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12.30
Sat
高萩市には、この周辺を南限にした珍しい花が咲くと聞いていた。
野山の花が見られなくなり寂しくなったので、もしかして珍花に、
巡り合うかもしれないと少々期待薄だったが出かけてみた。
高萩市は茨木県日立市の北、ほぼ福島の県境に近い。

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高萩海岸から磐城方面の展望。2017年11月30日写す。

初冬の太平洋の荒波が狂ったように牙をむき打ち寄せていた。
断崖絶壁から唯一人で眺めていると、理由など無いが世間に見捨てられた
様な孤独感に襲われた。

敵に追われ落ち行くあてもなく、絶望の果て西海の海に入水した、
平清経の心境に想いを馳せた。
清経は平家の青年武将。彼には相愛の妻がいた。
西海に落ち行くとき妻を連れて行こうとしたが妻の父に遮られ、
断念した程だった。

能「清経」では前半、清経の自害を知った妻の嘆きを描く。
「もしは変わらで同じ世に廻りや逢うと頼め置きし」
あの世までも一緒と約束したのは偽りだった筈はない。
妻の嘆きは深い。

清経の絶望感はこうした妻をも忘れる程に深かった。
宇佐八幡の御託宣も平家を見限ったものだった。
船に乗りあてもなく逃れようとするが、松に群れている白鷺を見ても、
舟が立てる白波を見ても源氏の白旗かと胆をつぶす有様だった。
清経は「この世とても旅ぞかし」と覚悟を決める。
笛を吹き、今様を謡いこの世に決別し「波阿弥陀仏、弥陀仏。迎えさせ給へ」
海底の水屑と消えた。
清経の自害に至る心の経過が余さずクセで語られる。卓抜した詞章が胸を打つ。
作者は世阿弥。清経は歴史的に知られた人ではない。
世阿弥は平家物語の清経自害に感じたのだろうか、清経の遺書の代筆にも思えてくる。
自ら命を絶つ人は古も今、珍しくはない。
これほどの遺書を残した人がいるだろうかと思う。

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ハマギク(浜菊)キク科
茎の下部は木のように太く逞しい。姿に負けず大きな花を咲かせていた。
野生の菊では一番大きいそうだ。茨城県の、この辺りが北限らしい。
お目当ての一つだった。豪快な群落に思わず、オ~!叫んでしまった。

古来、菊ほど親しまれた花はないといってもいいほど。日本の国花でもある。
奥山に住む少年、慈童が菊から滴り落ちる露を飲み、七百年の齢を重ねても
なお少年のままであった。菊から滴り落ちる露は酒になっていたと云う中国の
故事を能に作った。酒は長寿の薬と伝えられてきた。

能「枕慈童」は少年慈童が舞う舞に祝言色が漂い菊の香が馥郁と香り、
小品だが親しまれる曲。

童慈
「枕慈童」使用面、童子(少年の風貌)

「清経」の詳しい解説はこちら。「枕慈童」はこちら

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12.23
Sat
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快適な登山道 2017年11月25日写す

御岳山からJR青梅線の鳩ノ巣駅へのコースを下りた。
深い山のルートは面白そうで、気になっていた。
途中までは快適な下りだった。途中、登山道の修復工事で回り道を指示された。
これがトンデモない迂回路だった。見上げる程のアップ、見下ろす程のダウン。
カナダの若者グループが最初のピークで追いついて来た。
なんと自転車を担いでいた。三番目のピークで彼らを待ったが現れなかった。
さすが自転車担いでは若く体力抜群のカナダの大男も参ったのだろう。

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ミヤマシキミ(実) ミカン科

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ミヤマシキミ(蕾)

花の全くない薄暗い大木の木陰に艶やかな赤い実が一段と引き立った。
蕾の木もあった。花は春咲くそうだが早々と蕾をつけていた。
実はつけていなかったから雄花かも知れない。雌雄異株だというから。
樒(シキミ)に似ているのが名の由来らしいが、縁も所縁もないらしい。

シキミは仏前にお供えするのでよく知られている。お寺などに植えられている。
実の形、香が中華料理の香辛料“八角”にそっくり、だが猛毒だそうだ。
かなり古いが、お寺で実を拾い天日に干した。いい香りだった。
物知りの友人に自慢したら、猛毒だと脅され散々馬鹿にされた。


