろうか。
釣鐘型の花が可愛い。別名、早乙女の笠に見立てて早乙女蔓。
お灸のモグサに見立ててヤイト花。
この名の方がぴったり。可哀そうと思った心優しい人が付けたのだろうが、
この名を呼ぶ人はほとんどいない。現代人らしい意地悪。

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ヤブガラシ(藪枯し) ブドウ科

藪さえも枯らすほどの生命力。貧乏蔓の名もあるという。
こうも人に嫌がれるヤブガラシが北京の街中の川岸に植えてあった。
土止めに植えたのだという。
豊かな自然を持つ国に生まれた幸せを思った。
今までしげしげと見ることはなかったが小花が集まって手の平状に咲く形が、
他の花には希なひし形で面白い。花が散った後には実らしきものはなく
実の場所がオレンジ色。これがアクセントになっていた。
葉っぱを揉んで嗅ぐと嫌な匂いがする。
春の若芽は少しぬめりがあってピリリと辛く美味しいそうだが、
どうにも食べる気になれない。

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ヒヨドリジョウゴ(鵯上戸) ナス科

唯一山に咲く花を見つけた。秋、赤くみのる実をヒヨドリが好んで食べる
と云うのが名の由来だそうだ。
上戸は吞兵衛のことだ。ヒヨドリの頬っぺの赤茶色の毛は、
酔っぱらった赤ら顔と云うのだろか。
ヒヨドリは左に卑しい、右に鳥と書く。鵯。可哀そうな名。
ヒヨドリに恨みはないが鵯は悪食。何でも食べる。
蒔いた種も目ざとく探し出してたべる。

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センニンソウ(仙人草)キンポーゲ科

草や木に覆いかぶさって咲く純白の花が豪華。
花が終わると実は白い毛に覆われる。仙人のヒゲに見立てた名だという。
自ら花爺と名乗る野草好きと知り合った。庭に仙人草が植えてあった。
珍しくもないものを植えるとはと呆れたが花爺曰く珍しくはないが、
きれいなものはきれいだと。
花爺はあの世の人だが、その言葉が胸に生き残っている。

仙人草は純白の清楚な花が仙人に豹変する。
道教では、仙人は不老不死、神通力を持つ神的な人だとするという。
仏教では外道を極め神通力を持つ悪魔的な人。
まるで能「殺生石」の玉藻の前。
玉藻の前は神出鬼没の妖怪。西域の王の后となり悪行の限りを尽くし、
後に周の国に生まれ変わりここでも悪行を尽した。
死後日本に出生して近衛院の寵姫となった。

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石を割って現れた狐の精

僧、玄翁主従が那須の殺生石に辿り着く。
突然、空飛ぶ鳥が大石の上に落ちて来ると従者が騒ぎ立てる。
やがて微かに女の声が聞こえてくる。
「のうのう御僧その石のほとりへな立ち寄らせ給ひそ」
押し殺した女の声に戦慄が走る。
玄翁の前に現れた女は荒涼とした物凄まじい夕べの那須野の原を背に、
大石の謂れを語る。

大石は妖婦、玉藻の前の執心が石となったのだという。
玉藻の前は王法を傾けようと帝の命を狙ったが露見して妖狐の姿となり、
空を飛びこの那須に逃げ込んだ。
勅命により妖狐狩りの修練を積んだ武士二人は那須に妖狐を追つめ殺した。
妖狐の魂は大石となり近づく鳥、獣、人までその命を奪った。

女は舞台の真ん中に座ったまま、時折、ワキの反応を見るかのようにワキに向くだけで、
この恐ろしい事件を物語る。
女の面は気品と高貴を表す「増(ぞう)」
語りが高潮に向かうにつれ面は妖艶を増し、聞き人の背筋が硬直する。
語り終えた女は僧を見据えて立ち、大石のなかに消える。玉藻の前の霊魂だったのだ。

