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10.28
Sat
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車山のススキ原 2017年9月30日写す。以下同じ

初夏には毎年訪ねる車山を初秋では初めて訪ねた。
ここは高原、既に晩秋だった。
車山は霧ケ峰の最高峰、標高1900mあまり。
丹念に咲き残りを捜し歩き健気に咲く花達に会い感動だった。
車山は初夏にレンゲツツジ、続いてニッコウキスゲその他、
色々の花が全山を飾る。
華々しく咲く花は勿論感動だが健気に咲く花は我が身に比へて
ことさら愛おしい。
秋の爽やか高原は静かだった。
春の連休に訪れたことがあった。長蛇の車の列、騒音に辟易だった。
騒音と云えばもうすぐ衆議院の選挙。町中騒音をまき散らす。うんざり。
政局大混乱がしきりにテレビなどから流れる。
ひょんな?ことから時の人となった人の元に“人”達が集まったそうだ。
無知蒙昧な一庶民から見れば、ウチのカミさんがスーパーの目玉あさりと
同じ、と云ったら失礼だが我が身の保全を求めて馳せ参ずるように見える。
確固たる政治理念を持っているのだろうか疑いたくなる。
辞書には国会とは、国権の最高機関とある。
これらの政治家と称する人達は本当に国を、国民を思っているのだろうか
疑いたくなる。国民の審判や如何?だが関心は薄い。ミミズの戯言。

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ヤマラッキョウ(山辣韭)

花盛りだった。これほどの群落には初めて出会った。
花も茎も球根も畑のラッキョウとそっくり。

花屋の花も八百屋の野菜も野生のものを改良した。当たり前だが。
だが元々はほとんどが外国渡来、外国の人が改良した。
昔の日本人は改良に興味がなかったのだろうか。
昔の日本人は根っからのナチュラリストだったのだろう。
能では自然現象や風景、草木や動物によそえて人の心の内を描く。

山ラッキョウは小さいが味も匂いも畑のラッキョウにそっくり。
“ラッキョウ喰うけん、屁ひるけん、お客の前には出られんけん”
子供頃、歌った。何々じゃけんが耳新しく面白かったのだろう。
広島県周辺の言葉らしい。ものの本によると大昔の関西の言葉という。
ラッキョウは匂いもさりながら、姿形からか愛嬌者でもある。

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リンドウ(竜胆)リンドウ科

昔、馬子が馬の首に鈴の代わりにリンドウを飾った。
鈴がリ~ン、馬子が、ドウ~でリン、ドウ。
50数年も前に発行された図鑑にあった冗談。
著者の学者は花の名前の由来を、自説に固執していた。
折角覚えたのにと少々反発を覚えたこともあったが
こうした冗談も紹介されていて面白かった。
馬子も愛したほどの花。兎に角可愛い。

平安貴族も愛したのだろう、上着の下に着る襲(かさね)の
名の一つでもあり、源氏の紋は笹竜胆。
胃の薬でもある。ピタリと効く。医者の薬は副作用があると云うが
竜胆のような昔からの民間薬にはないそうだ。

可愛いが意外な一面もある。強烈に苦いのだ。
漢名のように、竜のキモのように苦い。
残念ながら竜のキモは見たこともカジッタこともないが。
高山に咲くトウヤクリンドウは言葉を絶するほど苦いそうだ。
山で胃が痛くなったら煎じて飲めばいいと教わったが、山で胃痛の人に、
遭遇したことはなかった。

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ウメバチソウ(梅鉢草)

車山の急斜面の草むらにひっそりと咲いていた。
ウメバチソウは湿地に咲く花。意外だっただけに嬉しかった。
水気の多い場所なのだろう、稜線には「車山湿原」があるくらいだから。
小学校5,6年生の頃、担任で赴任して来た美人の先生に初めて会った
胸のトキメキだった。梅鉢は家紋の一つ。