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全山の紅葉 
全山の紅葉と云いたいが杉やヒノキが一部占領していた。
だが紅葉の引き立て役でもあった。

二次大戦後、町は焼け野原だった。家を建てるのに木材が足りない。
植林を奨励した。こんな山奥にまで杉やヒノキを植えた。
その後外材が安く植えたヒノキや杉は手入れもなしの放っぱらかし。
花粉症が蔓延、杉やヒノキのない北海道に避難する人まで現れたと聞く。

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鳩ノ巣駅前の橋から見下ろす鳩ノ巣渓谷。

渓谷の紅葉はきれいだ。淀みに影を写しきれいだった、が散り始めていた。
ほどなく枯れ枝となるだろう。しばらく見入った。

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「出で入る姿も生死の道を」
生死に輪廻する人の苦しみを鳥居に出入りする人に例えて見せ、我が身の迷い見せる御息所の霊

「花に馴れ来し野の宮の、花に馴れ来るし野の宮の。秋より後は如何ならん」
“華やかな日々を送った身だったがこのように零落した後はどうなるのだろう”
の意だろうか。能「野宮」の次第。
シテ六条御息所が静かに登場して謡う。
抑えて呟くように謡うこの句を聞いていると、この曲の内容が脳裏に浮かぶ。
流れて行く落ち葉たちに謡ってやった。
綺麗な姿で流れて行くがいずれ川底の垢となるだろう。
能「野宮」は源氏物語「榊の巻」に拠った世阿弥の名作。

源氏物語には可哀そうな女性が数々登場する。中でも六条御息所がことに哀れだ。
御息所は皇太子妃だった。皇太子没後、光源氏と結ばれる。
皇太子妃としての自尊心とそのうえ強烈な性格の持主であった。
嫉妬心が強く自尊心で抑えても生霊は勝手に体から抜け出し恋敵の、
源氏の正妻、葵上や恋人たちを襲う。
自分の性格に絶望感を覚えた御息所は源氏との恋を諦め、
伊勢神宮の斎宮に選ばれた娘に付き添い伊勢に下る。

御息所は伊勢に下る前、潔斎のため野々宮の仮宮に籠る娘に付き添い野宮に赴く。
「秋の花みな衰えて、虫の声も枯れがれに松吹く風の響きまでも、淋しき道すがら、
秋の悲しみも果てなし」我が身の果ての心の風景をこう謡う。

源氏はこの野宮を訪ね伊勢下向を断念するよう説得する。
源氏が野宮に御息所を訪ねたその日、長月七日が御息所の執心の日となる。
御息所の霊はこの日、この野宮に蘇る。
源氏物語の原文を織り交ぜ、美しい詞章、音律で情緒豊かに謳いあげる
クセが絶品だ。

後場では狂乱にも似た「車争い」を見せ、六道に輪廻し生死する人を
伊勢神宮の鳥居に出入りする人に例えた象徴的な珍しい型を見せる。
「また車に、うち乗りて火宅の門を出でぬらん、火宅のかどを」
また車に乗って出て行ったが迷いの世界から抜け出し成仏したのだろうか、
と留め、この世に残す御息所の執心の深さと、激しい性格から生じた業の悲しみを
情緒深く描く。

能「野宮」の詳しい解説はこちら


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12.16
Sat
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長尾平からの景観 11月25日写す。以下同じ

海から内陸の山に向けて細長く伸びる東京都、その先端部分が奥多摩。
深い渓谷に添って青梅線が走る。
土曜、休日に特急電車が走。都心から終点奥多摩駅まで一時間少々。
御岳山の登山口は終点近くの駅、御岳駅から近い。
多くの人達が心身の洗濯に訪れる。

御岳山山頂から少し下だったところに長尾平がある。
尾っぽの様に出っ張った尾根と云うのが名の由来らしいが、
船にも似て、洒落た形に出っ張った尾根だ。
舳先に物見台があり、周囲は草原っぱ。
空は底抜け、見晴らし抜群だった。
2,3のグループが持参のコンロで料理を作っていた。
飲み物の缶を片手に笑い声が充満、仲間のハイキングなのだろう和気合々
楽しそうだった。
武蔵坊弁慶が安宅の関での危機を凌ぎホッと一息、関守富樫が差し入れた酒で、
催した路傍での酒宴もかくやとばかりだった。