玄翁は石に向かって必死に祈る。
石の中から辺りを圧して妖しげな声が聞こえ、石は二つ割れ妖狐が姿を現す。
シテは妖狐と妖狐退治の武士を演ずる。
身の軽い妖狐と騎乗の武士との闘争、弛みが微塵もなく体力の限界と能の型の限りを
尽して舞う。

能「殺生石」の詳しい解説はこちら
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08.26
Sat
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仙川 8月8日 武蔵野市桜堤で写す以下同じ

🎶春の小川はさらさら行くよ♪の唱歌のような自然そのままの小川がめっきり減った。
東京では小さな川は僅かな例を除いて、コンクリートで固められた味気ない放水路。
それもほとんどが川のトンネルともいえる暗渠。銀座四丁目にあった数寄屋橋や、
渋谷駅の近くを流れていた渋谷川が好例。
武蔵野市の桜堤公団住宅の中を流れる仙川は団地の中だけ自然の川の面影を残している。
団地から下流はご多分に漏れない放水路。
仙川の名を知らなかったので武蔵野市役所の担当に聞いた。
水源も合流する川も知らなかった。ただ一級河川だという。
一級河川は国の管理。調べようがなかった。
幸い知り合いの旧家の爺さんに教えてもらった。
仙川は立川を水源とする野川の支流だそうだ。合流する川は知らなかったが、
多分、野川か多摩川だろう、だった。
この団地の中の仙川で水性の花を見つけた。

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ミソハギ(溝萩又は禊萩)ミソハギ科 2017年8月5日仙川で写す。以下同じ

仙川のあちこちに群落があり満開だった。
水を好むようで田んぼの畔や溝などに咲き、里の人達が心待ちにする花。
盆花にも使うという。禊萩の名は、幣の代わりにして穢れを払ったのだろうか。
花の幣とは何とも美しい。昔の人は心が豊かだったのだナと思う。
これほどきれいな花が町の中の、それもきれいとは云い難い場所に咲くとはと意外だった。

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ガマ(蒲) ガマ科

子供のころ食べたチョコレートアイスキャンディーやアメリカンドックにそっくり。
不思議な形。花穂とは思えない。
童謡の「大黒様の云うとおり、きれいな水で身を洗い、ガマの穂綿にくるまれば、
ウサギはもとの白うさぎ♪」は昔の子供の愛唱歌だった。
古事記の因幡の白兎伝説を童謡に作ったものだという。
固そうな花穂がどうして“ガマの穂綿”なのだろうと長い間の謎だった。
形が面白かったので花瓶に挿して置いた。数日してビックリ。
花穂が弾けて白い綿毛になって下に散り敷いていた。
これで疑問すっかり氷解。

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ハス(蓮)

誰かが植えたのだろう。花は既に終わり実になっていた。
蓮は別名ハチス、蜂巣。それにしても不思議な形。
穴が明いていて蜂の子のような種が鎮座ましましている。
地下の根はお馴染みのレンコン。これも穴が開いている。
蓮の花は仏さまの台座。ドロドロの泥土の中から思いも寄らない高貴な姿を現す。
「ハチス葉の、濁りに染まぬ心もて、などかは露を玉と欺く」
昔、教えてもらった僧正遍照の歌に感じ入ったことを思い出した。
根、葉、花、実、意味深な風姿。


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千川

千川は江戸時代、玉川上水を武蔵野市境から引き込んだ用水路。
かなり前になるが武蔵野女子大近くに友人が住んでいてよく訪ねた。
前を千川が流れていた。川の姿も自然のままの清流で水性の花が咲いていた。
ことにミソハギの群落がみごとだった。
六月にはホタルが飛んだそうだが今はどうだろうか。
何時の間にか両岸も川底もコンクリートで固められ、欅の大木の並木が日光を
遮り薄暗く花は全く咲いていなかった。

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ノカンゾウ(野萱草)ユリ科

千川沿いの遊歩道の入り口に一本だけひっそりと咲いていた。
辺りに花らしきものが全くなく、大げさに云えば異彩を放っていた。
これも大げさかも知れないが感動だった。
花でも人でも時と処を得れば異彩を放つものだナと。
孤高を持する世捨て人にも見えた。やはり大げさかも知れないが。