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マツムシソウ(松虫草)スイカズラ科

花の色はどこまでも澄み切った秋の空の色、爽やかこの上もない。
お目当ての一つでもあった。
残念ながら群生の場所は花期も過ぎ咲き残りが僅かに咲いていた。

松虫草の名の由来の解釈が面白い。
花弁の形が松虫に似ているからとか、花が散った後の坊主頭が、
仏具の伏鉦、通称松虫鉦に似ているからとか、
松虫草の生えているヤブに松虫が好んで住んでいて、花が咲く頃、
チンチロリンと鳴く、花弁の形が似ているというのは間違いで、
ゴキブリの方がよほど似ているとかなどなど。
マツムシソウは高原の花、高原に松虫が住んでいて晩秋に鳴くのだろうか。
いずれにしても名付け親は普通の人だろう。
天下の学者を悩ますとはますます面白い。
松虫草のヤブに松虫が鳴くとはよほどの発想と云わせ頂く。
古今集の序に「松虫の音に友を偲び」から想を得て、能「松虫」を作った。
能「松虫」は酒を仲立ちに若い二人の男の友情を作った能。

能「松虫」は特異な作品と云ってもいいかもしれない。
二人の若い男の友情が過激に描かれ、使用面も特異だ。
この時代に流行った同性愛的慕情だと云われる。

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松虫、使用面 
目に金色の金具、歯に金泥を施し怨霊の性格を現わしていると云われる。

阿倍野の市で酒を売る男のもとに友を連れて酒を飲みに来る男がいる。
男は酒の徳を賛美する。その謡がいい。昔は小謡と称して酒席で歌われた。
男はこの阿倍野の松原で松虫の音に引かれ彷徨い死んだ友を偲んで
阿倍野の市に来たのだった。
前シテの男は、面をつけない直面(しためん)。同性愛的友情か
若い男特有の純粋な友情か受け取る側によって異なるだろう。

経に引かれて男の幽霊が姿を現す。
顔を覆い隠すほどの頭髪、黒頭に幽霊の面、怪士(あやかし)、
前場とはガラリと変わる。
男の霊は友を偲ぶ舞を舞い、虫の音に戯れ茫々と茂る草に鳴く
虫の音に誘われるように消え失せる。
怪士の面で「黄鐘早舞」を華麗に舞うのは珍しい趣向。
怪士の面は怨霊の面だが鈴虫の音に包まれ陶然として舞っているように
見えるから不思議。

能「松虫」の詳しい解説はこちら
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10.21
Sat
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白樺湖 2017年9月30日写す。以下同じ。

9月も終わりに蓼科高原を訊ねた。春、ワラビ狩りに度々訪れるが秋は初めて。
下界は夏の名残を残すが、さすが高原、秋色濃かった。
白樺湖は、一頃は憧れの地だった。今は何やら活気が感じられない。
人通りも少ない。理由は分からないがここ白樺湖だけではなさそう。
行く先々の景勝の地も同じような雰囲気。
日本人、温泉が飽きたか、長引く不況で財布の紐を〆っぱなしか。
辺りは野の花や紅葉の絶景に息を呑む程なのに。

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ゴマナ(胡麻菜)キク科

白樺湖の岸近くに咲いていた。
白い花弁の真ん中に黄色いアクセント、底抜けの秋の空に映えて
清楚この上もなくきれいだった。
よく知られた山菜だが食べたことはない。
どんな味か食べてみたいが花を想うと二の足。

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クサフジ(草藤)マメ科

こんもり盛り上がるように茂り、大振りの房の花を誇る。
ここは高原、既に花盛りは終わり残り咲きだった。
深い青紫の花色が魅力。
町の空き地や藪に咲いているカラスのエンドウや
スズメのエンドウを大型にした、彼等のいわば親分のような花。

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アキノキリンソウ(秋の麒麟草)キク科

金一色に華麗な花。
麒麟の名がいい。麒麟は想像上の動物。体から五色の光を放つ霊獣。
この花の名にぴったり。大好きなビールの商標にもなっている。
この名に異を唱える学者もいるようだ。
「黄輪」又は「金覆輪」から付いたとか。学者は可哀そう、自説に拘る。
どうせ誰かが思いつくままに付けた名だろうに。
素人は気楽でいい。好きな名でいいのだ。