能は謡と舞の面白さを重きに置き、自ずと演劇性が希薄の作品が多い。
能「安宅」は演劇性たっぷり、それも息を呑むシーンが二つや三つではない。
そのうえ弁慶の延年の舞を模した舞が抜群。弁慶は鞍馬寺の延年の舞の名手だった。
岩手県の一関に毛越寺がある。庭園風の“大泉が池”が美しい。
池の対岸に“曲水の宴”を催したという曲水が残されていた。
難を逃れ平泉に辿り着いた義経、弁慶一行はここでの曲水の宴に招かれ、
弁慶は得意の延年の舞を舞ったかも知れないナと思いを馳せていたら、
曲水の水勢が勢い付いたように見えた。
能「安宅」は歌舞伎にも取り入れられている。「勧進帳」
幕末の頃、宮様の肝いりで金剛太夫が相伝したという。

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コアジサイ(小紫陽花)の実 ユキノシタ科

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コアジサイ(小紫陽花)の花 2017年6月2日、御岳山で写す

掌状に咲くのはアジサイに似ている。白い小花が集まって咲く。
アジサイの仲間というが、本家のアジサイの豪華には少々遠い。
日の光の少ない木陰に咲き、百花繚乱の初夏に咲くので猶更目立たない。
花の少ない冬に咲けば皆に喜ばれるのにと思う。地味好きには清楚が魅力。
既に初冬、無惨に枯れ残り清楚を偲ぶ術もなかった。
世の人は事ある毎に平等を叫ぶが世の中に不平等は満ち満ちている。
コアジサイと同じように不平も云わず日陰にひっそりと暮らす人は少なくない。
能の「芦刈」の主人公もその一人。

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落魄した夫を難波の浦に探し求める妻

「芦刈」は落魄の夫と出世した妻の物語。
落ちぶれ男の能には他に「鉢木」がある。鉢木の男は領地を身内に
横領されて落ちぶれたが「芦刈」には落ちぶれた理由の説明がない。
「鉢木」は“落ちぶれ”が主題だが「芦刈」では落ちぶれの理由は重要ではない。
遊狂物と呼び芸の面白さを見せるのを目的とした能だから。

零落、落魄、落ちぶれ男は妻と離別せざるを得なかった。
妻は都に上がり、さる高貴な家の乳母に出世するが夫を忘れかね安否を嘆く。
主人の計らいで夫を訊ね、難波の浦にやって来る。
夫はこの難波の浦で旅人に芦を売り細々と暮らしている。
芦の花は花といえるほどの花ではない。
よほどの風流人でなければ買うはずがない。
妻の従者は風流人だった。芦売り男に興味を持ち芦を買うという。
二人は芦について風流談義を始める。
この曲の眼目“笠之段”の導入部だが風流談義は中々の味わいだ。

笠之段は難波の浦の景色を面白く見せ眼目の笠尽くしの舞に続ける。
笠を縦横に使い優雅に流麗に舞う。“ドジョウすくい”とは次元が違う。
笠尽くしの舞は“小歌”拍子で謡われる。
小歌は中世の歌謡、能には「花月」「放下僧」「芦刈」三曲に取り入れている。
笠は菅で作る。菅も芦も生える処は同じ、その縁だろうか。
芦売り男は旅人に風流談義を持ち掛け俄か風流人に仕立て上げ
面白く舞を舞い芦を売り付けていたのだ。
妻は芦売り男が夫であることに気付く。ご対面となるが夫は驚き、
小屋に逃げ帰り、己の境涯を恥じ小屋に閉じこもる。
小屋の内と外で夫婦の愛の問答。万葉の時代の“歌垣”もかくやとばかりだ。
芦売り男の名は左衛門、妻の従者がいう、
「いかに左衛門殿、都より烏帽子、直垂を持たせて候」
左衛門は烏帽子、直垂を着て喜びの舞を颯爽と舞う。
山之内一豊も顔負けの内助の功の物語だがそれにも増して、
現行の能、二百十数番の中にこれほどのメロドラマは見当たらない。