平安の昔、盲目の琵琶の名手がいた。名を蝉丸。
宮廷からの招きに、
「世の中はとてもかくても過ごしてん宮も藁屋も果てしなければ」
と歌を詠んで断ったという。
世の中は、とかくあっても過ぎて行くものだ、藁屋も宮殿も、
同じようなものだと云うのだろうか、まさに孤高の人だったのだろう。
能に作られた。「蝉丸」

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別れを惜しむ姉弟

能「蝉丸」は皇子と生まれながら逆境に落ちた姉宮、逆髪と弟宮、蝉丸の姉弟愛の物語。
蝉丸は市井の人だったというが能「蝉丸」では醍醐天皇の皇子として作られた。
蝉丸は生来の盲目。父帝は蝉丸を逢坂山に捨て置くよう勅を出す。
蝉丸は、盲目と生まれたのは前世の戒行のつたなさ故であり、
父帝はこの世でその償をして後世の安楽を願ったのだ、
これが真の親の慈悲だと諦める。
悲惨な運命に落ちて行く蝉丸の姿が美文を尽して語られる。
蝉丸の逢坂山の庵は雨も月の光も漏れるあばら家として描かれる。

吉野の桜の山「奥の千本」に西行法師の庵を再現したという小屋があった。
柱は竹、壁は柴や篠竹を並べていて屋根は葉っぱ付きの木の枝が置いてあり、
隙間だらけだった。遠い思い出で心許ない記憶だが。
説明板に実物に近く再現した。雨は容赦なく漏ったと書いてあったと思う。
本曲の庵も全く同じ様に謡われ、月の光も勿論漏っただろう。

姉宮、逆髪は狂人。宮殿を追われ諸国を放浪している。
逆髪の放浪は旅の様子を舞う「道行」とよばれる軽快な舞で語られる。
逆立った髪を子供に笑われても「我が髪の逆さまなるが可笑しいとや、、、、、
汝らが身にて我を笑うこそ逆さまなれ」と皇女の気位を見せるがまた、
「花の種は地に埋もって千林の梢に上がり、月の影は天に懸って萬水の底に沈む
これ等をば皆いずれをば順と見、逆なりと云わん」と哲学的悟りをも見せる。

逆髪の狂気は登場から「道行」迄で、以降は正気に返り終曲まで姉弟の情愛が描かれる。
一曲の中心であるクセでは姉弟の悲惨な境涯を逆髪が舞う。
昔は舞のない謡のみで語られたという。
舞はなくても謡の説得力を重んじたのだろうか。

不連続線のない密度の濃い曲、名曲と云われる所以であろう。
特にクセから終曲が圧巻。
立場上から別れざるを得ない二人の別れが悲痛この上もなく描かれ終曲となる。

能「蝉丸」の詳しい解説はこちら 

今年11月18日国立能楽堂にて能「蝉丸」が上演される。詳しくはこちら

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08.12
Sat
大菩薩嶺は大菩薩峠から一時間程。富士山、南アルプス、その外、
遠くの山々まで一望、景色満点だというが生憎の曇り空で、
辺りはガスに包まれ展望零点、代わりに花々が慰めてくれた。


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鹿 2017年7月28日うつす。以下同じ

大菩薩峠近くで出会った。と云っても50メーターくらいは離れていたが。
動物園や奈良の鹿と大違い、スラリとして毛並みも鮮やかで美しかった。
物珍しそうにこちらを見ていた。
おーい、おいで。お菓子をあげるよ!と呼んだらプイと逃げ去った。
夫婦かな?恋人同士かな?残像がしばらく消えなかった。


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杖と缶ビールとオニギリと

杖はモミの木の枯れ枝。杖の長さにしようと無理に折ったら“握り”が尖り、
痛いので、トイレットペーパーを折畳んで包んだがそれでも少々痛かった。
缶ビールは小屋で買った。400円也。コンビニのオニギリはオカズ代わり。