麒麟は千里を走る駿馬をもいう。
能「景清」では「麒麟も老いぬれば駑馬に劣るが如きなり」
と平家の猛将平景清は嘆く。
能は直接的な表現を嫌う。観客の想像力を制限するから。
能「景清」は能の能たるを見せる能。
型は極端に限られ、大方はシテ景清の姿からにじみ出る強烈な“気”と
詞章が波乱の物語を作る。能の優れた作劇法だ。

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娘、人丸に八島の戦いでの武勇を語る景清

悪七兵衛と呼ばれた平家の猛将、平景清は平家滅亡後、日向に流され
その身は盲目となり、乞食の身をあばら家に過ごす。
冒頭、落魄の身を託つシテ景清の「松門」の謡が物語を包括する。
この能の成否を決めるこの謡に古来演者は心血を注いできた。

鎌倉に預けていた只一人の娘、人丸が遥々日向に父、景清を訪ねる。
敗残の、盲目の身を仏に縋ることもせず閉居する景清には、
訪ねて来る者も煩わしくやり過ごす。
さすが親子の絆は固く我が子であることに気付く。
全てを捨て去った景清に親子の情が湧きおこる。
老いた落魄の景清の情がしみじみと次第に熱く伝わる。
事情を聞いた所の人は、今の身の上を恥じ名乗らなかったのだろうと
一計を案ずる。
「いかにこの内に景清の渡り候か、悪七兵衛景清の、、、」と呼ぶ。
景清の激情が走る。
「かしまし、かしまし」うるさいと怒鳴る。
「故郷の者とて訪ねしを、この仕儀なれば身を恥じて名乗られ帰す悲しさ、
千行の悲涙袂を朽たし」と悲憤し更に我が身の盲目に及ぶ。
「目こそ暗けれど、、、、、さて又浦は荒磯に寄する波も聞ゆるは」
景清は藁屋の柱に縋り立ち上がり波の音をきく、わずかな型の一つだ。
景清の万感が迫る。
激情が治まった影清に所の人が娘、人丸を引き合わせる。
「御身は花の姿にて」と慈しみ、親と名乗ったならば花の身も
乞食の娘となろう、親とは名乗れなかったと述懐する。
武骨者の優しさが胸に迫る。
娘は、聞こえた景清の八島での武勇を所望する。
「何とやらん似合わぬ所望」と娘に云いつつ盲目落魄の景清が
往年の荒武者に戻り、床几に掛り扇を刀に戦いの様を見せ、
三保の谷の四朗との“錣引き”を見せる。
やがて別れの時が来る。人丸は遥々三百余里の彼方、鎌倉に帰っていく。

能「景清」の詳しい解説はこちら



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10.14
Sat
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F2 Fは英語のFall、2は二番目の滝。2017年9月21日写す。以下同じ

無謀な性格は生まれつき。三年前、崖の上の花を撮ろうとして落ち、三か月の
怪我をしたのに又々水無川本谷を登る無謀をしてしまった。
とっくに引退したが友人に岩登りのベテランがいる。
一杯飲みながら、興に乗って話したら、
「いい加減にした方がいいよ、いい年なんだから。
素人は沢登りの怖さを知らないから困る。そのうち命を落とすよ。
だが本谷のF1からF5 まで登った高齢者の新記録かも知れないナ、
ギネスだね、ハハハ。ま、死ななくてよかったハハハ」

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結縁の輪と時計

輪は数年前、吉野の長谷寺で頂いた観音様との結縁の輪。
観音様の御み足は床の下で普段は拝めない。たまたま御開帳に
行き会いこの輪を頂いた。
時計は何かの記念に頂いた。
時の続く限りご加護をと観音様の御御足元にお供えし祈った。
今度の瀧登に御輪と時計を身につけ登った。
日頃は無信心だがこの時ばかりの信心だった。
霊験あらたかだったと思っている。乞、勿笑事。