能「芦刈」の詳しい解説はこちら、「安宅」はこちら


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12.09
Sat
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御嶽神社 2017年11月25日写す。以下同じ

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講の参拝記念碑

御岳山山頂の御嶽神社は由緒のある神社だそうだ。
創建は第10代崇神天皇だそうだが、浅学の者には神代に近い遠い時代
としか想像が及ばない。
お参りの団体、講の人達が泊るために建てられたという宿坊の数の多さが
信者の多さを示しているのだろう。
参道沿いには講の人達の記念碑が立ち並んでいる。
建立年は平成2年が一番新しかった。
宿坊で時折、謡曲の声の鍛錬会をする。ここにも講の人達の記念の額が飾ってある。
額も平成1,2年より新しいものはなかった。
時代と共に講の形も変わって行っているのではと要らぬ老婆心、しきりだった。
参拝の人は多いが信仰よりも観光の色が濃いように思われた。
薄れて行く信仰心、世相を写しているのだろうか。

御岳山周辺は色々な珍しい野山の花が咲く。既に初冬。花は全く見られなかった。

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ヤマユリ(山百合)の実 ユリ科

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ヤマユリ(山百合)の花(2016年7月8日 調布市、浅間山で写す)

薄暗い杉木立の下に枯れ残っていた。
生きとし生けるもの、その命を精一杯に飾り滅びていく。
避け得ぬ宿命、チラリと頭をよぎるが深く思うのは無理に止めた。
最後は自分に及ぶから。

野や山に咲く花には、人好きな花と人嫌いの花があるようだ。
山百合は人嫌いの代表格。庭に植えても2,3年で消える。
人の住家の周りの土壌菌の仕業だそうだ。
ユリが嫌う土壌菌は日本海側には無く、百合の仲間の球根、例えば
チューリップ等の球根の栽培は裏日本の富山などで行われているという。
日本は狭いようでも意味に依っては広い。
花屋の店頭を飾るユリは交配したもの。
オランダではチューリップに代わり百合のコンテストが盛んと聞く。
百合は日本の花、江戸末期オランダの人シーボルトが持ち帰ったのが始まりという。
花屋のユリはオランダの人達が考えた交配種の逆輸入ということになるだろうか。
交配種のユリは豪華できれいだがやはり野山にひっそりと咲くユリがいい。
人の目を意識せず己一人華やぐ。自然が育んだ、得も言われぬ色合いを持っている。

豊かな今の世では生活のため野山の花を売るというのは見たことも聞いたこともない。
観光客目当てに道端や売店で売っているのはほとんど畑で栽培したもの。
能では野山の花を手折って売る花売りおじさん、花売りおばさんが登場する。
「雲雀山」の花売りおばさんや「芦刈」の花売りおじさんが花売りの芸を見せる。
中世の人達の芸がほの見えて面白い。

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雲雀山 使用面。曲見(しゃくみ)慈母の相貌

「雲雀山」は中将姫の乳母の物語。
姫の父、右大臣藤原豊成は讒訴を信じ姫を殺せと命じる。
乳母は姫を雲雀山の麓に雨も漏る粗末な小屋に匿い、野山の花を旅人に売り命を継ぐ。
詩歌や故事を引いて謡い舞い旅人の気を引いて売る。
曰く有り気な花売りおばさんに客が事情を聞く。
「あら、むつかしとお尋ねあるや、召されまじくはお心ぞとよ」
あらまあ、むずかしい事をおっしゃる、お買いなる気がないなら結構よ!
花売りおばさんがやり返す。流石姫の乳母、気品を見せる。
無視して素通りする人に「などや花は召されぬ、花好かぬ人ぞおかしいき」
行き来の人に問答をしかけ、謡い舞い注意を引いて必死に花を売る。
姫の身の上、行く末を思う心が痛々しい。

中将姫は伝説上の人。許されて雲雀山から助け出され、大和当麻寺に入り
終生仏に仕えたという。
仏の手助けを受け蓮の糸で織った曼荼羅が奈良、當麻寺にあるという。
歌舞伎や浄瑠璃にも取り上げられているというから、ごく近世まで人々の
信心に近いものを集めた人だったのだろう。