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ヤマホタルブクロ (山蛍袋)キキョウ科

ホタルブクロの花は袋の様。子供達が袋のような花に蛍を入れ、
提灯にしたというのだろう。
本当かどうかは知らないが、ほんとだったら楽しい。
蛍は可哀そうだがこの上なく、幻想的。
玩具が少なかった昔の子供達は自然のものを工夫して遊んだ。
ゴマの花もホタルブクロのように長細い。
子供の頃ゴマの花の蜜を吸いに花に潜った蜂を、
花の入り口を指でつまんで閉じ込め、お尻の針でチクリと刺された。
痛かった。それでも懲りずにまたまたチクリ。いい思い出の一つ。
低地に咲いているホタルブクロより色が濃かった。岩の隙間に咲いていた。


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コウリンカ(紅輪花) キク科

大菩薩峠から30分程登った草むらの中に咲いていた。
立ち入り禁止のロープが張ってあったので腹這いになり“立ち”ではないから、
いいだろうと屁理屈で侵入、撮った。
“やったー!”と有頂天になって100メーター行ったら、大群落があった。
腹這いで苦労して撮ったのに、人生ままならないナと。
垂れ下がった花弁の奇妙な姿と、他の花には希な底深い紅色は、
謎を秘めた微笑をたたえる仙女のよう。


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雷岩 2000と数メーター

標識が朽ち果て文字が読めなかった。
大菩薩嶺山頂と勘違いしてしまった。恐ろしいほどの急峻な悪路を下り、
ようやく平坦な登山道に辿り着きホッとして気が付いた。


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ウスユキソウ?(薄雪草) キク科

雷岩の近くに咲いていた。
ウスユキソウはヨーロッパの山の花の女王、エーデルワイスの仲間。
地味な花なのに、派手好みのヨーロッパの人達が歌にうたい崇めるのが不思議。
日本ではウスユキソウの歌を聞いたことがないように思う。
地味な花だがヨーロッパの人達に何か訴えるものがあるのだろうか。
少し深い山でよく見るヤマハハコかな?と思ったが花や葉の形が違うようだった。
ウスユキソウやヤマハハコは、お馴染みの母子草の仲間であることは誰でも納得だと思う。
母と子が頬を寄せ合う姿に似て、ぴったりの名。
学者に怒られるかも知れないが、ウスユキソウもハハコをくっ付けてほしいナ。
例えばハハコウスユキソウとか。
母と子の情愛は何時の世でも歌にうたわれドラマに作られる。
能では狂女物に作られている。
子を想う能は母だけではない。父が子を想う能もある。「天鼓」

天鼓
「打てば不思議やその声の、心耳を澄ます声出ずる」子の遺品の鼓を打つ老父。

「天鼓」は中国、後漢の物語。
世にも不思議な妙音を響かす鼓を持つ少年、天鼓。
帝が聞きつけ差し出すよう命ずる。
天鼓は鼓を惜しみ山中に隠れるが捕らえられ呂水に沈められる。
老父の嘆きが前場を埋め尽くす。
「孔子は鯉魚に別れ、思いの火を胸に焚き、白居易は子を先立てて枕に残る薬を恨む」
我が子を失った先哲も大詩人もこう嘆いたのだ。
帝に背いた子の死を嘆いても咎にはなりますまいと嘆く。

帝は鼓を打たせるが鳴らない。鼓は主人の天鼓に別れた故、鳴らないのであろう、
親の老人に打たせよと命ずる。
老人は鳴る筈はないと疑いながらも打つ。
「打てば不思議やその声の、心耳を澄ます声出ずる。げにも親子の證の声」

帝は感激して、天鼓が沈められた呂水の堤で天鼓の跡を管弦講で弔う。
やがて水中から天鼓の霊が浮かび上がり、鼓を打ち舞を舞う。
キビキビと軽やかな少年の舞、異国情緒の音律の「楽」が面白く楽しい。

   能「天鼓」の詳しい解説はこちら


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08.05
Sat
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登山口 2018年7月28日写す。以下同じ