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アキノキリンソウ(秋の麒麟草)キク科

F1の岩壁に咲いていた。
一本だけ健気に。私も一人ですよ。頑張ってとほほ笑んで励ましてくれた。
壁に必死にしがみ付き撮った。
アキノキリンソウは日当たりのよい乾いた所に群がって咲く。
薄暗い滝の岩壁に、しかも一本だけ。今年初めて見るアキノキリンソウだった。
新鮮!感激だった。

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F5 本谷、最後の滝

ただただ夢中で登りホッとして恐る恐る上から覗いてみた。
改めてぞっと。恐怖の電撃が背中の筋肉を収縮させ走り抜けた。
一息ついて🍙をたべた。胸につかえて苦しかった。
缶ビールを持ってくるンだったナと悔やむことしきり。
マ、戸川公園に帰って祝杯としようと自ら慰めた。
既に二時を過ぎていた。

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イワシャジン(岩沙参)キキョウ科

お目当ての花。冒険に駆り立てた犯人だが、されどそれ故か更に
可愛くきれい。F5の岩壁に咲いていた。不格好な哀れな姿で岩に
片手でしがみ付き撮った。
F1からF4までの岩壁には咲いてなかった。
夢中だったので目に付かなかったのかもしれない
ごらんの通り小ぶり。数十年前に見たのは50センチを越す
イワシャジンがあちこちに咲いていた記憶だったが。
兎に角、苔に滑った滝の岩壁を好む貴重な花だ。小さいと贅沢は云うまい。
中国、山西省にある清涼山に架かる橋、石橋(しゃっきょう)
の向うに咲く牡丹に匹敵すると思えばよい。
能「石橋」では石橋の絶壁の向うに咲く牡丹に獅子の親子が戯れる。
オレは丹沢の絶壁で一人、恐怖をしばし忘れイワシャジンに戯れたのだ。

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牡丹に戯れる親子の獅子

兎にも角にも激しいうえに華麗な能。
演者には過度の体力と高度の技術が要求される。

天台宗の高僧、寂昭は長年の願いが叶い、唐に渡り清涼山の石橋(しゃっきょう)
に辿り着く。橋を渡ろうとすると老人に制止される。
橋の幅30センチ以下、苔が滑っている。谷の深き事3000m。
橋の向うは文殊菩薩の浄土だが生半可の法力では渡れないという。
しばらく待て、奇特が現れるだろうと老人は言い残し去る。
静まり返った深山の静寂を破り、親子の獅子が現れ、
咲き誇る牡丹の花に戯れ舞う。
世に芸能は数あるが芸の概念を離れたようにも思える能。

獅子の舞は他に二曲、「望月」「内外詣(うちともうで)」があるが
型は同じだが趣が全く異なる。

ワキ僧、寂昭は俗名大江定基(おおえのさだもと)平安中期の高級官僚。
三河守に任ぜられ妻を離縁、任地に好きな女を伴った。
任地で女が死んだ。埋葬するに未練深く数日床を共にした。
ある日女の口を吸った「おぞましき香!」
発心、出家したという。
こうした話はいつの世でおウケがよく何時までも語り継がれるようだ。

能「石橋」の詳しい解説はこちら
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10.07
Sat
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風の釣り橋。
バスの終点、大倉にある秦野戸川公園の歩行者専用の橋。
遠くからも目立つ巨大な橋。公園のシンボルなのだろうか。
案内板によると公園には川遊び場、子どもの広場、
バーベキュー、農業体験、茶室まである。
以前の沢登はここから水無川を遡行した。
その頃の面影な微塵もなかった。