能「雲雀山」の詳しい解説はこちら
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12.02
Sat
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陣馬山からの眺め。2017年11月11日写す。以下同じ

急に時間が空き所在無なさに足は自然に歩き馴れた裏高尾に向いていた。
高尾山は東京周辺の人達の憩いの場。表高尾は大勢の観光客で賑わう。
裏高尾は観光客は少なく静か。少々珍しい花も咲く。
裏高尾から高尾山山頂はパス、相模湖に出るつもりだった。
小仏峠に、関東ふれあいの道、と書いた道標があり、陣馬山まで10数キロとあった。
高尾山から小仏峠、景信山を経て陣馬山まで、親しまれているハイキングコースらしい。
ホウ~と横目で見た。行くつもりはさらさらなかったから。
たまたま景信山から下りて来た人に出会った。登り一時間程、いい眺めだと云いう。
生来のせっかち、挨拶もそこそこに登り始めていた。
景信山でお昼をたべ、小屋の売店で買った缶ビール一本飲んだ。
缶ビールには魔物が住んでいるらしい。たった一本でいつの間にか、
意志とは逆に足が勝手に陣馬山コースに向いていた。

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リンドウ(竜胆) リンドウ科

リンドウは秋を代表する花。花期も終わりに近いが、葉も花色もみずみずしく、
辺りに花の気配もない登山道のヘリにたった一株だけ咲いていた。
リンドウの茎は細く花の重みに耐えられないのか倒れ伏していた。
ハイカーに足蹴にされたのだろう少し傷ついていた。
そっと向こう側に向け枯れ枝で支柱をしたが、まだ無事に咲いているだろうか。

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ツルリンドウの果実(蔓竜胆)リンドウ科

年配の女性がしゃがみ込んで写真を撮っていた。
ツルリンドウの実だった。ツルリンドウも秋の花だが八月から咲く。
既に花は終わり真っ赤な実になっていた。
真っ赤な実はみずみずしく、きれいで美味しそうだった。
リンドウは名のように竜のキモのように猛烈に苦く胃の薬だそうだが、
ツルリンドウはどうだろうか、どんな味か食べてみたかったが、
見物人が集まったので涙を飲んだ。

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明王峠小屋とモミジ

紅葉は小屋の主が植えたのだろう、大木になって小屋に覆いかぶさる
ように見事だった。小屋の前には十数人が休んでいた。
小屋は廃屋に近かった。主が老い、又は亡くなり後継者もなく廃業したのか、
又は客が金を使わず儲からないので廃業したのだろうかと勝手に想像した。
休んでいるハイカーも何となく落ち着かない様子でウロウロ。
同じ様に小屋の主に想いを寄せ世の無常を痛感しているのではと、
九割方冗談だが。

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陣馬山口バス停前の飲み屋

景信山から陣馬山まではハイキングコースも整備されアップダウンはあったが
歩きやすかった。
陣馬山から陣馬山口のバス停までのコースが酷かった。
見下ろす急斜面、ゴツイ木の根っこ、石、岩ゴツゴツと恐ろしかった。
下り始め、既に三時を廻っていた。
飛んで下りる若者のグループを必死に追いかけた。
多分バスの時間に間に合わせようと飛んでいるのだろうと思ったから。
到着、三時二十三分。遠ざかるバスの後ろ姿が見えた。三分遅れで涙、涙。

次のバスまで一時間待ち。五,六人のグループが飲み屋に吸い込まれた。
飲み屋のオヤジ、これを狙っているのだな、マ、世の中お互い様だからと
変な理屈でグループに続いた。
先ず、生ビールをたのんだ。580円。
鹿の肉1200円、カブの和え物600円、旨そうだったので頼んだ。
地元の醸造倉の銘酒と派手に書いてあったのが目に付いた。
これでは飲まざるを得まいと注文。マスの中にグラス、マスにあふれた。
一杯680円。
一杯1,3合とあったが店の中を隈なく三辺ほど見回しやおら飲むうちに
無くなった。亭主には悪いが、本当に1,3合?と疑った。
もう一杯注文、飲み終わったらピタリと一時間、外でバスが待っていた。