今年の五月に青梅街道奥の丹波山村に行った。
ついでに小菅村の白糸の滝を見に行った。
ここからも大菩薩峠に行けることがわかった。
大菩薩峠は知られた山。気になっていた。
途中まででもと登ったが途中欲が出て、
もしかして峠まで行けるのではと、無理して登った。
とんでもなく遠かった。気が付いたら三時を過ぎていた。
仕方なく断念、引き返した。
心にかかっていたので今回は楽に登れるという上日川峠から登った。
塩山から上日川峠まで車で行け、可なりの高度が稼げる。


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大菩薩峠

明治の中頃までは大菩薩峠を越えて甲州、武州を行き来したという。
昔の青梅街道だったのだろうか。
大変だっただろうナと遥かな昔に想いを馳せながら登った。
大菩薩峠は中里介山の小説「大菩薩峠」でも有名。
大正から昭和にかけて新聞に連載された大長編で数回映画化されたそうだ。
峠の山小屋の名も介山荘だった。


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ヤマユリ(山百合) ユリ科 

この頃、野山の百合が少なくなったように思う。
上日川峠の途中に咲いていた。
期待が全くなかったので嬉しかった。
香りが断トツに強く、狭い部屋に生けるとむせる程。
赤茶色の花粉はくっついたら中々取れないやっかいな面もあるが、
この雄シベの花粉と花弁の赤紫の斑点とがチャームポイントだと思う。
大きな花形、反り返った花弁に打って付け。
ササブランカの片親だそうだが花屋のカサブランカは、
花粉のついた雄シベが切取ってある。
山百合の百合根の美味しさは数ある百合根の中の王様だという。

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キツリフネ(黄釣船)ツリフネソウ科

少し深い山では普通に見かけるからか無視して通り過ぎることが多い。
よくよく見ると可愛い。珍しくもないがと呟きながら可愛さに負けてパチリ。
ユリは百合と書く。語源に頭を傾げるが、ツリフネ、釣舟は一目瞭然。
船をぶら下げたような咲き方が珍しい。
ピンクのツリフネソウは平地の湿り気のある所に珍しくない。


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ニョホウチドリ(女峰千鳥)ラン科

大菩薩峠を30分程登った処に紅輪花の大群落があった。
他にも何か咲いている筈だとお花畑の中に入りたかったが、
ロープが張ってあって中に入るなと書いてあった。
仏の教えに“邪正一如”という言葉があるそうだが、この日はなぜか正直者だった。
目を皿にしたら風知草に隠れるろうに、ひっそりと一本だけ寂しげに咲いていた。
ランの仲間にはチドリの名を付けた名が数種あるようだ。
花の形が千鳥に似ているからだろうか、いずれもどことなく寂しげな風情の花達だ。
千鳥は和歌や歌にも歌われる。
子供の頃聞いた「浜千鳥」は哀愁調の童謡だった。
百人一首に「淡路潟、通う千鳥の鳴く声に幾夜寝覚めぬ須磨の関守」がある。
能「敦盛」ではこの歌をもとに、
「淡路潟、通う千鳥の声聞けば寝覚も須磨の関守は誰そ」
と主人公、平敦盛が謡い哀愁をさそう。

あつもり
 「淡路潟通う千鳥の声聞けば」仇敵、熊谷直実の前に現れた少年貴公子 敦盛
 
能「敦盛」は一の谷の合戦で源氏方の熊谷直実に討たれた少年、平敦盛の物語。
「平家にあらずんば人にあらず」敦盛は栄華を極めた平家の公達。
栄華の生活から急転直下、奈落の底に突き落とされた少年公達の哀れと、
奈落の底でも優雅な姿を失わない十六才の美少年、敦盛を描いた曲。
武装姿で舞う舞が美しい。
ワキは熊谷次郎直実。
戦争は狂気。戦いが終われば狂人は正気に戻る。
熊谷の懺悔の心が重くのしかかり容赦がない。
世界の指導者に見せたい曲、と云えば狂人か(笑)

能「敦盛」の詳しい解説はこちら

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