数十年前、丹沢の沢に咲いていたサワギキョウ(沢桔梗)
を時々思い出し気になっていた。
丹沢は神奈川県にある山。さほど高い山ではないがよく知られた山。
沢登りの名所でも知られ、スリル満点の水無川の沢は知名度も満点。
中でも本谷の滝は難度高く鬼より恐いと初めて沢登りを教えてもらった
先輩に脅された,今でも鮮明に。
初心者向きの沢、源次郎だったら危険はないだろう、運が良ければ
沢桔梗に会えるかも知れないとオニギリ三個、飴玉一袋リックに
放り込み早朝の電車に飛び乗った。
数十年前の記憶は曖昧だったが駅周辺で聞けばいいだろうと
軽い気持ちで行った。
改札口前の案内所の人も駅員もバスの運転手も水無川の沢を
知らなかった。駅前に登山の案内板は見つからなかった。
馴れないスマホにかじりつき一生懸命探した。
バスは大倉まで、沢の登り口、戸沢まで林道だとあった。
スマホの検索に時間がかかりバスに乗り遅れ一時間待ち。
戸沢までの林道は8キロ、ひたすら歩いた。
スイスイと通り過ぎる車が恨めしかった。


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野菊 キク科 2017年9月21日 丹沢本沢にて写す。以下同じ

源次郎沢と本谷の分岐点が分からずウロウロ。
案内板もなく道らしい道はなかった。飴の包み紙が落ちていた。
道だろうと見当をつけて辿り、沢に下りることが出来た。ホッと。
岩壁に野菊が咲いていた。岩壁に咲いていたので珍しかった。
野菊は種類が多くて素人に見分けは無理、この類いは野菊と
呼ぶ事にしている。


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F1 2017年9月21日写す(迷が頭を占領、滝を写すのを忘れた)
(F1は英語の滝、FallのFと1番目の滝の意らしい)


十数年前の源次郎沢の記憶と違い川幅が広かった。
疑いながら兎に角行ってみようと、これがトンデモない悲劇の始まりだった。
しばらく遡行すると両側の岩壁が迫って来た。
なんとF1の文字。
本谷に来てしまったのだ。
数十年前に登ったが、若く体力充分だった。
雨続きで水量も多い、引き返すしかないとしばらく眺めた。
色々な思いが駆け巡る。
沢登り厳守三点、装備、禁単独行、三点支持。
先輩先生のきつい顔が浮かぶ。
林道で会った格好いい姿の登山の人が足元から頭のてっぺんまで見上げて、
「その格好で沢登りするンですか?一人で?」
庭掃除用のだぶだぶズボンにTシャツ、穴あきハイキングシューズだったから。
「いやいや、装備はこの中」ザックを叩いて見せた。
中の装備はズボンの裾を束ねるための代用に、髪を束ねる黒いゴム輪と
磯歩き用のゴム靴だけ。
瀧を登るには足と手の四つん這い、足と手のどちらか一つだけ動かして登る、
必ず足、手の三つは岩につかまっているというのが三点支持だという。
少年の頃、海の岩壁をよじ登り釣りに行った。三点支持は当たり前だった。

心の中の悪魔がいた。彼が囁いた。F1一つくらい登ってみたら?
いつの間にか岩に取り付いていた。滝を撮るのも忘れて。
要所に鎖やザイルがあった。鎖はかなり古く抜けないかと、
ザイルはヌルヌル、切れないかと引っ張って見て登った。
瀧の飛沫で濡れながら。


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ダイモンジソウ(大文字草)ユキノシタ科

F1の取り付きに咲いていた。湿り気が好きな花。
花の形が“大”の字の形からの名、なるほどと誰でも頷く。
オレの大の字の寝姿と雲と泥だなと呟きがもれた。なんとも可憐。
日当たりの悪い庭の隅に植えられるユキノシタ(雪の下)にそっくり。
雪の下は毛むくじゃらだが天ぷらが美味いそうだ。
大文字草には毛がない。雪の下より美味いかもしれないが試した事はない。