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センニンソウ(仙人草)の種 キンポーゲ科

仙人草は夏から初秋にかけて低木などを覆うように
小さな花を沢山咲かせ、まるで天女の羽衣のように豪華でききれい。
花が終わり天女の羽衣は実となって名前の様に仙人のヒゲに変わる。
仙人のヒゲはやがて空を飛び、見知らぬ地に下り立ち、
芽を出し花を咲かせて天人となり、実となってヒゲ仙人となる。変幻自在!
羨ましい変わり身。

中国の砂漠のオアシスの町、敦煌の莫高窟に羽衣を翻して、
飛んでいる天人の天井画があった。
天女の初期の絵は初め手足をバタバタ動かして飛んでいたが、
後に羽衣を着て飛ぶようになったと説明を聞いた。
羽衣の起源は莫高窟の絵で解る、へエ~と目からウロコだった。

能「羽衣」では天女が美しい羽衣をひるがえして舞う。
「羽衣」は現行曲、二百数曲の中で上演頻度、1,2を争う人気曲。

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“左右左、左右颯々の花をかざしの天の羽袖、靡くも返すも”
羽衣を靡かせ舞いつつ月の世界に帰って行く天女(左右左は舞の動き。
能の基本形の一つ」

早春の三保の松原。釣りに向かう漁師の白龍が、のどかな早春の景色を謡う。
渚の波の音、松を渡るそよ風、かすむ水平線、雪を頂く富士。
「及びなき身の眺めにも心空なる景色かな」白龍はこう謡うが、
こちらも風流心などある訳は無いが三保の致景が眼前に浮かんでうっとり。

どこからか妙なる音楽が聞こえ、花が降り、薫風が流れてくる。
驚く白龍が辺りを見回すと松の枝に美しい衣が掛かっている。
漁師の白龍には縁遠い美しい衣だった。美しいのは当然、天女の羽衣だったのだ。
喜んだ白龍は魚釣りはそっちのけ、家の宝にしようと取って帰ろうとする。
「なう~なう~」遠くからかすかに声が聞こえ、不思議な姿の女が現れる。
“呼び掛け”と云い、役の登場のときよく使われる能の演出法。
女は天女だった。
天女の返却要求に白龍氏はガンとして応じない。国の宝にすると云う。
国立博物館が巨額で購入するのは受け合い。何しろ誰も見たこともない天人の羽衣だから。
漁師などサッサと止めて孫子の代まで安楽に暮らせるのだ。
だが白龍氏は現代人と違って心優しいのだ。
「涙の露の玉鬘、かざしの花もしほしほと天人の五衰も目の前に見えて浅ましや」
天人の嘆きに耐えられず白龍氏は羽衣を返すことにする。
穢れなど無い天人の清らかな魂が人間白龍の魂を洗ったのだ。

白龍は交換条件に天人の舞楽を所望する。
天女は羽衣を着て“東遊びの駿河舞”を舞う。
この舞は今でも神社や宮中で舞われる舞楽として伝わっているという。

天女はまず月の世界の様子を語る。
白い衣を着た天人15人、黒い衣を着た天人15人、交代で出仕して舞を舞う。
白の天人15人が揃うと満月、黒い衣15人で真っ暗闇。
成程、角龍氏も合点。

天人の“東遊び”の舞は「クセ」と「序ノ舞」、続く「破ノ舞」で表され、
月の世界に似た三保の絶景を賛美し舞う。
「落日の紅は蘇命路の山を映して」
信仰心の厚かった昔の人は夕日に染まる富士の高嶺を須弥山に見立てて
思い浮かべ、涙したかも知れない。

時移って天女は簫、笛、琴、箜篌の妙音の中、羽衣を靡かせ、人間界に宝を降らせ、
三保の松原、愛鷹山、富士の高嶺を眼下に月の世界に帰って行く。
何とも美しい光景だ。見送る白龍の姿が印象的だ。
天女の宝は今も降り続いているかもしれない。“物”が溢れている今の世では、
「七寶充満の宝」ではなく希薄となった清らかな"心"かも知れない。
能「羽衣」の詳しい解説はこちら
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