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ホトトギス(杜鵑草)ユリ科

丹沢の沢にはサガミジョウロウホトトギス(相模上臈杜鵑草)が咲く。
もう一つのお目当てでもあった。
花期には早かったのか、残念ながら見付からなかった。
ホトトギスの名は、花の模様が鳥のホトトギスの胸の毛の模様に似ている
ことから付いた名だそうだ。
鳥には興味がないのでホトトギスがどんな鳥か知らないが、
昔から親しまれた鳥のようで、辞書によると別名や当て字が
十数種あるようだ。
俳人、正岡子規の子規もホトトギスの当て字で、明治の文豪、
徳冨蘆花の小説、「不如帰」もホトトギスの当て字だそうだ。
鳴き声も色々、“てっぺんかけたか”など、オジサンには耳が痛いのもある。
能「善知鳥」では死んだ夫の形見を見て、
「死出田長(しでのたおさ)の亡き(鳴き)後」と嘆く。
死出田長はホトトギスこと。己の泣き声をホトトギスの鳴き声に例えた。
能「善知鳥(うとう)」は悲痛極まりない能。
生活のため、生きるため仏の戒めを破り殺生戒を犯さざるを得ない、
猟師の物語。戒律に縛られた中世の人々の悲痛な叫びがきこえる能。


善知鳥
善知鳥の子の鳥を狙う猟師。笠を子の鳥に見立てて舞う。

地獄はあの世だけではない、この世にもあった。
富山県、立山の地獄谷もその一つ。
青森県外ヶ浜の猟師は死後、立山の地獄に落ちる。

立山での修行の僧を外ヶ浜の猟師の幽霊が呼び止める。
「のう~のう。あれなる御僧に申すべきことの候」
地獄の底からかすかに聞こえる声に戦慄がはしる。
この能には意外な謎が隠されていて一味も二味も興味を引く演出。
僧に猟師は陸奥へ下ったら故郷の妻に蓑と笠を手向けるよう
伝えてくれという。謎の①
着ていた麻衣の片袖をちぎって僧に渡し妻に渡してほしいという。謎②
前シテは舞台には入らず橋掛かりで僧と応対し、陸奥へ下る
僧を見送り泣きながら幕に入る。猟師の姿が謎めく。

猟師の故郷の妻は僧から受け取った片袖を夫の残した麻衣の
袖に合わせる。袖はピタリと合った。幽霊は間違いなく夫だった。
妻は「死出田長の亡き後の」と嘆き蓑と笠を手向け供養する。

故郷の外ヶ浜に現れた猟師の霊は蓬髪に痩男の面。地獄の責め苦に
憔悴した姿にゾッとする。
我が家の佇まいを「籬が島の苫屋形、囲うとすれど疎らにて月の
ためには外ヶ浜」と謡う。自虐的に謡うのだ。
海に近い我が家は、籬が島。隙間だらけの家は月見には持って来いだという。
猟師の身分の生活に月見とか、風流などある訳がない。
籬が島は塩釜の名勝、歌枕の島だ。
戒律を犯さざるを得ぬ貧しい暮らしぶりが思われ涙を禁じ得ない。

猟師は生前、善知鳥を獲って暮らしていた。善知鳥は砂の中で子を育てる。
猟師は親鳥の声を真似て「うとう」と呼ぶ。子は「やすかた」と答える。
子の声を聞きつけ飛んできた親鳥と子の鳥、諸共に捕らえる。

猟師は善知鳥を捕らえる様の、この曲独特の舞「カケリ」を見せる。
“うとう”と鋭く叫び、緩急鋭い囃に拮抗して息詰まる舞を見せる。
舞いあげ息も切らせず地獄の責め苦が襲う。
子を獲られた親鳥は空から血の雨を降らせる。
血の雨は猟師の身体の肉を溶かすのだ。
蓑笠の手向けを頼んだのは血の雨を避けるためだった。
猟師は蓑笠を着て逃げ惑う。

地獄では立場が逆になる。生前捕らえた善知鳥は怪鳥となり、
猟師に襲いかかり鉄の爪で肉を裂き、銅の爪で目をえぐり取る。
これほどの生々しい描写は他の地獄物の曲に抜きん出ている。

能「善知鳥」の詳しい解説はこちら







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